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名も無き者達の幸福

シロツメクサを君に2

作者:くる ひなた
 国家の要が集まる中央区。
 その中でも一際大きな軍の庁舎に寄り添うように、獣人保護庁の庁舎も立っていた。
 かつてはこの大陸を支配していた“獣人”と呼ばれる人々。
 彼らは人間との勢力争いに敗れ、今では随分と数を減らしてしまっている。
 現在は種の保全のために国の管理下に置かれているが、いまだに多くが野山や森林、あるいは街の中へと身を潜めて生きていた。そんな獣人達を見つけ出し、保護するのが、獣人保護庁の役目であった。
 とはいえ、それはあくまで人間側の都合である。
 管理されることをよしとしない獣人達にとって、獣人保護庁は敵なのだ。鋭い牙や爪、時には毒といった凶器でもって抵抗してくる。
 そのため、彼らと一対一で対峙した場合においても、冷静かつ迅速に任務を遂行できる強靭な肉体と精神を持った者だけが、獣人保護官となることができる。
 そして、そんな獣人保護官達のトップに立っているのが、齢二十五の若き長官である。
 緋色の髪と鳶色の瞳の、すらりと背の高い美青年だ。
 一見優男のようではあるが、屈強な部下達が束になって掛かっても敵わないほどの剛腕の持ち主でもあった。
 軍人というのは基本実力主義社会。
 そのため、若くはあろうとも、彼は多くの部下達に慕われ尊敬されていた。
 そんな若き長官だが、この日はどこか気持ちが浮かない様子だった。
 てきぱきと書類の処理を進めつつも、時折頬杖をついては小さくため息を吐き出している。
 見兼ねた部下の一人が声をかけた。
「長官、今日はどうなさいました? 何か悩み事でも?」
「ああ、いえ……」
 とたんに気まずげな顔をした長官のデスクに、なんだ、どうした、と同じフロア――庁舎の最上階にある長官執務室――にいた保護官達が次々に集まってくる。彼らは獣人と格闘するのは得意だが、デスクでの仕事は苦手なので、ここぞとばかり書類を放り出した。
 いつもならばこんな時、さぼってはいけないと注意をする長官も、この日はペンを置いてしまう。
 そうして彼は、自分のデスクの周りに集合した無骨な面々を見回し、ため息とともに問うた。
「ウサギの獣人について……皆さんはどれほどご存知ですか?」
「ウサギの獣人……ですか?」
 保護官達は顔を見合わせる。
 それぞれの脳裏に一瞬にして浮かんだもの――それは、ふわふわの金色の髪から同じ色の長い耳を生やした、砂糖菓子のような娘の姿であった。
 彼女はつい一月ほど前、長官自らが保護し、そのあと正式な許可証を得て屋敷で飼育することになった、ウサギの獣人である。
 地方の街でひっそりと青果店を営みつつ隠れ住んでいた彼女は、まだたったの十五であるというのに、父も母も親類さえもいなかった。
 保護された当初は長官に対しても、そして稀に顔を合わせる保護官達にも、随分と怯えた様子だった。
 しかし、やがて彼らが自分に危害を加える気がない――むしろ守ってくれる存在なのだと理解すると、おずおずとではあるが笑顔を向けてくれるようになった。
 保護官達はその笑顔を思い浮かべつつ、厳つい顔を緩めて口々に言った。
「とにかく可愛らしいですね!」
「耳がもっふもふです!」
「菜食主義でしたっけ? シロツメクサが好物なんですよね!」
「あの大きな瞳で見つめられると、頬の筋肉がゆるゆるになります!」
 それは、ウサギの獣人全般の特徴というよりも、かのウサギ娘個人の特徴である。
 だらしない顔をする部下達に、長官が少しだけ不機嫌になった。
 とその時、一人の保護官が、はっとした様子で口を開いた。
「ウサギの獣人は、あの長い耳に目が行きがちですが……しっぽって、あるんですかね?」
 それを聞いた他の保護官達は、一瞬互いに顔を見合わせ、それから一斉に長官を見る。
 長官は、少しだけ逡巡してから答えた。
「……ある、らしいのです」
 まじっすか!? うわぁ、見たい! と保護官達が騒ぎ立てる。
 獣人にしっぽがあるのは珍しいことではなく、むしろほとんどにあると言っても過言ではない。
 とはいえ、衣服を着ている限りやたらと見えるものでもないのだ。
 すると、先ほどしっぽの話を出した保護官が首を傾げつつ問うた。
「らしい、とおっしゃるということは……長官ご自身がご覧になったわけではないのですか?」
「……ええ、一緒に風呂に入った姉が見たのです」
 長官には一つ違いの姉がおり、両親から受継いだ屋敷の女主人を気取っている。
 弟が仕事に出ている昼間は、ウサギ娘は彼女に預けられていた。
「耳と同じ毛色の、小さなしっぽであったと……」
 長官はそう呟くと、また小さくため息をついた。
 それを見ていた保護官達は、ああなるほど、と思った。
 ウサギ娘のしっぽを長官も見たいのだろう、と合点がいった。
 しかし生えている場所が場所だけに、普通にしていて見えはしないし、気軽に見せろと言えるわけもない。
 若くして獣人保護庁のトップに立ち、軍の幹部のみならず将軍、時には国王陛下までも従わせる長官。
 それでも彼は、決して傍若無人な振る舞いはしないのだ。
 たとえ己の管理下にあり、表向きはペットと変わらぬ立場にあるウサギ娘に対しても、その尊厳を傷つけるような真似はしない。長官は彼女を一人のレディとして扱い、とにかく大切に大切に扱っている。
 何より、彼はウサギ娘が可愛くて仕方がない。
 ふわふわの耳だって愛しいし、茜色のまあるい瞳で見上げられれば、部下が言った通りに頬も緩んでしまう。
 そんな長官の想いを知っている保護官達は、物憂げなため息を重ねる彼に呆れたりはしなかった。
 むしろ彼に、ウサギ娘の可愛らしいしっぽを拝めるチャンスが訪れることを、本気で願った。

