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現代短編

船幽霊

作者: コーチャー

「困ったことになった」

 そう呟いても周囲からの反応はない。私の周りに人がいないわけではない。扉を挟んだ向こう側では数人の女が愉しそうに笑っている。彼女らにとって私が困っているいないは関係ないのである。どちらかといえば、私が慌てふためいてここで悲鳴をあげることを喜ぶだろう。

「ちょっとデートしたくらいで……」

 ここまですることはないと思う。

 いま私は監禁されている。

 始まりは、よくある話だった。扉の向こうににいる亮子には意中の男性がいた。彼は私達が所属するサークルの一つ上の先輩だった。細身の長身で男性アイドルグループにいそうな中性的な顔立ちをした先輩は、サークルの内外を問わず目に付く存在だった。一方、亮子は良く言っても十人並みの器量で、とてもではないが釣合いのとれた片思いではなかった。

 しかし、亮子は先輩を落とせると本気で思っていた。それには彼女の取巻きが大きく関わっている。亮子は、同期の中では首領どんのような存在だった。彼女が言ったことは全てが肯定された。特に可愛くもない服やアクセサリを「可愛い!」と絶賛するのは当然のこと。亮子の基準ですべてが決まっていた。

 周囲の女は、彼女の顔色を伺うように日々を暮らしていた。そんな彼女が先輩のことを好きだと言いだしたのである。周りの反応は当然、こうであった。

「亮子さんと先輩なら絶対お似合いだよぉ」

「先輩、前からチラチラ亮子さんのこと見てるし、実は向こうも気があるんじゃないの」

「絶対うまくいくよ! 亮子、すごく可愛いし」

 こうやって周囲がはやし立てる極小の王国のなかで彼女はどんどんと確信のない自信を身に纏わせていった。しかし、自信だけをぶくぶくと肥えさせるだけで彼女はいつまでたっても告白するといった行動を起こすことはなかった。

 取巻きにいくら肯定されても彼女自身の心の奥で無理だと思っていたのか、万が一にでもフラレたら自尊心が砕けてしまうという恐れがあったのかもしれない。だが、彼女が何もしなかったことだけは確かだった。

 私はといえば、サークルに熱心に参加して先輩やその周囲の有象無象の連中の好感度を確実に上げていった。本当なら一直線に先輩だけに愛想を振りまけばよかったのだが、そんな分かりやすいアピールをすれば、亮子たちにすぐにバレてしまう。だから、私はすべての人に優しく接した。サークルに尽力する後輩という周囲からの認知がどうしても必要だったから。

 亮子たちからみれば、どうしてそこまでサークルに意欲的に参加できるのかわからなかったに違いない。

「先輩がいなかったらこんなサークル入ってないよね」

「先輩を間近で見られるだけがこのサークルのいいとこだよね」

 なんて言い回っている彼女らに私の意図はわからなかったに違いない。一年後、最高学年が卒業すると、先輩はサークルの代表になった。もともと顔がいいだけでなく活動にも意欲的だった先輩が代表になることは、少し考えれば分かることだった。私はこれまでの活動実績を認められてサークルの役員の席を手に入れた。これがあると大手を振って先輩と話ができるからだ。

 亮子も役員に立候補したが、意欲的に活動していなかった彼女を役員に認める者はいなかった。

「サークルの活動のことで話があるから」

 という免罪符を手に入れた私は、ほぼ毎日のように先輩と会った。それは先輩に私以外の悪い虫がつかないようにするという理由もあったが、せっかく手に入れた特権を行使してみたいという優越感が強かった。

 しかし、これは失敗だった。

「あんた、最近ちょっと先輩と仲良くしすぎじゃない?」

「亮子が先輩のこと好きなの、あんたも知ってるでしょ? 色目つかってるんじゃないわよ」

 ある日、私は亮子らのグループに詰め寄られた。取り巻きも本気で亮子が先輩を落とせるとは考えてないくせにオトモダチに随分とお優しいとこ、と内心で笑いながら私は神妙な面持ちで彼女らに答えた。

