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好奇心は吸血鬼をも殺す 作者:はちゃち

第三章 不浄の地

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第二五話

 リッチェはすぐにその飛行の欠点に気がついた。
 ――扱いが難しい。
 正確には、回避行動が鈍くなってしまう。

 これまでは低速だった故に機敏な回避が出来ていた。
 しかしこれだけの推進力を得たのに対し、操舵に関しては低速の時のままだ。

 リッチェは再度襲来する怨人に対し早めに回避行動にでる。
 だが実際はそれでもギリギリだった。

 速度は上がった。でも避けられなくなりました――では意味がない。


 リッチェは怨人の襲来の隙を見て操舵に関する術式を強化する。




 その間にも速度が上がっていく。




 時速五〇〇ギルク(三九二キロメートル)


 時速八〇〇ギルク(一〇二〇キロメートル)


 そして、間もなく時速九五〇ギルク(一二一〇キロメートル)に達しようとしている。



 テサロの残してくれた魔法によって、生身のままでのその風圧等を受ける事はない。

 だが、リッチェは確かに軋むような感覚を覚えた。

 ――マズイ、もし風圧に対応する魔法防壁が崩れたら、それだけで命に関わる。

 そう理解していたリッチェは、全員の防衛網を強化する。


 だがそのわずかな思考が隙となった。


 後方より超高速の怨人が今にも追いつかんと迫っていた。

 股ぐらを開き、足先に付いた口が左右から襲い掛かる。

 それを下降し間一髪で避けたリッチェだったが、示し合わせたかのように小型の怨人が跳躍し襲来する。



 ――しまった!



 リッチェの脳裏にそんな叫びが過ぎると同時に、小型の怨人を魔法攻撃が襲った。


 その魔法攻撃は雷撃だったが、触れた直後に爆裂を引き起こし、跳躍を跳ね返すように吹き飛ばし肉が四散する。


 放ったのはヴァルルーツだ。


 先ほどミグが生成した魔法術式を用いた攻撃だが、規模が違った。
 爆裂そのものは変わらないが、連鎖的に炸裂しないようになっている。

 それはヴァルルーツなりに役に立とうとした証しだ。
 至誠の語る理論はヴァルルーツには皆目理解出来なかった。
 だがさらなる加速を得ようとしていたのは理解出来ていた。だがその場合に問題となるのは、超高速の怨人以外の個体だ。

 もともとリッチェが速度を上げないのも、怨人による正面衝突を避けるためだ。

 リッチェもミグも、加速で手一杯のはずだ。
 ならば、不測の事態には自分が対応するしかない。

 その理解は、先ほどミグが構築した魔法から連鎖を取り除き単体での運用に改良した事に繋がった。
 従来のままでは自分たちもその攻撃範囲内に入る可能性が高かったからだ。


 そしてその考えは、ここぞという場面で発揮された。


 もしヴァルルーツがいなければ、あらかじめ準備をしていなければ、小型の怨人に少なくとも一人は喰われていた。


「小さいのはこちらで処理します!」


 ヴァルルーツの宣言は、全員の士気を後押しする。

 誰一人として欠けていれば、状況は一変したはずだ。
 全員が自らの持ち味を生かせたからこそここまで来られたのだ、という強い結束感が生まれていた。

 眼下の土地は凹凸はあるものの、なだらかだ。靄もかき消え、視界は良好だ。

 ――間違いない!!!

 ヴァルルーツは心内で叫んだ。
 隆起した丘の奥から現れたのは、神託の地にある街なのだから。 


 ――あそこに着きさえすれば!

 リッチェはありったけのマナは内燃機構たる炎魔法に注がれる。
 空気の温度がさらに上昇することで、飛行速度もまた上昇する。

 この加速装置は非常に燃費が悪かった。
 なにせ継ぎ接ぎの術式で最適化されていない。
 そのため尋常ではないマナを吸われていく。

 それでも不浄の地を踏破する量はある。

 リッチェは膨大なマナを内包できる体に生んでくれたテサロに感謝しつつ、同時に必ず連れて帰るという気概をさらに強める。



 ――マッハ一よりもちょっと速い程度か。

 至誠は後方から猛追してくる超高速の怨人を見据え考える。

 こちらはソニックブームが起きていない。
 すなわち音速越えは達成されていないと言う事だ。

 先ほどの回避で一度あの怨人は旋回し、再度後方へ付けた。
 しかしその距離はなかなか縮まらない。

 それでも再三音速を超える際に発生する雲が見て取れるので、音速は超えている様子だ。
 すなわち「奴はギリギリ超えている」「こちらはギリギリ超えていない」と考えられた。

