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軽く読める短編集

悪役令嬢本格派 その3

作者:猫弾正
最初で最後の好機であった。
アレクサ軍の後背にある占領地で大規模な反乱が起こった。
東部から王都へと迫りつつあった東部諸侯が足を止めて堅陣に籠った。

王家についた数少ない東部諸侯による反攻作戦。
攻められたのは戦略上、簡単には捨てられぬ後背の要衝であった。
アレクサ軍の補給の大半を支えている。
少なくない守備隊も残されていたが、指揮官は大軍を前になす術もなく守りに入っていた。
大軍を持って後背を脅かし、締めあげれば、アレクサは必ず自ら駆けつけて指揮を執ろうとする筈であった。

アレクサは、自ら陣頭に立つことを好んでいる。
疾風の将だ。僅かの兵で現地に駆け付け、其の儘、敵を食い破る。
軍勢を率いたアレクサは不敗であった。だから、ごく少数で帰還するであろうと読んだ街道を狙った。

後背で蜂起した諸侯軍は全て囮であった。
アレクサが軍と合流すれば、無駄死にとなる。
そして打ち破られれば、二度と脅かすだけの蜂起は出来ぬ。

一千騎を狭隘な丘陵に伏せた。一千が限界であった。
それ以上を動かせば、必ずや察知される。
これ以下であれば、逃げられる。
また、長期間は伏せられぬ。時間においても、数においてもギリギリの賭けであった。

だが、王国の最精鋭の一千騎であった。必ずや仕留められる自信が在った。
アレクサは来ない。道は一本ではない。誤ったか。
他の道を通ったか。或いは、王都の攻略を優先したか。
焦る心を押さえつけ、ひたすらに待つ。やがて馬蹄の響きが近づいてきた。



アレクサは追われていた。
黒い波が迫ってくる。中央より、右と左に百ずつ別れた。
軽騎兵。逃げる獲物を挟み込むようにして突出してくる。

伏兵であった。騎兵のみの一千騎。
ここしかない、と言う場所で襲って来た。
動きが良い。王国騎士団の最精鋭であろう。


「レムルス!右手より進路を遮れ!ゴルドーは左より牽制せよ!挟み込めい!」
騎士団長の叫び。息子は蛆虫であったが、父親は一角の武人だ。
いっそ配下に欲しいくらいの見事な指揮であった。

常であれば、アレクサの騎兵は、王国の最精鋭でも寄せ付けぬ。
騎馬民族でさえ、振り切る足を持っている。

だが、振り切れぬ。
長駆の移動の最中であった。馬を替えられる砦と砦の丁度、中間の場所。
よくぞ絞った。此処以外であれば、容易く振り切れたであろう。

アレクサが笑った。
鮮血のような汗を流す悍馬の手綱を口に咥え、二本の槍の片方を抜いた。
「爺!百はお前たちが相手をしろ。残りはわたしが片付ける!」

「アレクサが逃げるぞ!」
アレクサの手勢三十騎が、主将を残して反転した。
王国騎士団の右手へと突っ込んでくる。

そのまま3倍の騎兵があっさりと切り裂かれた。
「なんと!此処まで練度が違うか!
だが、我らが抑えている間に、アレクサを討てば……」
歯噛みしたレムルスがアレクサに向かった僚友ゴルドーに視線を転じる。
ゴルドーの姿は見えなかった。

「団長!アレクサが単騎で突っ込んできます!」
「なに?」
「向かった100はどうしたのだ?振り切られたのか!」
ゴルドーのいた場所に視線を向ける。味方の兵の姿がない。
いや、待て。
地面が朱色に染まっている。あれがそうか?
短期間で人馬が血の海に沈んでいた。人間の手足や骨片、臓腑がバラバラに大地に転がっている。

自身の見た光景を騎士団長の理性が拒絶した。
信じられないではなく、それがなにを意味するのか理解できない。
在り得べからざる光景だった。思考が混乱する。
「……なにが起きた?」

伏兵か!?罠か!?

