最強の魔術師!〜とある一日〜
あの海斗と早紀の喧嘩(?)から半年。あの事件からよりいっそう二人の絆は深まり、今も相変わらず仲良く毎日を過ごしていた。そして、これはそんなある日の出来事である。
二人は休日を相変わらずいちゃいちゃするのに時間を掛けていた。
「ふにゃ〜」
猫の鳴き声ともとれるため息を吐いたのは長良 早紀。側に、というよりはその先に膝枕をして頭を撫でているのは篠原 海斗。
普通は配置が逆のような気もするがこれがこの二人のいつもの格好である。
ようするにこの二人はバカップルという奴なのだ。二人はどちらもいわゆる美形という奴で、二人一緒にいるととても絵になる。
「ふゃ・・・えへへ」
その膝枕されているほうの早紀はというとその整った顔を緩ませて海斗の腹に頬擦りしている。
二人はついさっき起きたばかりで今はまだベットの中だ。二人はいつものように目が覚めるまではゆったりとくつろいでいた。
そんなくつろいでいる二人の部屋のドアがばたーんと開いて金髪碧眼の絶世の美女が飛び込んできた。
いきなりやってきたのは言わずもがな、サリエス・クラージ。海斗の実の母である。
「おっはよ♪二人とも。突然で悪いけど海斗、依頼が入ったわよ♪」
その言葉に海斗は眉をひそめてサリエスをじっと睨んだ。海斗としてはこの貴重な休日はずっと早紀と一緒に過ごしていたいのだがサリエスの乱入でそれもかなわないようだ。
早紀も同じ気持ちのようで海斗の腰にしがみつくと威嚇するようにサリエスのほうを睨んだ。
サリエスは二人のこういう反応が見たくて度々依頼を持ち込んでくるのだが二人は気付いていない。
「どうどう、そんなに怖い顔しないで。今日のは半日だけだから♪」
今日は、と言う文字の通りサリエスはここ最近頻繁に依頼を持ち込んでくる。おかげで二人は最近一緒にいられる時間が少なくなっている。
ここ三週間程はずっと休みの日は泊まりがけの大きな依頼を持ってこられるせいで休みの日にゆっくりする暇もない(先週土曜に早紀が寂しくて暴走しかけたのは秘密だ)。
早紀と一緒に二人だけで住む、というのを許してもらう条件とはいえ最近は多すぎる。
「今日は久しぶりに早紀と一緒に過ごしたいんだ。あいつらに頼んでくれ」
海斗がやや不機嫌そうな声で答えた。海斗は普段、早紀の前では怒ることは滅多にないのでこれはなかなかないことである。ちなみにあいつらというのはサリエスと海斗の父、篠原 龍斗の弟子である二人のことだ。
「そうしたいんだけどねー、あの子達も今はもう依頼をしに行っちゃったんだよね。だからお願い、海斗」
明らかに作為的な物を感じるがそれでもここ最近依頼が多いのは確かなようなので渋々首を縦に振った。
先ほどまで幸せいっぱい、という笑顔だった早紀が今度は泣きそうな顔で海斗を上目使いで見てくる。
これは海斗にかなりのダメージを与えた。とことん早紀に甘い海斗が、こうして縋るような目つきで見られるとかなり意思が崩れる。というよりは元々行きたくなかったものなので今日だけは止めてもらおうとサリエスに向かって口を開きかけたが、口を開く前にサリエスに強制転移させられた。
「じゃ、がんばってきてね〜海斗♪」
サリエスがいつもの意地の悪い笑みを浮かべながら海斗に向かって手を振っているのと早紀が不安そうな眼で見ているのを最後に海斗は強制転移させられた。
「おい、用意はいいか」
「はい、万事整っております」
「そうか、あの女も帰ったようだし早速貼付けろ」
「はい」
海斗は飛ばされた後にサリエスから魔力での通信(一回海斗も使ったことのあるあれだ)がきて、この山にいる傭兵崩れの山賊をやっつけろ、という依頼だった。
傭兵崩れといっても結構名のある者も多かったらしく、騎士団では歯が立たなかったそうだ。
正直に言って海斗の敵ではないし、半日で終わるというのも嘘ではないだろう。半径五十mの気配を探りながら森の中を散策する(海斗は半径五十m位ならばすべてのことを把握できる)。
森の中は時たま兎や狐がいるぐらいで人の気配はなかった。そのままどんどんと山頂に向かって歩き続けること三十分。そこまで大きくない山の山頂付近までやってきた。
そこで海斗は人の気配を察知した。どうやら山頂に三十人程で固まっているらしい。
さっさと終わらせて早紀に会おう、と自然と足が速まる。
頂上付近に小屋があり、そこに山賊達はいるらしい。にしてもそれほど大きくない小屋に大の大人が三十人も入っているのを想像すると少し複雑な気分である。
海斗が小屋の前まで足を進めると小屋の中で魔力が高まるのを感じた海斗はすぐさま防御術を行使した。
