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好奇心は吸血鬼をも殺す 作者:はちゃち

第二章 神話の領域

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第一二話

 エルミリディナは崩落した壁の一点を見つめながら横へ数歩移動する。

 視線の先と至誠の間に自身を割り込ませ、妖艶な音色で語りかける。


「レスティア皇国第一皇女、エルミリディナ・レスティアよ。無節操なあなたたちはいったい誰かしらぁ?」


 ――誰も居ない。

 少なくともヴァルルーツにはそこに何者の気配も感じなかった。



 だが直後、むくりと黒い塊が起き上がる。


 全身を覆うローブと、特徴的な三角帽。
 その隙間に見える皺だらけの顔に浮かぶ目笑と、哄笑から見える金歯が狂気を体現している。手には身の丈ほどの杖を掲げ、体の周囲には二冊の厳つい装丁の本が浮遊している。


「これはこれはご丁寧に皇女サマ――」


 全身で辞儀を見せるその老婆だが、あからさまに挑発の様相だ。


「そちらはリネーシャ・シベリシス皇帝でお間違いないですかネェ?」


 老婆の声は甲高く、優越的で意地の悪さを隠そうとしていない。


「この狼藉、マシリティ帝国による宣戦布告と同義だ」


 強い語勢でリネーシャが警告すると、老婆は哄笑し、いえいえ――と否定する。


「我々は単なる傭兵でございましてですネェ。レギリシス連邦に雇われているだけなんですヨォ。戦争においては、まず頭を潰すのは定石でございますのでェ、ヴァルシウル王国の第一王子を追ってきただけでございますネェ」


 リネーシャやエルミリディナは、それが名目上の単なる口実であることなど理解していた。


 レスティア皇国の皇帝と皇女はまさに皇国の双璧だ。
 その二大頭を刈り取れる好機に、義勇兵や傭兵との名目で送り込んできた。

 例え暗殺が失敗しても全面戦争に発展しないよう手を回して。

 レギリシス族長国連邦は、マシリティ帝国の実質的な隷属国だ。
 傭兵として紛れ込ませるのに何の苦労はなく、むしろ戦争そのものがマシリティ帝国の意向によるものだろう。

 だが目の前の老婆は、自分がマシリティ帝国所属の魔女だと証明できるものならして見せろと言わんばかりの態度だ。

 その気になればいつでも戦争は出来る。
 だがそれをしてこなかった。そしてしないのは、皇国に利があるからだ。


 故に、老婆は挨拶代わりの言葉を返しながら悠々と周囲を見下ろし観察する。


「……おんやァ?」


 間髪を入れず、老婆は何かに気付いたように喜悦の声を上げる。


「これはこれは、まさかまさか。貴女はテスター・ラキュトゥルイではありませんかァ?」


 そう言葉をかける先はテサロの様子だ。



 だがテサロは言葉はおろか反応一つ返さない。
 ただひたすらに周囲を警戒している。


 その様子に老婆は表情が激越する。


「いえいえいえいえ! 間違えようがありませンッ! まさか! まさかまさか、三百年前の伝説の売国奴、反逆者、国賊にこんなところでお目にかかれるとはッ! 貴殿の母君がどれほど心を痛めておられるか御存じですかァ?」


 その影はまるで操り人形の様に動きをあらぶらせながら感情を表現する。


「しかぁぁぁぁしッ!! しかししかししかし!!! 今からでも遅くはないのデス!! 罪科は免れないでしょうが、しかしッ!! 我らが主は寛大な御心を以て、貴女をお赦しになることでショウ!!!」


