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好奇心は吸血鬼をも殺す 作者:はちゃち

第二章 神話の領域

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第11話 2月10日0時32分

 エルミリディナが左腕を天井に突き上げるように伸ばす。


 青白く光輝を放つ左腕には幾重もの魔法陣が浮かび上がり、即座に振り下ろされた腕は誰も居ない壁を向いていた。


 至誠は偶然その動きを視界に収めていたが、その意味するところが理解はできない。


 しかしその疑問を考える猶予はなかった。


 彼女の腕を向けた先。
 その壁に亀裂が入ったかと思うと、溶解を始め、次の瞬間には衝撃波が噴出する。


 衝撃波に乗って襲ってくるのは強大な光源だ。

 至誠にはそれ以上のことは理解できずに両腕で顔を覆った。
 皮膚が突風に似た風を感じ取るが、それは耳に付く轟音に比べればおとなしかった。



 至誠以外には、それが強大な魔法攻撃だと理解できていた。

 常人であれば塵一つ残らないであろう強大な魔法だが、エルミリディナの展開した魔法防壁がそれを防いでいる。


 それはまるで岩にたたき付けられた滝の様に、魔法攻撃は四方へ散っていく。





 最中。





 前方に展開された魔法防壁を避けるように、左右および後方から人影が現れる。


 四方へ散る魔法攻撃の隙間を縫うように侵入すると、エルミリディナが三方へ防壁を張るよりも速く、常人には不可能な加速を見せ急速に接近してくる。

 深くフードを被り、動きやすさを優先したであろうローブは身につけた装備を隠す為に深く着込んでいる。

 その手に持つ薙刀は魔法による強化が施され、術式が装飾として彫り込まれ、惜しげもなく上級鉱石を使用した薙刀だ。
 市場に出回れば最上位の評価を受けるであろうその武器は、明確な殺意を以てリネーシャへ向けられる。


 侵入者の尋常ならざる速度は、常人ならば残像すら見えない。
 それを可能としているのは、襲撃者の身体に施された膨大な強化魔法と、並外れた鍛錬の賜だろう。


 身体は速度に割り振り、攻撃は武器に依存する。


 狙いは一撃必殺。

 三方向からの同時攻撃は全て命中するのが理想だ。
 だが実際にはそう上手く事は運ばない。
 故に、最低一人が遂行出来るよう、取り囲むよう三方からの攻撃を敢行する。

 誰か一人が暗殺に成功するのならば残りの二人は喜んで捨て駒となるだろう。


 これだから狂信者は――リネーシャは三方から接近する襲撃者とその思惑を理解できてしまい、嘆息をもらす。

 確かに襲撃者の身体能力はそれなり(・・・・)に高い。

 だがそれは個々の場合で、すでに連携に粗が出ている。
 標的(リネーシャ)への到達にまばたきほどの時間差が生まれているのがその証拠だ。


 刹那に悠々と観察していると、最も到達の速かった襲撃者の薙刀、その切先がリネーシャの頭部を貫かんと繰り出される。


 ――獲った!


