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果ての世界で  作者: yuki
第一部
3/56

情報収集-1-

 3歳児というのは凄いと思う。

 語彙は日常的に良く使われるものであれば聞いているだけなのに殆ど覚えてしまうのだ。

 論理的な思考が身についていないせいで支離滅裂な会話をしたり変なこだわりを持ったり感情の制御ができないだけで、それをほかの場所、優の記憶で補ってしまうと身体的な問題を除いて優と変わることはないとさえ思えた。

 勿論、複雑な言い回しや普段使わないような言葉の意味は分からない。

 だけど目の前には聞けば何でも答えてくれる両親が居るのだ。

 3歳児は特に何でもまわりに質問しだす時期だとも言われている。それはもしかしたら、大人のような語彙能力を高めたいという欲求から来るのかもしれない。


「お父様、それは何ですか?」

「これかい? これはXDZといってね……村の人たちに困っていることや最近のCGDをAFXしてもらうんだ」

 ……むぅ、分からない単語がある。

「XDZは何ですか?」

「うーん……紙に色々なことを書いてもらったものだよ」

 XDZは書物……手紙か何かだろうか。

「CGDとAFXはどんなものですか?」

「セシリアは知りたがり屋だね。そうだな、CGDは今何がどうなっているか、という意味でAFXは教えてもらうという意味だよ」

 つまり、村の人たちが困っていることや最近の何がどうなっているか……状況だろうか、それを教えてもらうの違う言い回し、報告してもらった物がXDZって事なのかな。

 だとするとXDZは報告書に近い意味で間違いないだろう。

「お父様、私にも見せてください」

「いいよ。それよりも読み聞かせてあげよう。膝の上に来るかい?」

「はいっ」

 そう元気良く返事をするとお父様の相貌が崩れる。記憶を辿れば初めての子どもというだけあって、私への甘やかしっぷり、もとい親馬鹿っぷりは相当なものだった。


「あなた、食事中に読むのは止めてください。セシリアに変な癖が付いてしまいます」

 丁度そこへ台車を押す使用人と共にお母様が現れる。

 使用人が一人一人に小皿とスープ用の深皿を配る横でお母様は配られた深皿にお鍋からスープをそそぐ。

 たまねぎ、人参、キャベツにカブっぽい野菜を切った物が浮かんでいるが正確に何かはわからない。

 それからベーコンとスクランブルエッグ、果物が入った大皿を3つ順々に並べるとグラスに赤いワインを、コップには白い乳白色の液体を注ぐ。

 パンは表面を竈で炙ったのか狐色をしていて、溶けたバターが香ばしい香りを漂わせていた。

 地球での中世ヨーロッパと比べて食事風景がかけ離れているのはこの地がそれだけ豊かであるという証なのかもしれない。

「それじゃ頂きましょう」

「太陽と月の女神に、大地と風の精霊に、恵みを与えたもう全ての存在に感謝を」

「感謝を」

 両親がお祈りするのを真似しつつ言葉を紡ぐ。この世界には月と太陽の女神がいて、そのほかにも色々な精霊が暮らしているのだという。

 人間はその恩恵を預かり、大地に畑を作り生活しているのだ。

 しかしこれは宗教の一種なのだろうか。或いは土着信仰?

 そういえばありがちな教会という単語を聞いたことがない事を今更のように思い出した。

 やはり知らない事がどうにも多すぎる。


 野菜スープを一口含むとその美味しさに驚く。

 黄金色のスープは恐らく野菜と骨と肉から出汁をとった物だ。単純な塩味ではなくぎゅっと詰まった旨味とコクが混ざり合っている。

 自作のコンソメは素晴らしく美味しいという話を聞いたことがあるが、なるほど。これは美味しい。

 ほんのりと舌を刺激するのは胡椒だろうか? 海さえあれば塩の量産は可能だが胡椒となるとそうも行かないはずと優の知識で考えるものの、この世界には胡椒の実が地球の杉と同じくらい一般的な植物である事も考えられる。