 老女は体を捻りながら語ると、手を差し伸べる。まるでそれが救いの手だと言わんばかりに。

 そんな老婆にリネーシャは淡々と事務的に問いかける。


「それはマシリティ帝国所属の魔女だと認めると同義だな」


「いえ。ただレギリシス連邦とマシリティ帝国は国交がありましてですネェ。彼女の母君とは個人的な友人と言うだけでございますネェ」


「ではどうやら、別人と勘違いをしているようだ」


 リネーシャの言葉を耳にすると、テサロをにらみつけるように一瞥する。
 それでもなお表情一つ変えないテサロに表情を歪め積怨をあらわにする。

 しかしそれも一瞬の事で、急速に表情から感情が霧散する。


「あァ、そうですか。最期の救いの手すら聞く耳を持ってくれないとは、やはり性根から腐っているのですネェ……」


 勝手に熱し勝手に冷める老婆にしびれを切らし、エルミリディナが問いかける。


「それでぇ? お喋りが目的ならそろそろ帰ってくれるかしらぁ?」


「――モクテキ?」


 しかしその問いかけで再び火種に引火したのか、老婆の感情を盛り上げ、腹を抱えるように醜く高笑いを響かせる。


「目的ィ――? 嗚呼ァ――実に。実に低俗な言葉で御座いましょう。卑俗な問いかけで御座いましょう」


 ひとしきり(わら)うと、落ち着きを取り戻し言葉を続ける。


「良いでショウ。目的。はい。崇高なるぅ目的。ええ。そう、我が主に捧げる崇高な目的を教えて差し上げまショウ。それはですねェ――」


 そんな会話の刹那、倒れていた死体が急に動き出す。
 リネーシャの足首を、脚を、三人がかりで纏わり付き押さえ込もうと。

 それによってリネーシャの移動が制限されたとみて、四方に身を隠していた魔女がその姿をあらわにし、杖を掲げ魔法を発動させる。

 巨大な魔法陣がリネーシャたちの足下に展開される。

 ヴァルルーツはその影響で足腰に力が入らずバランスを崩す。
 とっさに手をついたが、その瞬間に腕に力が入らなくなる。

 これはまずい――何の効力を持つ魔法術式か判断は付かないが、少なくともこちらの動きを封じる為の魔法陣だ。

 だがリネーシャもエルミリディナもテサロも全く動じることなく立ったままだ。

 ヴァルルーツが脳裏に疑問符が浮かぶのと同時、リネーシャは腕を横に一閃すると、足下に広がる血液が動き出し一つの模様を作り出す。

 その血は先ほどまでミグが体として使っていた血液だ。それが魔女の死骸の血液と混ざり合い、水面下でリネーシャはすでにその多くを浸食し喰らっていた。

 リネーシャは魔女の魔法を打ち消す反作用術式を展開する。直後、ヴァルルーツの体の自由が戻ってきた。


 絡みつく遺骸はそれ自体が術式を発動させていた。


 それはまるで神経毒に犯されたように対象の動きを阻害していた。

 しかしリネーシャには何の効果も現れていないようで、おもむろに足で振りほどき遠ざけるように蹴飛ばすと、崩壊した壁端まで順番に吹き飛ばし、遺骸は再び動かなくなる。


 その状況下でもエルミリディナは一歩も動かなかった。
 ただひたすらに会話で気を引いた魔女を注視し見据えている。


「会話で気を引き奇襲とは、ずいぶんと古典的な戦法をとるのだな」


 四方の魔女は魔法陣を放棄すると、会話で気を引いていた魔女の元へ参集する。


貪婪(どんらん)の捕食者。神話世界の生残者。知性のある怨人。神殺しの大戦犯。数え切れないほどの異名は健在のようで御座いますネェ」


 老婆の魔女は重ねて嘲り嗤う。


「讃美するためにわざわざ演出したというのなら、全く以て時間の無駄だ」


 リネーシャのそんな挑発に魔女は笑みを押し殺すように肩を揺らす。


「ええ、ええ。仰いたいことは分かります。しかし、しかしながら慎重になりすぎで御座いましょうて。弱点を守ろうとして弱点を露見させる。あまりに粗忽(そこつ)ですネェ!!」


 その言葉に呼応するように、隣の魔女の一人が杖を高らかと掲げる。魔法陣が展開されたかと思うと光が急速に収束し、それが間髪入れず一気に、連続して放出される。

 エルミリディナがその攻撃にあわせて手のひらを向けると、その魔法の攻撃は見えない防壁に阻まれ光を拡散しながら四散する。



 その瞬間を狙い二人の魔女が左右へ回り込むと、杖を振りかぶる。


 二つの杖は互いに共鳴を起こすように火花を散らすと、振り抜いたタイミングで双方の杖から挟み込むように雷撃が飛来する。



 その攻撃の向かう先はリネーシャでもエルミリディナない。



 ヴァルルーツと、そして至誠だ。
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