 すると――

「こんにちは」

 男ばかりのフロアに、突如鈴を転がすような声が響いた。
「――!!」
 長官のデスクを囲っていた保護官達が、一斉に扉の方を振り返る。
 いつの間にか大きく開いていた扉の向こうに、女性が二人立っていた。
 一人は、長官と同じ緋色の髪と鳶色の瞳をした、美しいひと。
 そしてもう一人は、ふわふわの金髪と長い耳、茜色の瞳をした小柄な娘――彼女こそが、先ほどから話題に上っているウサギ娘であった。
 声を発したのは後者であり、フロアの奥に長官の姿をみとめると、彼女はふわりと微笑んだ。
「だんな様」
 屋敷に仕えるメイド達に倣い、ウサギ娘は長官をそう呼ぶ。
 彼に向かってたっと走り出そうとするが、すぐにくんと後ろに引かれてたたらを踏んだ。
 それを見た長官が、椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がり、珍しく声を荒げる。
「姉さん、早く! 放してやってください!!」
「うるさいわねぇ、分かっているわよ」
 長官が姉さんと呼んだからには、ウサギ娘と共に現れた女性は、彼の姉で間違いないだろう。
 長官の姉は苦笑すると、ウサギ娘のチョーカーにかけていたリードの留め具を外してやる。
 ウサギ娘はにこりと微笑んで彼女に礼を言うと、駆け寄ってきた長官に向き直った。
「何だっていきなり、ここに……?」
 長官はウサギ娘を引き寄せ、リードにつながれていた首を撫でてやる。
 質問に答えたのは、彼の姉だった。
「屋敷にばかり居ては退屈だから、ショッピングに連れてきたのよ」
 長官の姉はそう言って肩を竦める。弟の視線が、ウサギ娘にリードを着けたことを咎めているようだったからだ。
 ただし、リードを着けることは、獣人であるウサギ娘にとってとても大切なことだった。
 リードの先を握る人間の保護者があれば、獣人は獣人のままの姿で堂々と外を出歩くことができる。人間の管理下にあると証明されている限り、獣人は理不尽な仕打ちを受けることがないのだ。
 逆にリードのない獣人は、野良犬と同じ扱いになる。それこそ、長官率いる獣人保護官達の出番となるわけだ。
 とはいえ、街に溶け込み人間と同じ生活をしてきたウサギ娘に、今更リードを着けるという隷属的な思いをさせることを、長官は好ましく思っていなかった。
「勝手な真似をなさらないでください」
 長官はそう言って、さらに姉を睨みつける。
 しかし、時には国王陛下の背筋さえも正す男であろうと、姉にとってはただの弟。
 長官の姉はふんと鼻で笑い、リードを持っていない方の手をひらひらさせて言った。
「文句を言う前に、その娘の格好をよくご覧なさいな」
「え……?」
 姉の言葉に、長官は改めてウサギ娘を見下ろす。
「――っ」
 とたんに彼は息を呑み、鳶色の瞳を大きく見開いた。
 長官のデスクを囲っていた保護官達も、一様に目をまんまるにする。
「だんな様、似合いますか?」
 ふわふわのウサギ娘が、頬をピンク色に染めて首を傾げる。それだけでも悶絶しそうなほど愛らしいというのに、今の彼女はさらに破壊力のある武器を備えていた。
 この時、ウサギ娘が身にまとっていたのは、Aラインのワンピースだった。
 あちこちにレースの飾りが付いた可愛らしい代物で、瞳よりも濃い朱色が彼女によく似合っている。
 丈は膝上と少し短い気がしないでもないが、膝までの編み上げブーツをはいているため、肌の露出は多くはない。
 問題は、ワンピースの後ろ身頃にあった。
 長官がどこか呆然とした様子で呟く。
「……しっぽが……」
 そう、しっぽ。
 長官の姉が風呂で見たと言ったウサギのしっぽが。
 長官が見たくても見れずに悶々としていた、金色でふわふわのしっぽが。
 朱色ワンピースのお尻の部分から、ちょこんと顔を出していたのである。
 国家の中枢にして大都会であるこの街では、獣人は愛玩物としてすっかり浸透している。
 そのため、彼ら専用のショップも軒を連ね、そこでは衣服もたくさん売られている。
 ウサギ娘が今身につけているのは、獣人保護庁舎を訪ねる前に長官の姉が買ってやった、しっぽを持つ獣人用のワンピースだったのだ。
「だんな様?」
 髪や耳と同じ金色のふわふわのしっぽが、小さく揺れている。
