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好奇心は吸血鬼をも殺す 作者:はちゃち

第一章 未知の世界

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第四話

「危ないですよ」

「っ!」


 いつの間にやらすぐ後ろに戻ってきていたスワヴェルディが耳元で囁く。
 至誠は肩をビクッとさせ、驚きから言葉を飲み込む。


「自由にしてもらっても構わないのですが中には危険物もございます故、はじめにお声かけいただけるようお願い致します」


 決して責め立てられている口調ではかった。
 しかし自身の安直な行動に、至誠は肩を落としながら謝罪する。


「す、すみません」


 謝罪を受けるとスワヴェルディは、わずかな笑みと共に円卓の方へ招きつつ、話題を変える。


「お飲み物の用意が出来ました。どうぞお席の方へ」

「はい」


 円卓上には一枚のスープ皿とクリーマーらしき食器が準備されていた。
 席に近づくとスワヴェルディが椅子を引いてくれるので好意に甘えて着席する。

 スープ皿もクリーマーも至誠の知識とそれほど違いはなく、手前に置かれたスプーンも同様だ。
 唯一、豪華さを感じさせる装飾が施されているが、あくまでデザインの一部であると理解出来る。

 スワヴェルディがクリーマーを手に取ると、典雅な所作で乳白色のスープを注ぐ。一見した印象だとポタージュの様にも思えた。


「こちらは栄養価が高く、それでいて味のさっぱりとしたものを選ばせていただきました。味がお口に合わなければ調整いたしますので遠慮無くおっしゃってください」

「ありがとうございます」


 そこまでかしこまった歓待を向ける必要はないと感じるが、それは至誠の感受性を基準にした場合だ。
 過度な謙遜が失礼に当たるのか分からない現状では、素直に感謝を口にした。

 銀色のスプーンを取る。
 こちらも至誠の知っているスプーンとほとんど変わらない。
 特徴を挙げるなら、持ち手の部分に凝った装飾がしてあるくらいだろう。


 スプーンでスープをすくい口に入れると、息をのみ舌をまいた。


「――っ」


 同時に表情が緩やかに綻ぶ。


「とても美味しいです」


 一口目をひとしきり味わった後、そう感想を口にする。
 グルメレポーターのように豊かな表現が出来れば良かったのだが、ただただ率直な言葉が出てきた。


「お口に合ったようで安心いたしました」


 スワヴェルディはそう軽いお辞儀の振る舞いを見せる。
 その口元をわずかにほころばせている事に至誠は気付き、つられるように笑みを零した。




 スープをひとしきり味わうと、スワヴェルディは視線を日本刀へ向け、ところで――と、問いかけてきた。


「先ほどあの武具に興味をお持ちのようでしたが――」


「あの、すみません勝手に――」


 改めてそう謝罪すると、いえ――と、気にしていることは別のことだと言わんばかりの表情で口にする。


「どういった理由で、アレに興味を持たれたのかお聞きしてもよろしいでしょうか? たとえば、『手にしたいという衝動に駆られた』とか」


 至誠はハッ――と、先ほどの記憶が蘇る。

 確かに日本刀であることで興味を抱いた。
 しかしだからと言って、他人のものを勝手に扱うのははばかられると理解していたはずだ。それでも日本刀に手を伸ばしたのは、漠然と触れたいとの衝動が内心で芽生えていた。

 そう言っても過言ではなかったからだ。


「確かに――そういった気持ちがあったかもしれません」

「今もその気持ちはありますか?」

「いえ、今はまったく」


 至誠の返答に、スワヴェルディは納得したような表情を見せる。


「あれはアーティファクトと呼ばれる代物になります」

「アーティファクト?」

「ご存じではありませんか?」

「はい。……出土品、と言う意味でしょうか?」

「近しい意味合いもあります。しかし正確ではありません。より具体的に述べるならば、『未知の能力や影響を持つモノ』になります」


 至誠が首を傾げていると、日本刀についてより具体的な説明をしてくれる。


「あの武具は『アーティファクト七二番』、別名『累積血刀(るいせきけっとう)』と呼ばれております。その未知なる効果のひとつに、小規模な精神汚染があります。たとえば、『この刀を手にする事が幸福である』との衝動を誘発する――といった具合にです」


 精神汚染と言われても実感がわかなかったが、先ほどの自分の思考が自分らしくない感覚を至誠は思い出した。


「どうやら身に覚えがあるようですね」

「……その、『精神汚染』かどうかは分からないですけど、確かに、今感じている不安や戸惑いだったりが、日本刀を手にすることでなくなる様な気持ちがあったのは、確かだと思います」

