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好奇心は吸血鬼をも殺す 作者:はちゃち

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ヴァルルーツ・ヴァルシウル

 夕刻。

 大地を彩る雪景色を上塗り、日の入りを背に侵攻を企てる軍勢の足が止まった。
 それが戦端が開かれる前の静けさであることは、その場にいる兵士は理解出来た。

 縦陣で国境線間近まで接近してきた奴らは、国境線を固める要塞陣を前に堂々と横陣へと転換を開始する。


 国境を守る狼人は、狼と人の特徴を併せ持つ獣人種の中でも魔法に優れた才覚を持つ。その狼人の国家たるヴァルシウル王国。その王国軍の中でも特に練度と士気の高い三個師団がこの要塞を防衛している。さらに天然の山脈によって生まれた防壁を要塞たり得る程、防衛網は強固に敷設している。

 難攻不落の要塞陣によって、かつてのように奴らを返り討ちにすると多くの王国軍兵士は確信していた。


 奴ら――レギリシス族長国連邦は複数の獣人や亜人の混在した国家だ。侵略と簒奪によって常に戦争をしていないと国家体制の維持できない不安定な国だ。
 それが隣国となって十余年。一度だって奴らの侵略を許したことはなかった。それが狼魔人の誇りでも在り自信でもあった。


 だが――。


 ヴァルシウル王国の第一王子であり要塞の司令官でもあったヴァルルーツ・ヴァルシウルは全身の毛が逆立つのを止められなかった。

 ヴァルルーツ王子の見上げた先には三〇にも満たない人影が浮遊する。

 特徴的な三角帽と長く装飾のちりばめられた重厚な出で立ち、手にした身の丈を超える杖。柔らかな素材が風にはためき、周囲には魔法の術式たる魔法陣が覆っている。種としての格の違いを誇示するかのような圧倒的立ち振る舞いは、むしろ優雅に感じるほど恐ろしく、ヴァルルーツ王子の戦慄をかき立てる。

 ――魔女。

 狼人が魔法に優れている種族と評するならば、魔女は魔法に特化した種族だ。

 レギリシス軍の恐ろしさは好戦的な国家体制とそれを支える膨大な人的資源だ。その一方で魔法や鬼道の未成熟さが顕著であり、そこが致命的な欠点だった。故に前回の戦争では遠距離魔法攻撃によって開戦直後に大きく戦力を削った。

 だがそこに魔女が加わる事で、ヴァルシウル王国軍の魔法的な優位性を覆して余り有る状況へと変貌していた。魔女の構築した魔法防壁は狼人の魔法の一切を防ぐ。十分な余力を残した上で。



 ――駄目だ。あれには勝てない。



 そうヴァルルーツ王子の直感が訴えていた。

「王子!」

 身の毛をよだたせ一歩下がる王子に、側近の部下がそう声を荒らげ呼びかける。

「ここは我々が抑えます! 王子は撤退を!」

 そう進言する部下はヴァルルーツが最も信頼する者の一人だ。
 立場上王子の部下であるが、ここにいる三個師団は実質的に軍師である彼の指揮下にある。ヴァルルーツ王子は王族の血筋で立場上の司令官の地位にいるに過ぎない。

「しかしッ!!」

 王族たる自分が、司令官たる自分が真っ先に逃げ出すなどあってはならないことだ。それが王子として育った彼の矜恃だった。

「なりません!」

 老いた軍師はその老体に似合わず怒号にも似た一喝をあげる。それに周囲の狼人も気付き視線が王子に集中する。

「自分だけ退くなど王子たる者が取る行動ではない! 退くのであれば遅滞戦闘で――」

「要塞が突破されては一気に奴らが流れ込んできましょう」

 ヴァルルーツは言い返すが、それが現実的でないと反論を受け言葉を詰まらせる。

「だがこのままでは遅かれ早かれここは落ちてしまう!」

 その通りだと言わんばかりに軍師は頷く。

「ですが時は稼げます。王国軍を結集し、強固な防衛線を王都に構築する必要があります」

「王都には父君がおります! 伝令で事態の深刻さを伝えれば――」

「確かに王国軍は国王陛下が指揮すれば良いでしょう。しかし、民を避難させなければなりません。奴らの非道さは王子もご存じのはずでしょう」

 レギリシス族長国連邦のやり口は聞き及んでいた。

 奴らはその人的な数の優位性を用いて国境を侵犯すると、道中の小規模な街や村落を襲い、住民を拉致しながら主要都市へ侵攻。包囲戦を仕掛け、そこで降伏を勧告する。勧告に従わない場合、男や老いた者は惨たらしく嬲り殺し、女子供は陵辱され生殺しにされる。救うべく、あるいは激情して打って出れば女子供を肉の盾として使い、物量でそのまま押し潰す。戦力が低下すれば堂々と攻め入り、そうでなければ包囲を継続する。降伏すれば次の都市を煽り立てる人質となる。

 それを攻め入る国家が消滅するか吸収するまで繰り返す。

 降伏した国家の民の女は奴隷として内地に送られ、近似種あるいは人間と番わされる。生まれた子は取り上げられ連邦によって洗脳教育を受けることになる。

 男は国家への忠誠を示すことを求められ、次の戦争での先陣に回される。そこで十分な働きと忠誠を見せた者へは褒美として内地に送られた者のうち幾名かの市民権を得られる。多くの場合、妻や娘を奴隷の身分から解放という選択肢となる。

