ノベライズ縦書き表示RDF


ノベライズ
作:草歌仙米汰


「長生きするためにゃあ、小説を書くときのコツと反対のことをするのが一番だ。つまり、他と同じ生き方をするってことだ」
 今年二度目の還暦を迎えた私のひいひいひいじい様は、彼の百二十回目の誕生日に私にそんなことを言った。一体どういうことなのか、私はじい様に尋ねた。もっとも、彼は現役の小説家であったから、作り話をされるだろうと思ったし、今でもあれは作り話だったと思っている。
 何でも、じい様は最初の還暦の年、天に召されかけたそうだ。十余年前になくなった私の祖母も、昔そんな話をしていた覚えがあったので、それは恐らく間違いではないだろう。
 じい様は、病院のベッドで意識不明に陥った直後、角砂糖の中身のような一室に立っていたという。四方を囲む壁、空や地を隠す天井や床、真ん中に陣取った会議室に良く似合う机とパイプ椅子、そのすべてが真っ白に塗りつぶされていた。扉や窓は一つもない。
 パイプ椅子は、静かに後ずさった。座れ、ということだった。じい様は素直に腰を下ろした。
 机の上には、左側にB5サイズの紙、右側にはまっさらの原稿用紙が、白い文鎮で押さえられていた。
 B5用紙の真ん中には、次のようなことが書いていた。
『冥府移住審査試験:右の原稿用紙に、貴方の一生を余すところなく正直に書いてください。我々はそれの内容によって、貴方の処遇を決めることとします』
 右下には『冥府総合出版社長 平坂 心』の捺印があった。
 じい様は頭が良かったから、その『処遇』の意図するところをすぐに理解した。要するに、極楽か地獄、どちらに行くかが決まるのだと。じい様は地獄に落とされてはたまらないと思い原稿用紙右横の白い万年筆をとった。
 といっても、六十年も前のことを思い出そうにも、記憶に残っているはずがない。しばらく頭を抱えていると、周りの白に自分の生まれたときの様子が、立体映像として映された。じい様は頭が良かったから、その壁が自分の脳内を映し出すことが出来る特殊なスクリーンであることを瞬時に理解した。
赤ん坊は、多くの親類に愛されていた。じい様はその様子を、脚色もせずそのまま文章化した。死に至るまでの記憶は走馬灯のように流れた。
 そうやって、じい様はすべての人生を書き終えた。何万枚、何時間を費やしたか知れない。最終章の最後の読点を打ったとき、目の前に若い男が机の前に唐突に湧いて出た。直角に腰を折り、名刺を両手に持って突き出している。
 じい様はそれほど驚かず、自然にその名刺を受け取った。
「初めまして、わたくし、冥府総合出版の紙田隼人というものでございます。それでは、あなたの人生を、拝読させていただきます」
 かなりの長い時間かかるだろうと、じい様は途方にくれたがその予想は大きく外れた。紙田の眼はハイテク機械のごとく上下左右に高速で動いた。原稿用紙をめくる手も、摩擦で紙が焦げるのではないかと思うほど速かった。
 そして、その表情が変わっていくのも速かった。
「・・・・・・だめです、だめですよ、こんなの」
 じい様は、何が駄目なのか訊いた。
「ありきたりすぎるんです、あなたの人生。オリジナリティにかける」
 紙田は妙にカールしたこめかみの辺りをかきむしった。ありきたりだと何が問題なのか、と訊いた。
「だから・・・・・・ああ、そうですね、ご存知な訳ないですよね。それじゃあ、冥土の土産に聞かせてあげましょう」
 男は、冥府時間で十五年前に起こった改革と、今の冥府の政治体制を詳細に説明してくれた。
 何でも「寿命が来た人間は誰でも受け容れる」という体制に不満を持つ人間が増え「何らかの経済効果」を持たせるものにすることを望む傾向が強まってきたそうだ。そして、天地が神によって創造されたその日から実権を握り続けていた内閣は、不景気により徐々にその支持率を失い、また議員の汚職問題などもあいまって、内閣は解散。これを冥府改革という。
改革後政治の実権を握ったのが、紙田の勤める冥府出版だ。冥府出版は、当時の冥府の人々の願いを見事叶えた。試験という形で、寿命が来た人間に自分の人生という小説を書かし、それを民衆に売るという方法で。景気はうなぎのぼりだった。
「でも、あなたの人生はもう使い古されたネタなんです。テーマ性もあったものではない。こんなもの、たとえ同人誌でも買う人はいません」
 自分の人生がこのようにこき下ろされるとは思ってもみなった。じい様は、心底がっかりした。
しかし、ならばどうすればいいというのか?
「とにかく、あともう六十年ぐらい、できれば特異に生きて下さい。このままじゃ本当に商品に出来ません」
 最後に床がなくなって、男は浮いているのにじい様だけが深い闇に沈んでいった。