理解できずに喚いた。

精鋭の百騎だ。

十倍の騎兵を相手にしたとしても、此の短時間で全滅することはあり得ない。

それだけの鍛錬をしてきた。いや、全滅はあり得ない。

たとえ万の矢が振って来ようとも、在り得ないのだ。

鉄の鎧を貫く強矢でさえ、馬上で掴み取ってみせる程の男たちだ。

それが骸となっている。頭の芯が痺れたように言葉が絶えた。
現実味のない光景が静かに広がっている。

「騎士団長、ご指示を!」

アレクサが突っ込んでくる。
「槍襖!」
絶叫していた。歴戦の将としての感性が『あれ』を近づけるなと、全力で絶叫していた。
近づけたら、終わると。

アレクサが咆哮した。竜の咆哮だ。殺意を示す原始の言葉が嵐の如く大気を震わせた。

前衛の百が接触する。

アレクサが槍を振るった。一本の槍がまるで七つの尻尾を持つ鞭のように跳ねて煌めいた。

三十と数え終わらぬうちに9度の槍が振るわれ、百の過半が臓物をまき散らし、首を撥ね飛ばされて死に絶えていた。

中衛も瞬く間に切り裂かれた。

まるで大将のいる場所が目に見えるようだ。アレクサが突き進んでくる。

アレクサが笑った。凄絶な笑みであった。



「……いひ!いひひ!いぃーっひっひっひひ!」
還る国を亡くした王太子がぼろぼろのマントを引きずりながら、学園の廊下を徘徊していた。
ろくに眠っていないのだろう。痩せ衰えた身体に血走った眼。
掻き毟った頭には円形の禿が所々に出来ている。半年前とは、完全に別人であった。
「余は王太子レオンハルトなるぞぉ。一声で百万の軍が従うのだぁ。いひひひ。アレクサを討てぇ、いーひひひひ」
垢と糞尿の悪臭に塗れ、涎を垂らしながら、棒切れを振り回している。
「それぇ、陣列を整えよぉ、騎兵突撃ぃ、いひ。いひひひひひひ。死刑、死刑だぁ」
恭しく付き従っていた召使たちは、もはや影も形もない。ほとんどが金目の物を持って姿を消していた。
忠誠心溢れた侍従でさえ、祖国滅亡の引き金を引いた王太子に付き従うのは御免だったのだろうか。
蛮族に侵入された故郷を救う為か、或いは戦って死ぬためであろうか。ただ一人で故国に戻っていった。
「どうだぁ、反省したか、アレクサぁ。お前の父親も、母親も、処刑してやるぞぉ。
余が指一本動かせば、お前の故郷など焼き尽くせるのだぁ、うふふ。
だが、見た目は美しいお前だ。余に仕えるなら、命だけは助けてやってもよいぞ。
エフェメラに謝まることが条件だがな。いひひひぃ」
笑っていた皇太子の焦点の合わない瞳が、自分の呼んだ名にやや正気を取り戻した。
狂気によって締りなく緩んでいた表情が、かつての覇気を僅かに呼び戻す。
「……エフェメラ?エフェメラぁぁ!でてこい!この売女めが!
貴様の所為で、余は!余はぁあぁ!おおぉ。おおおおおおお……お許しください。父上、母上ぇ」


かつてに比べて、人の激減した学園のテラスで2人の女性が茶を嗜んでいた。
白銀の髪をした優美な少女と、紅蓮の如き真紅の髪を垂らした長身の少女。
2人の服装とも、髪色に合わせたか。白銀と真紅の目立つ装いであった。

「哀れなものだ。あれがかつての覇権国家の後継者とはな」
王太子の啜り泣く声に耳を傾けながら、だが、洩らした言葉とは裏腹に白銀の少女の唇は嘲笑に吊り上っていた。
「……ふん。にしても、アレクサ。あれ程だったとはな」

「騎士団総長さえ、五合もたなかったそうだ。
 遠からず、諸侯は悉く彼奴に首を垂れるか、或いは剣を持って立ち向かうか。
 選択を迫られることになろう」真紅の少女がおかしそうにそう言って、笑った。
「で、貴殿はどうする?」白銀の少女が窺うような視線を向ける。
「さて、抗うか。それとも降るか」

「抗う?貴殿、アレクサとはウマが在ったではないか。
 いの一番に駈けつけると思ったが。手紙も来ているのであろう?」
白銀の少女に訝しげな視線を向けられて、燃える赤毛の少女が飢狼の如く獰猛に笑った。

「ああ。手を貸せば、大将軍に任じると。くっ、ふははは。
文字も読めぬ、父も分からぬこの賤しき身が大将軍とはな」
手紙を。王家の密偵に見つかれば首が飛ぶやも知れぬそれを無造作に机の上に放りながら、しかし、真紅の少女は瞳を細めて、白銀の友人をじっと見据えた。
「だが……天下を獲ってみたい誘惑にも駆られている。
 今、アレクサを討てば、その者は全てを手に入れられるだろう」

真紅の言に白銀が肩を竦めた。
「惟任日向守のように、天下人を討ったとて天下を獲れるとは限らぬぞ?」
「それは汚い裏切りであった故。
項羽と劉邦のように万人に見える形で堂々と雌雄を決すれば、民草はそれに従うものだ」

「ふむ、アレクサもまだまだ敵は多い。
 ……今が売り込み時かも知れんな」
意外の感に打たれたように、真紅の少女が白銀の少女を見つめた。
「シルヴァーナ。おぬしこそアレクサを嫌っていたと思ったが」

「好き嫌いと人物評価は全く別の話よ。
わしも、危険なばかりで報われぬ立場には些か飽いた。
栄華を極めた天下人のお零れが欲しいと考えても攻めはすまい?」
手を振ったシルヴァーナに、イレーネがまた笑ってから立ち上がった。
踵を返しながら背後に向かって別れの挨拶を告げる。
「では、次に会う時は戦場だな。さらばだ。友よ」
「さらば。イレーネ。いずれ、地獄で」



