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好奇心は吸血鬼をも殺す 作者:はちゃち

第四章 城塞都市ベギンハイト

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第二九話

「――至誠」


 声が聞こえる。

 その声の主を、至誠は知っている。



 ――智衛……姉ちゃん……?



「――矜恃を忘れるなよ」






 [ 2/10 11:11 ]






 まぶたをゆっくりと持ち上げ、至誠は目を覚ます。

 ――夢?

 なにか夢を見ていた気がする。
 目を覚ます直前に姉の言葉がかすめた気がした。
 しかしそれ以外の内容はまるで思い出せなかった。


 視界に飛び込んでくるのは見覚えのない光景だ。

 仰向けの視界の両脇には白い壁がそびえ、均等に木製の出窓が並んでいる。
 正面――本来であれば見上げた先には、青空が垣間見える。
 そこは一見すると路地裏のように思えるが、横になったままの態勢で確信を得るのは難しかった。


「ここは――」


 混乱する脳裏を整理しつつ、至誠は起き上がる――いや、起き上がろうとした。


「ッ――」


 痛い。
 その言葉すら出ないほど、引きつったような痛みが走る。

 全身が軋むように痛く、特に両足が酷い。



 しばらく痛みに耐えていると、幸いにして少しずつ痛みがひいてくる。

 だからと言って再度体を動かそうとすると、間髪入れずに痛みが襲ってくる。


 再び痛みの波が収まるのを待ち、可能な範囲で怪我の有無を確認しようとする。

 だがその為には体を動かさなくてはならない。
 しかし動かせば痛みの波が溢れてくる。

 体に力を入れる事によって痛みに襲われる事を理解し、今は仰向けの視界の中で何とか状況を確認しようとする。



 左隣は白い壁になっている。
 右側の壁との隙間は、せいぜい二メートル程度だ。

 壁には木製の出窓が均等に並んでいるが、その全てが固く閉ざされ、物音一つしない。

 視覚からは有力な情報は得られそうにない。
 一方で聴覚は、遠くから風の乗ってくる雑踏をとらえた。


 ――人の声だろうか。
 何を言っているかは分からないが、近くに誰かいるのは間違いない様子だ。

 だが、すぐ周りに居るわけではないようだ。
 今いる路地を抜けた先とでも言うべきか。

 少なくとも、すぐに声をかけられる距離ではない。

 助けを求めて声を上げるべきだろうかと至誠は考える。
 しかし大声を出すほど力めば、再び強烈な痛みが襲ってくるだろう。


 そのうえ、ここが日本でない以上、相手が友好的かは分からない。


 声を上げた結果、やってきたのが化け物だったら――全く動けない至誠では、なすすべがないのは想像に難くない。



 同時に掘り起こされる記憶は、名状しがたいほど気色の悪い化け物に追われた時のものだ。

 至誠は何とか精神を正常に保とうと試みるが、アドレナリンの切れた状態で思い出される光景はとても正気でいられそうになかった。


「……リセット……しなきゃ――」


 至誠は荒々しい呼吸のまま青空を見上げ、思考を宇宙へ飛ばす。






 しばらく意識を巡らせていると、至誠は平静さを取り戻す。

 同時に、化け物から追われていたが、どこかの街にまで逃げてきた事を思い出した。
 だがその途中で空中に投げ出された。
 地面が迫り来る所までは覚えているが、そこから先の記憶がない。