 とたんに、フロアの奥からいくつもの声が上がった。
「うわぁあ、かわいいっ……!!」
「ぴるぴるしてる! ぴるぴるしてるよぅ!!」
「お願いっ! もふらせて~!!」
 厳つい面をデレデレに蕩けさせた保護官達が、屈強な身体で悶えている。
 それに驚き、ついでに少しばかり怯えたウサギ娘が、傍らに立つ長官の袖をきゅっと掴んだ。
 と、それまで黙り込んでいた長官が、いきなり軍服の上着のボタンを外し始めた。
 かと思ったらそれを脱いで、長官のバッジをつけたままウサギ娘に着せた。
「あの、だんな様……?」
「ちょっと、何するのよ。せっかく可愛いの着せたのに」
 ウサギ娘はきょとんとして瞳を瞬かせ、姉は不満げに口を尖らせる。
 そんな二人の女性に対し、長官は難しい顔をして、「いけません」と告げた。
「屋敷の中ならともかく、外出先でしっぽなど晒すものではありません。よからぬ輩に目をつけられたら、どうするんですか」
 責めるようなその言葉は、ウサギ娘ではなく姉に向けたものだった。
 獣人が愛玩物として認知されるとともに、彼らの需要も高まっている。
 いまや稀少な彼らを巡って非合法な取り引きが行われることも少なくはなく、獣人が誘拐されたという話も時折紙面を騒がせる。
「そんな連中、返り討ちにしてやるわよ」
 弟に次ぐ剛腕と噂される姉が、手の指をボキボキ鳴らしながらそう言うが、長官は首を横に振った。
 そんな彼をおずおずと見上げ、ウサギ娘が口を開く。
「だんな様、似合いませんでしたか?」
 大きな瞳をうるんと潤ませる彼女を、長官はたまらず抱き締めた。
「いいえ、とても似合っていますし、とても可愛らしいですよ」
「……本当ですか? お嫌ではありませんでしたか?」
「ええ。ただし、私はとても嫉妬深いのです。可愛らしいあなたを、幾人もに見せるのが嫌なのです」
「そうなのですか?」
 ウサギ娘を包む長官の上着は、肩は落ち袖は余り、とにもかくにも大きすぎた。
 長官は両の袖を丁寧に折り返し、彼女の手の先が出るようにしてやる。
 ふと壁掛け時計を見上げれば、時刻はちょうど五時半を回ったところ。
 あと半時間で終業となるのを確認した長官は、ズボンのポケットから鍵を取り出し、いまだに口を尖らせている姉の前に差し出した。
「定時に上がりますので、応接室で待っていてください」
「いやよ。ダサい軍服なんかさっさと脱がせて、この子と向かいのビルのラウンジでパフェ食べるんだから」
「パフェでもケーキでも、お好きなものをご馳走しますから、とにかく待っていてください。私の車で帰りましょう」
「え~」
 なおも不満そうな声を上げる長官の姉。
 ウサギ娘が今度はその袖を引いて、「おねえ様」と呼びかける。
 すると、渋々という様子ながらも、長官の姉は弟の手から鍵を引ったくった。
「どうせなら、最上階でディナーが食べたい」
「お好きにどうぞ」
 長官が頷くと、姉はやっと満足した様子で踵を返した。
 応接室は、この長官執務室からまっすぐに廊下を進んだ突き当たりにある。
 長官はさっさと歩いていく姉の方にウサギ娘を送り出しながら、そのふわふわの長い耳を指の背で撫でて言った。
「すぐに参りますから、いい子で待っていなさい」
「はい、だんな様」
 ウサギ娘は従順な様子で頷くと、長官の上着を羽織ったまま、たたっと駆け出す。
 その際、長官の背後に居並んだ保護官達に、ぺこりと小さく頭を下げていった。
 間もなく、二人の姿が応接室の中へと消える。
 それを見届けると、長官は一際大きなため息をついた。
 そして、コホンと一つ咳払いをしたかと思ったら、くるりと部下達の方を振り返り、言った。

「こういうわけですから、今日はさっさと仕事を終わらせたいのです。ご協力ください」
「――御意にござります!」

 何としても、今日は長官を定時に上がらさねばならない。
 この後の三十分間、獣人保護庁長官執務室の面々は一丸となって、苦手な書類仕事に取り組むのであった。





「くるひなたは5RTされたら奴隷な兎の獣人が奴隷にされる話を書きます」
 http://shindanmaker.com/483657
 診断メーカーのお題より。

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