 襲撃者がそう確信した直後、リネーシャが右へ体を傾けたことで、刃は空しく空を切る。


 と同時。


 リネーシャの左腕が薙刀の柄を掴むと、内側に捻りながら、石突を足下に引き寄せる。

 その一瞬に襲撃者の体勢がわずかに前のめりとなる。

 しまった――そう脳裏を過ぎるより速く、リネーシャの空いた右手が襲撃者の首をわしづかみにする。

 その幼さを残す小さな手の平では襲撃者の首を掴みきることは叶わない。


 だがそれは首の場合だ。


 爪を突き立て、尋常ならざる握力で皮膚と肉を突き破ると、襲撃者の頸椎を直接掴み取った。


「がッ……」


 一人目の襲撃者の嗚咽に構わず、リネーシャは二人目の襲撃者との間に一人目を割り込ませる。

 切っ先がリネーシャを捕らえる直前だった。
 そのため二人目の襲撃者は、一人目が肉盾として使われる事に対応できなかった。

 衝撃が走り、貫かれた同胞の脇腹が盛大に炸裂する。
 そして、わずかな動揺と判断の遅れが致命傷となる。

 二人目の襲撃者が次に目にしたのは靴だ。
 リネーシャの靴が、足が、襲撃者の側頭部を綺麗に捕らえ、蹴り抜かれる。

 全身もろとも吹き飛ばされる二人目の襲撃者だったが、とっさの防御で軽傷すら負わなかった。


 ――想定よりも攻撃力が低い。


 そう体勢を立て直しながら分析する。


 していた。


 しかし直後。


 二人目の襲撃者を三人目の薙刀が貫く。

 味方の攻撃線上に放られたのだと理解するのと同時に、刃は頭部を貫き肉片へ変える。


 ――くっ!


 三人目のそんな瞬息(しゅんそく)の間に、肉塊と化した二人目の襲撃者を利用しリネーシャが死角から現れる。

 間違いなく襲撃者はリネーシャの姿をとらえた。


 だがその姿を認識した時にはすでに、頭部が四つに輪切り状に切り刻まれ、それが重力に従い落下を始める――そこで三人目の襲撃者の意識は途切れた。






 リネーシャは元いた位置まで下がると、手に付いた血と脳髄を乱雑に払う。
 戦果を誇示するでも、勝利に昂ぶるでも無く、ただただ気怠そうな表情を浮かべながら。






 強烈な光に目を強く閉じ、呼吸すら困難に陥りそうな状況が弱まる。


 至誠は恐る恐る目を開ける。


 まぶしさは消え失せ、パラパラと小石がすれるような音だけが聞こえていた。

 周囲に視線を向けると、先ほどまでの部屋は見るも無惨な――まるで廃城のごとき光景へと変わっていた。
 壁は崩落し、天井は消失し、雪が舞っている。


 ぼた雪の出所を追うように視線を上に向けると、透き通るような快晴の夜空が広がっていた。


 星々が燦然(さんぜん)とまたたき、満月が燦々(さんさん)と闇夜を照らす。

 他にも一等星らしき星々が目に付き、特に三角形を形作る三つの星が目に付く。
 それが夏の大三角形であることは、周囲の星座から理解できた。

 はくちょう座、わし座、琴座。他にもカシオペア座やヘラクレス座、ペガスス座――だが至誠はすぐに視線を落とし周囲へ向ける。

 煌びやかな天空に心が吸い込まれる感覚を抱くが、今は周囲の確認をしたい衝動の方が強かった。

 遠景には厳然(げんぜん)とそびえる山脈が雪化粧と共に彼方まで続いている。

 見える限り、一面は雪景色だ。

 真夜中であるにも関わらず周りがよく見えているのは、満月から降り注ぐ月光が雪に反射し、月明かりが照らし出しているためだ。


 いくつか疑問が脳裏を過ぎる。


 まずこの一帯は極寒の様相をしているが、至誠は不思議と寒さを感じない。
 そして夜空には夏の星々が輝いているにも関わらず、地上は冬のようだ。


 そんな疑念を阻むかのように、舞っていた雪が止んだ。


 それが空から舞い降る雪ではなく、衝撃によって一時的に舞い上がったのだと理解できた。


 視線が部屋の様子をとらえる。
 迎賓室は見るも無惨に崩落しているが、変化のない場所もあった。

 自分たちと円卓の周囲だ。
 机の上に飲み物が零れた程度の影響しか受けていない。

 それがエルミリディナによる防衛による効果である事は至誠の知るよしも無かったが、至誠の視線がさらに下へ引きずられる。

 布地がすれる音が妙に耳に付いた。

 視覚が床に落ちていた謎の固まりを捉える。
 黒い布の先からは、まるで足のような靴のような部位が見え、腕のような手のような部分が見え、そして床はゆっくりと赤黒い液体が床を侵食していた。