「そんなことないよ。先輩とはサークルの話をしてるだけで……。でも、そう見えるんなら亮子に役員代わってもらおうかな?」

 その時、亮子の顔は満面の笑みで私を見た。その私への優越感と先輩に近づけると上喜した顔は、生者を見つけた亡者のそれに近かった。私が亮子たちを連れて役員の交代を先輩に求めると、先輩はそれをやんわりと拒絶した。しかし、私が繰り返し体調不良やその場で取って付けた理由を述べると渋々ながら交代を認めてくれた。

「じゃ、これで私は先輩とはなにもないから……」

 怯えた顔で私が言うと亮子は、任せておきないさい、と胸を張って答えた。どこからその自信が来るのか分からないが、私はその自身に免じて何ひとつ引き継ぎをしないでサークルや大學を休んだ。そこからのことは見なくても分かる。

 私が取り仕切っていたことは全部、亮子のもとで滞り、サークルの活動に影響を与えるようになった。ひと月も経たないうちに方々から復帰してくれないか、という連絡が来るようになった。それを右に左に交わしているとお目当ての先輩から連絡があった。

「どうしても復帰して欲しい。何かサークルに問題があるなら教えて欲しい」

 と言う内容だった。私は、会って直接お話します、とだけ伝えた。

 当日、私は先輩に出逢うやいなや、彼の胸に飛び込んだ。そして、涙ながらに亮子からどういう仕打ちを受けたのか、私がどれだけ先輩を愛しているのかを伝えた。先輩は私の想いを汲んでくれた。この日、私は先輩を手に入れた。


 そして、今日である。

 昨日の私と先輩を見ていた者が、亮子に言ったのだろう。亮子は私の顔を見るなり強烈な平手打ちを入れてきた。目の前に光が飛んだ。そして、私を押さえつけると人気のない教室に放り込んだのである。教室の扉の向こうでは亮子が笑いながら取巻きに何かを指示している。何を言っているかは聞き取れないが、どうせロクでもないことに違いない。

 そう思っていると教室の扉が開けられた。そこには品のない笑みを浮かべる亮子とそれをおびえるような顔で見つめる取巻きの姿があった。亮子は手に持った黒い携帯みたいな機械を私に見せると、機械のスイッチを押した。

 青白い光が機械の先端で発光した。この時初めて私はそれがスタンガンであることを理解した。私が亮子を避けるように後ろに下がると彼女は嬉々とした笑顔を私に向けるのだった。

「あんたが悪いのよ。先輩をたぶらかせて、騙して! 私のなのに」

 私のもなにも最初から違う、と言いたかったが恐怖に身体がこわばって声が出なかった。教室の隅まで追い詰められたとき、扉の前で行方を見守っていた取巻きの輪が崩れた。そこから一人の男性が飛び込んできた。先輩だった。彼は亮子目掛けて強烈な蹴りを放つと亮子は前のめりに倒れて教室に転がった。

「大丈夫?」

 先輩が声をかけた瞬間、私は膝から砕けるように先輩にすがりついた。わかっていても怖かったのだ。「あ、ありがとう……」

 私が声にならない声で感謝を述べると先輩は安堵した顔で微笑んだ。亮子はといえば、教室で倒れ込んでいるのを取巻きに助けてもらいながら何かを叫んでいたが私には聞こえなかった。これから私の前から消える人間の言うことなんて聞いていられない。

 でも、本当に怖かった。

 昨日の先輩と会うことを取巻きにバレるようにソーシャルネットワークに書き込んだ。今日、亮子たちに襲われることはおおよそ予想していたけど、ここまでひどいことをされるなんて思ってもみなかった。でも、これで亮子は私と先輩の前から消えてくれる。

 先輩に愛を注ぐのは私だけでいい。ほかの人は注げないように底を抜かないと……。

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