「であれば、間違いなくアーティファクトの影響による精神汚染効果で間違いないでしょう」

「汚染というのは、治す方法があるのでしょうか?」


 さらなる不安がつのる至誠だったが、心配はいらないとスワヴェルディは言う。


「精神汚染といっても、今回のは非常に小規模かつ初期段階であり、第三者からの声かけなどで簡単に解くことができます。そのため、すでに影響は残っておりません」


 ホッと胸をなで下ろす至誠に対し、もう少し踏み込んだ説明をしてくれる。


「ただし汚染が進むにつれ、そこからの脱却は困難になっていきます。たとえば、『触れる事への欲求』が満たされると、次は『所有する欲求』へと変化し、それが満たされると、『試し切りをしたいという欲求』へと変化していきます。はじめは物から、次第に動物、そして人へと移り変わり、最終的には満たされない殺人欲求を満たそうと、無差別な殺人を繰り返すようになります」


 至誠にはそれが恐ろしく感じたが、同時に現実味が感じられなかった。

 その手の話はゲームや漫画の話であり、現実にそんな物があるはずがない――そんな常識や固定観念が邪魔してのことだ。


「あの七二番には、他にもいくつかの特異な能力があります。しかしその前に、ひとつお聞きしても良いでしょうか?」

「は、はい。なんでしょう?」

「私はアレを『七二番』あるいは『累積血刀』と説明しました。しかしシセイ様は『ニホン刀』と呼ばれました。この名称はどこから出てきたものでしょうか?」


 そうだ――至誠は最初に目を覚ましたときの会話を改めて思い出す。
 ここで日本という国名は誰も知らなかった。ならば日本刀という名称も、当然伝わらない。


「えっと――ああいった形状の刀を、日本では日本刀と呼んでいます」

「ニホンとは、シセイ様の出身国の名称でございましたね。ニホン刀の『ニホン』と、国名の『ニホン』は同質の単語でよろしいでしょうか?」

「はい」

「それでは――」


 不意に扉が開かれる音が部屋に響き、会話が遮られる。

 至誠が音のした方へ視線を向けると、深紅の髪をなびかせた少女が部屋に入ってきていた。


 リネーシャと名乗っていた少女は記憶にあるのと同じ服装のまま、身軽で軽快な足取りで近づいてくる。

 だが足音はほとんど聞こえない。
 まるで、見えているのにまるでそこに存在しないかのような印象すら至誠は感じた。


「回復は順調のようだな。何よりだ」


 リネーシャは満足そうに小さなえくぼを浮かべながら、至誠の右手にあった空席を引く。


 リネーシャを最初に見たときは横になっていたからか、記憶よりもさらに幼く見える。

 身長は低く、一二〇から一三〇センチくらいだろうか。
 至誠が座っている状態の目線の高さと、リネーシャの立っている状態の目線の高さがほとんど変わらない。

 やはりその容姿は子供そのものだ。一〇歳かそこら。小学生ならば高学年くらいの印象を受ける。

 しかしなぜだろうか。

 至誠はやはり、リネーシャの事が子供のように感じられなかった。
 その身なりや口調、細かな所作のひとつひとつに至るまで、子供らしさを感じられない。

 まるで中身は大人だと言わんばかりだ。


「陛下、ご報告が」


 そんな彼女にスワヴェルディが頭を下げながら口を開く。

 リネーシャが子供らしくないのはその言動もさることながら、周りの反応も大きい。
 わずかな時間ではあるが、子供のように扱われた姿は見ていない。
 そして陛下という尊称。

 そう至誠が疑問に思っている最中にもスワヴェルディの報告が続く。


「七二番なのですが、シセイ様が見覚えのある形状だと」


 報告を伝えながら、スワヴェルディは至誠の右手にあった椅子を引く。

 リネーシャはそこに腰掛けながら、その瞳を愉悦そうに細め、口元をほころばせる。


「それは真か?」


 リネーシャは目を輝かせ、紅潮するようにはにかんだ笑みを浮かべながらのぞき込んでくる。

 それが自分に向けられた問いかけであると至誠は理解し、はい――と少したじろぎながら返事をした。


「ぜひ詳しく聞かせて貰いたい。ああ――むろん食事を続けながらで構わない」


 スープがまだわずかに残っている事に気付いた様子で、言葉の最後に付け加える。

 しかしリネーシャの表情は、返答を催促するような期待のまなざしが浮かんでいた。

「えっと……何を話せば――」


 しかし、いざ説明を求められても、何をどう説明すればいいのか悩ましい。

 そこへスワヴェルディが割って入ってくる。
 今し方、至誠に七二番の精神汚染の最初期症状が確認されたこと、その説明の際に、日本刀という名称を使い、その形状に見覚えがある事などをリネーシャへ伝えた。