 続けて私はじい様に、どんな人生を送ってきたのか訊ねてみた。死後の世界に拒否されるくらいの人生がどんなものか、興味がわいたからだ。
 幼稚園や小学校、中学校は、家に程近いところに通ったそうだ。ここまでの生涯がワンパターンであることは、そう問題ではない。しかし、高校や大学への進学といった自己選択が要求されるところでも、仲の良い友人が進学するからとかそういう理由を適用したりした。そして、当時一番人気の高かったIT関連の会社に就職し、他の人と同じような仕事をした。特に高い業績を上げるわけでもなく、平均的であった。二十五のときに、当時流行っていたヘアスタイルの女性と結婚した。
じい様は頭が良かったが、何もかも、誰かの真似をしたような生き方だった。
「長生きするためにゃあ、他と同じ生き方をするのが一番。でも、それはそれであとあと困る」
じい様は生き返れたのは嬉しかったが、往生できないというのはそれもまた不安なことだと感じた。しかし、特異な人生というのはどういうものなのかもよく分からない。じい様は考えた末、作り話の練習をした。またあの角砂糖の中に入れられたときには、精一杯嘘の人生を書けるように努力した。嘘を書いたら地獄に落とされるかもしれないが、死ねないより幾分ましだと考えた。
じい様の書いた作り話の中には『特異な秀作』が出てくることが次第に多くなり、そのうちのいくつかを出版社に送ってみたところ、編集の目に留まり、見事作家としてデビューした。じい様は、前半パートとは比べ物にならないほど、特異な生き方をしたのだ。


そして、二度目の還暦の翌年、じい様は六十一年の現世での作家生活と百二十一年の生涯を終えた。
じい様は、作り話をしたのだろうか。それとも、正直に書いたのだろうか。でも、じい様の話すあの世の人々は、本が面白ければそれでいいようなので、最後の還暦にあんな作り話をしてくれたじい様だから、どちらでも大丈夫だろうと私は思うのである。





 ※絶望的なあとがきです。ここだけR−15指定。

 オリジナリティあふれる作品を書きたいものです。そして、オリジナリティあふれる人生を生きたい。しかし、そもそもオリジナリティって何なんでしょう。小学校のときに、みんな違ってみんないいみたいなことを言われました。本当ですか? そりゃ、細部にまでわたって見たらみんな違うでしょうよ。でも、僕らの人生を小説にしてみてくださいよ。面白くもなんともない、ありきたりなものばかりになるのは眼に見えると思いませんか? 僕らの世界には喋る二輪車に乗った旅人も、同居人を撲り殺して擬音で生き返らす天使も、左右非対称な表情をするマイスタージンガーを口笛で吹く死神も、ディシプリンも、無口なヒューマノイドインターフェースも、童顔の未来人も、まっがーれな超能力者も、僕の世界を守るひとも、魔王様も、トーチも、物の怪も、オヤシロサマの祟りだってありはしない。憂鬱になった団長が閉鎖空間を作りたくなるのも無理はないです。僕らは退屈で、似たり寄ったりで、どうしようもなく面白みのないこのどうせ終わる世界を、どうやって生きていけばいいのでしょう。そして自分の世界を必死で描いたとて、それを読んで褒めてくれる存在も、いまだ見つかりません。
僕の世界を読んでくれる人はいますか。じい様の人生を、褒めてくれる人がいたら幸いです。














ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




◆BACK
小説家になろう