ファーストコンタクト
スペースオペラの開幕になればいいなあ。
飛翔型護衛艦“おおぞら”艦橋、艦長森下2佐は、超光速飛行が終わったあと秒速25万kmで航行する艦の外を見ていた。近くに速度を感じる対象がないため、あまり速度の実感はない。
森下は、先の対中国作戦ですべての核ミサイル基地を破壊する大きな手柄を立てたことから、一佐に昇格の辞令が降りようとしたが、固辞しておおぞらの艦長にとどまった。一佐になると基本的に管理職になって現場を離れることになるためだ。また、森下はひそかに同窓生等に根回しをして、本来国内にとどまる予定のおおぞらを宇宙探査に派遣させることに成功した。
そこは、地球から55光年離れた恒星系で太陽は遠くに小さく見える。惑星は10個あり、第3惑星が太陽の大きさと距離からして有望だ。しかし、望遠鏡で見てもあまり青くは見えない。まだ、目的の惑星まで、30億kmあるので、着くには3時間かかる。
その星が地球における月位に見えて来た時、望遠機能で表面がはっきり見えるようになる。
「なんだ!これは」艦橋でスクリーンを見たスタッフは思わず叫んだ。
海があり、陸がある。しかし、陸はクレーターだらけで、褐色と黄色の汚い色のモザイクであり海も黄色く濁っている。
「艦長、地表はすごい放射能です」観測員の鮫山が言う。
「これは、核爆弾?」森下の問いに鮫山が答える。
「そうでしょう。惑星全体に核爆弾の雨を降らせたのでしょう」
「しかし、相当な文明があったようだが」森下がひとりごちる。
クレーターだらけの中でも、地形を人工的に改変した後が何か所も確認できる。
さらに、近づくと明らかに大規模な都市があった跡として、破壊されたコンクリート様の建物、折れ曲がった鉄塔が目に入ってくる。所々、緑の森の残りも目に入る。
「まだ最近、たぶん1年足らず前でしょう。まだ熱を持っているようです」
「いずれにせよ、この高い放射能では降りれないし、生物はまず全滅だろう」森下は言う。
「待ってください。電波が入っています。たぶん、映像が映ると思うのですが」通信員の吉田が言ううちに、スクリーンの画面が変わって、若い女性の映像が現れた。
ゆったりした何やら派手な模様が描かれている服を身につけ、大きなペンダントを下げている。
体つきは見ただけではほとんど地球人と変わらないが、顔は、目が明らかに人間より離れており大きい、耳も正常な位置にあるが半分くらいの大きさしかない。また鼻は耳と同様半分程度で高さも低い。それで醜いかと言えば、そうでなく目が生き生きとしているせいか魅力的に見える。その女性は恭しくお辞儀をする。そして脇に置いてあるスクリーンを指さして、見てくれという仕草をする。と画面が切り替わって、絵による説明に移った。
数字については、換算法の説明があり、容易にわかるように工夫されている。
説明によると、この惑星は2万年の歴史を持つ民族(アーマルと発音している)が住んでおり、平和に暮らしていたが、2年前に巨大宇宙船(長さ500m位のようだ)が現れ、アーマル星の周辺を探るように飛び回った。アーマル星もロケットタイプだが宇宙船はあり、さまざまに呼びかけたが一切の回答はなく、10日ほど後に去っていった。
しかし、1年前に100機ほどの艦隊を引きつれて帰ってきて、アーマルのいかなる呼びかけにも答えず、そのまま激しい爆撃を加えてきた。その結果、わずか数日でアーマルは今のありさまになり、23億人の人々に加えてすべての動物も全滅してしまった。たぶん植物も生き残ったものはひどい奇形になるであろう。
その情景がまことに見事にスクリーン上に絵であらわされ、完全に内容が理解できた。明らかに洗練された文明の証拠である。
その後、おおぞらにアーマル星の月に来てほしいという要請が、また絵であった。
アーマル星には直径10kmほどの衛星があり、所々ごつごつしているが全体として滑らかな球形である。移動の間に地球の言葉を学びたいので、地球のニュースや映画等の映像を送ってほしいとのまた絵による要請があり、森下の承認で圧縮して10時間分位の映像のデータを送った。
ユーマという衛星の表面に着き、指示されたように移動すると、アンテナが地上から伸びてきて、その横に大きな四角の空洞が現れた。おおぞらが十分入れるスペースがある。
森下の指示でおおぞらが空洞に入ると、天井が閉まる。
今度はスクリーンに映った女性が、はっきりした日本語で「間もなく、エアロックに照明をつけて空気で満たしますので少し待ってください」と言った。
数秒後、照明がついて補強材がむき出しのエアロックの様子が見える。さらに5分ほどの後、「エアロックが空気で満たされました。中の空気圧力は1000ミリバールで、酸素22%、窒素が78%であなたたちの空気とほとんど同じですのでそのまま呼吸ができます」と同様に女性が言う。
サンプルを取って分析すると確かに言われる成分だ。さらに、簡易疫学調査をしたが、問題のある要素は見つからない。気が付くと、エアロックの隅に人影が見える。スクリーンに映っていた女性だ。
