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好奇心は吸血鬼をも殺す 作者:はちゃち

第三章 不浄の地

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第一八話

 至誠は恐怖を感じない自分に驚いていた。

 いや、まったくないと言えば嘘になるだろう。


 この時の至誠は夜空を見上げていた。
 端から見れば、それはまるで目の前の化け物から目をそらしている、現実から目を背けるように見えるだろう。


 だが至誠にとってその光景こそが唯一の知る光景だった。


 吸血鬼も魔女も、魔法も不浄の地も日本にはなかった。そして争いに巻き込まれ、化け物に追われる。そんな日常は日本にはなかった。

 しかし、夜空にまたたく星々は、日本で見ていた頃とまるで遜色がない。

 元々至誠は天文に興味があった。宇宙が好きだった。だからこそ見上げた夜空が日本とさして変わらない事に、強い安堵をもたらしてくれた。

 同時に、まるで夜空へ、宇宙へと吸い込まれそうな感覚を覚える。肉体から魂が解脱しそうになっているかのような、不思議な感覚だ。

 無限に広がる宇宙の広大さは、まさしく天文学的で、それに比べて地球の何とちっぽけな事か。自分がどこからやってきて、死後どこへ向かうのか。地球が誕生する前、太陽が誕生する前、宇宙が誕生する前、自分と言う概念はどこにあったのか。どこに居たのか――。

 それを考えると、無性に怖くなる。底なしの畏怖が脳を支配する。

 これは幼少の頃から持っていた感覚だ。
 同じような感覚を持つ人の多くは、そこから目をそらしていた。
 だが至誠は、だからこそ宇宙が好きだった。


 人が目の前で死ぬ。
 惨殺される。
 人の部位を持つ化け物に襲われる。

 なんと痛ましく(おぞ)ましいことか。



 ――なれども宇宙的畏怖と比較すれば小さな衝動に過ぎない。



 昔からそうやって至誠はメンタルをリセットしてきた。

 それが特異な思想である事は自覚していた。
 だが現に宇宙的畏怖は、脳内を急速に鮮明さをもたらす。


 急速にアドレナリンを分泌する事による生理現象だ。
 同時に、心身はある事に特化し始める。



 すなわち、闘争か逃走か。



 至誠の心肺を増大させ、瞳孔は開かれる。
 脳は恐怖を黙殺し、晴れ晴れとした思考が脳裏に冴え渡る。




 至誠は考える。




 それは襲撃された時――化け物(怨人)ではなく、魔女と呼称された者達の襲来の際だ。

 その際、確かに夜空を見上げた。

 一瞬の記憶に過ぎなかったが、アドレナリンによって最高潮に頭が回転する今なら鮮明に記憶が蘇る。


 その時見つけた星々は、至誠の知識と確かに多くが符合していた。


 例えばカシオペア座だ。
 特徴的なW状の星座は、北極星であるポラリスを探すのに用いられる。

 記憶にあったカシオペア座を手繰ると、北極星は地平線近くにある事になる。
 高度は一〇度か、あっても二〇度だろう。

 北極星の高度は緯度に等しくなる。
 つまりあの時の場所は、赤道付近の北半球である事を指し示している。

 しかし襲撃時に辺りは一面雪景色だった。
 あれほどの積雪が赤道付近の地域で見られる事があるだろうかと疑問がよぎる。

 もしも緯度の高い北国であれば、相応の高い高度に北極星がなければ辻褄が合わない。


 そして今はどうか。


 至誠が夜空を見渡すと、幸運にも雲との隙間にカシオペア座を見つけることが出来た。しかしカシオペア座そのものが地平線近くで辛うじて見える程度の高度だ。

 北極星に至っては地平線の下に潜り込んでいる。

 すなわち、現在は南半球である事が推察される。

 天の南極を探すべく反対方向へ視線を向けた。

 しかしそれらしき星座は見当たらない。
 南十字星を直に見た事はない影響もあるだろうが、雲が散見される以上、その中に隠れていてはどうしようもない。

 それでも北の空にカシオペア座が見えている以上、大きく南下したわけではない。依然、赤道線付近にいることになる。



 そして直上には満月が輝いている。

 同時にリネーシャの口にしていた『すでに日付も変わってしまったが――』との言葉を思い出す。

 満月で南中(なんちゅう)に来るとしたら二四時だ。



 移動元も先も緯度はほとんど変わらず赤道付近。
 月の位置から考えられる時間経過を鑑みて、経度もさほど変わらず。


 つまり至誠の考えが正しければ、元の位置とほとんど変わらないはずだ。

 だが、それにしては気象が違いすぎる。
 しかし目の前に広がる光景は、地平線まで続く不浄の地だ。

 不浄の地とはそういう場所なのかもしれない。
 だが少なくとも、違和感を覚えた。





 ふと、こちらの世界地図を思い出し矛盾に気付く。

 元いた王国は北国ではなかったのか。
 北極星の位置から南下したことが分かるが、地図では南に不浄の地はなかった。
 不浄の地があるとすれば王国の北側だ。しかし北に転移したのであれば、北極星の高度が高くなっていないと辻褄が合わない。


