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好奇心は吸血鬼をも殺す 作者:はちゃち

第三章 不浄の地

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第一九話

 違う。これは心が壊れたのでも狂気に飲まれたのでもない――その判断は直感のうえ、ミグの希望的観測もあっただろう。

 だがそう思えたのは、至誠の精神状態と言動が確信めいていたからだ。
 そして何より、この窮地を脱する方法をミグ自身が思いつかない。


「な、なぜそのようなことが――」


 ヴァルルーツには分からない事ばかりだ。
 その中でも、至誠と呼ばれた彼の体内に、レスティア皇国の流血鬼が潜っていることは理解出来た。それは王国に迎え入れた際に、彼女に会っていたためだ。

 ヴァルルーツのもらす憂いにも似た言葉を、ミグが遮る。


「『待って!! テサロ、もっと密集させて!』」


 怨人の襲来をかいくぐりながら、テサロは飛翔する編隊を整える。
 テサロを先頭に、右後ろにリッチェ、左後ろにヴァルルーツを配置し、その中央に至誠を移動させる。


 同時に発動するのはミグの鬼道陣だ。


『この状態ならうちと至誠の声で混乱しない』


 ミグの声は至誠の口からではなく、各員の頭に直接響くようになる。


『それで先に確認だけど、至誠以外に現状を打開するための案を出せる人は?』


 だがその問いかけに声を上げる者はいない。


『至誠の言わんとしている事はまだ分からないけど、明確な打開策がない以上、それが唯一の手段となるかもしれない。だから、代案がない状態で進行の妨げとなる言動は避けて欲しい』


 余裕のない現状で無駄な時間はそぎ落としたい――そんなミグの意見に反対する者はいなかった。


『それからテサロはオドを一手に引き受けすぎ! 至誠はオドの影響を依然受けていない。リッチェの体質なら問題ない。王子の対策はこちらで行う。だからその術式は放棄して!』


 テサロの視線が至誠の体内のミグを一瞥すると、すぐに周囲を漂う魔方陣の一つが砕け散った。


『至誠、君の話に戻ろう。北極星と言う概念は翻訳されている。すなわち、陛下は知っている。だけど、うちは天文分野に精通していない。――知っている者は?』

「あれです」


 テサロは怨人の襲撃の合間に夜空を指さし告げる。


「あの最も明るい星が、北極星にございます」


 その指し示す先の星を見て、至誠は確信する。


「――ベガ。やっぱり……!!」


 それは夏の大三角形の一つ。
 琴座の中で最も明るく、日本でも有名な星だ。

 別名、織姫星。

 それはリネーシャの言っていた『遙か未来の地球』説を後押しするものだ。
 地球は自転している。そして太陽の周りを公転している。

 そしてもう一つ、『歳差運動(さいさうんどう)』がある。

 回転する駒が高速な間は安定しているが、勢いが衰えてくるとグラグラと全体が揺れ始める。あれと同じような動きを地球もしている。

 これによって地球の地軸は向きを変え、天の北極が変わる。

 西暦二千年代初頭ではこぐま座に位置するポラリスが北極星だった。
 しかし、もし本当に数千から数万年単位で時間が経過していれば、天の北極の位置は移り変わり、ポラリスを基準とする天文知識では大きな誤差を生じさせる。