「では、私と、5名が外に出る。副長以下9名は中に残ってくれ。端末が繋がるようにアンテナの感度を一杯に上げておいてほしい。では、柴田、亀田、狭山、山寺、皆尺寺は付いてきてくれ」森下が指示する。
エアロックの中に出ると、少し金属臭はするがさわやかな空気であり、呼吸には問題ない。
森下以下の一行は、女性に向かって歩いていく。直近まで近づくと、女性は丁寧に頭を下げ、口を開く。
「私は、この基地の管理者のラーナ1202号の端末です。名前がないと不便でしょうからアリスとお呼びください」
「そういうことは、君はロボット?」
「あなたたちの言い方ではそうですが、有機体と金属の合成で作られています。基本的には独自の知能は持たず、マザーマシンであるラーナの一部ということになります」
「いきなり言葉がしゃべるようになったようだけど、これは送ったデータを解析した結果かな。」森下の質問にアリスは答える。
「そうです。すでに日本語とアーマル語の翻訳機は完成しています」
「それは早いな。君たちの文明はコミュニケーションとかそうした分野には優れているようだね」森下が言う。
「はい、その点では。ところで、お呼びした理由等、さらにお願いについてお話ししたいのですが」
「ええ、いいですよ」森下が応じる。
「では、こちらに」自動的に開くドアの中にアリスが案内する。
入った部屋には、白っぽい大きな机の周りに座りごこちがよさそうな椅子が人数分置かれている。皆で座ったところで、アリスがしゃべり始める。
「それでは、お呼びした理由ですが、私どもアーマル人はとりわけ人同士のコミュニケーション、心理を深く研究してきて、まあ人々と心地よく暮らすということに長けております。また、いくつかの異星の文明とも通信のみですが接触がありました。そこで、あなた方との短い接触と、送っていただいたニュース等の映像を分析して、特にあなたがた日本人に私どもアーマル人の将来を託すと決定させていただきました」
「ええ!将来を!どういうことですか」と驚く森下にアリスが続ける。
「実は、かの襲撃があった時点で、アーマル人は全く備えをしてないわけではなかったのです。しかし、大多数の意見はあの異星船があのような暴挙を犯すとは思っていなかったため、防御態勢はできるだけ整えましたが、大多数の人々が避難するまでの考えはなかったし、実行もしませんでした。
しかし、武力では、おそらく対抗できないことはほぼ明らかでしたので、アーマル人の種の存続という意味で危機感を覚え動いた方々もいたのです。そのため、もともとあったこの月基地を整備し、少年・少女50名ずつを選び、この基地で冷凍睡眠に入らせる準備を整えました。さらに、一定数の受精卵も確保しています。また、この基地には厳重な偽装を施し、よほどの探知を実施しても見つからない設備も設置しました。
そして、進攻艦隊が来たとき、すぐに選ばれた者たちを基地に運び、そのものたちはアーマル星の最後を見守り、その後に悲しみの中で冷凍睡眠に入りました。実は、私どもの交流のあった種族が様子を見に来るだろうということで、冷凍睡眠は10年ほどの期間を見込んでおりました。しかし、彼らも襲撃された可能性も考えて、冷凍睡眠は最大で200年間続けられように設計しております。
この基地の、100名の少年少女がアーマルという種族の最後の希望なのです。すでにあのように破壊され、汚染されたアーマル星を復活させることは不可能と考えています。従って、その100名は別の惑星で新たな世界を築く必要があります。どうか、彼らに新たな故郷を与えてやっていただきたいのです。あなたたち日本人は、対立することもあった外国に、発見した惑星を分け与えているとのこと。
かれらにも、新たな国を作るチャンスを与えてください」
アリスが言うが、その情熱をもって訴える姿をから、どう見てもロボットには見えない。
「ええ、私たちもそうしたいと思います。しかし、私どもにはそういう決定をする権限がない。ですから、私どもの国に来ていただいて、同じ訴えをしてください。私は間違いなく認められると思いますよ。また、いろいろ聞かせていただいた中でも、私どもよりテクノロジーの面で進んだものをお持ちのようです。それを提供して頂ければ尚更、確実に援助の決定は出ると思います」との森下の言葉にアリスは言う。
「ええ、私どもの持っている技術提供はもちろん致します。しかし、私どももあなたたちの重力操作の技術および超光速の技術、及び私どもを襲った暴力を跳ね返す技術を頂きたいのです。それ以外に、私どもが再び同じ襲撃を受けたとき自らを守る手段がないのです」
「そのことも含めて、私どもの国に来て話して頂きたい。しかし、私の艦は快適に乗れるのはあと5人が限度です。日本に到着次第、船を送って残りの人たちは運びますので、とりあえず4人か5人を選別して頂いて、我が国の国民の前で話をしてほしいのです」と森下。
「ええ、そう思って現在、4人を覚醒させる工程に入っています。あと6時間お待ちいただけますか」
「わかりました。我々も食事と睡眠をとりたいので、10時間後にまた降りてきます。それでよろしいですか」森下が言う。
