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好奇心は吸血鬼をも殺す 作者:はちゃち

第一章 未知の世界

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第六話

「滅びて……?」


「そうだ。そして一度目の滅亡より前の時代を、我々は暗黒時代と呼んでいる。曰く、暗黒時代は無秩序で戦火が絶えず、人々は横着で傲慢だった。あまつさえ神の領域に土足で踏み入ろうとした。それが神の逆鱗に触れる事となり、結果、神は地上に降臨し、一部の選ばれし者だけを残し世界を創り直した。それが一度目の滅亡だ」


 一部の選ばれし者と聞いて、至誠の脳裏にはノアの箱舟が過ぎった。
 しかし本家の神話については自信が無い。脚色されたり、大きく改変されたであろう漫画やゲームの影響もあり、どこまでが実際に伝わっていた神話なのか判断出来ないためだ。

「世界は神の直接統治よって人々は安寧と至福、至高の幸福を手に入れた。だがその『神の楽園』は、神が殺された事で終焉を迎える。神を失った世界は退廃し荒廃し無秩序となる。それが我々の住まう世界の始まりである。そんな神話だ」


「世界を創り替える程の存在が殺された……」

 話を聞く限り、日本のような八百万信仰とは違い、一神教由来の話だと感じた。
 もしそれが事実だと仮定して考えると、神に匹敵する存在が別に存在している事となる。

「反逆者、侵犯者、敵対者――神を殺した者の名称は様々だが、神は四肢を削がれた後に斬首されたとされている。すなわち神と同等かそれ以上の力を持っていたのだろう。だが両者がぶつかったことで世界の均衡は崩れ、二度目の崩壊を起こした」


 そして――と、リネーシャはさらに続ける。


「『神の楽園』に関する神話は様々な種族や文献が伝え残している一方で、暗黒時代について触れているものは実に少ない。それでも遺された伝承や文献を精査していくとある共通点が見られる」


 至誠を見据えるように視線を合わせながらリネーシャはさらに続ける。


「人以外の種族に言及されていない。丸々別の種族に置き換わっている場合もあるが、単一種しか登場しない」


 人以外の種族はいないと答えた先ほどの記憶が至誠の脳裏を過ぎる。

 ――だからそんな問いかけをしたのか。
 リネーシャの質問の意味が腑に落ちていると、さらに言葉は続く。

「また、『暗黒時代の人々は神の領域に踏み入れた』『踏み入れようとした』とする記述が多く、暗黒時代の技術水準や文明水準が、それなりに、あるいは非常に高かったと推論されている」


 科学の驚異的な発達。確かに至誠が幼少の頃と比べても技術は大きく進歩していた。ゲームもドット絵から現実と区別が難しいほどのリアルなグラフィックに進化し、通話するのがやっとだった携帯電話と比べ、スマートフォンは性能面も機能面も劇的に変わった。

 しかし『神の領域』との言葉が腑に落ちない。

 確かに科学は急速な進歩を遂げていた。人工知能が人を遙かに凌駕するとも言われ、人頭部の移植手術や、クローン技術における倫理的問題のニュースを至誠は聞いた事がある。数十年以内に脳の情報を全てオンライン上にバックアップを取ると言っていた企業や、火星へ人を送る計画なども漠然とした記憶に残っている。

 ――それが『神の領域に足を踏み入れる』ということなのだろうか?


「シセイを発見したとき、その衣服に未知の道具が入っていた。その道具は現在別の部屋に保管しているが、何れも未知の構成と驚異的な造形をしていた」


 そう言われ、ハッとポケットに手をやる。いつもズボンの左ポケットにスマホを入れていたのを思い出したためだ。

 だがそこに目的の物品はなく、そもそもポケットがなかった。自分の着ていたであろう服はどこに――との疑問もあったが、今は置いておく事にする。


 と、指でその形状をジェスチャーで伝えると、リネーシャが肯定する。

 ――スマホはある。

 だが使える状態なのか。使えても圏外であろう事は必至で、バッテリーに充電する術がない。
 こうなると文明の利器も文鎮も大差がなくなるだろうと、至誠は半ば諦め話を進めることを優先する。


 リネーシャも脱線する気はないらしく、名残惜しそうに告げる。


「あれが何の道具なのか気になるが、今は一旦置いておこう」


 そう一度その話を区切ると、総括を続ける。その表情はスマホについての言及を後にまわした事を差し引いても満悦を浮かべ、わずかに紅潮しているようにも見える。


「その未知の道具を所有していた事と暗黒時代の技術水準が高かったとの共通点。かつ人以外の種族が居なかったとされるシセイの知識と神話の一致。先ほど言ったオドは『神と敵対者との衝突で発生した』『神が死んだことによって発生した』などの説もある。もしシセイが神の降臨する以前の人であるとすれば、オドに対して反応が見られない事にも繋がる。強引ではあるがね」