 至誠はベガが北極星として再考する。
 現在のベガの高度と移転前の高度差を求めることが出来れば、どれほど緯度が変わったのかが分かるはずだ。

 問題は移転前の高度だ。
 おおよその位置は覚えている。
 しかし、できる事ならば少しでも正確性を持たせたい。


 ふと、ある魔法の存在を思い出す。


「記憶を投影する魔法を今使うことは出来ますか?」

「出来ない事は――」


 その問いかけにテサロは振り返り返そうとするが、ミグによって遮られる。


『いや、飛翔術式と併用は難しい! 怨人に喰われたら元も子もない!』


 テサロは飛翔に集中するように告げると、リッチェを呼び止める。

 リッチェの表情は未だ怯え影を落としていたが、ミグの意図するところを理解し、身を縮め首を横に振り否定する。


「わ、私にはあんな高度な魔法は、まだ――」


 消極的で否定的な返答を遮るようにミグが声を荒らげる。


『いや、やるんだ! 出来るか出来ないかじゃない!!』


 それでも動けないリッチェに対し、テサロは編隊の間隔をさらに狭めることで強引にリッチェを至誠に近づける。

 至誠の手がミグの意思によって動き、リッチェの腕を掴む。


『こっちでも補佐するから、早く!!』


 ようやくリッチェは首を縦に振るが、それでも表情は悲壮を色濃く残している。
 それでもやって貰わなくてはならない――そう準備段階に入るミグに対し、至誠はより良い状態になるよう注文を追加する。


「記憶の一部分のみを映し出して、それを維持出来ますか?」

『読み取りを継続しなくて良い分、そっちの方が助かる』


 至誠は内心で複雑な注文になることを懸念していたが、逆だったようで安心する。


 その間にも魔法の準備は進められ、しばらくして完了した。


 魔法陣が発動を始めると同時に、至誠は記憶を可能な限り鮮明に脳裏に浮かべる。

 襲撃時、何が起こっているかも分からない状態で見上げた夜空。
 それは一瞬の出来事で、普段ならこれほど鮮明に思い出すことは出来ないだろう。それを可能としているのは、生存本能とアドレナリンのおかげだ。



 リッチェは複雑な術式と不安定な精神状況によって魔法の発動に苦戦する。

 今回の調査に同行させてもらったのは、自らの志願によるものだ。
 学校を卒業したばかりの未熟者の自分が抜擢されたのは、テサロ・リドレナという英傑の娘である事と、ミグに推薦してもらった事が大きい。その経緯が、狂気の場において、瀬戸際で心をつなぎ止めていた。


『よし!』


 ミグのそんな声につられて至誠が目を開けると、目の前に思い起こした記憶が投影された状態となっていた。
 まるで立体ホログラムのような印象を受けるが、初見でない事と切羽詰まった状況によって驚きを感じる余裕はない。


「この星がテサロさんの言った北極星(ベガ)です。見てください」


 リッチェとヴァルルーツがのぞき込むと、確かにひときわ輝く星があった。


「この頃は高度が高い。今は逆に下がって、地平線に近づいています!」


 しかしそれが何を示すのか理解出来る者はおらず、至誠は続ける。


「北極星の高度は緯度に等しいので、どれだけ高度が下がったかが分かれば南下した距離が計算出来ます!」


 ヴァルルーツには理論がさっぱり分からなかったが、移動した距離が分かるとの結論を聞いて、なんと――と感嘆の息を漏らす。


「測量できる機材がないので目測だと――五〇度から 六〇度でしょうか。おおよそでもいいので、誰かこの映像と、現在の北極星の高度差を測れる方は居ませんか?」


『至誠の言う《《度》》という単位について先に確認させてくれ』


 ミグにはその概念は理解出来た。だが、もし会話に齟齬があれば彼の導き出す結論に誤差が生じかねないために、確認を促す。


「一つの円の中心を起点に、三六〇個に分割します。その一つが、一度です。なのでたとえば、半分にすると一八〇度になり、四分の一にすると九〇度になります」

『やってみるよ』


 角度の概念についてどこからどのように話したら良いのかわからなかったが、ジェスチャーを交え説明するとミグはすぐに理解してくれた様子で、何らかの鬼道陣を発動させる。
 至誠には鬼道については分からない。
 その仕組みも、正確性もだ。それでも今は信じて託す他になく、口頭で補足を入れる。


