今日も、ガチャを回す
夕焼け空。
森に入る者も、畑で働く者もそろそろ一日の仕事を終える時間。旅する者は野営の準備をしているだろうか。灯りの魔法や魔道具をもつ金持ち以外は、油の代金を掛けてまで起きてすることは少ない。暗くなったら家に帰り眠るのだ。
例外は異世界から来た勇者たちだろう。かれらの世界は夜遅くまで明かりをつけていることが多いらしく、夜は娯楽の時間なのだと聞いたことがある。
ここは王都から馬車で半月かかる小さな農村で、税の運搬と塩や鉄製品を運ぶ商人位しか出入りするものもない。
魔物の湧くダンジョンもないので冒険者が来ることもない。
ただ、温かい湯の湧く泉が山の上にあるため、勇者様達がやってくることがある。日本という異世界からやってきた勇者様達はなぜかこの温かい泉が好きなようで、召喚されてからある程度強くなると一度はこの村に来るらしい。
「らしい」というのは、俺は数年前に来た勇者サカモト様からそう聞いただけだからだ。本来勇者様となんて話をする機会はないのだが、サカモト様とは年齢が近いこともあって俺といろいろと話をしてくれたのだ。なぜか勇者様達は一度いらしたあとは村を訪れては下さらない。サカモト様も『場所は覚えたからいつでも来れるし』などと言っていたのだが。
温かい泉のことよりもっと大切な事がある。それは、なんとこの村にはガチャがあるのだ。
勇者のもつ異世界の知識を気に入られた神が人々に与えてくださった神器と言われている『ガチャ』。これは魔石をいれてから横の丸い器具を回すと、きれいな色の球が出てくる仕掛け箱で、この球から特別な加護やスキルが手にはいるという。
赤い金属でできた神々しい姿。大きく注意書きとともに掲げられている異界の文字は、読めはしないがガチャと書いてあるらしい。使い方と共にサカモト様に教えて頂いた。
王都や大神殿に設置されたガチャには成人の儀式の時に行ったことがある。
誰でもそうだと思うが、平民も貴族も一生に一度だけスキルを授かる。大抵は成人の儀式の時で、大神殿で銀や金に輝く光を受けて、【体力上昇】や【魔物遭遇率DOWN】といった加護を授かるのだ。魔石さえあれば二度三度とガチャを回す事はできるらしいが、二度目以降は『微上昇』や何処でも手に入る素材類などが手に入るだけである事が多い。サカモト様はこれを「チュートリアルガチャかよ」などと言っていたが、一生に一度の特殊なガチャと言う事なのだろうか。
日が暮れて行くあぜ道を、血と泥にまみれた姿で歩く。
村人たちだけでなく、親族からも眉を顰めて見られている事は知っているが、俺は辞める気は無い。ガチャを回す事を。
来る人もほとんどいない小さな村の見捨てられた神器。偉大なるガチャ。
山奥や小さな島など、秘境で見つかる事も多いと言う。こんな小さな村にガチャがある事は珍しいという。村人からすればいつも見ている物なので気にならないのだろうが、これは神器なのだ。
とはいえ、素晴らしい加護が頂けるのは、ほとんどの場合は一生に一度。そしてそれは成人の儀式の時に頂いているともなれば、ガチャ自体はただ置いてあるだけの置き物と変わりは無い。
勇者サカモト様から聞いた話さえ知らなければ。
十年ほど前に、この村のガチャでレジェンドレア【ガチャ運上昇】をてにいれ、そのまま手持ちの魔石の限りに引き続け、多数のウルトラレアを手に入れた冒険者がいたという。彼はその後、爆運勇者や豪運のレアハンターなどと呼ばれ、今では貴族からも声が掛かる豪商として贅沢の極みを尽くした生活をしているらしい。
こんな小さな農村では見る事すらできない夢の生活だ。それが目の前に転がっている。
あの日以来、俺は手に入る収入の全てを魔石にかえてガチャにつぎ込んでいる。
レジェンドさえ、いやウルトラレアでもいい。引ければ勝ちなのだ。
それに勇者サカモト様も、この村のガチャを見て驚いていた。
「このタイプのガチャもあるんだなぁ」
そして一度だけガチャを引いて納得した様に頷いていた。これはきっと大神殿にあるガチャとは違った何かなのだ。
普通の村人が知らない、俺の知る知識は『このガチャは特殊なガチャ』という事。『ここでレジェンドレアが出た事がある』と言う事。
そして誰もが知っているが気にしていない事として『良い加護やスキルが頂けるのは一生に一度の初めてのガチャ』で、それが『ほとんどの場合は』と言う事。重要なのは『そうではない場合がある』という事だ。
『運をあげるスキル』を手に入れた冒険者は、その後立て続けに良い加護を得ているのだ。ガチャは運なのだ。
ならば簡単だ。回し続ければよい。いつかは手に入る。そしてここではレジェンドレアが出た事がある。実績があるのだ。
勇者サカモト様がこの村を去る時に「コモンだったし、やるよ」と言って下さったロングソードを手に、俺は毎日ピヨプルンやライオン草を刈り続けている。ピヨプルンはほぼ無害だが、100匹も倒すと魔石を持っているヤツが居る事があるし、ライオン草はナイフでは狩りにくいが剣があれば背後から安全に狩りとれる。そして花や根がそれなりの値段で売れるのだ。
夕焼けを映して紅く輝くガチャの前で立ち止まり、今日の成果の魔石を取り出す。
祈る様に、そっとスリットに魔石を押しこむと側面の円筒状の部分を掴んで回す。
カチカチカチ。カリン。
前が見えないほどの銀色の光が溢れ、気持ちの良い音を立ててガチャから球が吐き出される。こんな光は初めて見る。なにかいつもとは違う。もしかすると、これは。
震える手で球を手に取ると、泥だらけ痩せた手の上で金色の光の粒になって溶けて消えた。
脳裏に浮かぶのは『New Skill GET!』という謎の神代文字。勇者様ならば読む事が出来たのだろうか。この手の上で消えて行く現象は、成人の儀式の時に【鋼のメンタル】というスキルを頂いた時と同じだ。もしかして何かのスキルを手に入れたのでは。
そう思って視線を上げると、そこには。
『ボックスガチャ』とかかれた神器がある。
そう書いてあったのか。手に入れたスキルは文字を読めるようになるスキルなのだろう。勇者の国の言葉がわかるなんてなんと幸運なのだろう!
そして俺は今日もガチャを回す。
明日も。
※ボックスガチャ
中に入っている物が決まっており、有限。全て引き切れば必ず中に入っているレアが手に入ると言う、現実のガチャガチャやカードダスなどと同じなだけの仕組み。
ゲームの中で回す電脳ガチャ一定確率でレアが手に入ると謳われているので、1%といわれても100回で必ず手に入ると言う訳ではない。
その点全部引いてしまえば手に入るので優しい、などと言う話もあるが、品切れの無いガチャという物が飛びぬけて酷いだけなのではないだろうか。
ところでこのボックスガチャ。10年前に運のいいヤツがレアを一通り引き切った後という事は現在こんな感じなのではないだろうか。
レジェンドレア 0/ 1
ウルトラレア 0/ 10
スーパーレア 0/ 100
レア 2/ 1000
アンコモン 9154/10000
コモン 87629/88888