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好奇心は吸血鬼をも殺す 作者:はちゃち

第二章 神話の領域

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第一四話

 一行は時間にして一分にも満たない短期間で大きく距離を移動する。


「テサロ」

「はっ」


 エルミリディナの展開した霊術術式を感じ取り、リネーシャはそう声をかける。


「三秒間だけ防御網に穴が空く。任せるぞ」

「はっ」


 たかが三秒。
 だが刹那の攻防においてはあまりにも長い。
 その隙を任せると言う事は、すなわちそれだけ信頼している証しだ。

 自分は何にも役に立てていない――そんな憂いがリッチェの脳裏に過ぎる。


「リッチェ」


 そんな表情を露呈させる彼女に、リネーシャは声をかける。


「至誠を頼むぞ」

「はっ、はい! 命に代えましても!」


 力強く確信と信頼を以て届く声に、有事の最中にもかかわらず雑念が多い自身のことを恥じた。


 その表情が切り替わるのを確認し、リネーシャは至誠の体を軽く持ち上げリッチェへ渡す。まるで小物でも渡すかのように。


 リッチェはその杖を掲げ、魔法で優しく包み込むように宙で受け取る。
 至誠の体が淡く光に包まれ、緩やかな緩急でリッチェの目の前で浮遊した状態だ。



 テサロの杖が淡く光を漏らす。
 瞬時に光源を広げると、周囲に幾つもの曲線状の魔法陣が展開された。

 テサロによる防衛術式の発動を確認すると、リネーシャの頭上に浮遊する円環、その棘が音を立てて分裂する。

 円環が加速しながら何度も分裂を繰り返す。

 三本だった棘が八本に増えたところで、円環の周期は落ち着きを取り戻す。



 それがおよそ三秒の出来事。

 幸いにも何事も起こらず一行はさらに距離と取るべく移動する。



 それからさらに三分ほど移動を続ける。
 先程襲撃してきた魔女は全てエルミリディナに引きつけられているらしく、攻撃を受けることはなかった。


 すでに周囲はうっそうと茂った森林地帯へ移り変わっている。
 そこでリネーシャが足を止めると、テサロとリッチェも追従し移動を止めた。

 リネーシャが何かしらの術式を発動している間、二人は周囲を警戒にあたる。


 術式の展開が終わると、リネーシャが呟いた。


「そろそろ器が限界を迎える頃合いだな」









 エルミリディナの攻撃によって生じた業火は黒煙へと変異し、風に流され霧散を始めていた。



 次第に爆心地が露出し始める。



 積もり積もった雪は融解し、地面はえぐれ、巨大なクレーターが現れる。

 その中でエルミリディナだけが愉悦そうな笑みを浮かべて空中に漂っていた。
 燃え尽きたはずの肉体はすでに九割九分蘇生され、鬼道と魔法で生成される服も八割以上が再生成されている。