 目の前の街並みが急速に接近してくる。
 この分では次の襲来よりも街へ到着する方が速いだろう。


 ――問題は、この怨人が諦めてくれるのかどうかだ。


 諦めない場合は、依然その脅威にさらされ続ける事になる。
 この世界の都市防衛がどの程度機能しているか不明ではあるが、もしこの怨人よりも弱いならば自分たちは災厄を招き入れた事で悪者になるだろう。
 もしこの怨人を軽々倒せる戦力があるのであれば、むしろ自分たちも間違われて殺されかねないという懸念もある。

 追うのを諦めてくれれば、まだこちらに敵意がないことを示したり、街を迂回してもっと内陸へ直接進むことも視野に入れられる。


 そう、至誠は様々な状況を想定しつつ見下ろすと、明らかに変化があった。


 月光で判別は難しいが、眼下には草木らしき物体もわずかに散見される。
 そしてなにより、怨人がまるでいなくなっていた。
 後方から追いかけてくるのも、超高速の個体のみだ。

 ――あとはこいつを何とかすれば!

 至誠のそんな考えと時を同じくして、街の上空へ入ろうとしている。

 街を上から俯瞰すると、どうやら城塞都市の様相だとミグは気付いた。

 直後、魔法か鬼道による光の照射を受けた。
 少ししてけたたましい音が鳴り響く。まるで警報音だ。


 それとほぼ同時だった。
 リッチェは再び違和感を覚えた。
 先ほどよりも強く、風圧を防ぐ魔法防壁に歪みが生じた気がした――




 かと思っていると、ヒビが入り一気に防壁が崩壊する。



 ――しまった!!!



 その瞬間、リッチェと至誠の脳裏に過ぎった。



 リッチェは防壁の崩壊がこんなに短時間だとは考え至らなかった。生身で放り出されれば、命に関わる。

 唯一の救いは、個人個人にかけられた防壁を強化していた点だ。それが風圧による被害を食い止めたのは間違いない。



 それでも飛翔魔法は剥がれ、加速装置も維持出来なくなり、一行はバラバラに空中へ投げ出された。




 至誠は知っていたはずだ。音速を超える際に発生する衝撃は凄まじいと。

 なのにそこを軽視していたのは、怨人のソニックブームを魔法が防いでいた為だ。だから自分たちが音速に近づいても大丈夫だろうと、そう無意識に思い込んでいた。

 だがその後悔を感じる暇も無く、至誠は単身で空中へ放り出されると、徐々に重力に引っ張られ降下し始める。音速にも近い速度のまま。



 その衝撃のなかで、ヴァルルーツはテサロを離さなかった。
 テサロの体を任された以上、いかなる状況においても決して手放さないと屈強な意思が体を支配していた。



 その様子に気付き、リッチェは至誠を優先させる。
 狼人としての身体能力と魔法技術があれば、テサロを抱えた状態でも無事に着地出来るだろうと考えてのことだ。

 だが至誠は魔法も鬼道も使えない。

 ――助けなきゃ!!

 リッチェの頭にはそれしかなかった。
 彼は師匠の恩人であり、陛下の気に入った人物であり、そしてなにより自分に託された人物だからだ。



 だがその隙間に怨人が割って入る。




 その巨大な躯は一直線に至誠を補足し、今まさに喰らいつかんと口をひらく。



 至誠の体内にいたミグは鬼道陣を発動させると、自由落下へ干渉し、空中で方向を転換することで辛うじて怨人を回避した。


 だが怨人が飛び抜けた衝撃波によって、一行はさらに散り散りに吹き飛ばされ離れていく。



 怨人は機首を持ち上げ、その体躯を急上昇させると、再び至誠めがけ急降下してくる。


 だがこのままでは怨人よりも落下による地面への激突が先だ。


 視界にはイタリアの観光地のような色鮮やかな屋根と白い壁、石畳が特徴の光景が迫り――


 |視界が真っ赤に染まった《レッドアウトした》かと思うと、至誠は意識を失った。
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