 そういえばこの世界に杉はあるのだろうか。出来ればないほうが良い。もう花粉症はこりごりだ。


 パンの方は食感が違う。とはいっても手作りのパンなんて食べた事もないから詳しい事は分からない。

 色合いが白ではなく茶色っぽい事からふすまを混ぜて作られているのだろう。

 ふすまを剥ぐと可食部分は大きく減る。真っ白な食パンは高価なのだろう。

 味に関しては申し分なかった。ちょっとだけぱさぱさなのが難かもしれないが飲み物と一緒であれば悪くない。バターがあるということは牛乳もあるのだろう。

 山羊のミルクだったらどうするかと若干陰鬱な気分ではあったのだが杞憂だったようだ。

 好きな人は好きらしいけれどあの独特な風味と香りがどうしても好きになれない。

 ベーコンと卵の味も変わる事はなかった。鶏の飼育も一般的なのだろうか。この屋敷で見た記憶がないが、町のどこかで飼育しているのかもしれない。

 なんにしても食事事情が大して変わらないのは僥倖だ。

 合わないなら自分で作ればいいと思うかもしれないが、料理なんてカップ麺にお湯を注ぐ程度で打ち切りだ。

 調理実習では常々、お湯番と言うお湯が沸騰するまで鍋を監視する大変名誉な役を請け負っていた。

 男子高校生の大部分なんてそんなものだろう?


 我らがWikipedia先生にも流石にレシピは掲載されていない。

 カレーと検索すればカレーがどんな食べ物か、材料は何か、国別ではどうなっているのか、含まれる香辛料による作用など事細かで膨大な情報を得る事はできるが、作り方については一切触れられていない。

 それこそレシピサイトでもぐぐれ。


 食事が終わるとお父様の膝の上で報告書の内容を聞かせてもらう。何度も何度も質問を繰り返してようやく全貌を理解した。

 農民の生活は戦争から数年で劇的に豊かに変わった。

 これは王国が持っていた作物の農法が皇国にも広がった為でもある。

 王国の技術力の高さに驚いた皇国の王は周囲の反対を押し切り王国の農民の一部を招くと領地への技術伝承を行った。


 今まで皇国はライ麦、小麦、カラスムギか大麦の3サイクルが基本だった。余裕があればこの後に1年間の休耕地として大地の力を回復させる。

 同じ作物を作り続けると最終的には必要な栄養分が少なくなり、天候に関わらず育たなくなる連作障害が起こってしまう。

 実際に皇国でも村々では連作障害に悩んでいたようだ。

 土地の力によってゴリ押しで栽培していた部分があるのかもしれない。


 その点、王国の農民が行っていたのは4サイクルによる近代的な輪作だ。

 ノーフォーク農法と呼ばれる4周期の輪作はカブやじゃがいもから始まり大麦、クローバーやライグラス、小麦と移っていく。

 こうする事で土壌の栄養バランスが保たれ、休耕地もなくなり、家畜の餌まで確保する事ができる上に収穫量と品質の向上に繋がる。

 植物の育成には窒素とリン酸とカリウムが必要不可欠になる。

 中でも果実に大きく関与するリン酸は補充しにくい。

 家畜の飼育はその肥料にも繋がりより効率が増すことになる。


 これだけでも素晴らしい進展ぶりだが王国はまだ飽き足らず品種改良までやってのけたのだから恐ろしい。

 小麦には麦角病という、黒く変色した部分が強い毒性を持ってしまう病気がある。

 この駆除や根絶は厄介極まりなく、皇国も随分と被害を被ってきていた。

 有効な対応にしたってこの時代に見つけろというのは酷だろう。でも王国はやってのけた。

 だがそこで満足は終わらない。彼らの品種改良はこれを期に爆発的な加速を見せたといっていい。

 その血と汗と涙の研鑚の結果が日本では小麦の普通科と呼ばれる品種の開発だ。


 小麦には他にも2粒系、普通系と呼ばれる小麦が存在し、簡単に言えば1つの小穂から取れる小麦の粒に違いがある。

 勿論沢山取れた方が収穫量は増すのだが、殆どの国で作られているのは小穂に一粒のヒトツブコムギと呼ばれる品種だった。

 それを偶然か必然か、小穂に二粒の実がなる小麦を見つけ、全ての小麦をこうできないかと考えたわけだ。

 二粒系は王国限定で早期から広まったらしいというのだからもう呆れるしかない。

 だが彼らは留まることを知らない。さらにその先へ、やがては現代の日本でも主流な普通系の開発に至ったのだ。

 普通系の小麦は小穂に対して4~6粒の実が得られる。畑の面積に対する収穫量は鰻上りである。

 それでも王国の食糧事情はままならなかったというのだから、土地の痩せ方は尋常でなかったのだろう。

 オーバーテクノロジーもいい所だ。


 その技術を取り入れてからの皇国の繁栄ぶりは笑うしかない。

 元の肥沃な土地も相まって総生産量は飢饉に苦しむ周辺諸国に売っても過剰なほどに膨れ上がっているそうだ。

 俗に言う農業革命。

 必死になった人間は奇跡を起こすという事だろうか。

 この爆発的な生産量の増加が皇国復興に与えた影響は計り知れない。

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