 そう仮定した上でさらに話を進めるのならば――とリネーシャは足下を、床を見据えて続ける。

「シセイは暗黒時代の住人で、悠久の時間を地下深くの氷層で眠っていたのではないか――」

 ――そう考えたのだろう?
 と、リネーシャはエルミリディナに視線を送る。

「全部言って貰って助かるわぁ」

 そこまでは考えていなかったのか少し皮肉交じりにそう返すが、リネーシャは話を先に進める。

「無論それら全ては、このわずかな時間で推測された仮説の一つでしかない。さらに話を進めていけばまた別の仮説も生まれるだろう」

 ぜひ――と、期した視線を至誠へ向ける。

「シセイの視点から意見を聞かせてくれ」

 その仕草は唯一、期待に胸をふくらませる子供の様相を呈していた。


 今リネーシャが語ってくれた神話と仮説を頭の中で整理しながら、少し考える。


「えっと、そうですね……。なんとなく分かった気もしますが、その仮説を後押しするような情報は持ってないですね。ただ――」


 その上で、荒唐無稽かもしれない考えが脳裏を過ぎる。


 ――この考えは非現実的だ。


 そう思うが、では至誠の知る現実はどこにあるのかとの問題点が『非現実的』という言葉の説得力を奪ってしまう。

 こんなよく分からない状況だ。思いついた仮説は的外れでも打ち明けて見てもいいだろう――と結論づけ言葉を続ける。

「僕が覚えているのは学生だった記憶です」

 高校生活を送っていた事は覚えている。だが、新しい記憶ほど不鮮明な状態だ。むしろ古い記憶の方がよく思い出せる。だが今言いたいのはそういうことではない。

「そこで流行っていた空想や小説の題材に、『異世界転移』というのがありました」

「ほぅ。異世界、とは?」

 リネーシャは食い入るように問いかける。

「自分たちの住んでいる世界とは別の世界。次元が違ったり、まったくの別空間の世界だったり、並行して存在するけど認識出来ない並行世界だったり――そんな設定の世界観ですね。吸血鬼や魔女と言った話はよくそういう小説の題材として使われていました」

「なるほど。『過去から』、ではなく『まったく別の世界から』やってきたと」

 リネーシャは至誠の考えを代わりにまとめるように呟いていると、エルミリディナが口を挟む。

「そうね、そっちの方がシセイの精神衛生上いいわねぇ」



 その瞬間、不意に場の空気が一気に固まった気がした。



 背筋が凍りつくとはこのことを指すのかと思えるほど、至誠の全身に鳥肌が立つ。



 至誠にはその感覚をなんと表するべきか分からなかったが、背後に居たリッチェはその殺気に思わず半歩後ろに下がってしまった。ミグは血も凍るような表情をこらえながら噛みしめている。



「言葉に気を付けろ」



 リネーシャの声だ。

 穏やかな語調だが叱責と憤りと怒りが含まれている。


 エルミリディナは眉一つ動かさなかったが、視線を緩やかに落とす。


「――そうね、ごめんなさい。今のは考えなしだったわね」


 リネーシャは自らを吸血鬼だと名乗った。三千年以上生きる皇帝だと。

 眉唾もの、あるいは話半分に聞いていた。より正確には、真実かどうかはひとまず保留にしていた。悪く言えば疑っていた。それはやはり、外見が子供だったからだ。

 だがリネーシャの短い叱責は咎めるだけに留まらず、実際に肝が冷えた。まるで目の前で凶器を突きたてられたかのような感覚にすら思える。
 無論リネーシャは指一本動かしていない。言葉の語勢だけでそう思わせた。眉唾を払拭させるほどの貫禄と示威を含ませながら。


 直後、リネーシャの叱責の意味を、至誠も理解した。


 すなわち『異世界から来た』のであれば『異世界から戻る』手段があるかも知れないと言うことだ。

 同じ現象が起こればいい。

 しかし『過去から来た』のであれば、『過去へ戻る』のは真逆の現象を起こさなくてはならない。

 リネーシャが「仮死状態で地中深くで発見された」と言っていたのを思い出す。
 すなわち肉体の時間が止まっていて未来で目覚めたのだとしたら、タイムスリップをしたわけではない。意識がなかっただけでずっと地中に存在したということだ。

 だが、過去へ戻るにはタイムスリップを行わなければならない。そしてそのような技術があれば彼女達の対応はまた違ったものとなっているだろう。


 すなわち暗黒時代の住人だとした場合、戻れる公算が非常に小さくなる。


 その希望の差が精神衛生上大きな差異を生むことは十分懸念される。


「可能性と仮説は無数にある。だがそれを知るには、我々はあまりにも無知だ」


 そうリネーシャはため息交じりに口を開く。


「すまなかったシセイ。皇女の失言は皇帝たる私が代わりに謝罪しよう」


 先ほどまでの気迫は嘘のように霧散し、リネーシャは謝罪を口にする。


 リネーシャの言動の意味を理解した。
 そしてそれは意味もなく荒立った訳ではない事も理解した。
 確かに驚いたが、それはリネーシャに対するマイナス評価とはならなかった。

 そんな至誠は、ひとまずこの場の空気を元に戻すべく笑顔で返す。

「いえ、大丈夫です。僕としてはこれが夢の世界で、気付いたら目を覚ます――っていうのが一番理想ですね」

 気にしていないと伝えつつ、リネーシャの好みそうな考察を交えた言葉を冗談めかして投げかける。

「そうだな。その場合我々は虚空に消えてしまうのだろう。それは困るな」

 リネーシャのはにかむ表情を見て、至誠の目論見が上手くいったことを確信する。
 事実、場の空気は急速に柔和しつつある。

「エルミリディナさんも気になさらなくて大丈夫です。僕の置かれている状況について考えて貰ってむしろ感謝しています」

「……そう。悪かったわね。気を付けるわ」

「いえ」

 至誠が笑みを浮かべてそう対応すると、エルミリディナも少し笑みを返す。

 リッチェとミグはあからさまにホッとした表情をしていた。



 気骨稜稜の姉と、唯我独尊な妹に挟まれ、こうやって間を取り持つのが至誠のかつての日常だった。

 なんだか姉と妹を見ているような感覚すら覚える至誠だったが、それにしては流石に外観は幼すぎであり、年齢は離れ過ぎると内心で苦笑した。
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