挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
好奇心は吸血鬼をも殺す 作者:はちゃち

第二章 神話の領域

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

12/27

第一〇話

「これは……人狼か?」


 そうこぼすリネーシャに、テサロが何事かと伺う。


「どうかされましたか?」

「南南西、距離十二ギルク(約一五キロメートル)に気配が四つ。高速でこちらに接近しつつある」


 リネーシャの返答によって空気が一変し、固まったかと思えるほど空気が止まる。

 周りの食事を取る手が止まり、次の言葉へ耳を傾ける。
 至誠も何事かと視線をリネーシャに向け、その手を止めた。


「一人は……人狼のようだな。だが……様子がおかしい。襲われている――いや、跡を付けられているようだな」


 エルミリディナは椅子の座りを浅くし、瞑想するかのようにまぶたを閉じている。


「追っ手は人狼じゃないようだけど、気配を消すのが上手くて分からないわねぇ……他にも隠れてそうな気もするわぁ」


 わずかな時間でそう告げるエルミリディナの口調は、まるで見てきたかのようだ。

 ――これも何かの魔法の力なのだろうか。

 至誠がそう考えていると、リネーシャが言葉を続ける。


「こちらに向かってきている以上、静観というわけにもゆくまい」

「そうね。スワヴェル、見てきてちょうだい」

「畏まりました」


 スワヴェルディに命令すると、彼は食事の手を止め粛々と立ち上がる。
 扉とは違う壁方向に歩み寄り日本刀を手にすると、改めて扉から出て行った。


「詳細な索敵を行いましょうか?」


 杖を手に取り進言するテサロを、(いや)――とリネーシャが静止させる。

「嫌な予感がする」

 その怪訝な表情は、いとわしい顔貌に変わっていた。

「三千年の勘はよく当たるのよねぇ」

 勘以上の根拠はない様子だが、その事を言及する者はいない。

 むしろエルミリディナは対照的に嬉々としつつある。下まぶたと口角をつり上げる不敵な笑みだ。椅子の上で足を組み腕を組み愉悦を零す彼女を放っておくかのように、リネーシャは淡泊に言葉を続ける。 


「有事に備え、今のうちに優先順位を明確にしておく。第一に至誠の保護だ」

 至誠がリネーシャの方を改めて向くと、彼女もまた至誠を見据えていた。

「状況が戦闘へ移行した際は最優先とする」


 その『戦闘』と言う表現がどれほどの意味を持つのか至誠には分からない。
 だが腕っ節が強かった記憶はない。姉弟喧嘩で勝ったことなどほとんどなかったし、学校ではもめ事は仲裁する側が多かった。

 そんな至誠の懸念よりも早く、会話は進行する。


「次に至誠の所有物の確保だ」

「それはスワヴェルに命じとくわ。人狼を回収した後にそのまま向かわせる予定よ」

 エルミリディナの提案に、「任せよう」と一言で返し、視線をリッチェに向ける。

「現在の保管場所は?」

「第四隔離室に」

 リッチェが緊張した面持ちで答えると、エルミリディナが受け取る。

「伝えておくわぁ」


 リネーシャはさらにテサロの方にも視線を移しつつ、言葉を続ける。


「テサロとリッチェは至誠の防衛に専念せよ」

「畏まりました」

「はい」


「ミグは念のため至誠の体内へ戻っておけ。極力戦闘には介入せず、至誠の負傷に備え待機せよ」

「ういっす」


 ミグが残っていた料理を一口で骨まで平らげると、勢いよく立ち上がり、至誠の背後に歩み寄る。手の平を向け、鬼道陣を発現させると同時にその血液で出来た体は音を立てて崩れ落ち、足下に血だまりを作り出す。

