私は恋人に信頼されていない。それは当然かもしれない。私はこれまで、複数の男に抱かれてきたのだから。尻軽、淫売、男にも女にもさんざん言われた。
誰も何も、私を愛さなくて良い。愛されたいと思わない。私が愛しいと思う人以外には。
聖人君子のような顔をしていても、男は皆、女と寝たがっている。相手の内面なんかどうだって良い。相手の心なんか気にしない。
私はモノだ。男が入れて出すだけの存在。
私が快楽を与えなくても、身体を許さなくても、それでも私を愛してくれる男なんていない。恋人の貴雄ですら。
私に、性欲の対象として以外の価値などない。
私を性欲なしに、私の容姿ではなく、内面のみを、純粋に愛してくれる人はいない。
私に友人などはいない。家族もいない。
私は物心ついた頃には、既に性欲の対象だった。
私を守ってくれるものは何もない。
私を救ってくれる人はいない。
私は孤独だ。だけど誰かに何かに、慰められたいとは思わない。
だけど、愛は欲しいの。
永遠なんかいらない。
一瞬だけで良いの。だから、私を全身全霊で愛して。あなたの全てで愛して。
信頼なんかいらない。誠実さもいらない。
女との約束など、簡単に忘れて破るのが男の性でしょう?
貴雄は上手な嘘をつくのが得意な男。
女の気分を良くする言葉を知っている男。
そして女に束縛されたくない男。
満足されたら、全てを知られたら、彼はきっと私に興味を失って去ってしまう。
優しくされたいとは思わない。
愛されたいけど、慈しまれたいとは思えない。
だって私は、無条件で誰かに愛された事がない。
何もなくても好きだと言われた事がない。
見返りがなくても好きだと言った男は、誘いをかけると皆乗って来た。拒んだ男はいなかった。
私はその度に絶望した。
同じ男に何回か体を許すと、中には専属になれと言ってくる男がいた。だけどそれは愛情じゃない。単なる独占欲。それは決して愛じゃない。
私は言葉を信じない。だって口では何とでも言えるもの。
特に性欲に踊らされた男の言葉は信用しない。
彼らは自分の欲を満たすためなら何でもする。嘘なんて簡単。
だから、私は約束を、誓いを信じない。
私は頭がおかしいの。生まれてこの方、何度も言われた。
こんなことは、セックスなんて、たいしたことじゃないと思わなければ、生きていけなかった。
生きていくためには、身体を許さなくてはならなかった。
誰も私を無条件で守ってはくれなかった。
身体を許さなければ、食事を与えられないなら、それを与える。更に好条件を得るために奉仕して、自分の要求を受け入れさせる。
私は誰も何も信じない。だから、誰にも何にも信じられなくて当然だ。
だけど思う。徹夜明けで、帰宅途中で、軽くシャワーを浴びて仮眠を数時間取って、始発で帰宅した途端、浮気したと決めつけられる、理不尽さ。
これは全て、私のせいなの?
「寝たのか?」
と、聞かれて、
「寝たわよ」
と答えた。それは、仮眠のことを差して言ったつもりだったのだけど、次の言葉で、そういう意味ではなかったと初めて気付いた。
「俺は寝てないぞ。それとも前言撤回か? お前が他の男と寝るなら、俺もそうするぞ」
「貴雄はダメ」
反射的に言った。
「何だと?」
ものすごい目で睨みつけられた。……最低の気分。だから、偽悪的に、挑発的に言ってしまう。
「だって貴雄、他の男と寝た後の私とするの、実は結構好きでしょ? いつもより激しいし濃厚だし、時間もかけてくれるし」
そう。貴雄は愛していない女でも、他の男と寝た女を抱く時は、そうではない女を抱く時よりも、熱心に奉仕する。
彼は精神的な子供。我儘で、愛されたくて、甘えたくて、自分が愛してなくても、相手に愛されたいの。子供っぽい嫉妬もする。
彼は大人じゃない。大人の顔した子供だ。だから、女を愛するという事がどういう事か判っていない。だけどそれでも良い。それでも、私は、貴雄を愛している。だけど束縛したいとは思わない。彼が私を本当に望んでいるとは思えない。だって私に、誰かに何かに愛されるほどの価値があるとは思えない。
「ふざけるな。いい加減にしろ」
貴雄は吐き捨てるように言った。睨みつけて言う彼の顔は紅潮している。可愛い。その顔は、とても可愛いと思う。私は無言で微笑んだ。
「じゃあ、別れてくれ」
傷付いた子供のような口調で彼は言う。
「でなきゃ死ね」
ああ、なんて甘美な言葉。
「素敵」
私は言った。
「殺して?」
彼を見上げて、恍惚としながら言った。それは、とても甘美な夢。
「今すぐ殺して?」
死にたいとは思わないけど、あなたに殺されるのなら、悪くない。
「殺してよ?」
死ねと言うなら、どうか本気で私を殺して。殺してよ。だって、そうでもしなくちゃ、私は報われない。生きていても、意味を、理由を、価値を見出せない私には、快楽を貪る以外に、生きる理由なんてない。
だって誰にも必要とされていないんだもの。
「好きよ、大好き。愛してるわ、貴雄」
だから、どうか、お願い。私の息の根を止めて。
あなたが私に飽きる前に。
あなたが私に愛想を尽かす前に。
あなたが私に興味をなくす、その前に。
私を、あなたの永遠にして。
殺した女を忘れてしまえるほど、あなたは薄情な男じゃないでしょう?
「私が欲しいなら、もっと求めて。昼も夜もなく狂うほどに、あなたしか見られなくなるくらいに、私を求めて愛してよ?」
そしたらあなたが殺してくれなくても、あなたのために、死んでも良い。
私はあなたの全てが欲しい。
それがあなたの全てじゃなくても良い。
だけど、私がそう思えるだけのあなたを、私にちょうだい。
「あなたの愛が、心が欲しいの。あなたの全てを、私にちょうだい。欲しいの」
お願い。
苦しいの。
だって、私は、あなたのために、何をすれば良いのか判らない。
料理もできない。
掃除も下手。
洗濯は洗濯機があれば何とかなるけど、手洗いはダメ。
アイロンがけも満足にできない。
あなたは料理が得意で、掃除も上手で、繕い物も、アイロンがけも、下手な女より器用に出来てしまう。
あなたは家事に従事させるための、女を必要としない。
あなたが必要なのは、自分の性欲を満たすための女。
あなたは子供を欲しがらない。
あなたは契約を欲しがらない。
だから、私に、あなたを繋ぎ止める方法は何一つない。
あなたは無言で、私を抱く。苦しげに私を見つめて、情熱的に。
私はそれで、至福を味わう。
あなたに必要とされている間だけ、私は何も考えずにいられる。
今この時だけは、私はあなたのもので、あなたは私のものだと思えるの。
永遠なんていらない。
一秒でも良いの。
私をあなたの全てで愛して。
……約束なんて、いらないの。
The End. |