「さぁ、遊んであげるわぁ。いらっしゃい」


 巨大な術式の暴走は、術者を含め周囲を巻き込み暴発する。
 通常であれば暴発をさせないように制御しなければならない。

 だがエルミリディナは不死だ。

 故に暴走、暴発、自爆すらも、自身の安全だけは担保された攻撃となり得る事を誰よりも理解し、なにより好きな戦術の一つだ。

 それでもエルミリディナにとって、ここまでは前戯にすぎない。





 ヴァルルーツはリネーシャ達に追いつこうと雪上を駆け抜ける。

 先ほど巨大な爆発が後方で起こった。
 それがエルミリディナの攻撃だと信じ、振り向かずに走っていた。

 だが、直後に背筋が凍る程の忌避(きひ)感がヴァルルーツを襲う。

 まるで自分が小動物で、目の前に天敵の肉食獣が現れた――そんな(すく)みを感じ、思わず振り返った。



 ――腕だ。



 爆心地の方へ視線を向けると、真っ先にそう脳裏が理解した。

 巨大な腕が黒煙をかき分け現れる。

 一つ。そしてもう一つ。

 下から這い出てくるようなそれは、両腕を駆使し一気に体を引き上げる。


 肩で煙を切る。


 いや、肩と呼ぶべきかは不明だ。


 頭部は無く、首の先には異様に綺麗な歯並びの人と同様の口が開閉している。だがその巨大さは明らかに人の身の丈を大きく上回る。

 腕は巨大な二本が目立つが、脇腹から腰にかけて細長い腕が無数に生え、膨大な数を以て巨体を支えている。それはもう腕なのか足なのかの判別は付かない。

 乳房のような部位はあるが乳首は無く、代わりにまぶたの存在しない巨大な眼球が露出している。

 肌は青白く、エルミリディナの背丈のゆうに十数倍は巨大な躯だ。


 ――何だあれは……。


 そう絶句するヴァルルーツだが、すでに脳裏にはその正体に心当たりがあった。


 ――まさか、そんなはずは……!


 その禍々しい外観とまき散らす忌避感に背を向け、一目散に合流を急ぐ。


 ――馬鹿な。あれは……世界の外側の存在だ。この世の理から外れた化け物だ。




「それで? どうするのかしらぁ?」

 エルミリディナは愉しそうに問いかける。
 それは目の前に現れた怨人(えんじん)に対してではない。その上空で我が物顔をしている魔女に対してだ。

 だが魔女は哄笑を浮かべるだけで何も返さない。

 怨人は身を屈めると、力を貯め、巨大な腕で前方へ飛び出す。
 首先に付いた巨大な口が開かれると、唾液をばらまきながらエルミリディナを丸呑みにすべく襲いかかる。




 ヴァルルーツがリネーシャの元へ合流する。

 生い茂る針葉樹地帯で、術式を展開していた。
 その術式の詳細は分からないが、雪と森林の中に存在を隠す為の隠蔽術式である事は理解出来た。

 その術式の効果で危うく合流出来ないところだったが、テサロの誘導によって何とか合流を果たしていた。


 術式の庇護下に入ると、内側からは外の気配を感じ取れる。

 ――だが今はそれどころでは無い。



「陛下! 皇女殿下が!」


 開口一番にそう報告の声を上げるが、テサロによって静止される。


「大丈夫でございますよ。怨人とはいえ、《《あの程度》》の《《中型》》一体に後れを取るような方ではありません」


 そう優しい口調で説明されたが、ヴァルルーツは開いた口がふさがらなかった。
 忌避したくなるほどの禍々しい怨人を『あの程度』と断言したのもさることながら、あの巨大な体躯を『中型』と評した為だ。


「し、しかし、なぜこのような所に怨人が! 怨人はこの世界の外側の存在では――」

「その件については落ち着いてからご説明しましょう。それよりも――」


 テサロがリネーシャへ目配りをすると、端的に答えてくれる。


「マシリティ帝国が怨人を投入した真意は不明だ。だが問題は、これで《《本隊》》が誘導されるかどうかだ」



 ――本隊?

 ヴァルルーツがその言葉の意味するところを理解出来ないでいると、リネーシャが南方の夜空を指さす。



 そこには半月が浮かんでいる。



「……は?」



 そんな言葉と共に、全身の力が抜けるほどの衝撃を受ける。
 月光を背に、黒点がわずかな光を引きながら移動していた。


 その光は自然によってもたらされる代物ではない。明らかに、術式による光輝だ。


「ば、馬鹿な……一〇〇人――いや二〇〇人……。も、もっと奥にもッ!!」



 ヴァルルーツは浮き足立つ自身を押さえつけるのがやっとだった。

 魔女と言っても、個々の練度による個体差は激しい。
 だがレギリシス軍を防衛していた魔女も、先ほど襲撃してきた魔女の小隊も、その練度はヴァルルーツでは算出できないほど高かった。

