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好奇心は吸血鬼をも殺す 作者:はちゃち

第四章 城塞都市ベギンハイト

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第二七話

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「ベージェス団長!」


 清涼な声で女性が駆け寄り声をかける。


「スティアか」


 スティアと呼ばれた女性は青き炎の如き色をした総髪(そうがみ)を揺らしながら追いつく。

 その見目は麗しい女性であったが、騎士団の紋章の刻まれた外套(がいとう)と隙間から微かに露見する鎧と武具は、まるでその肌身を隠すかのようだ。


「第四部隊の展開が遅れ、申し訳ございません」

 スティアは相手に歩調を合わせつつ、男――騎士団団長のベージェス・ムラギリウスに対し頭を下げる。

 ベージェスは鼻が低いが彫りは深く、渋さの際立つ中年の男性だ。
 種族は人ながら、騎士や王国軍兵士の平均的な人の体格よりも一回りも二回りも筋骨隆々ながたいをしている。
 巷では半分獣人なのではないかと囁かれるほどだ。


 そんなベージェスは広い肩で空気を切り、スティアが早足四歩進むところを二歩で歩いている。


「第二と第四は大祭への従事が役回りだ。その役割を全うしていた以上、俺から責めるべき言葉はない」

「はい……。しかし――」

「己の無力さを感じたのであれば、今後とも修練に励み、次への糧とすることだ」

「――はい」


 二人はラザネラ教ロゼス教会ベギンハイト支部の教会堂内を歩く。
 王都にあるロゼス教会に比べればこぢんまりとしているが、それでもベギンハイト全体を見渡せば比肩する建物は領主の屋敷より他に見当たらない立派な造りをしている。

 二人が歩く有り触れた廊下も、庶民からしてみれば目を覆いたくなるほど高尚さだ。
 威厳を思わせる彫りの刻まれた柱が並び、貫禄のある窓がその合間に垣間見える。
 天井はそばだつように高く、施された装飾に妥協は見られない。


 そんな廊下の途中に厳めしい両開きの扉が見えてくる。
 その脇には顔見知った騎士団員が二人、直立不動で守衛している。

 彼らはベージェスとスティアに気付くと、即座に騎士団内で用いられる敬礼を掲げる。

 団長は軽く、スティアは機敏に敬礼を返す。

 数間の後、最初に敬礼の姿勢を解いたのはスティアで、団長の前に出て扉を押し開く。

 直前に敬礼の姿勢を解いた団長は、扉が開くのを見届け、スティアが再び敬礼の姿勢に戻った頃合いに部屋の中に入る。
 スティアもまた団長に付くように改めて敬礼を解き部屋に入る。

 外の守衛が扉を閉じるよりも早く、すでに部屋に居た騎士団員は席を立ち上がり敬礼の姿勢を取る。


「楽に」


 そう団長が席に向かいつつ告げると、各員は敬礼を解き席に着く。

 この部屋は会議室であり、礼拝室に次ぐ大広間だ。
 基本的に関係者のみが立ち入る事のできる部屋だが、装飾の威厳さに抜かりは見当たらない。


 中央には立派な長机が置かれ、四十名ほどが座れるようになっている。

 スティアは団長が座った後、自らの所定の席に座った。

 長机には上座と下座が厳格に決められており、団長は上座の隣の席。スティアはそこから下座へ三つ隣に座る。
 上座に座るのはベギンハイト支部教会堂の最高位である司祭と決まっている。
 この部屋にある長机の場合、司祭から見て右側が騎士団、左側が役職ある信徒である聖職者たちが座る形になる。

 すでに双方合わせて三十名ほどが椅子に座っていた。

 だが司祭の姿はまだない。

 ベージェスが椅子に腰を下ろすと、目の前に座っている助祭のシルグ・ヴィレタスが最初に口を開く。


「ミラティク司祭様は準備がもう少々かかるご様子。今しばらくお待ちいただくよう」


 助祭は司祭に次ぐ地位の聖職者であり、通例どおりであれば今日も議会進行を担う。

 そのシルグは少し頬がこけた女性であり、人種にしてまだ三十七歳という若さだ。非常に若手ながらも支部協会における序列二位の聖職者の席にいるのは、ひとえに非常に優秀な頭脳の持ち主だからだ。

