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◆TRADITION 3◆其は汝(な)が名なり
30   自分を知る人
 マインド・コントロールされた心では、どこまで掘り下げたものか加減が難しい。違和感を違和感と認識する部分はあったから、ノボアなりに感じようとする努力はしてきた。そうすると何処かで激しく拒絶する狂気に近いものが暴れだして、すると、シャ・メインが傍にいたのだ。
 シャ・メインは監視役だったのか?
(自分のことを、何も知らないなんて事があるかな…)
 何も考えていなかったような空っぽの自分が奇妙に思える。
 パワー・エージェントのシャ・メインですら解けない精神シールドに、アルダは何かを施したらしい。そのせいか、少しは自由に思考することができそうである。
 その代償は取られることになるが、そこまで知る由もなく胸元のペンダントをつまんで暫く見入った。
 紫色の小さな石を、汚れやすい銀の装飾が縁取る。
 許される限りでノボアは記憶を辿った。
 良くは思い出せないが、これは父がくれた物で、その父も母も僕を孤児だと言ってたように思う。どこに住んでいたのか?
(それから…学校で…友人が少し過激な遊びをしようと誘うから…)
 どうやら刺激と冒険の欲しい年頃に、世間でよく言う悪い友人の遊びに加担したら、その友人はラントゥール解放戦線の末端メンバーだったらしい。
 官舎の爆発を見て、恐ろしいことをしたのだと知る。
 騙された、と考える暇も無く鳴り響く警報と駆けつける軍の騒乱に、ノボアと一緒に遊びに来ていた友人たちは身柄を拘束されるか、容赦なく――
「――殺された…?」
 ビクっと体を震わせると、手からペンダントが零れ落ちた。
 また脳裏にフラッシュバックが起こる。
 必死で駆ける自分と、何人かの人影。
 こっちだ、と伸ばした腕の先、そのまた指先の向こうで、風の流れとは異なる乱れ方をした彼女の髪。
「エイメっ!………」
 ――待ってたのに…
 ――貴方が来るの、私も待ってたの――
 ――待って……待ち焦がれたわ――
 ノボアの瞳孔がこれ以上は無いというほど開いた。
 全身の毛穴から汗が噴出す。
「あ…ウゥッ!」
 ――貴方だけを待っていましたよ――
 乱れた髪が舞い、後ろへ回るようにのけぞった彼女の姿は、もう一度身を翻すと長く黒い髪の美しい(ひと)に装いを変えていた。
 ――おいでなさい、ここへ――
 祈るように眼を閉じて……。
(誰なんだ――――!)
 両肩を抱え込んで体を折り曲げたせいだろう、背中の激痛がノボアを現実に引き戻した。
 だが筋を残して流れる汗に、口元から溢れる唾液に、尋常とは言えない雰囲気が漂う。周囲は負傷者が多く傷の痛みにウンウンうなされているから、ノボアの異常には誰も気を使わない。
 短い呼吸を繰り返しているうち、ノボアは傍らに置いていた自分の銃を取り上げるなり、不如意な足取りで立ち上がった。
 そして未だ動揺の隠し切れない目つきで見渡すと、暗闇の中へ溶け込むように歩んでいったのである。
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