 その本隊がやってくるという。

 ――ならば先ほどの少人数の魔女達は単なる斥候部隊なのか。国境線沿いに居た魔女は本隊ではなかったというのか。

 ――無理だ。

 ――どう足掻いたところで、あんな強大な戦力に太刀打ち出来るわけがない。

 その戦力はまさに、神話の領域だ。


「ヴァルルーツ王子」


 ヴァルルーツが腰が砕けたように力なく尻餅をつくと、テサロが配慮の言葉を投げかけてくれる。


「立てますか?」

「テサロ殿――は、はい」


 そう返答したヴァルルーツだが、腰が抜けて立ち上がることが出来なかった。


「リッチェ、王子もお願いします」

「はい」


 ふと、ヴァルルーツは重力を感じない感覚を覚えたかと思うと、体が地面が離れて至誠と同様に宙を浮き始めたのを理解した。






 そのころ至誠は、なんとか吐き気の波が収まってきていた。

 日本に生まれ平和な時代に育った至誠にとって、先ほどのグロテスクな光景は余りにも刺激が強すぎた。

 かつて友人の一人が、グロテスクな要素を含むゲームの規制に憤慨していた。
 だがリアルな死体や血肉、脳や臓器なんて見ないに越したことはない。その事を痛感していた。


 しかし吐き気の収束は、残酷な光景を受け入れたからではない。


 自分にも及んでいるであろう身の危険から分泌されるアドレナリンによって、一時的に感情が上塗りされはじめた結果だ。


 理性では平静を保とうと奮闘するが、それでも本能の抵抗が強く、今すぐここから逃げ出すべきだと主張する。魔法によって地に足が着いておらず、どれほど足掻いても移動出来ないにも関わらず、だ。





 リネーシャはそんな至誠に気付いていた。


 ――死の恐怖無く育ったのだろう。日本とは、死が遠いところにある程には平和な国家なのだろう。至誠の目の届かないよう処理をした方が良かっただろう。


 結果論からしてみればそうだ。
 しかし今は脅威の排除が最優先だ。至誠の精神面の保護まで回す余裕はない。


 しかし。


 ――せめてこれ以上、血を見せないよう努めるべきだな。


 そう、夜空を覆わんとする程の魔女の軍勢を見上げながら考える。


 《《わざと》》敵の目論見通り怨人化させた。《《あえて》》エルミリディナと距離を取った。距離を取り、敗走するように《《見せかけ》》森に身を隠した。

 もしも魔女の狙いが不老不死(エルミリディナ)ならば、これで至誠に降りかかる危険は減るだろう。



 だが。



 魔女の本隊は依然リネーシャへ向かってきている。



 ――狙いはこちら、あるいは両方か。



 ならば自分がこの場を離れれば至誠に脅威は向かない公算が高い。



 だがもし、狙いにテサロが含まれていたら。



 もし伏兵がいたら。



 もし別動隊がいたら。





 テサロは非常に優秀な魔女だ。

 レスティア皇国に亡命してきた時にはすでに頭角を現していたが、今では皇国でも上位に数えられる優秀な人材だ。
 その実力はマシリティ帝国において最上位の称号である大賢者にも匹敵するだろう。だが同格がいるやも知れない集団相手に、一方的な防戦を単身で乗り切るのは厳しい。


 それにテサロも外すとなると、残りはリッチェとミグだけだ。


 リッチェはまだまだひよっこだ。
 魔法に関してはテサロの才覚を受け継ぎ頭角を現している。
 だが実戦経験がほとんどなく、身も心もまだ子供だ。
 これから育てるべき逸材をここでむやみに失う事は、将来の皇国にとって大きな損失だろう。


 ミグはそもそも戦闘向きではない。
 並の相手なら問題ないだろう。だが、この領域の戦いにおいては厳しいだろう。
 何よりミグは補佐をさせてこそ力を発揮する。至誠の非常時への対応に集中させるべきで、他の役回りを与えておろそかになることは避けねばならない。



 すなわち、これ以上の戦力分散は不可能。



 ならば自分の手の届く範囲で守りながら戦った方が、もっとも安全を担保できるだろう――そう結論付け、リネーシャはその足下と周辺に複雑な術式を構成する。


 それは鬼道の一種であったが、至誠もヴァルルーツも、リッチェですらもそれを理解する事は叶わない程の高度な極大術式だ。


 雪を巻き上げ、空気を飲み込み、圧縮し収束するそのエネルギー体は、リネーシャの頭上にて尋常では無い速度と規模で形成され、球体を成す。




 直後。




 墨色に凝縮した球体が、魔女の本隊へ向け放たれた。
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