「いったいなにが――」


 どうなってるんだ――何も解決しないことは理解していたが、そう嘆かずにはいられなかった。


 だがこのままここで思考の堂々巡りをしていても埒が明かない。

 至誠は他に何かないかと再び周囲に目を配ろうとした。


 その直前、不意に耳に付く言葉は男の声だ。


「ああ、ここに居たかね」


 野太くやや年を感じさせるが、どことなく爽やかさも含まれている。

 そんな声は、建物の上から聞こえていた。

 至誠が見上げると、屋根から飛び降りてきている影を目にする。
 その着地は重力に逆らうように柔らかい動作をしていた。


 男は一九〇センチメートルはあろうかという長身だ。


 細身で純白の燕尾服を身に纏い、縦に長い純白のシルクハットをかぶり、柄に豪華な装飾の刻まれたステッキを片手に添えている。

 肌は白人を思わせる色白さで、顔はやや彫りが深く、左目に片眼鏡をかけ、垂れた目と皺の入った容姿は壮年期後半の紳士の様相に見える。


「目下ある人物から干渉を受けていてね。手短に済ませよう」


 男は意味深な言葉を投げかける。

 その意味するところは計り知れない。
 故に、至誠にとって敵なのか味方なのかもわからない。


「――あなたは?」


 そのため語調に自然と警戒心が紛れ込んでいた。
 だがその声はあまりにも弱々しい。


「なに、今の我が輩はしがない物書きにすぎない。すなわち君の味方でもないが敵でもないと言えるであろう」


 痛みが襲ってこない範囲で口を開けば、その弱々しい語気になるのは仕方なかった。
 しかし逆に痛みに襲われたからこそ、至誠の脳ははっきりと目覚めていた。


 そしてその口調や仕草、表情から、男が嘘を言っているようには思えなかった。

 だが本当のことも言っていない。
 あるいは小さな真実で大きな真実を隠そうとしている印象を受ける。

 とどのつまり胡散臭い。


「君には二つの権利が与えられる。しかしその前に賛辞を贈ろう」


 何の話か問おうと意識を男に向けていると、無意識に体に力が入る。
 その拍子に再び痛みに襲われ、表情が歪んだ。

 痛みが引くの耐え忍んでいると、男は遠慮なく言葉を進める。


「かの地の脱出劇は見事であった。よくぞあの少ない手札から成し遂げたものだ」


 そう語り、男は一度だけ指を鳴らす。

 直後、光が至誠の体を包む。
 それは目を眩ませるほどの光量だったが、それは密度の濃い魔法陣らしき紋様の塊だった。

 そう理解している頃には、不思議と体の痛みが引いていった。


「故にこれは、良いものを見せて貰った個人的な謝礼だ」


 まばゆい光が霧散する頃には、先ほどまでの痛みが嘘のようにかき消えていた。


 至誠は恐る恐る上体を起こすが、やはり痛みは襲ってこない。


「いったい――」


 なにをしたのか――そう問いかけたかったが、それよりも早く男は話を戻す。


「さて。今回は何が良いものかと我が輩なりに思慮を巡らせた。結果、こちらを選ばせて貰った」


 至誠が話の内容について行けていないことなどお構いなしに、男は言葉を続けつつ背後に腕を回す。

 その手が再び至誠の視界に戻った時、どこからともなく小冊子を手にしていた。


「これは――」

「現在執筆中の我が著書、『霊術大全』の草稿である。まだ一部の推敲が済んでいないのだが、まぁ術式理論に問題はないので安心して使うが良い」


 冊子を差し出しながらそう説明してくれるが、まるで意味が分からなかった。

 しかし『霊術』という単語が、記憶の奥底から掘り起こされる。


 ――魔法や鬼道のような不思議な力の一種だっただろうか?


 しかしどちらにせよ、どうするべきか判断が難しい。


 ――怪しさは禁じえない。罠かも知れない。だが救いの手かも知れない。


 だとしても、判断するには情報があまりにも不足している。









「ああ、そうか」


 至誠が返答を窮していると、男の方から口を開く。


「君のために日本語に翻訳しておくべきであったな。完全に失念していたよ」


 そういう話ではない――と口にしそうになるが、別の疑問がそれをかき消した。


「……日本語を、知っているんですか?」


 この場所が現実なのか異世界なのか、はたまた未来の世界なのかは分からない。

 しかし日本語を知っているならば日本を知っている可能性が高い。
 そして日本を知っているならば、至誠が今ここに至る経緯や事情を知っていてもおかしくない。

 ――もっともその場合、この世界に連れてきた、あるいは拉致してきた犯人側である可能性も出てくるわけだが。


「日本語の習得にはなかなかに苦労させられた。特に漢字を記憶するところだね。漢字に複数の意味と読みを混在させ、さらに組み合わせによる例外があるのは、正直どうかと思うね。気に入っている言語のひとつではあるわけだが」