 さて――と、その合間に思考を巡らせていたリネーシャは、ミグが至誠の体内へ戻ったのを確認し再び口を開く。


「問題は人狼を襲う者が何処(どこ)何奴(どいつ)で目的は何か、と言う事だ」

「愚直に推察するなら、劇慟硝石(げきどうしょうせき)の鉱脈かしらねぇ」


 至誠ですらダメ元で言っていると分かる口調で考察するのはエルミリディナだ。

 以前にも一度聞いた聞いた劇慟硝石という代物が何であるか分からないが、何かしらの重要な単語であることは至誠にも理解出来る。

 ひとまずは下手に邪魔をせず、重要そうな会話は覚えておく事に徹した方がいいだろう――と至誠は耳を傾ける。


「過去最大規模の鉱脈だったからな。火種としては十分だ。だが仮にそうだとしても、こちらに向かってくる意図はなんだ?」

「知ってるのは王国でも上層部と一部の者達でしょう? 場所の特定までは出来てないから、探してるんじゃないかしらぁ?」

「その可能性は捨てきれないだろう。だがそれを狙うのは誰だ。この気配の消し方、尾行の仕方を鑑みるに、そこらの夜盗ではない」

「そうね、現にここまで接近されて全貌が見えてこないって事は、英雄や豪傑以上の手練れってことですものね」

「その域に足を踏み入れているのは、ヴァルシウル王国では国王と、王国軍でも数人だけだろう」

「反旗――いえ、それは考えにくいわね。独占したいならはじめから聯盟(れんめい)に報告なんてしないでしょうし」

「だがそうなると、残りの可能性は必然的に他国の正規兵となるな。ならば、すでに戦争が始まっている事になるだろう」

「隣国で仕掛けてくるとすれば……まぁレギリシス族長国連邦でしょうねぇ?」


 レギリシス族長国連邦。おそらく国名だろう。族長国と言う事は、部族の長が集まって統治している連邦制国家と言う事なのだろう――至誠はそう整理しつつ、記憶を手繰るエルミリディナに耳を傾ける。


「前回の三日戦争は一〇年くらい前だったかしら? 聯盟が介入する前にあっけなく終わったのよねぇ」

「奴らは魔法も鬼道も未成熟だ。故に奴らの得意とする人海戦術が、人狼の前では標的を密集させたに過ぎなかった――」


「でも、今向かってきている追っ手は魔法か鬼道で気配を消しているわねぇ」

「レギリシス軍ではない。となれば――」

「あそこかしらねぇ」


 心当たりがあるのか、二人は押し黙る。リネーシャは苛立ちを、エルミリディナは愉快さを表し、対照的だ。


「マシリティ帝国」


 エルミリディナのもらした言葉に、リッチェの表情があからさまに動揺を示す。
 テサロは表情を崩さなかったが、眉がわずかに変化していた。


「あの国が直接手を出してきたとすれば、追っ手の練度にも納得がいくな」

「でもあの国はしたたかよ? 正面切って私たちや聯盟と戦争する気かしらぁ?」


 何度目かの聯盟という単語が耳に残る。規模は分からないが、戦争に介入する組織という事はかなり規模が大きいのだと推測できた。国際連合のようなものだろうか――そんな至誠の思考は、ああっ――と何かに気付いた様子のエルミリディナによって遮られる。


「マシリティ帝国にとって最大の障壁である私たちが――レスティア皇国の皇帝と皇女が、大した護衛も付けずに辺境のヴァルシウル王国に居るのよねぇ?」


 リネーシャが小さい舌打ちを響かせる。


「人狼を隠密で追っているのは、泳がせて私たちの場所を探るため――ともすれば、腑に落ちるわぁ」


 リネーシャは面倒くさそうに大きなため息を一つもらすと、椅子の姿勢を浅くし肘をつく。


「本国の方に一度確認してみるか」


 ゆっくりと目を閉じた直後、その頭上に浮遊する王冠のような装飾が回転を加速させる。

 静寂が、辺りを包む。

 しばらく――時間にしてみれば一、二分後。
 リネーシャは目を開き言葉を続ける。


「数日前よりレギリシス軍に侵攻の兆候があったようだ。だが本国では侵攻の事実は確認出来ていない」

「情報が古い可能性が――ああ、今スワヴェルが人狼を確保したそうよ」


 ――それで?