 論理がかみ合わない。


 ――そもそも異世界ならば世界の仕組みが全く違う可能性だって十分ある。


 行き詰まった思考を一度落ち着かせるように、至誠は再び天を仰いだ。


 ここが異世界であれば、月が複数あったり、巨大な月が浮いていても良いものなのに。そうすれば、もっとすんなりと異世界だと受け入れられるだろう――そんな心残りにも似た吐息を零す。


 見上げた夜空は、なんとも強い既視感を与えてくる。


 夜空で月以外にまず目を引くのは、夏の大三角形ことアルタイル、デネブ、ベガだ。

 それを基準に、はくちょう座、わし座、琴座を見て取れる。そして離れた所にカシオペア座、ペガスス座、ケフェウス座――。


 なんとも見慣れた星々だ。


 だが至誠の知る世界では、魔法もなければ吸血鬼も居なかった。

 やはりここは異世界で、自分の常識は通用しない――そう結論づける直前、リネーシャの言葉が脳裏を過ぎる。


『地中深くで見つかった。仮死状態で劇慟硝石――そうだな、分かりやすく表現するなら地下深くの氷層に閉じ込められている形で発見された』

『暗黒時代の住人で、悠久の時間を地下深くの氷層で眠っていたのではないか』


 リネーシャは三〇〇〇年以上生きていると言っていた。
 そしてその彼女すら記憶になく、記録に残っていないほど(いにしえ)の世界に日本があったのかもしれない。それがリネーシャの提唱した暗黒時代人説だ。


 その説を前提に考えるならば、今見上げている天体は日本で見ていた天体と決定的に違う箇所がある。


 ――歳差さいさだ!!


 至誠の脳裏に電撃的なひらめきが過ぎった。

 と、同時に、ミグの声が脳裏に響く。


「『待って至誠!』」


 声を上げたのは至誠だった。

 ミグの声が脳裏に響き、それと同じセリフが自分の口から出る。
 それが彼女の意志によるものだと理解できたが、突然のことに一瞬驚いた。


「『君には酷な状況だろうが、狂気に飲まれないよう自分をしっかり持ってッ!!』」


 ミグは至誠の体を使って、彼を鼓舞するように声を上げた。

 至誠が怪我を負っても命をつなぎ止められるよう、経過をうかがいながら彼の体内で待機していた。
 不浄の地に転移させられるという不測の事態に遭遇してからは、何とか脱する方法がないかと思案していた。



 そんな最中に感じたのは、至誠の精神の変化だ。



 流血鬼は宿主の感情を読み取る事が出来る。細かい思考までは分からないが、少なくとも心理状態なら把握出来ていた。

 至誠が魔女の襲撃から今までに抱いた感情は、恐怖と混乱、そして不安だ。

 その衝動を緩和する術式をミグは知っていたが、ミグが動くべきは至誠の肉体的な損傷だと考えていた。戦闘中に無策に鬼道を使えば、戦況を悪化させる場合がある事を理解していたためだ。


 それでも彼は時間の経過と共に少しずつ落ち着きを見せつつあった。


 しかし、ここに来て一変する。


 急速に心理状態が悪い方向へ振り切れる。その心理状態は恐怖だ。
 それが間髪入れず、急速に昂ぶり活気に溢れ始める。
 それもすぐに落胆へと変わり、かと思えば昂ぶる。


 感情の乱高下が異常だ。


 このような事例にミグは心当たりがあった。
 宿主の心が壊れかけているときだ。
 現実を受け入れられず、目をそらし、全てを拒絶する事でこれ以上心が壊れないように行う防衛本能だ。


 だからこそ、ミグは宿主である至誠の体を使って声を上げた。

 何とか心が壊れるのを止めるために。
 そして、至誠がそのような事態に陥っているのだと、周囲に知らせるために。


「ミグさん」


 場合によっては精神作用を及ぼす術式が必要になると考えていた。
 だが至誠の語りかける口調は、落ち着き払っており、心が壊れかけているようには感じない。


「僕なら大丈夫です。それよりも、いくつか確認したいことがあります」


 何を言い出したのか、ミグには分からなかった。
 自暴自棄になったり、狂気に飲まれたりしているのかとも思った。
 しかしそのような雰囲気は、口調からも内面からも感じられない。


 ――いや、この状況下で平静でいられることそのものが、すでに狂ってしまった証拠かも知れない。


 そう考えたが、感情の浮き沈みはすでに収まっている。
 狂気に飲まれ壊れるわけでも、殻に閉じこもるわけでも、精神が分裂するわけでもない。


 ミグには至誠の大まかな感情、精神状況しか分からない為に、即座に判断が下せず言葉を詰まらせる。




 その間に、至誠は全員に目配りをしながら問いかける。


「皆さんに『北極星』あるいは『天の北極』という概念はありますか?」


 テサロは地上から跳躍して襲撃してきた怨人を回避する最中だったために言葉を返す余裕がない様子だ。ヴァルルーツは何を言っているのか理解出来ない様子で、リッチェは恐怖でそれどころではないらしく、誰からも答えは聞かれなかった。



「『待って至誠。今はそのような事を話し合っている場合じゃ――』」



 もしかしたらすでに狂気に飲まれ、少し前の陛下と語り合う所まで記憶が巻き戻り、状況が上手く認識出来ないのかも知れない――ミグはそんな懸念から声を上げるが、至誠の次の言葉で遮られる。



「それが分かれば、今の場所が特定できるかもしれません。そうすれば、どちらへどれほど向かえばいいかも分かると思うんです」
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