 そうやって吸収した国家を取り込み、飴と鞭を使い分け肥大化している国家がレギリシス族長国連邦だ。


 そんな奴らに敗北を喫する事はすなわち死か屈辱の余生の二択しか残らない。

 特に女子供は避難させなければならない。たとえ王国が滅亡する事になろうとも、連邦の一部に組み込まれるよりは難民となった方がよっぽど希望がある。

 すなわち女子供を逃がす為に導く者が必要になる。散り散りに難民となるよりも、王族を含めた亡命となれば受け入れる国家での扱いも大きく違うだろう。

 故に王子にはここで死なれるわけにはいかない。


 軍師の進言はそれほど状況を含んでいる事をヴァルルーツは理解出来た。

「……分かった」

 一拍を置いて零した返事と共に、ヴァルルーツは表情を落とす。

 軍師の言うとおりだ。王とは先陣を切り矢面に立ち民を導くものだ。そう教わって育ち、ヴァルルーツ自身それが正しい王の姿であると考えていた。だがそれは、ここで強大な敵に立ち向かうだけが全てではない。


 ――だが!!


 ヴァルルーツの表情は確固たる覚悟を露見させながら言葉を張り上げる。

「皆の者よく聞け!」

 周囲で動向をうかがっていた全ての軍人に語りかけるようにヴァルルーツは続ける。

「私はこの場を離れる! だがそれは撤退でも敗走でも逃走でもない!!」


 ヴァルルーツには人望があった。王族の血筋と優れた魔法の才覚がありながらも、驕らず、配慮に厚く、義理人情を重んじる。その一方で勉学においても優秀さを兼ね備え機転も利く。

 彼こそが次期の王に相応しいと考える者は大勢いた。王子の為ならばここで果てるのも本懐だと思う王国軍兵士も多い。故に王子だけが真っ先に退くことになろうとも、そこに不服を感じる者は少ない。


 だが続いて放たれるヴァルルーツの言葉は、そんな周囲の兵士の思慮を上回る。

「王国軍兵士たる者の本分は戦う事だ。民の矛となり、盾となることだ! では王族たる者の本分とは何か!?」

 周囲へ目を配らせながらヴァルルーツは語る。それに水を差す者は誰一人いない。

折衝(せっしょう)だ」

 ヴァルルーツが視線を魔女へ向けるように見上げる。

「――あれはおそらく、マシリティ帝国だろう」

 魔女が異様な存在である事。この戦況をひっくり返すだけの力を少数が持っている事。それを肌で感じていた兵士達だったが、具体的な国名が王子の口から出て身の毛をよだたせる。

「もしも西の超大国が動き始めたのであれば、これはもはや辺境の小競り合いだけではすまされない!」

 マシリティ帝国は西に位置する魔女の国家で、今では世界の三大列強国の一角にまで上り詰めている帝国だ。そしてレギリシス族長国連邦の後ろ盾でもある。

「私はこの場を後にする。だがッ! 王族の本務として!! 必ず!! レスティア皇国の助力を取り付けてくるッ!!」

 動揺と歓喜の入り交じったどよめきが巻き起こる。


 レスティア皇国もまた三大列強国の一角に鎮座する超大国だ。

 ヴァルシウル王国はレスティア皇国とは長年友好的な関係を築いてきた。父である王、先代の王、先々代、さらにその前からだ。

 そして幸いなことにレスティア皇国のリネーシャ・シベリシス皇帝がヴァルシウル王国を訪れている最中の出来事だ。

 王族たる自分だからこそ、直接皇帝に拝謁を乞うことができるだろう。


 次元が違うほどの敵を前にして、王国を守る為の最大の最善手――それは対抗できる強者へ懇願し力を借りる事だ。軍師は民を逃がす役回りを期待していたが、それは弟に任せよう――そうヴァルルーツは覚悟する。

「諸君はそれまでの間、なんとしてもこの防衛線を死守してもらいたい!!」

 その言葉はここで死ねと言っているのと同義だ。だがそれを言わねばならない。それもまた王族たる者の責務なのだから。


 しかしヴァルルーツの内心とは裏腹に、兵士達の表情が破顔する。

「任せてください!」

 一人の兵士がそう声を上げると、決壊したように次々と声が上がる。
 咆哮するように声を荒らげる兵士達に、王子は力強く頷き背を向ける。

 王国旗を模した模様の中に王族の紋章が刻まれたマントをなびかせながら、ヴァルルーツは魔法陣を展開する。

「王子! 護衛を――」

 軍師はそう心配そうに進言するが、一蹴する。

「必要ない。私を護るくらいならここで一刻でも多く民を守れ!!」

 そう鼓舞しながら、高速移動を行う魔法術式を発動させる。

「必ず戻る。それまで頼んだぞ!!!」

 ヴァルルーツは軍師の次の言葉を遮るように駆けだした。



 だが外交交渉において自分たちに都合のいい条件でのみ締約などあり得ない。
 辺境の小王国と世界に名高い超大国とではなおさらだ。

 だが王国を守る為に何を犠牲にしなければならないのか。
 それを考え決める事こそが王族の本分であり、責務だ。

 たとえそれが自分の命に関わることであろうとも――。
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