「なるほど。それは『どことなく似ている気がする』程度の話かね? それとも、『まさにニホン刀だ』と言わんばかりの形状だろうか?」


 そうリネーシャに問われ、改めて日本刀に視線を向ける。


「まさに――と言っていいと思います」

「そうか。ではだが精神汚染について知らなかったようだが、これは本来の日本刀の能力というわけではないのかね?」

「そうですね……そのような話は聞いた事がないです」


 妖刀などの類いなら似たような話はあるかもしれない――至誠はそう思うが、しかし自身がそれほど詳しくない上に、それらは迷信だ。創作話や誇張と呼ぶべきかもしれない。

 そう思ってあえて言わなかったが、リネーシャは乗り出した身を椅子に戻しながら語りかける。


「嘘をつくなと言うつもりはない。だが、ぜひ聞かせて貰いたいと思っている。今口にしなかったその話を」


 それはまるで、心が見透かされたかのような言葉だった。
 その結果、少しばかりの動揺が至誠の弁明に混ざり込んでくる。


「えっと……、嘘とか黙っていようとかは思ってたわけじゃないんですが、信憑性のほとんど無い話ですが――」

「むろん構わないさ」


 至誠は迷信や創作話であろう事を事前に前置きしたうえで、村正や村雨といった妖刀に関する話の概要を覚えている範囲で伝えた。

 リネーシャはひとしきり説明を聞くと、至誠が口にしなかった事に対して納得した様子を浮かべ、話を本筋に戻す。


「では次の質問だ。ニホンとはシセイの祖国の名であったと記憶している。ではニホン刀とは、国名を冠するほどの武器なのだろうか?」


 確かに日本の武器と言えば日本刀と言えるくらいに知名度と印象深いものがある。ゲームでも日本刀は結構強い武器であることが多いし、実在する日本刀の愛好家やファンもたくさんいるだろう。

 だがリネーシャの問いかけはそういうことではない。


「日本独特な形状の刀だと思いますが、僕の生まれた時代では使われる事はほとんどなかったです。どちらかと言えば……工芸品のような感じ、でしょうか」

「実際に戦争で用いられる事はなかったと?」

「僕が生まれる数百年前は、日本刀が戦場の主役だった事もあると思います。ただ、時代の移り変わりで使われなくなっていった――という感じでしょうか」

「なるほど、故に工芸品か」


 リネーシャが納得した面持ちのところへ、スワヴェルディが頭を下げながら口を挟む。


「陛下、殿下も来られましたので、私はお食事の準備をして参ります」

「ああ」


 リネーシャの相づちを受けると、スワヴェルディは頭を上げ、すぐに軽い足取りで扉の方へ歩いていく。

 リネーシャの時のような、気配を感じない足音ではない。
 むしろ規律あるたくましい足音だ。


 だが至誠は、すぐに足音が一人分ではない事に気付いた。


 それは扉の向こうから聞こえてきている様子で、次第に近づいてくる。

 スワヴェルディは足並みを扉の前で止めると、間髪を入れずに扉を引く。
 片手は取っ手に触れたままもう片方を後ろへ回し、軽く頭を下げると、迎え入れるような仕草をしていた。



「あぁ――疲れたわぁ」


 開口一番に聞こえてきたのは初めて聞く少女の声だった。

 直後、三人の女性が部屋に入ってくる。疲れを訴えたのは純白の少女で、彼女の後ろにはテサロとリッチェが続いている。

 純白の少女はリネーシャよりも背が高いが、それでも身の丈も容姿も中学生くらいの女の子だ。
 その目元は鋭さがあるものの瞳は大きく、髪の毛は横一線にそろえられたかのようなぱっつんだ。

 そして、その身には純白のドレスや高価そうな貴金属を身につけ、一瞥しただけでも高貴な印象を受ける。

 いや、むしろ神々しいとすら感じる。
 それは、肌や髪がドレスに引けを取らない純白で透き通り、その瞳はまるでちりばめられた宝石と見まがう程の天空色をしていたからかもしれない。