「聯盟の軍事力を動かすには採択が必要だな。だがその時間は無さそうだ」


 リネーシャは血をふるい落とすと、王子との会話を再開する。

 そんな中、至誠はそれどころではなく、足下に広がる凄惨な光景から視線を逸らすことは出来なかった。


 倒れているのは三人。


 二人は顔が無く、そこらから血が噴水の様に止めどなくあふれ、死体となったばかりなのだと主張する。


 残りの一人は頭部があるが、背中に大穴が空いている様子で、こちらも尋常じゃない量の出血が起こっている。

 しかし、まだ命はある。
 その腕が、指先がなんとか這いずろうとしているかの如く動いていた。

 至誠の脳は、異様に不快感を覚える音だけが理解できた。

 潰される音だ。
 何かが潰れた音だ。

 そしてそれは至誠も目にしていたはずだった。


 リネーシャは一瞥すらなく、その唯一の生存者の頭部を足で踏み抜いていた。
 その頭部は豆腐のように潰れ、脳髄と血液が混ざり合いながら辺りに散らばる。


 ――なんだ、これ……?


 至誠の脳はその状況を即座に認識できなかった。


 ――死?

 ――殺?


 聴覚は確かに異質な圧縮音を聞いた。
 嗅覚は、理解できない臭いが立ちこめ始めている事を訴えていた。

 視界は床に広がる赤く濁った液体が血液である事を認識し始めた。
 散らばった肉片と脳髄を理解し始めた。


 そして。


 潰れた頭部が人の形をしている事を認識した。
 至誠の意識が、理性が、頭脳がそれを、狂気を、現実を理解し認識してしまう。

 映画やサスペンスドラマはでの殺人シーンを見たことがある。
 映画の内容によっては、流血シーンもリアルに描かれている場合もある。


 ――だが、現実はその比では無い。


 頭部からは想像できるよりもはるかに多量の血液が噴出し、店で売っている精肉とはまるで違う肉片が垣間見え、そして血肉に混ざって四散する生の脳髄があった。


 至誠は体から力が抜けていくのが分かった。


 動悸が溢れ、呼吸は乱れ、瞳孔も落ち着き無く、嫌な汗があふれ出る。
 尻もちをついてしまうと、腰や手にもべっとりと血糊が付着し触覚がさらに現実味を増長させる。

 体が、脊髄が、反射神経が訴えた。

 だが、それをかき消したのは止めどなく溢れてくるむかつき。

 いや吐き気だ。



「魔女――いや、紛い物だな」


 そんな至誠の心境を知らず、リネーシャは気怠そうにそう呟く。


「体内に何を仕込んでるのかと思ったら、劇慟(げきどう)硝石(しょうせき)卑愴(ひそう)珪石(けいせき)嘆累琥珀(たんるいこはく)、こっちは甚剰蛋白石じんじょうたんぱくせきかしらねぇ。まるで怨人ねぇ」


 この状況を楽しんでいる口振りのエルミリディナはリネーシャとは対照的だ。


 だが至誠には、彼女の口にした単語の意味も、彼女の感性に触れる余裕はなかった。

 先ほどまで食べていた食事は喉元を通り、口から吐き出される。






「こ、これは――」


 至誠の嘔吐と同じくしてヴァルルーツが驚愕の言葉を漏らす。
 その動揺は至誠とはまた違った方向性のものだ。

 ヴァルルーツは魔女の脅威、その片鱗を味わった。
 三個師団による魔法攻撃を数十人であしらって見せた魔女は、明らかに異次元の強さを持っていた。

 だが、その魔女をあっさりと返り討ちにしたレスティア皇国皇帝、リネーシャ・シベリシスの強さに、歓喜や興奮を通り越し恐怖すら覚えていた。

 噂に聞く魔女はとてつもなく強大で、禍々しく、他の種族に比べ圧倒的な優位性を持って生まれてくる。


 それがヴァルルーツの持つ認識だ。


 単身ですら強い魔女が徒党を組み、軍を構成し、国家を構築する。
 さらに強い忠誠心と高い士気が後押しし、計り知れない軍事力を誇る。
 それが世界の三大列強国の一角まで上り詰めたマシリティ帝国だ。

