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好奇心は吸血鬼をも殺す 作者:はちゃち

第一章 未知の世界

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第八話

「えっ?」

 至誠は予測できなかった提案を投げかけられたことで理解が遅れ、その間に間抜けな声がこぼれ落ちた。

 そうね――と賛同するのはエルミリディナで、テサロに向かって問いかける。

「今あの術式は使えるかしら?」

 そこでようやく、魔法による効能を用いる事を理解する。

「ええ、持ってきておりますよ。少々お待ちください」

 そう何かを確認しテサロが席を立つと、小さく杖を振る。
 その先に見えていたのは部屋の隅に積み上げられている書物で、全てが一端宙へ浮き上がる。その中から一つの古めかしい装丁をした書物が飛んでくる。
 重厚なそれは、テサロの目の前まで高速で飛来してきたかと思うと、急停止し自然に本が開き頁がめくれる。

「覗くと表現すると語弊があるな、記憶の映像化、あるいは投影と表現するべきか」

 並行してリネーシャが至誠に分かるよう改めて提案する。

「記憶を、ですか――」

 それに魔法を用いるだろう事は想像に難くない。

 至誠の覚えている限り、科学でも脳裏に過ぎったシンプルな文字の映像化には成功していたはずだ。

 だが彼女達の口調から推察するに、もっと鮮明に見ることが出来るのだろう。ならば、科学よりも魔法の方が優れている、と言う事だろうか。
 そう考えつつ、一つの期待が脳裏を過ぎる。


「それは、自分の思い出せない記憶とかも分かりますか?」


 それが可能ならば、なぜ自分がここに居るのか、なぜこのような事態になったのか、その直前の記憶が判明すると思ったからだ。


「残念ながら、この術式は脳裏に浮かぶ記憶の光景を映像として投影する魔法だ。被術者が連想したことでないと投影出来ない。故に不可能だ。シセイの求める効能は霊術に存在する。だがこれは、シセイに重大な副作用をもたらす可能性が極めて高い」


 逆にこれから行う術式には危険はない――そう説明する。


「シセイの見てきた日本光景が見てみたい。頼めるだろうか?」


 危険はないという言葉は信じるしかないだろう。
 それに、この行動は自分にとっても有益なことに繋がるはずだ。
 未知の事象を受ける事に関してはかなりの勇気がいるが、それでも何も分からない状況よりはいい。

 そう考え承諾すると、テサロが近づき至誠の背後にまわる。

「失礼致します」

 テサロは断りの言葉の直後、至誠の頭頂部に手のひらを乗せる。

 直後、至誠の視界にも光が降り注ぐ。
 それが頭上でまたたく魔法陣から漏れ出す光だと理解すると、平静を保とうと努める至誠にも緊張が露見しはじめる。

「上手くいかずとも良い。もっと力を抜け」

 その事にリネーシャが気付かないはずはなく、そう助言を続ける。

「これより脳裏に過ぎる光景を投影する」

 そう彼女らの視線は円卓上に向けられている。
 そこには小さな六つの魔法陣が円を描くように浮かび上がり、中央の大きな魔方陣へ向けて光を放つ。


 ――これは?


 そう脳裏に疑問が過ぎると、中央の魔法陣が至誠の視界を映し出す。投影はさらに内部に投影した光景を映し出し、今は合わせ鏡のような光景が広がる。

 プロジェクターで映像を投影するような感じだろうか――と脳裏に過ぎると、不意に映像が学校の視聴覚室へ変化する。

 予期していなかった変化に驚くと、一瞬にしてその光景はかき消える。


「惜しいな。だが焦ることはない。単純に記憶ではなく、五感で思い出すとより鮮明に投影出来る。その為には目を瞑ると最も効果的だ」


 今は細かい疑問は後回しにし、至誠は記憶を手繰るために目を閉じる。
 緊張はなかなか拭えなかったが、しばらくすると自然と無くなっていった。



 記憶を手繰る。



 その過程で最初に思ったのは、彼女達は何を見たいのか? と言う事だ。


 潮の香り、新鮮な魚介類。
 漁師であり船長だった父がいつもの漁船で出港し、そして大漁旗と旭日旗を掲げて帰ってくる。
 血の繋がった親族だけではなく、船員達や多くの関係者から可愛がられて育った。


