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1・トントロポロロンズ

『いっぱい摘み取るよ! トントロポロロンズはあればあるだけ助かるからね』

『わーい! トントロポロロンズだ!』

『トントロポロロンズより納豆がいい』

『え~トントロポロロンズの方がおいしいよぉ~』

『チビたち! 口を動かすヒマがあるなら手を動かしなさい!』

『『『はーーい』』』


 そんな彼らの声を聞いてから、何ヶ月たったろう。

 俺の豆腐ボディは十分すぎるくらいれたはずだが、一向に収穫の時は来ない。


 豆腐……そう、俺は豆腐に生まれ変わっていた。

 ヒーローとして眠りについたはずが、まさかの目覚め、まさかの豆腐だった。


 周囲一帯に群生する木には、俺と同じく完熟した豆腐の実が幾つもなっている。

 現地住民は俺たちのことを『トントロポロロンズ』と呼ぶが、豆腐である。

 たわわに実って、目と口のような模様がある――[・∀・]――が、豆腐なのである。

 あと少し青みがかっていたりもするが、本能が叫ぶ……俺は豆腐なのだと。


 はじめはうろたえたさ……なんせ豆腐だものな。

 しかし不思議なもので、数日もすると豆腐としての矜持きょうじ――プライドというやつが芽生えてきたのだ。

 おいしく食べられて、誰かの胃の中で消化されて散りたい。

 そんな思いが、豆腐ボディをかけめぐるようになった。


 しかし、現実は非情である。

 こない! こないのだ! 収穫に来る者たちが!

 俺という実が未熟だったころには何回も来ていたクセに、完熟した今になってひとっこひとり来やしない!!


 マズい……これはマズいぞ……。


 俺は下を――地面を見る。

 そこには熟れきってなお摘み取られず、地に落ちて崩れた豆腐の残骸があった。


 嫌だ……そんな終わりだけは嫌だ……食われて散りたい。

 俺がああなるまで、あとどれくらいもつだろうか。

 俺の熟れ具合からいって、一秒後に落ちても何ら不思議では無かった。


 『死』への恐怖を感じる。

 人間のときには感じなかった『死』の恐怖が、豆腐ボディを支配している。


 俺は恐怖に震えた。ぷるぷる、ぷるぷる。


 ああァァしまった! またやっちまった!

 震えたら枝との接合部がちぎれちゃうかもしれないのに!

 死の恐怖 → 恐怖のあまりぷるぷる → ちぎれやすさ加速 → 死の恐怖増大の駄目なループにおちいってしまっているじゃないか!!


 どうしよう! どうしよう! どうし――え?


 ああ……今、プツリと……

 枝から実が切れたのが分かった……


 重力に引かれて、流星のように豆腐おれは落下するのだ。


 待ち受ける地面、待ち受ける『死』。


 豆腐おれは、グシャッと崩れてしまうのか?

 ……誰に食べられるでもなく?


 う、うわあああ!!!!!

 死にたくない! 死にたくない! 死にたくない!


 【生きたい】!!!!!



 ――瞬間、豆腐ボディから力が湧き起こったような気がした。



 気がした……だけ。

 だけかよおおおお!??

 普通に落下。俺、モウ、ダメ。


 所詮俺は豆腐だった。できるのはただ【願う】ことだけ。

 だから、せめて願おう……


 ――どうか、生きて目覚めますように、と……


 そして俺は、地面に衝突した。



 * * * * * * * * * *



「ひょわっ!!」


 星見の塔。

 そこには大魔術師(女:29)とその弟子(女:15)の姿があった。


「ラ・ダ様、急に驚かれてどうされました?」

「馬鹿! 気づいてないの!? 今、世界が書き換えられたわ!」

「世界が書き換え――え、概念魔術ですか!? あれは架空の魔術では……」

「私だって信じられないけど、さっきまでと世界が変わってるのは確かよ! いったい何を書き換えられたのかしら……確かめないと」


 ラ・ダは【遠視(ファーサイト)】の魔術を行使した。


 魔術とは、体内に宿す魔力に命令式を与えることで、たいていのことが出来てしまう恐るべき術だ。

 とはいえ、常人では魔力量も乏しく命式式の構築さえ成し得ないのだが……このラ・ダは大魔術師、世の凡人どもとは格がちがった。


 この場にいながら、世界のありとあらゆる場所を視ることさえやってのける。


「ウソ……でしょ……!?」

「ど、どうしたのです?」

「トントロポロロンズが……うじゃうじゃと動いてる……」

「はい? つまりどういうことです?」

「つまりも何も、動いてるのよ! たくさんのトントロポロロンズが!!」

「それは…………そうでしょう。動いて当然ですよ」

「…………」

「ちなみに動いているのはトントロポロンですよ。トントロポロロンズは実に生っているもので、熟れてなお摘まれなかったものがトントロポロンです。逆に覚えるかたもそれなりにいるようですが、ラ・ダ様もでしたか……」


 ラ・ダは絶句した。

 トントロポロロンズは知っているが、トントロポロンなんてものは知らない。

 そんな言葉は、世界中のどこにも存在しなかったはずだと、確信する彼女。

 だというのに弟子は、物知り顔でトントロポロンを語るではないか。


 常識がまったく別のものに塗り替えられ、塗り替えられたことにすら気付いておらず、当然のものと思ってしまっている。

 自分は概念が変遷へんせんする前後を認識できたから分かっていられたが、この弟子はそうではなかったのだと……世界の書き換えとはそういうことなのだと、ラ・ダは理解した。


「少し確認させて。そのトントロポロンは世界中にいるのよね?」

「はい」

「トントロポロンはどんな食べ物?」

「食べ物はトントロポロロンズです。トントロポロンは害獣ですよ。摘まれなかった腹いせに畑を荒らしたり人を襲うので、発生しないよう完熟前の収穫を心がけていますね」

「……そう、ありがと」


 概念魔術は確実に発動している。

 今すぐ元に戻せないのかとラ・ダは考えた。考えた末に、

 同じ概念魔術による上書きしか方法は無い――そんな結論に行きついたが、それは同時に、元に戻すことが不可能だと確認しただけにすぎなかった。

 なぜなら、概念魔術を行使できる力など、世界一の魔術師ラ・ダでさえ持っていないのだから……。



「あの……概念魔術はどうなったのです? トントロポロロンズと関係が?」

「ごめんなさい。急ぐから!」


 そして星見の塔を後にするラ・ダ。

 豆腐が自立活動を始めるという空前絶後の珍事態が起こってしまったのだ。

 引き起こした術者を捜しだし、更なる概念魔術発動を阻止すべく抹殺する。

 大魔術師にして世界根ロディニオの守護者たる彼女の、目下の急務であった。

>そこには大魔術師(女:29)とその弟子(女:15)の姿があった。


※カッコ内には性別と年齢を表記しました。

この作品は邪法と承知の上で、分かりやすさとテンポを重視した文にしています。

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