 だがその魔女を、魔女で構成される暗殺部隊を、その奇襲を、あっさりと退けた。

 これが三大列強国の一角にして赫々(かっかく)たるレスティア皇国、その皇帝にして最高戦力。
 神話世界の生残者。
 闇夜の覇者。

 ――リネーシャ・シベリシス。

 戦慄では言い表せない程、ヴァルルーツは総毛立つ。

 そんなヴァルルーツに言い聞かせる様に、さて――とリネーシャは言葉を続ける。


「今回、聯盟は抜きだ」


 直後、ヴァルルーツはそれまでの感情が霧散し、ただひたすら息をのんだ。
 次の彼女の言葉一つが王国の命運が左右する。その事を理解したためだ。


「レスティア皇国皇帝暗殺未遂とは、ずいぶんと気前のいい大義名分を寄越したものだな」

「――ッ! で、では――」


 リネーシャの口調はすでに気怠そうな口調ではなくなっていた。


「貴国は新たに発見した劇慟硝石の鉱脈を包み隠さず聯盟へ報告し、同時に加々良至誠の情報を我々に提供してくれた。また、長年にわたり聯盟や周辺国の繁栄に尽力している。そんなヴァルシウル王国の領土を、尊厳を、民を奪わんとする不逞の輩は、全て叩き出してやろう」


 凜と放たれる明言は、三大列強国の皇帝としての威厳と風格を身に纏っていた。


 ヴァルルーツは溜飲が下がると同時に、これまで蓄積していた疲労感が一気に解放される。

 ドッと疲れた感覚を再び押し込めていると、エルミリディナも同調する声をあげる。


「じゃ、私もそういう名目で良いわぁ」

「あッ、ありがとうございますッ!」


 皇帝に続き皇女の言質を取れた。

 ――これでヴァルシウル王国は救える。

 そんな内心が隠しきれないほどの口調で感謝を口にする。

 ヴァルルーツが要塞を出てすでに半日以上経っている。
 現在の戦況がどうなっているかは分からない。
 すでに要塞は破られ、数多の傍若無人が入り込んできているかもしれない。

 ――それでも、これで亡国となることは回避できるだろう。


「ヴァルルーツ王子ぃ」

「は、はい!」


 気の抜けかけていたヴァルルーツをエルミリディナが呼びかける。

 慌てて返事をしつつ、表情を引き締める。

 まだレスティア皇国の助力を受けられる言質を取っただけだ。
 今この瞬間にも民は蹂躙され、領土は汚され、尊厳は失われているかもしれない。
 戦争が終わるまでは気を抜いては駄目だ。

 それに、今回の件はレスティア皇国に対する大きな貸しとなる。
 その清算も、王族たる自分の役目だ。


 そうヴァルルーツは自身に言い聞かせた。


「至誠の側に居なさい」


 その言葉で、至誠と呼ばれた彼が地下で発見された少年であることに気付いた。

 ヴァルルーツは王族だ。
 研究者ではない。

 人型のアーティファクトの可能性があるとは聞き及んでいた。
 だが事態の重要度でいえば軍事転用の可能性が囁かれている鉱石型アーティファクト「劇慟硝石」その巨大鉱脈の方に強い関心があった。

 切迫した心理も相まって、今までその存在に気付いていなかった。


 ――蘇生を試みるとまでは聞いていたが、どうやら成功したのか。


 今なおむせ込み胃液を逆流させているこの少年がどのような価値を持っているかはヴァルルーツには分からない。

 だが彼の周りを固める従者の厳重さを見れば、その重要さが垣間見られる。

 ヴァルルーツは円卓を降り、彼の元に駆け寄る。




 個人の強さにおける指標にはいくつかの名称がある。


 「一般人」よりも目に見えて優秀な人物を「秀才」と呼ぶ。

 その秀才の中でさらに抜きん出た才覚を持つ者を「天才」と呼ぶ。

 天才の領域すら超えた領域に達したものを、人々は「英傑(えいけつ)」と呼ぶ。

 そして、その英傑すら足下に及ばない領域。それが「神格」だ。


 常人では決してたどり着けない境地。


 神格の戦い方は、まさに神話の領域だ。


 そしてこれから起こるであろうリネーシャ皇帝とマシリティ帝国との魔女との戦いは、まさにそれだろう。


 王国内では天才と称されるヴァルルーツだが、今この場においては自分がどれほど格下の小さな存在か思い知らされる。


 そんなヴァルルーツに今できる事があるとすれば、彼の背をなでて少しでもその苦しみを緩和してやることくらいだった。
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