 出世は年齢と共に上がっていくことが多いラザネラ教会だが、優秀な人材はトントン拍子に出世の階段を上っていく。支部協会においてその最たる存在がシルグ助祭だ。


「承知しました」


 ベージェス団長が事務的に言葉を返すと、三席隣に座っている兎人の中年男性が、待っていたと言わんばかりに口を開く。


「それはそうと団長殿、下のお子様が一歳になられたとのことで、まことにおめでとうございます」


 団長が言葉を返す前に、さらに五つほど隣、兎人で老年の女性が言葉を重ねる。


「昨日はちょうど大祭と重なり、祝福の言葉が贈れずに申し訳ないですね」


 支部教会における聖職者の冠位は司祭が最高位であり一名だ。
 次位に助祭が続きこちらも一名のみ。
 しかし助祭に次ぐ侍祭は人数が増え、会議室内には十名いる。

 今声を上げた兎人の聖職者の役職も侍祭だ。


「いえ、お気になさらず。そのお気持ちだけで十分です」


 団長は感情を表に出さない語調で事務的に返す。
 端から見るとあまりに淡泊な返しだが、それが毎度繰り返されるいつもの会話であるために、多くの騎士や聖職者は聞き流していた。


「それはそうと、たったの二人しかめとらないというのも、やはりおかしな話ではございませんでしょうか?」


 ほら来た――スティアはため息をつきたくなる自分をなんとか諫める。

 ロゼス王国においては一夫一妻が基本だ。
 しかしラザネラ教においては、認可制だが一夫多妻や多夫一妻が認められている。

 たとえば騎士としてたぐいまれなる高みに到達した者、抜きん出た魔法鬼道を修めた者、教会が必要であると認めた者には許可が下りる。


「そうですとも団長殿。やはり貴殿の様な騎士として天賦の才覚をお持ちの方の血統はラザネラ教に必要でございますよ。ならば十でも二十でもめとり、多くのお子を、子々孫々を遺していただくことこそ、教会の、ひいてはラザネラ様への報徳となり得ると私どもは常々――」


 つまりは有能な人材を増やし、さらなる安寧なる繁栄を求めてのことだ。

 たとえばベージェス団長。
 孤児院出身ながら、その武人としての力量と鬼道の才覚、そして寡黙で力強い騎士道精神と信仰心がある。
 彼には一夫多妻を認める認可が下りているが、それは一部の侍祭をはじめとした他薦によるものだ。

 だが当の本人は複数の女性を侍らせたいとは思っていない様子だ。

 それでも二人の妻をめとったのは、司祭による命令に近い嘆願を受けたからだ。
 二人目の妻との間にも男子が生まれたことで、司祭はそれ以上口にすることはなかったが、今声を上げる二人の侍祭は顔を合わせる度にやれ子供を増やせだの、良縁があるだの言って団長に迫る。

 特に拍車をかける要員として彼が人であることも大きい。

 ロゼス王国に限らずラザネラ教の種族比は人と獣人が圧倒して多い。
 だが獣人と言っても様々で、離れた特徴の獣人(かん)では子を授かりにくい。
 だが人は始祖種とも万能種とも呼ばれ、獣人のみならず亜人でも鬼人でも魔人でも――例外はあるが――理論上は子を授かることが出来る。

 故に一部の侍祭たちは、様々な獣人との間に子供をもうけて欲しい様子だ。


「その件に関しましては、司祭様に相談させていただいておりますので」


 この二人の侍祭の会話を終わらせるにはミラティク司祭の名前を出すのが最も有用であると知っている団長は、話を打ち切るように告げる。


「――それはそうとスティア殿、昨日の楚々(そそ)たる姿に(わたくし)感服いたしまして」


 老年女性の矛先が唐突にスティアに向けられる。


「い、いえ。恐縮に御座います」


 うわ、こっちにきた――と思いつつも、スティアは丁寧に謙遜する。

 団長と違い、スティアはとその女性侍祭では侍祭の方が立場が上だ。
 苦手だと思っていてもそれを対応に露呈させることは許されないだろうと想像に難くない。

 その侍祭の言っているのは昨日に執り行われた大祭の事だ。
 ラザネラ教の半年に一度の大規模な祭祀である大祭。スティアはそこで敬虔(けいけん)なる信徒として与えられた役目を全うした。