貴族にしては質素な、グリーン家の館であった。
けして貧しい訳ではない。
領民を愛し、奢侈を好まぬ代々の気質が男爵家の館を形作ったのであろう。
「なんで、なんでお父様が」
取り乱す娘を前に、男爵は優しく微笑みかけている。
「わしだけではない。中央の貴族は皆、招集されておる」
「だけど、お父さまは昆虫学者じゃない!槍なんて握ったことないでしょう!」
叫んだ娘に、痩せた男爵は無理に笑ってみせた。
娘の前で不安は見せぬと、見栄を張るだけの男気が学者肌の男爵にもあった。
「義務を果たさねばならん。そ、それに、領民を守るのは貴族の責務だからな」
声が震えていた。明らかに空元気を出している。
「安心しなさい。エフェメラ。こう見えても槍を使わせたら、わしは中々のものなのだぞ」
涙を止めぬ娘の頬に手を伸ばして男爵が微笑みかけた。
「それに、お前たちを守りたいのだ」

「……お父様、お母様」

失う間際になって、初めて気づいた。

優しかった。優しかったのだ。

一度として手を上げられたことなんてない。

何時も優しく抱きしめられ、愛されていた。

娘を蹴り飛ばして笑っていた父親や、裸でベランダに放り出した母親とは全然違った。

2人とも、出来る精一杯の幸せをくれたのに、私はそれに気が付かずに浮ついていた。

ああ、この人たちが不幸になるなんて、間違っている。
もう二度と会えなくなってしまう。
神さま、ああ、神さま。
どうか、どうか。やり直させてください。
お願いです。許して。

「では、いってくるよ。母さん。エフェメラも母さんを頼んだよ」
父が。執事が。幼馴染の執事の息子サーシャが、戦に行ってしまう。

「お帰りをお待ちしています」
母が父へと微笑みかける。

絶望したエフェメラの脳裏に、その時、天啓のように一つの考えが閃いた。
笑顔を浮かべて、エフェメラが立ち上がった。
「待って!少し待っていて!
お父さまが出征しないで済むように、宰相様に頼んでくる」






「確かエフェメラ・グリーンだったか。なに用かな」
宰相邸へ赴くと、片眼鏡を掛けた宰相閣下はあっさりと会ってくれた。
軍の将軍と会談中のようであったが、部屋へ通される。

焦った様子できょろきょろと部屋を見回したエフェメラが、隅に飾られた花に目を止めた。
「あ、あの綺麗な部屋ですね。あ。私もこの花が好きです。
冬に一人で咲いていて。なんだか。とっても胸が暖かくなります」

宰相の反応は冷たかった。
「……そうかね。で、要件は。忙しいのだ。
要件がないのなら、出て行きたまえ」

なぜか、エフェメラは酷く動揺していた。
「あ、あの、おじさま。私もこの花が好きなんです。
冬に一人で咲いていて。なんだか。とっても胸が暖か……」

「グリーン嬢がお帰りだ。お送りしろ!」
宰相の怒鳴り声にに衛兵が扉を開けて入ってくる。

「どうして?亡き奥様との思い出の言葉を口にしたのに。
なんでなの?ダンディ編だと、これで……もしかして状況が変わったから、ああ、そんな!」
訳の分からない言葉を喚いていたが、衛兵に掴まれて退出していった。

……くだらん。この忙しいのに、世間話でもしに来たか。
息子の友人であった為に、我が子に関する話でもあるのかと会ったが、全く時間の無駄であった。

舌打ちした宰相は、将軍に向き直った。
「兎に角、数を集めてぶつけるのだ。民兵に傭兵、農民兵。
奴隷にも、戦後は自由を与えると約束して立ち向かわせろ。
ああ、そうだ。この際、ごく潰しの下級貴族にも戦ってもらおう。
連中に碌を払っていたのは、このような時の為なのだからな」
「役には、立ちませんぞ。岩に卵をぶつけるようなものだ。9割方死ぬでしょうな」
将軍の言葉に、しかし、宰相は鼻を鳴らした。
「北部国境より信頼できる軍団を呼び戻すまでだ。時間を稼げればそれでいい」
扉の外で暴れていた娘が絶望に絶叫する声が響いてきた。だが、宰相は既に注意を払おうともしなかった。


戦史研究会のめんばーだょ
アレクサのずっともだょ

・シルヴァーナ・デュランダル 侯爵令嬢
この後、下剋上して国元での権力を掌握。王国に対して反旗を翻す。
好きな物。鉄砲。トレビュシェット

・イレーネ・アトラス 辺境伯令嬢
この後、下剋上して国元での権力を掌握。王国に対して反旗を翻す。
好きな物。ドラゴン。騎兵突撃。

・イライザ・グレンデル 伯爵令嬢
好きな物 ゲリラ戦 籠城戦
本人曰く、千早城に籠っていたことがあるらしい。

・イザベル・ランカスター 方伯令嬢
好きな物 クロスボウ 槍衾 方陣

・パオラ・グレンデル 子爵令嬢
好きな物 旗振り通信 腕木通信 暗号

・シュラ・ニーズホッグ 男爵令嬢
好きな物 うんこ 罠 毒 手裏剣 変装

・サフィーア・リヴァイアサン 海洋部族の姫
好きな物 帆船 炮烙 火船 真水 ライム ラム酒 衝角




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