「お帰りなさいませ殿下。これよりお食事の方を準備して参ります」

「ええ、任せるわぁ」

 スワヴェルディはその少女を殿下と呼ぶと、彼女達と入れ違いに出て行った。

 至誠はそんな光景を言葉なく見ていると、純白の少女と目があう。正確には向こうが至誠の方へ視線を向けてきた。

 すぐに少女は蠱惑(こわく)的な微笑みを浮かべ、軽快な足取りで近づいてくる。


 目の前まで来た少女の身長は一四〇センチメートル程度だ。
 座っているとリネーシャと違い、少し見上げなければならない。


 逆に少女は至誠のことを上からなめ回すように観察すると、外観の幼さに似合わない様な妖艶な口調で続ける。


「思ってたより可愛い顔しているじゃない」


 どういう判断基準か分からなかったが、少なくとも少女の方は、至誠の存在をすでに知っているらしい。


「エルミリディナ・レスティアよ。聞いたことはあるかしらぁ?」


 どう対応するのがいいのだろう――そう思っていると、少女の方から名乗り、そして手の甲を差し出してくる。


「い、いえ。初めまして。加々良至誠です」


 欧州人であれば、女性への敬意を込めて手の甲にキスをしたかもしれない。
 しかし至誠は日本人だ。そのような作法からは縁遠い文化で育った。

 そのため至誠は普通にその手を取ると、普通に握手をした。

 それが無礼に当たるかもしれない事は握手をした後に気付いたが、エルミリディナに気にしている素振りはなく、むしろ別の事を問いかけてきた。


「どう呼べばいいのかしら?」


「リネーシャさんは『至誠』と」

「そう。じゃあシセイ、よろしくね。シセイってのは家名かしら?」

「いえ、加々良が苗字です」

「あらそうなの。でも都合がいいわぁ。私の国では人を呼ぶのに家名はほとんど使われないのよ。私の事もエルミリディナでいいわぁ」


 なるほど、だから加々良ではなくはじめから至誠と呼ばれたのか――と、日本の文化のと違いに不思議な感覚を覚える。

 しかし同時に、欧米でも初対面の人に対しては苗字で呼ぶイメージを持っており、やはりここがヨーロッパでない事への説得力を増す結果に繋がった。



 エルミリディナが至誠の左手の椅子に座ると同時に、至誠は彼女の容姿を表す単語を思い出す。

 アルビノ。

 髪も肌も白いその容姿は、先天的に肌や髪が白色で生まれてくるアルビノによく似ている気がした。



 その間にエルミリディナは、さて――とリネーシャに声をかける。


「今回の収穫は、労力に見合っているのかしらぁ?」


 エルミリディナは足を組み机に頬杖をつきながら問いかける。


「いい暇つぶしだっただろう?」


 しかしリネーシャの返答は回答ではなく、その口調はむしろ嫌味にすら聞こえる。


「退屈よりは充実していたのは間違いないわぁ。でも徒労は趣味じゃないの」

「安心しろ。すでに一つ大きな収穫がある。シセイは七二番の出土についての情報を持っていた。これだけでも十分に労力に見合うだろう」


 リネーシャは愉快そうな表情を零すと、エルミリディナにも愉悦が浮かぶ。


「それは凄いわぁ! それじゃあ何かしら。やっぱり『楽園の住人』説が濃厚かしら?」


 二人の表情は嬉々としているが、容姿相応の子供っぽさはどうも感じられない。

 リネーシャもそうだが、エルミリディナもまた、どことなく大人びている雰囲気を醸し出している。

 その仕草は、口調は、表情は、とても子供のそれとは思えない。


「可能性はゼロではない。だが、まだ有力とは言い難いな」


 ところで――と、リネーシャは話題を変える。


「ニホンという名称の国は知ってるか?」

「――ニホン? ……聞いたことないわねぇ。テサロとリッチェはどうかしら?」


 至誠が視線を後ろへ向けると、テサロと呼ばれた老女が柔和な表情を浮かべていた。


「残念ながら承知しておりません」

「同じく分からないです」


 玉虫色の髪が特徴的なリッチェと呼ばれた少女は、少し緊張した面持ちだ。


 エルミリディナが、問いかけの真意を求めるように、視線をリネーシャへ向けた。


「シセイの祖国がニホンとの名称らしい。だが少なくとも、ここ三千年の間にそのような国があった記憶はない」


 エルミリディナは、なるほど――と表情を浮かべつつ、脳裏に浮かんだ疑問を整理するように言葉を続ける。


「『楽園』では国家という概念がなかったのでしょう? なら『楽園の住人』とは違うのかしら。もっと以前の(いにしえ)の国家かしら。そうなると文献に残っているか怪しいけれど、戻って司書長に精査させないと分からないわねぇ」


 そうだな――と肯定しつつ、まずは分かるところから調べていくべきだ――と視線を至誠へ向ける。


「お互い分からない事が実に多い。まずは知りうる情報の交換を行いたい。どうだろうか?」


 その申し出は至誠としてもありがたく、断る理由はなかった。

 正直、考えない様にしているだけで不安を感じないわけがなかった。
 まずは現状を知る事が、不安の払拭(ふっしょく)に不可欠なのは間違いない。


「はい、よろしくお願いします」


 肯定すると、リネーシャは足を組み直して言葉を続ける。
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