 と、リネーシャは続きを求める。


「対象はヴァルルーツ第一王子。護衛もなしにリネーシャへの謁見を求めてきたようね――」


 エルミリディナとスワヴェルディは互いに連絡が取り合える状態なのだと推測できた。至誠はどのように把握しているのか分からなかったが、携帯電話で言葉のやりとりをしているようなイメージを持っておくことにした。


「周りはやはり追っ手のようね。スワヴェルディが把握しただけで八名。人種の判別は確定出来なかったけれど、おそらく魔女とのこと」

「そうなると十中八九マシリティ帝国だな」

「追っ手は散開して闇夜に隠れたみたいねぇ。ただ、撒けたかは怪しいわ。スワヴェル一人ならまだしも王子の気配まで消すとなるとねぇ」


 気配を消して連れてくるのを優先するか、位置を露呈することになろうとも王子から事情を聞くか。その二択がリネーシャに迫る。

 マシリティ帝国の者と仮定した追っ手が王子を狙っているならば、スワヴェルディに離れるように指示を出せば追っ手はそちらに引きつけられるだろう。だがもし、追っ手の標的が皇帝や皇女(我々)だった場合、スワヴェルディという戦力をわざわざ手放すことになる。さらに、加々良至誠の所有物の回収を誰かに割り当てる事となれば、戦力の分散は必至だ――そうリネーシャは思慮を巡らせる。


「追跡者を撒いたうえで連れてくるように伝えろ」

「分かったわぁ」


 いずれにせよすでにスワヴェルディが王子と接触してしまった。
 どちらが目標にだろうと、大規模な索敵術式を使われれば隠蔽し通すのは難しいだろう――そうリネーシャは吐息を漏らしつつ、声を上げる。


「各員、状況を開始する」




 ヴァルルーツ王子は吃驚する。
 魔法を使った高速移動の最中、急に体が何者かによって体が捕まれたからだ。

 体が無意識に反撃を繰り出そうとするが、言葉によって遮られる。


「レスティア皇国の者です。殿下の命により参りました」


 一見は若い男だ。
 しかしその顔を見ると確かにレスティア皇女殿下の配下だと思い出す。


「こ、これは失礼を――」


 そう謝罪をするが、相手の言葉を待たずヴァルルーツは言葉を続ける。


(わたくし)はヴァルシウル王国第一王子のヴァルルーツ・ヴァルシウルと申します! 無礼を承知の上で、何卒、皇帝陛下に拝謁(はいえつ)――」


 ここで門前払いとなるわけにはいかない――そうヴァルルーツは必至に言葉を上げたが、次の言葉に言葉を詰まらせた。


「何者かにつけられております」

 何事かと再び動揺を露呈させていると、男が想定外の言葉を口にしていた。

「――っ!?」

 ヴァルルーツは言葉を失った。

 ここまで一日以上走り抜けてきた。体力と気力が限界をすでに超えていたが、それでも確固たる意志がヴァルルーツの体を動かし続けていた。

 だが、その跡をつけてきている者が居るという。

 いつから尾行されているのか。これほどの高速で移動についてこられている。すなわち敵の魔の手がすでに領土奥深くまで潜り込んでいる。

 それらが急速に脳裏に過ぎり、溢れた情報が混乱を巻き起こす。


「これより尾行を撒きます。少々手荒な動きになりますが、ご容赦ください」


 男は事務的にそう告げると、ヴァルルーツを抱えたまま爆ぜるように体を加速させる。それはヴァルルーツの比ではなく、めまぐるしく光景が反転する。






「戻ってきたみたいね」

 扉越しに聞こえる足音は早足を分かり、そこに焦りがうかがえる。軽量な金属を軋ませているのが鮮明に理解する頃には、扉の開く音が混じり、そしてその人物が部屋に入ってくる。