 閑話休題――と、男はステッキの先を至誠へ指すように向ける。


「しかしながら本書における言語の壁は問題なかろう。君の中に入っている少女が目覚めたら見て貰うがいい」


 それがミグの事を指しているだと即座に理解できた。


「何か、事情を知っているのですか?」


 至誠は駆け引きや交渉は得意な方だ。
 拳での殴り合うなんかよりは、頭を使う方がまだ性に合っている自覚があった。

 しかし、至誠にはまるで事情がわからない。
 そして男は事情を熟知している様子だ。

 そんな人物に対し、駆け引きが出来るとはとても思えなかった。


 故に至誠は、愚直に問いかける選択肢を選んだ。


「なぜ僕はここに――」


 だが問いかけを遮るように音が周囲に響く。

 単なる雑音ではない。
 今この場には似つかわしくない、メロディと呼ぶべき音楽だ。


「すまないが少し失礼するよ」


 男は断りを入れつつ、至誠に背を向けながら左ポケットから何かを取り出す。

 ――スマホだ。


「何か緊急の要件かね?」


 男は背を向け、スマホらしき物体を耳に当てる。

 それは至誠が知る「スマホで通話」そのものだった。



「今まさに、その彼と会っている最中である」


 「彼」という単語が、自分を指しているものだと想像に難くなかった。
 すなわち通話相手も自分の事を知っている可能性が高い――至誠は男の言動に注視する。


「――そういう類いではない。安心したまえ。それでは失礼するよ」


 もう少し観察していたかったが、男はすぐに通話を切り上げ、スマホらしき物体をポケットに戻す。


「失礼した。話を元に戻そう。『なぜここにいるか?』との問いだったね」


 スマホについて、あるいは通話先の人物も事情を知っているのか等、聞きたいことは山ほどある。

 だが男は問いかけの内容を確認してきたので、ひとまずはそれを肯定した。


「質問権はそれで構わないのかね?」

「質問……権?」


 ――質問をする権利だろうか?

 先に権利がどうのと言っていたのを思い出していると、男は改めて説明を始める。


「君には二つの権利が存在している。一つは我が輩から物品の贈与を受ける権利だ。何を贈るかは我が輩の裁量で、かつ受領するかはそちらの自由だ。今回でいればこの冊子となる」


 男は再び至誠に小冊子を差し出す。

 ――罠かもしれない。

 しかし至誠は、受け取らないことによって男の心証を悪くするのでは――と懸念を抱いた。

 今は下手に出て少しでも情報が欲しい状況だ。
 そしてこの男は、現状で唯一の足がかりかもしれない。


「よろしい。必要ないのであれば別に投棄してかまわんよ」


 冊子を受け取ると男は満足そうに微笑み、襟を正し言葉を続ける。


「もう一つは我が輩に質問をする権利であり、その行使にはいくつかの制約がある。

 一つ、質問は一度のみである。
 一つ、我が輩の知り得ない事には答えられない。
 一つ、規制事項に抵触する問いには答えられない。
 一つ、規制事項の内容や基準については答えられない。
 一つ、答えられない場合でも質問権の行使は行ったものとする。

――以上である」


 なぜここにいるのか――その問いかけが、男の質問権に触れたと言う事らしい。
 確かに、知れるのであれば知りたいと思う。

 だが至誠は自問する。

 ――本当に知りたいのはその事なのか?