小屋のドアが弾けて中から複数の炎球が飛び出してきた。
海斗はそれを軽くいなして小屋に手をかざした。
「Vanish」
ずばんっ、と小屋が弾けとんだ。小屋は跡形もなくバラバラになり山の向こうへと吹っ飛んで行った。
あっけなかったな、と海斗が踵を返そうとしたが、まだ気配が残っているのに気付いて再び向き直った。
「ふふふ、もう終わりか?篠原海斗」
おそらくリーダー格だと思われる奴に声をかけられた。こちらとしては全く見覚えがない顔なのだが向こうをこちらを知っているらしい。
「・・・だれだ?お前」
「ん?俺か?俺様の名前はなぁ・・・「やっぱいいや」・・・ぐっ」
一応名前だけは聞いておこうと思ったのだが面倒なので止めておいた。早紀と引き離されて海斗は少々腹が立っている。
「そんなことはどうでもいい。どうでもいいからさっさと死んでくれ」
海斗はいかにもめんどくさい、というように気怠い声を出して魔力を高め始めた。
海斗の手に炎球が出来上がった。見かけはなんの変哲もない普通の炎球なのだが込められている魔力は先ほど放たれた炎球の数万倍を軽く超える。
その込められた魔力に恐れ多のき、山賊はじりじりと後退を始めたがその中でリーダー格の男だけは自信満々にたっていた。
「ふん、そんなもの怖くはない。こちらにはこの切り札があるのだからな!」
リーダ−がばんっ、と海斗に向けて突き出したのは手鏡だった。しかし、その手鏡に写っている人物を見たとたんに海斗の体はぴたっと身動きを止めた。
「ふふふ、やはりな、お前も気付いているだろうがこの手鏡は特別でな、この手鏡に魔術をぶつければそれと同じ効果がこの娘に襲いかかる。・・・試しに炎球でもぶつけてやろうか?」
リーダー格の男は手に炎球を出現させて手鏡に近づけて行った。暗に海斗に炎球を消せ、と命令している。
海斗は手にある炎球を消した。山賊やリーダーには俯いている海斗の顔は見えない。しかし見えていたら確実に逃げ出していただろう。
海斗の顔は一切の感情が抜け落ちて眼には憤怒の炎が込められている。
「よし、それでいいんだ。魔力を発動させようとしたらこの娘の命はないぞ」
とリーダーが海斗の様子を悔しがっているものと勘違いして得意げな笑みを見せた。周りの山賊もそれに便乗して囃し立てている。
「よし、お前らあいつを・・・」
袋だたきにしろ、と言おうとしたリーダーの首はその瞬間に飛んでいた。海斗は一瞬のうちに移動していつもの光り輝く光剣ではない、漆黒の剣を持っていた。
ひっ、と周りの山賊が息を飲むのを聞きながら海斗は手鏡に手をかざした。
しゅぼっという音がして手鏡が跡形もなく消滅した。
そして海斗は俯いていた顔を再びゆっくりと上げた。
「お前ら、生きて帰れると思うなよ」
海斗は殺気を言葉に乗せて山賊に叩き付けた。山賊達の頭では今何千回と自分が殺される映像が流れていることだろう。そのプレッシャーに耐えきれず山賊は皆蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「Destroy all by my power here,and,by power to put all back to nothing,drop all inn darkness」
海斗へ天に向けてその漆黒の剣を掲げた。山すべてを闇が覆った。光が一切ない闇の世界。
「black hole」
世界が歪んだ。そのままその闇の世界は闇に消えた。後にはいつものように平野にたたずむ海斗の姿があった。
早紀はお昼ご飯の用意をしていた。何か途中でとても気持ち悪い視線を感じたような気もするが、ここは海斗の家だ。気のせいだろう。
今日は昼までには片ずく依頼だってサリエスさんは言っていたし海斗の分も含めて用意する。朝は寂しくて思わず泣きそうになっちゃったけど今は海斗がもうすぐ帰ってくるので勝手に頬が緩む。
自分でも大げさだとは思うけど、海斗のことになると心を抑えられない。感情の幅が大きくなってしまう。『氷姫』と呼ばれていた頃の自分はこの海斗の家では一度も見せたことはない。
ガチャッと玄関のドアが開く音とともに海斗のただいまーという声が耳に心地よく響く。
料理の盛りつけをしていたことも忘れて海斗の元へと飛び出した。
「おかえりっ海斗!」
番外編を書いてみました。どうだったでしょうか?出来れば感想などをいただければ嬉しいかと思います。
次回作ですが、傭兵の少年がかわいい女の子に翻弄されて行く、という物語を書きたいと思います。これは夏休みが終わったら出したいと思います。
その次に、最強の魔術師!第二部を書きたいと思います。