瞳に映る平凡な娘
火龍に平然と接する人間は初めて
赤龍が目を覚ましたのは夜中の事だ。
水を求め目を開ければ見知らぬ天井に疑問が浮かぶも、そういえば可笑しな娘が当家云々。等と言っていた気がする。という事はあの娘の住居か
怪我の影響だろう、起き上がることは出来ず、四肢には力入らず寝台に投げ出されている。
酷く喉が渇いている。戦闘が終わった後はいつもこうだ。水を欲して目を周囲に向けた
「あらお目覚めですか?」
突然の声に驚く。しかし声の主は視界に入らない。
顔すら動かせぬ我を見かねて我の元に歩み寄って来た声の主は、記憶に違えなければ確かあの娘だ
農民のような格好からドレスに変わっているが、あの、我と視線を絡ませた稀有な娘
「何かお求めで?」
「水を…」
「畏まりました。上体を起こしますね。傷に障ったら申し付けて下さいませ。」
娘はなんの躊躇い無く我に触れ抱き起こす その動作は優しく戸惑ってしまう
ベッドヘッドに積まれた羽毛枕に支えられるように座ると水差しが差し出された
しかし身体が動かない
水を求めているのに、動けないとはどんな拷問か。様子を見守っていた娘が見兼ねて口元に水差しを持ってきた
口を緩慢に開ければゆっくりと流し込まれる水
垂れぬように気遣いか布を当て、我の様子を見る
水は乾いた身体に染み渡る。
まさに命の水
結局我は水差しの水を全て飲み干した
ベッドに再び寝かされる。やはりその一挙一動は静かで優しいものだ。傷に触れぬよう精いっぱい気をつけているのが分ってむず痒い
そうして、漸く娘の顔をまともに見ることが叶った
娘は、どちらかと言えば凡庸
美しくも可愛くもないが、醜いわけでもない平凡な娘。貴族や領主の娘を遠目に眺めた事はある。皆一様に身なりに気をつけ、顔に白粉を塗りたくり鼻が曲がりそうになるほど香水を振り掛ける。貴族たちほどではないが、庶民の娘も似たようなものなはずだ。女と言うのは素顔を隠し偽りの仮面で他を欺く。可愛いものじゃないか。と同じ八龍の女ったらしが言っていた
あれらを可愛いと言うならこの娘はまぎれもなく平凡で凡庸。ある種異質だ。
人の年齢でいえばまだ20過ぎていないだろう。しかし雰囲気はとても大人びていて凛としている
血にまみれた我に平然と近寄った事といい、間近で炎が上がっても動じなかった事といい
年相応には見えない。
我の視線を違う意味で捉えた娘はベッドから二歩下がり最上級の礼をした
「私は東の端の領主の娘
次女レイン=シュレイアと申します。
王都には一昨日早馬を頼みましたので二、三日中にはどなたかいらっしゃるかと
それまでのお世話は私が致します。不自由が有れば申し付けて下さいませ」
「世話になる
………レインと申したか
そなた我が恐ろしくないのか?」
「特にその様に感じませぬが?」
やはり即答。今まで我を見て怯えていたものの方が間違いのように思えるほどの清々しい即答だった。
「我は火龍
血に穢れた野蛮な龍でもか」
自分で言って痛む胸に自嘲する
何度も何度も陰から時には表から言われていたセリフではないか。
それでも、それでも娘は真っ直ぐだ
「これは可笑しな事を仰る
貴方が血を浴びるのは我等の国を守護しているから。野蛮な龍等と思いませぬ。
貴方の瞳は(コロのように)優しいではありませぬか」
平凡な娘の筈なのに、
我を怖がらぬ。血を厭う無力な女のはずなのに
我を畏れぬ
長き時を生き当たり前に甘受してきた言葉を否定し、初めて我にそのようなセリフを吐いた人の子
何とも珍妙な娘か
しかしそのセリフが確かに我の痛む心を掬いあげてくれたのを、確かに感じたのだった
レイン・シュレイア
我はその名を記憶に刻もう。
誕生して幾年月、この赤龍を唯一恐れぬ娘
編集しましたーー。見にくかったら教えてくださいませ!!