 スティアは顔立ちも体つきも実に整い、まさに凜とした女性だ。
 美しさだけでなく力強さを醸し、強い信仰心を持つスティアは数年前から祭事の顔として大役を担っている。

 スティアはまだ弱冠二十二歳だ。
 信徒としては実に若い。

 スティアは知っていた。
 それが自分の騎士としての実力や信仰心が認められてのこと、ではないと。


「そうだスティア殿。いっそ団長殿と婚姻成されてはいかがか」

「――えっ!?」

 老年女性が突拍子もないことを口走ると、中年男性もそれはいい考えだと同調する。

「スティア殿は素晴らしい。信仰心だけでなく騎士としても、若くしてこれほど立派なのですから」

「そうですとも。団長殿とスティア殿のお子であれば、それはもうラザネラ様にまでお名前が届くほどの英傑になられること、お間違いないかと」


「い、いえ。私なんぞ、まだまだ未熟者でございます故――」


 スティアにとって団長とは師であり、憧れの人だ。
 その騎士としての精神も技術も、スティアの遙かに先を行く。

 ロゼス王国において最も危険と隣り合わせのベギンハイトの教会騎士団――撤怨(テツエン)騎士団の団長を勤める程の、彼こそが英傑だ――スティアだけでなく多くの住民がそう思っているだろう。

 そんな英傑と易々と結婚しろだの子供を作れだのは団長に対し実に無礼なことだ――とスティアは身を縮こめる。


「二人とも、それくらいに」


 助祭のシルグが諫めると、二人はおもちゃを取り上げられた子供のように悔しそうな、あるいは辛そうな表情を見せるがおとなしく従う。




 騎士団は主に四つの部隊に別けられる。


 第一部隊は団長直轄であり、主に教会の警備と聖職者の警護だ。
 強い信仰心と、信用できる推薦が求められ、騎士としての強さも必要になる狭き門だ。


 第二部隊は副団長の指揮下にある。役目は規律と秩序の監督だ。
 信徒が教えに背いていないか目を光らせ、場合によっては指導する立場にある。異端審問官の手足としての騎士だ。


 第三部隊は主に異教徒や異形から信徒を守る盾として、同時に矛としての立場にある。
 個人の異教徒であれば異端審問にかければよいだけの話だが、徒党を組んで攻められたときはそうもいかない。そのような事態に備えての騎士団だが、ここベギンハイトはでは怨人の脅威の方が大きく、対怨人部隊としての色が非常に濃い。


 第四部隊は補佐を行う。人手が足りなければ人員を貸し出し、他の部隊がわざわざ行う程でもない事柄の対応に当たる。騎士団に入ったばかりの新人はまず第四部隊に所属するため、教育部隊としての側面が非常に強い。


 そして一年前から第四部隊の隊長を勤めるスティアもまた、人の上に立つ者としての教育を受ける為、その地位に就いている事を理解していた。





 扉が開く。
 三人の侍祭を引き連れ、ミラティク司祭が入室する。
 梟人の男性であり、二〇〇歳に迫ろうかという高齢ながらも、その言動に衰えを一切感じさせない。

 聖職者、騎士団員全てが起立し敬礼を向ける。


「すまない、待たせてしまったね」


 司祭は敬礼に軽く手をあげ対応する。

 上座に司祭が座ると、各員も追従するように席に座った。


「君たちを集めたのは他でもない。先ほど発生した怨人の襲来に関してだよ。シルグ、まずは君から情報の共有を」


 ミラティク司祭が着席すると、入れ替わるようにシルグ助祭が立ち上がり言葉を引き継ぐ。


「それでは情報の整理も兼ねまして説明いたします。――本日午前三時頃、南西より怨人の襲撃が発生。第三区の西にある遊郭(ゆうかく)区画近辺にて多くの被害が発生しております。襲来した怨人は一体ながらも、大型でかつ飛行型のため極めて脅威度の高い個体となり、ここ数百年では最も強力な個体の可能性すらあるでしょう」


 昨日行われた大祭によってスティアは疲労していた。
 大祭の顔としてのしかかる重圧は大きく、やるべき仕事も多い。休憩もまともに取れず終日従事していては、疲労困憊にならないわけがない。

 同時に第四部隊の騎士も皆一様に疲労困憊だった。まだ基礎訓練も終えていない新人もいる。
 しかしそんな事は関係なく、雑用案件は終日途切れることなく降って湧いてくるからだ。