「はい、そうして頂ければ」
森下等一行は、艦に帰り、待っていた乗員に状況を説明する。
副長の安田が言う。
「状況から言うと、そのアリスの言っていることは真実としか思えませんね。しかし、政府がそう簡単に援助を約束するでしょうか」
「政府はともかく、国民は賛成するだろうね。しかし、時間がかかることは間違いないだろう。そこで、私はまず、地球に向かわず新やまとに向かいたい。
新やまとには地球に行くより5日間早くつける。なにより、そこには今吉川順平君がいる。彼は、まず間違いなくアーマル人をすぐ助けに動くね。また、それより重要なことは、いまわれわれは、この宇宙の近傍にいきなり文明の発達した惑星を滅ぼす凶暴な種族がいることを知ったわけだ。地球上の日本に帰ってこの話をしてもパニックになるだけだけど、順平君がいればたぶん対抗する手段を開発し始める。新やまとに行くのは、日本と言うより人類のためにはずっと賢い行動だと思う」
乗組員は、当然皆強く賛成する。
翌朝、森下たちは艦からエアロックに降りたつと、アリスが昨日と同じように待っている。
「どうぞ」ドアを開いて招くと昨日と同じ部屋に通されるが、違う点は、そこに若い男女が2人ずつ立っている。女性の体つきはアリスと同じようで、腰がくびれ乳房が突き出している一方で、男性はやはり地球人と同じように、肩幅は広く体ががっちりしている。ただ、あまり鼠径部のふくらみはない。顔はやはりアリスのように、鼻、耳が小さいが離れた大きな目が生き生きしていて、魅力的に見える。
「紹介します。まずこちらの男性2人は、アクラ・ミン・フォンとミズメ・トン・ラナです。また女性は、リナン・クン・サンカ及びキアミ・サル・ミチルです」かれらは今や、アーマル人の代表です。
アリスが紹介し、さらに言う。「また、皆が腰に付けているボックスは翻訳機になっていて、日本語とアーマル語の翻訳をします」
「日本国、防衛軍の森下2佐です。宇宙艦おおぞらの艦長です」
森下は、まず男性2人に握手の手を差し出す。「これは、私どもの星の最初の挨拶の儀式で、お互いに手を握り合います」
「アクラと呼んでください。これから、貴国に連れて行っていただけるということですので、よろしくお願い致します」少し背の高いアクラが森下の手をがっちり握る。アーマル星の重力は地球より10%ほど大きいため力は強い。
「よろしく」森下も強く握り返す。このようにして握手の形でお互いに挨拶をして、各々椅子に座って話を始める。
「まず、君たちの中でリーダーを決めてほしい。基本的に、君たちに伝えたいことはまずリーダーに伝えてそれからリーダーから各人に伝えてほしい。いいだろうか?」
かれらは、手のひらを向けて右手を上げる。「ああ、これが私たちの了解の合図なのです。ええと、リーダーは僕ということでいいかな」
アクラが説明したのち、仲間に向かって言う。他のメンバーは賛成の手ぶりをする。
「そういうことで、僕がリーダーをやらしてもらいます」
「ありがとう。じゃあ、今からのスケジュールの説明をしたい。いいかな」
皆は賛成の手ぶりをする。
「ありがとう。では、まず君たち4人を地球、日本に連れて行くのだけど、大体地球まで55光年あるので48日間かかる」
「ええ!たった48日!」4人が驚く。
「いや、十分長いと思うけど」森下は苦笑して、さらに言う。
「従って、先に今開発している植民惑星に降りたい。この惑星へは5日早くつけるが、それが理由ではなく、そこにわが地球最高に科学者がいるので、一刻も早くここでの情報、君たちの悲劇、を伝えてこのような凶行をなした凶暴な相手への対策を早く始めたい」
森下は皆を見渡して続ける。
「その後、君たちには地球に行き、君たちの惑星に起きた悲劇を伝えてほしい。私は、私の祖国の日本は君たちが新たな世界を作るのを間違いなく手助けをすると信じているよ。それより前に、最初に降りた惑星で会う『順平』が助けてくれると思うけど」
「ええ、ジュンペイ、彼が最高の科学者なのですか」
「うん、君たちと同じくらいの年だよ。会えばわかるよ」森下は続けて、
「またいずれにせよ、植民惑星“新やまと”に着いたら、すぐ旅客船をよこすように要請する。3000人乗れる機だから、機材、荷物も十分載せられるよ。さらに、今回いつ出発するかは、君たちの準備にどのくらいかかるかによる」
「それに関しては、明日出発ということでよろしいでしょうか。現在、ラーマ1202号の姉妹機の情報インプットを行っており、それとあわせてアリスと同型の2体を同行させますので」とアリスが答える。
「しかし、その姉妹機はどの程度の大きさかな」
「大体、1m×2m×高さ2m位で、重量はそうですね。1トン位です」アリスの言葉に森下は副長を見る。
副長は「大丈夫です。長い航海でだいぶ消耗品の貯蔵量も減っていますので」
「では、明日今から20時間後に出発ということで、よろしいですね」森下が最後に了解を求める。
最近読者が増えて、書く励みになってうれしいです。
修正しました。