名前:
thlaspi 2007-05-03 22:53
初めまして。あとがきがすごく気になったので、まずはそちらへのコメントを書かせていただきます。いきなりで申し訳ありません。
あとがきを読ませていただいて思ったのですが……たとえば、『オカンが亡くなる』というできごとは、誰もが一度は遭遇しますね。オリジナリティが全くないといえる小説がたくさんの人に読まれ、映画やドラマになるのはどうしてだと思われますか?
小説を書く人がとびぬけて非凡だったとしても、その作品を読む多くの人たちは平凡なはずですね。
もし、作品を読んで褒めてもらうことが目的だとすれば、平凡な人たちが共感してくれるものを書くのが、最短距離ではないでしょうか?
作品そのものについては、読みやすい文章、好奇心をくすぐる書き出しとストーリー、どれも素晴らしいと思いました。でも、あいまいにされたオチが、書き出しの一文を受け止めきれていなくて、ちょっともったいないと感じました。あとがきのような強い思いを、作品の中に封じ込めて欲しかったなと思います。
ぶしつけな評価でお気を悪くされてしまったらすみません。次回作も楽しみにしています。
この評価は270日以上経過しているため、信頼度が1となっています。
得点にはほとんど影響しません。
文章評価:
★★★★☆ 作品評価:
★★★★☆ 出版:買わない
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| ▼コメント 「オカン」がヒットした理由……これは私にとって理解しかねる事態でした。なぜ、あんなにも平凡・ありきたりな作品が? と疑問に感じたのです。 小説家・浅田次郎氏のインタビューを聞き、私はその答えを得ました。要は、最近の読者の求めているものは、自分が望む結末なのです。「こうなるんだろうな」と思ったそのままが展開として現れる。それが気持ちいいのだろうと、浅田氏本人が仰っておりました。私は、なるほどなと思ったと同時に、悲しみと共にこの作品を思いついたのです。 容易に予想できるこの人生の中でやっと見つけた「予想不可能な実際にはありえない物語の世界」への侵食を私は危惧しました。もう逃げ場が無い、と。 「オカン」のヒットは小説家のオリジナリティの限界を見せ付けられているようで、私としては不愉快です。かといって、人に理解できないようなとっぴな作品を書き続けることに意味があるというわけでもありません。それは確かに単なる独りよがりです。だから私は、「人が発見し得なかった」ことを題材に、人々の共感をえられる作品を書いて、「じい様」に近づきたいと思うしだいでございます。 読んでいただき、誠にありがとうございました。 名前:草歌仙米汰[2007-05-04 10:22] | |