 それでも何とか祭事を無事に乗り越え、その日は解散し各々就寝した。

 それがおよそ午前一時半。
 その一時間半後、怨人の襲来は発生した。


「いやはや、ベージェス殿の迅速な対応には感服致しました」


 一人の侍祭が割って入ると、いえ――とだけ言葉を返し、シルグ助祭に続けるように視線を向けて促す。


「彼の仰るとおり、襲撃直後にベージェス氏とバラギア氏の両名によって迅速に怨人を処理出来た功績は非常に大きいでしょう。もし対応が遅れていれば、数千人規模、あるいはそれ以上の被害が出ていたと思われます」


 ベージェス団長とて疲れていたはずだ。
 司祭をはじめとする聖職者を終日護衛しなくてはならず、さらに騎士団全体に問題は無いかも気を配らなくてはならない。

 そんな団長は襲撃が発生した直後、迅速に現場に駆けつけ怨人の討伐を行った。


 それに比べスティアを含めた第四部隊の動きは実に緩慢であった。
 結局、準備が整ったのは全てが終わった後だった。

 部下が悪いのではない。
 隊長として未熟な自分が一番悪いのだ――その事を自覚していたスティアは、平身低頭するほど視線を落としていた。


「現時点での被害状況はどうなっているのですか?」


 別の侍祭が口を開くと、助祭は手元の資料に視線を落とすこともなく迅速に答える。


「現段階で死者数は八三名、負傷者が二四六名、行方不明が依然二〇〇名以上は想定されております。行方不明の大半が倒壊した建物の下敷きになっていると思われますが、一部は怨人に喰われたと考えられます」

「何とも嘆かわしい」


 そう嘆く侍祭を尻目に、副団長のロロベニカ・スタルーンは助祭に問いかける。


「襲撃を受けたのは遊郭区画だと聞いていますが、今あげられた死傷者数は信徒のみなのでしょうか?」

「現在王国軍側が選定作業を行っておりますが、未だ完了しておりません。死者が王国軍兵士の場合は確認が容易なのですが、遊郭での死者は信徒と奴隷の判別に時間を要すると思われます」

「確かに、あそこは少々――特殊ですからな」

「そこで第二騎士団の人員を派遣したいのですが、副団長と致しましてはいかがでしょうか?」

「相違ありません。むしろ未だに王国軍側からの協力要請が無いことが解せません」

「今なお王国軍側の指揮系統の混乱が解消していない様子です。責任の追及は後ほどにいたしましょう」


 ロロベニカ副団長が肯定すると、シルグ助祭は話を続ける。


「怨人が聖地へ侵入する基準は未だ分かっておりませんが、今回に限っては『獲物を追ってベギンハイトまで侵入した』模様です」

「そう、そこだ。その詳細について私は何も聞き及んでいない」


 一人の侍祭が声を上げると、何人かが同調し頷く。


「目撃情報によりますと、怨人が追っていた者達は計四名。非常に高速で飛行していたとのこと」

「小型の怨人ではないのかね?」

「これまで魔法や鬼道を使える個体、および人以外の要素を持つ個体は確認されておりません。対象の飛行は魔法ないし鬼道によるものだと推測され、獣人種も確認されております」

「飛行関連の術式となると、かなり複雑で不安定な術式構造になりましょう。あれは非常に実用化が難しかったはずでは」


 術式技術に詳しい侍祭の言葉ではじめて事態の深刻さを察した者もいたようだ。


「そのような高度な技術を持つ者がなぜ不浄の地から飛んでくるのか――」


 まさか――と一人の侍祭が声を上げ、視線がその人物にあつまる。


(いにしえ)の戦争において、少数にて不浄の地を進み、多くの怨人を引き連れたまま敵地へ乗り込む焦土戦術があったと聞いた事があります」


 いくつもの驚きの声が上がり、議論の熱が上がり始めるのをスティアは肌で感じた。


「つまり、これは他国による攻撃だと!?」

「しかし実際にそのような事が可能なのでしょうか?」

「少なくとも今の我々には難しいでしょうな……」


 混迷しはじめる場をいさめるように、シルグ助祭は声を上げる。


「先に報告を進めさせていただきます。四人の侵入者のうち一人は獣人種――正確には人狼種であり、捕縛までの間に会話も出来ていたことを鑑みますと、怨人の可能性は極めて低いと思われます」

