空がいつもより広い日は、オレンジ色の球体が雲の中に顔を隠して、入道雲が夜になっても見えるくらいに月の明るい土曜の午後。
投げた石ころが静止した水鏡に環を描いて広がるみたいに、思い出が浮かんでは消えていく日。
瞬きをしないように、必死で目を見開くのだけれど、やっぱり君の姿は見えない。
息遣いや、肌の温もりだけがあたしの部屋の片隅に残っている。
気付いてしまったら、気になって眠れない。
いつもは、関心の外にある時計の音に変わってあたしの心を刺してくる。
ベットの左側で、背骨を丸めて眠れない夜を過ごすのは酷く辛い。
だからそんな日は…空がいつもより広い日は、真夜中に家を抜け出す。
散歩がてらに、いつもの歩道橋を歩く。
うそみたいな静寂が広がっていて、時たま思い出したようにトラックのボゥっとしたテールライトが通る。
灯りがついている家はまばらで、それでも無機質な街灯の光が明るい。
空には、満月が360°のパノラマで世界を照らして、大きなモクモクとした入道雲が月を囲っている。
金網は少し湿った夜風でひんやりと冷たい。あたしは足をブラブラとさせながら、首が痛くなるぐらい伸びをして空を見上げる。
電線が別ける空をはどこか狭くて、孤独に見えた。
自分を守るように領土を主張しているみたいで嫌だ。
この歩道橋だけが唯一、そんな電線よりも高い所にあって、空は一つになる。
夜の空気は、人間の体温と、車の排気が混じっていなくて澄んでいるように感じられる。
きっと、人間の一人もいない山奥にいくとこんな風に空気も清いのだろう。
町を見下ろすと、新しい家と、昔からある家がお互いを牽制しながら窮屈そうに囁きあっている。
目を瞑ってみても、満月の残像が残っていて、その円の中に小さく波紋を寄せていく。
出会ったのは春。
その冷めた目に魅せられて、実のらない恋と割りきった。
君は、いつでもあたしをギリギリまで期待させて、優しさによく似た残酷さで裏切る。
あたしが必死にすがりつくと、飽きたのか離れていく。
冬には、マンションとあたしの部屋に荷物を半分づつ残して失踪した。
置き手紙なんてなくて、合鍵は金魚の水槽に中途半端に沈んでいた。
友人や知人の伝で、仙台のどこかのバーで酔ったあげくに他人を殴ったらしい。
とか
アメリカで男の恋人と同棲しているとも聞いた。
確かめてみる気はないが、多分どちらも本当で、どちらでも関係なかった。
最期まで、しっかりと関係を清算していないことと、話をする間もなく失踪したことで、あの合鍵と一緒で宙に浮いているみたいな感じだ。
まだ、あたしは待っている。
空が広い日にはボンヤリとでいいから月が出ていてほしいと願っている。
そろそろ月の海底にたどり着いても良い頃だけれども、まだ、手足が動かなくなるまでは底は見ないことにしている。
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