第37話 流星雨風
彼に、触れたくてたまらなかった。
「聞こえるか?」
嵐はますますその勢いを増しているように見えた。
ガラス一枚向こうの世界は、風にあおられてすべてが斜めになっている。
こーたはなんとか窓枠に手をついて、その荒れ狂う雨風に耐えていたようだったが、長くは持たないように思えた。
このままでは、彼が危険だ。
「聞こえる、よ」
ぎりぎりまで窓に近寄る。
あたしの吐く息だけで窓が白くにごった。
はめ込まれた窓を必死で動かす。
打ち込まれた釘に立てた爪はもうとっくにぼろぼろだった。
「ここから、逃げよう」
こーたが口にした言葉は、予想通りだった。
手紙にも書いてあったように、彼はあたしをここから逃がすつもりだ。
叔父の手から、あたしを。
「いっしょに、いたいんだよ。お前と」
ガラスごしに手が重なった。
握りしめることが出来ないもどかしさを耐えるように、こーたはそのまま手のひらをかたく結ぶ。
いっしょにいたいといわれて、あたしは彼から視線を外した。
くちびるをかみしめた。
こーたに触れたくてたまらなかった。
本当はこのガラスを破って、彼とここから逃げ出したかった。
「いけないよ……こーた」
顔をあげた。
ガラスの向こうの彼を見た。
涙はとめどなくあふれて、笑ってごまかすこともできなかったけれど、それでもはっきりと、彼を拒絶した。
「なんでだよ!」
ガンっとこーたの拳が窓ガラスを叩き付けた。
強化されたガラスは鈍く響いてはその形を保っていた。
振動が、手から胸に響き渡る。
「どうしてだよ! お前を殴る男だぞ! こんなところに閉じ込めておくような人間なんだぜ!? それなのに、なんでだよ!」
こーたが、食い入るようにあたしを問い詰めた。
信じられないというような表情を浮かべて。
「あのひとには、あたしが必要なの! そばにいてあげないといけないの! だからいっしょに、いけないよ……」
最後の言葉が、消え入るように口からこぼれおちた。
もしかしたら、彼には聞こえなかったかもしれない。
「なんだよ、なんだよそれ! 脅されてとかじゃねーのかよ!? お前があいつのそばにいたいって、そういうのか!?」
胸に刺さる言葉。
悲痛な叫びは、嵐に吸い込まれて風に奪われていく。
「俺は、お前が好きなんだよ! 誰にもやりたくねえんだよ!」
びしょぬれの姿。
打ちつける拳。
彼をここまで追いつめたのはあたしだ。
何も知らなければ良かった。
叔父をひたすら憎んで、こーたとここを逃げ出して。
何も知らないままでいれば、こんなことにはならなかったのに。
「いっしょにいたいんだよ! お前とずっと!」
ガラスの向こうから、そばにいてくれよとかすかに聞こえた。
首筋に手を伸ばした。
髪の中に隠れていた赤い花。
同じ言葉を言って、泣いていたあのひと。
返事をしてあげられなかったのは、どうして。
「里奈が、好きだ」
胸に、ちかちか熱をもって灯るもの。
あの日、あたしのセカイを壊した星のようなひと。
「好きなんだよ」
ほしかったのは、この星。
あたしだけの、願い星。
もう、自分をごまかすことはできなかった。
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