「なるほど。確かに獣の怨人というのは一度も観測されていないですからな」

「はい。そしてその人狼種および、もう一人はベージェス氏によって捕らえ、現在地下牢にて拘束しております」


 おおっ――と感嘆が上がる中、下座の侍祭から質問がシルグに投げかけられる。


「その『もう一人』の種族は判明しているのでしょうか?」

「魔人種である事までしか分かっておりません。ここから先は完全な憶測になるのですが、その魔人は人と相違がない老婆でしたので、純魔人――あるいは魔女である可能性が考えられるのではないかと」

「魔女……マシリティ帝国か!」

「――確かに、かの異教徒どもであれば高度な魔法技術を持っていてもおかしくはない。不快である事この上ないがな」

「すなわち、こたびの一件は威力偵察ということか!?」

「あそこの邪神への執念さは侮れないからな――」

「確かに。喜んで死ぬ奴はごまんといるだろうな」

「ではまずいですぞ! ロゼス王国においてベージェス氏とバラギア氏は、この国の三大英傑のうち二人!」


「確かにその通りだ! こちらの手の内を探るためだとしたら、実に事態は逼迫しているのではないか?」
「あと一時間としないうちに門が開きます! そこから間者を逃すようなことになれば実にまずい!」

「開門時間を変更するよう要請を出しましょう! 都市から外へ出る者へは厳しく身元の確認を行うべきです!」

「し、しかし、相手は我々よりも高度な魔法技術を持っているのですぞ! そもそも城壁を乗り越えたり、空から観察されているような場合は対応出来ません!」

「やはりかの国に対しては国交断絶では生ぬるいのです! かの国と国交のある国に対してはもっと圧力と規制をかけていくべきではないのでしょうか!?」


 白熱する議論が聖職者の間で行われる。

 このような議論に騎士団は基本的に口を出さない。
 そもそも(まつりごと)は門外漢だ。せめて軍略を練る場合であれば出番もあるだろう。


 故にスティアもその推移を見守っていた。
 しかし、さすがに理論が飛躍しすぎてきているのをスティアは感じていた。
 だが聖職者の方々の議論に自分が水を差して良いものかと懸念が口を固く閉じさせる。


 そんな議論を止めたのはミラティク司祭だ。


 そのか細い手で机の上の何度か叩く。扉をノックするときのように。
 それが手を止めて自分に注目するように示した合図であることは、この場にいる全員が知っていた。


「ベギンハイトにおける内政ならまだしも、外交――それも、今や三大列強国の一つと言われるようになったマシリティ帝国への対応など、この場で決められることではない。この件は、間もなく行われる司祭協議会および、司教評議会にてかけ合うことを約束しよう」


 場の空気が一気に沈静化し、皆一様に冷静さを取り戻す。


「こたび、君たちに集まって貰ったのは今後どうするかを議論する為ではない。今どうするべきなのかについてだ。もしも威力偵察であったとするならば、情報の流出を防ぐのは喫緊の課題だ。だがそれは憶測に憶測を重ねたに過ぎない。根底を見誤れば事態はより悪い結末を迎えるだろう」


 ゆっくりと落ち着いた口調で話を区切ると、シルグ助祭の方へ視線を向け呼びかける。


「――シルグ、マシリティ帝国はかつて他国に在住していた魔女を粛清していった歴史があるね」


「はい。マシリティ帝国黎明期、様々な国や地方に住んでいた魔女を引き抜き、同調しない者を粛清したとされています。しかしながら傘下に入った者、粛清された者全てが同様に失踪や行方不明とされ、殺害痕跡が発見されたのはごく少数の事例だと聞き及んでおります。そのうえ、直接的にかの国と繋がるような物証は見つかっていないとも」


 ロゼス王国は国教としてラザネラ教を信仰している。
 それはロゼス王国特有のものではなく、隣国をはじめ、ラザネラ帝国の庇護下にある国にとって一般的な形態だ。

 そのため隣国も全てラザネラ教の国であり、軍事的な戦争となったことは千年以上ない。それは相互助力を基本理念としている教会の存在が大きい。

 親密な連携を取り合う隣国とは違い、庇護下にない他国について知識深い者は少ない。
 特にここベギンハイトでは、怨人という目先の脅威がある。
 外交に強い者は、こんな辺境の支部教会にはいないのが現状だ。