 ――だが、彼女達が知りたいのはそんな生い立ちのことでは無いだろう。


 ――何が最適だろうか。


 しばらく考えを巡らせ、中学の修学旅行で行った東京の記憶が良さそうだと至る。

 生まれて初めて飛行機に乗った。
 福岡空港から羽田空港までの一時間ちょっとの飛行はまるで未知の世界に来たかのようにわくわくしたものだ。

 東京に近づくと、小窓から見下ろせる東京湾とその周囲に地平線まで広がるかの様相の都市群。灰色一色の中にまばらに点在する緑の草木。

 視力には自信があったが、それでも飛行機から自動車を視認出来ない程の小ささ。東京湾を行き来する巨大な商船やタンカーも、米粒のように小さく見える。

 だが、それも飛行機から降りると巨大な飛行場、そしてそびえ立つビル群に圧倒された。どれほど自分がちっぽけなのかと思い知らされる。バスで走れども走れどもビル群が無くなることはなく、唯一の例外の橋ですら、その巨大な建造物は田舎の小川にかかる橋とは比較にならない。


 そんな修学旅行の記憶を巡り、ひとまずどんなものかとそっと目を開く。


 ふと見渡すと、リネーシャは紅潮し愉快に目を細め口角がつり上がっている。


 エルミリディナも口角が上がっていたが、どちらかと言えば引きつっている様な表情にも見える。


 背後に居たテサロは分からなかったが、側にいるリッチェは驚愕を描いたかのような表情をしている。


「凄まじいわね……」


 そう一言、エルミリディナは零した。


「シセイ、今の光景について解説してもらえるだろうか?」

「そう、ですね……。僕は日本の片田舎で生まれ育ったんですが、学校教育の一環で東京に行ったときの光景ですね」

「トーキョーとは?」

「日本の首都です。僕の時代の東京は世界でも有数の大都市で、確か人口密度は世界一だったはずです」

「魔法や鬼道は無かったのでは?」


 そうリッチェが焦るように問いかける。


「はい。僕は専門外の学生だったので、建築技術について分かりませんが」


「全く別系統の技術体系だな。魔法ならその根幹はマナ。鬼道ならエス。ではニホンにおける根源とは何だ?」


 リネーシャの問いは、なぜ日本が、ひいてはこの時代の人類がこのような文明を築けたかと言う事だと理解する。

 人類の進化においてよく言われるのが二足歩行や火の使用だろう。

 だがそれをリネーシャに告げるのは彼女の求める答えではない。


「電気、ですかね」


 歴史の知識を振り返ると、急速な進歩を遂げたのは産業革命以降だ。

 それに最も貢献したのはトーマス・エジソンをはじめとする電気の普及の功績だと考え、そう答えた。


「電気とは、雷と同質のエネルギー体との認識で間違いないだろうか?」

「はい。その電気テクノロジーの発明が文明を急速に加速させる時代でした。東京の街並みも、確か五〇年程度で造られたはずです」


 至誠から見れば五〇年とは途方もない年月だが、リネーシャの自称する年齢からしてみると微々たるものだろうと推測し、あえて『程度』と言い回しを使う。


「しかしあれは非常に不安定なエネルギー体ではございませんか?」


 次に疑問を投げかけてきたのはテサロだ。


「どうでしょう。確かに使い方を誤れば恐ろしいですが、安定させる技術が確立されていたはずです。その辺りも詳しくないですが」

「その安定化させる技術を魔法や鬼道でも再現できないでしょうか?」


 リッチェの提言はリネーシャの琴線にふれる。


 ――もし可能であれば現在の技術体系を一歩前進させる、あるいは革新させる可能性を秘めている。しかし加々良至誠は学生だ。専門的知識は今しがた自身が言ったように持ち合わせていないのだろう。


 その道のりは非常に険しいのは明白だ。

 だが、だからこそ、リネーシャは血を沸き立たせる。


「精細な雷の制御か。意図して発生させ、攻撃として向けることはあったが……その発想はなかったな」


「そんな顔を見るのは久しぶりねぇ」


 エルミリディナが茶化すと、リネーシャの表情筋のほころびは急速に平静さを回復させる。


「シセイ、無論分かる範囲、知っている範囲で構わない。後ほど本国に戻った際に電気を用いた技術体系の確立に協力してもらいたい」

「えっと。はい、僕でよければ」

「だが今はまともに検証と実験を行える環境ではない」


 そう視線を周囲へ向ける。


「この話はいったんここで区切ろう。別視点から聞きたいことがある者は?」

「それではよろしいでしょうか?」


 最も早く声を上げたのはテサロだった。
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