願い星、ひとつ。(38/48)PDFで表示縦書き表示RDF


願い星、ひとつ。
作:梶原ちな



第37話 流星雨風




 彼に、触れたくてたまらなかった。



「聞こえるか?」

 嵐はますますその勢いを増しているように見えた。
 ガラス一枚向こうの世界は、風にあおられてすべてが斜めになっている。

 こーたはなんとか窓枠に手をついて、その荒れ狂う雨風に耐えていたようだったが、長くは持たないように思えた。
 このままでは、彼が危険だ。

「聞こえる、よ」

 ぎりぎりまで窓に近寄る。
 あたしの吐く息だけで窓が白くにごった。

 はめ込まれた窓を必死で動かす。
 打ち込まれた釘に立てた爪はもうとっくにぼろぼろだった。

「ここから、逃げよう」

 こーたが口にした言葉は、予想通りだった。
 手紙にも書いてあったように、彼はあたしをここから逃がすつもりだ。
 叔父の手から、あたしを。

「いっしょに、いたいんだよ。お前と」

 ガラスごしに手が重なった。
 握りしめることが出来ないもどかしさを耐えるように、こーたはそのまま手のひらをかたく結ぶ。

 いっしょにいたいといわれて、あたしは彼から視線を外した。
 くちびるをかみしめた。

 こーたに触れたくてたまらなかった。
 本当はこのガラスを破って、彼とここから逃げ出したかった。

「いけないよ……こーた」

 顔をあげた。
 ガラスの向こうの彼を見た。

 涙はとめどなくあふれて、笑ってごまかすこともできなかったけれど、それでもはっきりと、彼を拒絶した。

「なんでだよ!」

 ガンっとこーたの拳が窓ガラスを叩き付けた。
 強化されたガラスは鈍く響いてはその形を保っていた。
 振動が、手から胸に響き渡る。

「どうしてだよ! お前を殴る男だぞ! こんなところに閉じ込めておくような人間なんだぜ!? それなのに、なんでだよ!」

 こーたが、食い入るようにあたしを問い詰めた。
 信じられないというような表情を浮かべて。

「あのひとには、あたしが必要なの! そばにいてあげないといけないの! だからいっしょに、いけないよ……」

 最後の言葉が、消え入るように口からこぼれおちた。
 もしかしたら、彼には聞こえなかったかもしれない。

「なんだよ、なんだよそれ! 脅されてとかじゃねーのかよ!? お前があいつのそばにいたいって、そういうのか!?」

 胸に刺さる言葉。
 悲痛な叫びは、嵐に吸い込まれて風に奪われていく。

「俺は、お前が好きなんだよ! 誰にもやりたくねえんだよ!」

 びしょぬれの姿。
 打ちつける拳。
 彼をここまで追いつめたのはあたしだ。
 
 何も知らなければ良かった。

 叔父をひたすら憎んで、こーたとここを逃げ出して。
 何も知らないままでいれば、こんなことにはならなかったのに。

「いっしょにいたいんだよ! お前とずっと!」

 ガラスの向こうから、そばにいてくれよとかすかに聞こえた。

 首筋に手を伸ばした。
 髪の中に隠れていた赤い花。

 同じ言葉を言って、泣いていたあのひと。
 返事をしてあげられなかったのは、どうして。

「里奈が、好きだ」

 胸に、ちかちか熱をもって灯るもの。
 あの日、あたしのセカイを壊した星のようなひと。

「好きなんだよ」

 ほしかったのは、この星。
 あたしだけの、願い星。

 もう、自分をごまかすことはできなかった。














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