「しかし君の発言は質問権の説明より前に行われたものだ。これは無効としよう。同じ質問であれば再度口にするが良い」


 自問する内心が顔に出ていたのか、男は再度チャンスを与えてくれた。


 至誠は一度だけ大きく深呼吸する。





 ――落ち着け。





 そう自分に言い聞かせ、思慮を巡らせる。





 出会い頭の男は急いでいる様子だった。

 だが時間制限は設けていない。
 ならば時間いっぱいまで考えるべきだろう。

 次の機会が巡ってくるとは限らないからだ。



 まず、ここが自分の知っている世界でないことは認めざるを得ない。
 たとえファンタジー異世界が非現実的だとしてもだ。

 体感時間にしてたかが数時間。

 だがその間、五感に刻まれた非現実的は現実なのだから。



 至誠は考える。



 なぜこの世界に来たのか、あるいは居るのかが分からない。

 それが分かれば精神衛生上、とても大きいだろう。


 しかしその次に考えるのは、十中八九、元の世界に帰る方法だ。


 では「過去の原因」と「未来への光明」ならどちらを選ぶべきか。



 精神衛生を基準に考えるならば、後者だろう。



 しかし、規制事項とやらに引っかかると言われ、答えてもらえない可能性は高い。


 規制事項について把握出来ればそれを避ける事はできるだろう。

 だが、それも答えられないと予め含まれている。



 ――いや、「なぜ自分がこの世界にいるのか」あるいは「もとの世界に戻る方法について」問うのも、規制事項に抵触する可能性が十分にある。



 しかし、そんな事を言い出せばあらゆる質問がそうだ。





 至誠は考える。





 下手に中途半端な浅い質問をするくらいなら、いっそ核心を聞いてみる博打の方がいいかもしれない。



 知らぬが仏という言葉もある。
 中途半端な知識を得る状況よりも、全くの無知の方が精神衛生上よい事もある。



 その前提で、最高の状態を考える。



 ――自分の分からない事であなたが知っている事を全て教えて欲しい。



 そんな質問が通るのが最も理想だ。

 当然、こんなものは百パーセント通らないだろう。


 何か一つ願い事を叶えてくれると言われて、叶えられる願い事の数を増やす願いをするような、小学生的で無茶な発想だ。





 ――いや、まてよ……。





「これは質問権の行使ではなく、権利の範疇についての確認、あるいは独り言なのですが……」


 至誠は言葉を慎重に選びながら視線を男へ向ける。

 男は眉一つ動かさずただ視線を向けてくる。


 それを黙認と捉え、至誠は言葉を続けた。


「その権利は生涯に一度なのか釈然としません」


 質問と受け取られないような言葉を選び、至誠は視線を向ける。


「一度ではないとも。再会の度に、再び権利の行使が可能である。贈与する物品も別のものを準備しよう」


 どうやら男のいう質問権を使わずに質問する事が可能のようだ。

 だがこの手を使いすぎて相手の心証を悪くし、質問をする前に打ち切られては元も子もない。

 大事なのは引き際だ。


 ――ならば、上手くいった場合にこの手を使うのは次までだ。


「『再会』の定義について、遠巻きに見つける程度では『再会』とはならないと解釈しています。すなわち《《会話できる距離感》》が必要だと解釈しています」

「構わないとも」

「では質問権の行使をします」


 構わないが肯定であると捉え、至誠は間髪入れず問いかける。





「あなたの電話番号を教えてください」





 その問いかけに、男はわずかに眉を動かす。


 至誠からみても、これは十中八九突っぱねられるだろうことは想像に難くない。

 『会話できる距離』が『再会』の定義として有効である場合、『通話できれば再会の定義に含まれ、すなわち再度の質問権を通話の度に得られる』などという幼稚な発想は屁理屈と呼ぶべきだ。


 仮にその理論が通ったところで問題は山積している。


 リネーシャとの会話で、確かにスマホらしきものがあると言っていた。

 だがそれが動く保証はどこにもなく、仮に問題無い状態であろうと通信電波はなく、そもそもバッテリーが充電できないのであればただの文鎮だ。

 そこをクリアしたとしても、男が電話に出ない場合や、着信拒否する可能性を考慮すると、博打も博打、大博打だ。


 だがこれが唯一、質問権を増やせる質問だと至誠は考える。


 しかし通常の博打と違うのは、掛け金がないことだ。

 失敗したときのリスクは「本来得られるはずだった情報が得られない」だけ。
 金銭はおろか、命に関わるようなリスクはない。

 そしてどんなに小さな事でも、相手の裁量次第で、いくらでも突っぱねられる状況だ。

 ならば最大のリターンを狙うのが最良だと至誠は考える。




 男は一拍おくと、愉快そうに口元をほころばせる。


「なるほど、機転が利くな」


 男はそう呟くと、愉しそうに指で顎をなぞり、しばらく考えるように間を置いた。







「よかろう」


 男は至誠の質問を認めると、内ポケットからペンを取り出す。

 高級感のある装飾が彫り込まれた万年筆だ。

 男は身をかがめ、至誠が受け取っていた冊子の端に文字を書き殴る。



 004-1931-4743



 その文字は至誠のしるアラビア数字と同じであり、まさに電話番号を示すような数列だ。


「君にも分かるよう、アラビア数字で書いておいた」


 その文字のことも当然知っている――といった面持ちで、男は万年筆を内ポケットに戻す。
 同時に空いた腕を背後にまわし、再びどこからともなく何かを取り出した。


「冊子の付録を忘れていたよ。これも君に進呈しよう」


 差し出す男の手にあったのは、スマホと同じ程度の直方体だ。


 受け取ってみると、思ったより重量感がある。

 材質は何かしらの金属のようだ。
 見た目の色味や触れた感覚ではアルミに感じるが、それにしては重い。

 表面にはよく分からない模様が刻まれ、側面には小さなボタンが一つ。
 その大きさはまるでスマホのようだが、分厚さはスマホの倍はある。

 そして、どこにも液晶らしきものが見当たらない。

 至誠の知識内で例えるならば、モバイルバッテリーが近い。
 しかしUSB端子は見当たらない。


 これが何なのか分からないでいると、すでに男は背を向けるとシルクハットを手にし、別れの挨拶を告げていた。



「それでは武運を祈る。《《新たなる器》》よ」



 至誠が再度口を開く間もなく、男は目の前で霧散し空気と同化していくと、すぐにその姿が消えた。
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