「数字の基準ですが、地平線を〇度、直上を九〇度としてください」


 しばらく待っていると、ミグが結果を口にする。


『――五六度……いや、五五度』

「現在の北極星の高度もお願いします」

『一八度』


 差し引き三七度。


 至誠はその情報を元に計算する。


 地球の外周がおよそ四万キロメートル。
 それを三六〇度で割ると、緯度が一度変わる毎に約一一一キロメートル移動する事になる。

 三七度でおよそ四一〇〇キロメートルちょっと。


 だがこれは緯度のみを考えた場合だ。


「ここ、北極星の回りを拡大できますか?」


 至誠が指さしたのはベガだけではなく、琴座を構成する星々だ。

 そしてベガを基準にした琴座の角度と、夜空にまたたく琴座の傾き具合を比較する。


「ミグさん、北極星と、隣のこの星を結ぶ線、その角度の差を調べられますか?」


 ベガの隣で琴座を構成するβ星を指さし、注文を追加する。


『一四……いや一五度かな』


 ここまで分かれば、三平方の定理で直線距離の算出が出来る。



 三七度の二乗で一三六九。

 一五の二乗で二二五。

 合計して一五九四。

 (ルート)一五九四の結果は、およそ四〇。

 四〇に一一一キロメートルをかけると、四四四〇キロメートル。



 すなわち、元の位置から直線距離にしてそれほど移動したと言う事だ。
 途方もない数字に思えた。これは日本の最北端から最西端の直線距離よりも長いはずだ。


 しかし、元の位置に戻る必要はないのだと気付く。


 至誠が見せて貰った世界地図では、世界は正方形に近い形をしていた。


「ヴァルルーツさんの国の位置ですが北方で間違いないですか?」

「あ、ああ! そうだが――」

「北のどのあたりですか?」

 話についてこられていなかったヴァルルーツは言い淀んでいると、代わりにミグが答えてくれる。

『ほぼ真北。地図で言うと上中央だよ』


 琴座は反時計回りに一五度回転していた。

 すなわち西へ一六六五キロメートル移動したことになる。

 リネーシャ達の話では、世界の一片はおおよそ三二〇〇キロメートルという話だった。

 つまり、このまま北上した場合に地図の西端をかすめるかどうか、となる。


「不浄の地との境界近くと考えて問題ありませんか?」

『問題ない』


 北上するだけなら四一〇〇引く三二〇〇で九〇〇キロメートル。

 わずかに内陸の地点だと言う点や、やや東寄りに飛行することも考えると、概算で一〇〇〇キロメートル前後ということになる。


「北北東方面に一〇〇〇キロメートル(一二七四ギルク)ほど北上する事で不浄の地を脱出できると思います!」

 そう結論を伝えると、ヴァルルーツの顔に驚きと安堵が浮かぶ。
 だがそれもわずかな間で、すぐに疑問が脳裏を過ぎる。


「だがどちらが北だと――」

「北極星は常に北を指しています。それで北が分かります」


 リッチェ表情に、かすかな生気が戻ってきていた。それは希望が見えた気がしたからだ。

 ミグは鵜呑みにはしていなかったものの、代案が出せない以上、それに縋るしかないと腹を括る。


「一二七四ギルク――」


 唯一テサロだけが、懸念を含んだ言葉を零す。


「テサロさん、行けますか!?」


 すぐに襲ってきそうな怨人がいないことを確認し、テサロは振り返り至誠を一瞥する。しかしすぐにリッチェへと視線を移した。

 その表情は不服とも悲壮とも違う。


「リッチェ、よく聞きなさい。これから、あなたに術式を託します」

「えっ? ……し、師匠?」



 その口調が含んでいるのは、希望とも絶望とも違う。



「怨人は巨大で、かつ強大です。しかしその多くが直線的で単調な攻撃しかありません。リッチェ、あなたはまだまだ未熟ではあります。ですがあなたなら踏破できると信じています」


 テサロの声から感じるのは、《《覚悟》》だ。

 この狂気の地で、リッチェは混乱していた。
 状況が飲み込めず、理解が追いつかず、恐怖に押し潰されそうだった。

 しかしこの時のテサロの言わんとしている事だけは、なぜか即座に理解出来た。


「まっ、待っ――」

「良いですかリッチェ。必ず……必ず至誠殿を陛下の元へ連れ帰るのです」

『飛翔要員の交代には賛成だよ!! だけどそれ以外は許容できない!!』


 ミグも彼女の真意を察し、声を荒らげる。
 しかしテサロは意に介さず、《《遺言》》をリッチェへ語りかける。


「リッチェ――それでもやはり、今のあなたの実力ではこれだけの数の術式の並列処理が厳しいのも事実です。せめて、一人は降りる必要があるでしょう」
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