「あら、ヴァルルーツ王子。そんな慌ててどうしたのかしらぁ?」

 スワヴェルディに肩を借りたもう一人の男が現れる。だがその容姿は至誠の知る『人』とはずいぶんとかけ離れている。

 甲冑を身につけたその者は人のように二足歩行だが、その顔はまさに狼そのものだ。甲冑のない箇所の肌は露出しておらず、代わりにふさふさとした毛で覆われている。

 人狼。リネーシャがそう呼んでいたのを思い出した。


 あるいは狼人間とも呼べるであろう彼は部屋に入ってくるなり、スワヴェルディから離れふらふらとした足取りで駆け寄ってくる。


「皇帝陛下ッ! 皇女殿下ッ!」


 スワヴェルディが一礼し部屋から出て行く一方で、ヴァルルーツと呼ばれた彼は、野太く勇ましく響く声を部屋中に発し、リネーシャとエルミリディナに近づき平伏するように膝を折る。


「礼を欠いた謁見(えっけん)を何卒お許しください。その上で僭越(せんえつ)ながら――」

「戦争か?」


 言葉を遮りリネーシャはヴァルルーツに問いかけると王子は窮する表情を漏らす。早々にそう聞かれるとは思っていなかった――そう言わんばかりの顔をして。


「ご、御存じでしたか」

「いや、何者かに跡をつけられていたからな。その熟練度からしてマシリティ帝国あたりだと推測しているが、間違いないかね?」

「はい――い、いえ。正確には、おそらくそうだとしか」

「どういうことかしらぁ?」


 たじろぐ様子を見て、エルミリディナが説明を求める。


「先日未明、レギリシス軍が協定線を突破。国境線に侵攻して参りました。これをもってレギリシス族長国連邦の宣戦布告とし、我が国はレギリシス族長国連邦と二度目の戦争に入りました。一次同様に遠距離魔法攻撃を敢行しましたが、奴らの防御術式は以前の比ではなく、全く効果がありませんでした」


 焦燥感を浮かばせ、ヴァルルーツは続ける。


「前回との違いは明白です。上空を魔女らしき種族が占有し、レギリシス軍を護衛しております。魔女というのは憶測でしかりません。しかし、あの特徴的な三角帽とローブはまさにマシリティ帝国を象徴するまさにそれです!」


 なるほど――と、リネーシャは口を開く。


「奴ら――魔女の目的は分かるか? レギリシス軍を護衛するだけが奴らの狙いだと思うか?」


「い、いえ、私には分かりかねます。……あるとすれば、レギリシス軍が助力を求めたからではないかと。その為に奴らがどれほどの対価を支払ったのかは分かりかねますが……」

「そうね。戦争を無償で引き受ける程、頭が弱くはないわよねぇ?」

「だがこれまでのマシリティ帝国のやり口は、あくまで武器商人として振る舞いに徹していた。これが今回に限って前線に出てきたのだろうか」


 ヴァルルーツは分からず目を泳がせたが、すぐに脳裏を心当たりが過ぎる。


「ま、まさか! 劇慟硝石が目的では!?」


 その返答に、リネーシャとエルミリディナは視線を交差させる。
 返答を誤ったかとヴァルルーツは息をのむが、吐いた言葉は飲み込めない。


「まぁいい。それで、王子の目的はなんだ。我が皇国や聯盟に戦争介入を求めるためかね?」

「は、はい!! マシリティ帝国が出てきた以上、我々の国力では抑えきれません! なにとぞ――」

 何としてでも助力を得る。言質を取る。そうしなければならない。出来なければ王国が滅亡してしまう――そんな王子の気迫に対し、エルミリディナは笑みを浮かべ椅子から立ち上がり手を伸ばす。

 その優美な所作に言葉を詰まらせていると、その手はヴァルルーツの胸ぐらを掴み、まるで小石でも投げ捨てるかのように宙へ放った。



 何事か理解出来なかったがヴァルルーツはなんとか空中で体勢を立て直し、円卓の上に着地する。

 何か彼女の逆鱗に触れるようなことを言ったかも知れない――そうヴァルルーツはまずは謝罪すべきかと視線を向けるが、エルミリディナは背を向けたままだ。

 どう口を開くべきか――ヴァルルーツの思考が全力で答えを探す。
 と同時に、壁の向こう側、建物の外から急激なマナの収束を感じ取った。


 直後。


 壁に亀裂が入ったかと思うと、
 一瞬にして融解、蒸発し、
 高密度の魔法攻撃が一帯を飲み込む――
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