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◆TRADITION 3◆其は汝(な)が名なり
29   此処と言う星は
「おい」
 こづかれて我に返る。
「なにボーっとしてるんだ。隊に戻れ、ノボア?」
 仲間の兵士が迎えに来たらしい。
「あ…ああ…」ぎこちなく足元に転がる銃を拾おうとした。
 ――と、脳裏にあの光景がフラッシュバックしたのである。 
 夕暮れに家へ帰る幼い少年は、宝物を忘れまいと――
「……あの(ひと)に遇った――…」
 あの美しい(ひと)に…。
 それ以上は考えられない。
 自分の中に潜む危険な蠢きに、自ら抑止力が働いたのだ。
「どうした。負傷したか」
 のろのろと鈍い動きに、兵士は身を屈めて具合を見る。
「肋骨を…やったかもしれない」
 そっと脇を押さえてゆっくりと息を吸い込んだ。キリ、と痛みが走って冷や汗が流れる。
「縛り付ければ動けるだろ?」
「荷物にならないようにする」
 一歩一歩、踏み出す足の振動が背中に襲い掛かった。
 ようやくたどり着き、応急処置として脇下からウエストの上まで、ぐるぐる巻きの胴体になってしまった。痛み止めを飲みながら、温度が下がる夜に備えて服を着込む。
 固形基本食をくわえて一時の休息を取る場所を探した。
 今日もだいぶ減った人数を眺めて、腰を落ち着ける。
「……ッ痛!」
 うっかり背中をぶつけてしまった。
 拍子に、アルダのことがよぎる。
(そういえば……)
 自分が痛い思いをしたから気が付いたようなものだが、随分いままで人の死に対して鈍感になっていたらしい。
 その鈍感さを顧みることも無く戦いに身を投じていたが、戦場で感覚が麻痺したのだと言われれば納得もし、深く考えもしないのは当然である。
 しかしここでノボアが、突き進んできた血の痕にふと足を止めたのには理由があるのだ。
 先ほど接触してきたアルダがきっかけだったのだろうか。
(シャ・メインが、敵だという……)
(アルダは僕を知った風なことを言った………)
 静けさに、疲れきった兵たちがボソボソと言葉を交わすのが聞こえる。
「よう」
 薬のパックを載せ差し出された手と掛けられた声に、こころもち首をもたげて上目遣いに相手を見る。「こいつを持っておきな。すぐ痛みがぶり返すぞ」
「……ありがとう…自分のじゃないのか?」
 厚意はありがたいが、すぐには受け取る気になれなかった。
 薬を寄越した男はノボアの隣にしゃがみこむ。
「持っていても、この先使うことがあるのかわからん…」
「どういう意味だ」
「どういうって…判ってて言うなよ。もうすぐこの星は無くなるからさ」
「諦めがいいんだな」
惑星破壊(ディストラクション)は死刑宣告だ。俺たちの戦いは終わったんだよ――」
 ああ、とノボアは今更気が付いた感じがした。
 知ってはいる。知ってはいるが、自分では遠い先の出来事であるとか、まるで無関係な事の感覚だったからだ。
「終わったのか――…?」
「お前、他人事みたいだな。この星にいる以上は誰も逃れられない運命さ。お前もその運命に乗っかってるんだよ」
「……運命――――? ここは、そういう星だったのか…」
 男はノボアを訝しげに見た。
「自分が何しにここへ来たのか判ってんのか?」
「………」
「…まぁ、ここには立派な思想をお持ちの人から、ヤバイ素性の奴らもいるし、一概にどうとは言えないが」
「あんたは何でここに」
「オレか。オレは食うためだ。家族のいる星は資源が乏しくて貧しい。豊な星に行くには金がいるし、手っ取り早く稼げたのが解放戦線のラントゥールだった。政府の福祉がいき届かないから貧富の差が生まれているかと思えば、過激な手段に身を投じたくもなるしな」
「どうするんだ家族は」
「どうするも何も半年前から音信不通だ。送金用の闇口座も封鎖されてるだろうしな――たぶん警察か政府軍にしょっ引かれたかもしれない…」
 しばしの沈黙後に男は、でもいいさ、と笑ってノボアの元を立った。
 諦めと満足が入り混じったような笑顔に、ノボアは戸惑う。
(――なんで……)
 ここにいるんだろう。
 と、思ったようである。
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