 だがその国は違う。
 奴らは邪神を信仰し、今や三大列強国の一つにまで名を上げた。

 そんなマシリティ帝国を知らない聖職者はいない。


「それが数百年前――もう千年近く前になる。そして現代において魔女と言えばマシリティ帝国と言われるまでになった。しかし粛清を逃れ、マシリティ帝国以外で生きている魔女もいる。この理由について、スティアは知っているかね?」


 スティアは司祭の言葉を聞いていた。むしろ聞き入っていたと言ってもいい。
 しかし自分に質問を振られるとは想定していなかったために、とっさに答えが出せなかった。


「――も、申し訳ございません。存じ上げておりません」

「ではロロベニカはどうだ」


 そのことについて咎められる言葉はなく、司祭はロロベニカ副団長へ問いかける。


「マシリティ帝国が手出しできない国にいた場合は、その『対象外』となったものであると理解しております」

「より正確には、『対象外』ではなく『断念した』と評するべきであろう。ではその手出しできない国とはどこがあるか、今度はわかるかね? ――スティア」

「し、神聖ラザネラ帝国――でしょうか」

「半分正解だ。そして、我らが神聖ラザネラ帝国に比肩する超大国――レスティア皇国も含まれる」


 そのような簡単な問いかけにすら満足に正答できず、スティアの視線はさらに低く落ちる。そんなスティアの心境を誰も気に留める暇はなく、別の侍祭が手を挙げたことで視線が全てそちらに向く。


「団長殿に質問をよろしいでしょうか!?」


 司祭が肯定すると、侍祭は言葉を続けた。


「捕らえた二名が神聖ラザネラ帝国の方々であられるような印象はありましたでしょうか?」


 その質問の意味を多くの者が理解した。

 もしもこれがマシリティ帝国による威力偵察ではなく、神聖ラザネラ帝国の方々――天上人の何らかの事情や事故によるものであった場合、絶対に無礼があってはならないことだからだ。


「そのような言動は見受けられませんでした。加えて、獣人の身につけていた武具には紋章が入っており、神聖ラザネラ帝国の紋章とは明らかに違う形式であることは確認済みです」


 ベージェス団長はその先を確認するようにミラティク司祭へ視線を向けると、ミラティク司祭が言葉を引き継ぐ。


「私もあのような紋章を見るのは初めてだった。少なくともラザネラ教圏の国々の紋章ではなく、確認されているマシリティ帝国のそれとも違った。それは支部教会および王国軍側の紋章官も同様であると確認した。しかしここでは、ラザネラ教圏以外の紋章は非常に少なく、照合するのであれば少なくとも王都の紋章官まで問い合わせなければなるまい」


 だがそのような時間がないことは、言葉にせずとも誰しもが理解できた。


「未知の紋章となるとやはり、マシリティ帝国およびその属国が怪しいのではないでしょうか」


 端にいる侍祭の言葉に、「もちろんその可能性も十分ありえるだろう」と答えながらも、ミラティク司祭はゆっくりと首を横に振り否定する。


「しかし、そうだと断ずる証拠はない。肝に銘じて欲しいのは、根拠のないまま『そうに違いない』と思い込むことが、視野を狭くし足下をすくわれる要因となり得るということだ」


 誰しもがその言葉に納得し、手を上げた別の侍祭によって会話は進行する。


「ベージェス団長にお伺いしたいのですが、捕らえた二名とは対峙――剣を交えたのでしょうか?」

「魔人とおぼしき老女はすでに意識を失っている様子でしたが、獣人の方とは戦闘になり、生け捕りにする事が困難な相手でした。そのため、卒倒させる他なかった事は、私の未熟さ故の失態です」


 ベージェス団長はそう謝罪するような口調で告げる。

 そのようなことは――とたじろぐ侍祭を尻目に、団長の真意をスティアは理解する。

 相手を気絶させて捕らえた。
 すなわち意識が未だ無いのだろう。

 もしも意識があれば情報を引き出すことも可能なはずだ。

 無理矢理起こすことも可能かもしれないが、戦闘による負傷がどの程度なのかスティアは分からない。

だがそれをしていないと言うことは、それができない状況なのだと想像に難くない。


 ベージェス団長は、人狼の強さについて言及する。


「まだ粗い部分はありましたが、かなりの手練れで、純粋な強さで言えば、ルグキスと同等以上かと」



 ベージェス団長は横へ視線を流しながらそう告げた。

 その視線の先には、第三部隊の隊長を務めるルグキス・ギロベルトがいる。
 ルグキスはベギンハイト支部教会の中では、ベージェス団長に次ぐ強さを持つ。

 そのルグキスをも凌ぐ可能性のあることは、聖職者たちの間に衝撃が走る。


「もっとも、相手の力量は憶測になります。なにせ獣人は同胞を抱え、かつ疲弊した様子でありました。加えてこちらとしても、住人や街を守りながら立ち回らなくてはなりませんので」


 それでも戦闘特化の騎士が所属する第三部隊、その隊長をも凌ぐかもしれない獣人の存在は、聖職者たちにとっては大きな問題だ。

 もしも今この瞬間に捕らえた人狼が逃げ出し、この会議室まで侵入したならば、団長以外に止められないかもしれないということだ。

 それが会議後、運悪く団長が不在となった時と重なれば、下手をすると支部協会は内部から陥落する危険性すら孕んでいる。


「正当性はともかく、紋章入りの武具を所持し、それほどの使い手……。同胞が魔女ともなれば、やはりマシリティ帝国で間違いないのでは――」


 ある侍祭の言葉を止めるように、ミラティク司祭は再び机を鳴らす。


「その可能性は否定はできない。しかし、『魔人の女性が魔女である』、『魔女はマシリティ帝国の者である』との憶測と推測の上に成り立つ議論に過ぎない。そこが崩れれば、根底から崩れてしまう」


 でもそれだと何を議論するべきなのか分からない――そうスティアは内心考えていた。


「君たちの中には、これでは議論がそもそも成り立たないのだと考えた者もいるであろう」


 ミラティク司祭の言葉は、そんなスティアの心が読まれた気がしてわずかな動揺が表面に露見する。


「その意見は正しい」


 だがそれを正しいと言われ、スティアは頭に疑問符しか浮かばなかった。


「一番の問題は、議論を行う為の根底的な情報がほとんどないことにある。それを君たちには十分に認識してもらいたい。故に今行うべきは、事態の把握と情報の収集。その重要性を理解し動いたのは、シルグ、ベージェス、ロロベニカの三名だけだ」


 その言葉に驚嘆の声を上げたのはロロベニカ副団長だ。


「ご存じでしたか――この有事に独断で部隊を動かしたこと、謝罪しなければと思っておりました」

「ロロベニカは自分の権限と責任の下で、任されている第二部隊を動かしたに過ぎない。裁量権を越えておらず、むしろ迅速な行動を褒めるべきだと私は思っているよ」

「勿体ない御言葉です」

「より理想を求めるならば、この場において暫定的にでも情報をまとめて報告できる状態に持っていっておれば最良であったであろう」

「――至らぬ点、今後に生かして参ります」


 ロロベニカ副団長はそう陳謝するが、それ以上にスティアは頭を下げたい気持ちで押し潰されそうだった。

 自分の任されている第四部隊は、確かに初動が遅れた。
 動ける態勢を整えられたのは、全てが終わった頃だ。

 しかしそこからこの会議までの数時間、スティアは何もしなかった。
 そこまで考え至らなかった。
 隊長としての地位と裁量を与えられていたにもかかわらず、だ。


「だが各々がバラバラと行動していたのでは無駄と損失が大きくなる。そこでこの場で全体としての方針を伝える」


 その為に招集をかけたのかとスティアは理解する。


 スティアの考える、ミラティク司祭の凄いところはこれだ。

 普段は穏和で優しいおじいちゃんと言った面持ちなのに、こと有事の際には誰よりも冷静に的確に指示を出せる。
 求心力と説得力、すなわちカリスマ性がある。


 そしてそれが自分に足りない最たるものだと、スティアには自覚があった。
 ――自分にあるのはそぐわない血筋と、わずかばかりの鬼道の才覚だけだ。


「すでに君たちは把握、あるいは疑問に思っていることだろうが、我々が捕らえているのが二人。王国軍側が一人。しかし、侵入者は四人」

 司祭の解説で、スティアははじめてハッとした。


 ――まだ一人見つかっていない!?
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