体育館の七不思議
三月一日、二十三時五十五分。
今年は夏の暑さからの移行が早かったため、凍えるよりかは肌寒い程度で済んでいる。セーターにマフラー、普段と違う格好に、普段と違う時間、普段と違うということは刺激を与えてくれる。
夜風で冷えた鉄の門を精一杯のジャンプで乗り越える。という予定だったが、体をねじ込み門を潜り抜けることにする。これは決して身長やジャンプ力に関係するわけではなく、肌寒さで足が温まっていなかっただけということにする。
ここからは一直線に駆け抜けるだけ、目指すは古都中学校第一体育館。掃除当番だった徹が空けておいた窓。
「怖いから帰ろうよ」
「ここまで来て帰れるかよ」
かじかんだ手を擦り合わせながら、言い聞かせる。
さすが中学生の好奇心は恐ろしい。だが、そうは言っても徹も怖がっていないわけではない。そこで幼馴染の守を半ば強制的に連れて行くことで、恐怖を緩和をさせている。
時間は既に0時を過ぎ、校舎内に人がいないと分かっていても、深夜の会話が小声になるのはなぜだろうか。
校門から徒歩で約7分、震えていた体も寒さに慣れた頃にその窓が見えてきた。
「よし、開いてる開いてる」
下校時刻後に教師の見回りはあるもののさすがに足元の窓の鍵までくまなくは確認していなかったようだ。
今回の目的は一つ。学校の七不思議の真実。古都中学校七不思議の一つ、深夜に無人の体育館にて行われるフリースロー練習。誰もいない体育館にてバスケットボールが弾み、ゴールへ向けてシュートが打たれる。生前バスケットボール部に所属していたが、最後の試合の前に交通事故で亡くなった霊が今でも試合に向けて練習を続けているという。
「先生にバレたらどうするの……」
「誰も居ないんだからバレるわけないだろ。一応、閉めとけよ」
少し声が震えている守、いくら二人でも恐いものは恐いようだ。そして、そんな守の願望が実現したかのような光景が広がっていた。辺りを見渡すがこの世界に二人だけしか存在しないと思うほどの静けさ、いや、二人しかいないのだから当たり前なのだ。
「よ、よし、かえ」
「後五分待ってみよう」
帰ろうとする守の言葉を徹が少し大きな声で遮った。渋々、五分だけと承諾する守の目は少し潤んでいた。
「明日の朝練起きれるかな。絶対に家帰ってから寝たら寝坊だよな」
「徹は別にどの時間に寝ても寝坊してるでしょ」
そんな他愛も無い話をしているうちに五分が経過した。
「あーあ。七不思議なんて嘘かよ。さっさと帰るか。あ、あれって……」
座っていたせいで寒さで縮こまったいたのか、体を伸ばすように二人ともゆっくりと腰を上げる。そしてそこで見た新しい光景に二人は驚きを隠せなかった。
「あ、あんな場所にボールなんて転がってたか」
「――無かったよ。ここに来た時は何にも無かったはずだよ……」
今まで無かったのに、体育館の二人の反対サイドになぜか存在するバスケットボール。二人が今日になってから初めて目にしたそれは、少し動いているようにも見えた。
「あれ……今動いてなかったか」
「き、気のせいだよ。きっと入って来た時は暗かったから見えなかったんだよ。もう帰ろうか」
底知れぬ恐怖を感じた二人、徹からは微塵も好奇心は消え、守の恐怖心は膨れ上がっていた。阿吽の呼吸のように二人は同時に一歩目を踏み出した。入ってきた窓へ早足で向かう二人、そして窓に手をかける徹。
「――開かない」
おかしい。そんなはずはない。どう見ても鍵は開いている。ドアと違い窓の鍵は中からのみ開閉可能で、上から下へ下ろすことで開くことになっているタイプ。それが下りているのに開けることができない窓。
テン、テン。テン、テン。――シュッ。テン、テン。
何かがおかしい。二人は顔を見合わせた後に、恐る恐る振り返ると、地面に落ちていたそれが弾んでいる。二回ほどバウンドした後に綺麗な弧を描き、ゴールをくぐった。これはやばい、早く外に出ないとまずい。徹は脊髄反射のように窓を蹴破ろうとするが、とても硬く割れる気配は無かった。
テン、テン。テン、テン。
テン、テン。テン、テン。
ボールの音が増えている。一つであろうボールの音が二つに。怯えながら二人はボールを眺めているしかなかった。そして当たり前のように四つ、五つと増えるボール。
テン、テン。
――。
急に音が止んだと思うと。また違う光景が広がっていた。
「な、何だよあれ!」
「……」
言葉を失う守。二人が見たものは人間ではない異形の何かだった。ゲームで見た事があるようなモンスターそのものが五体もこちらを睨んでいた。
だが窓も閉まっているので逃げることも出来ず、時間も0時回っているのでもちろん誰もいない。声を上げようにも恐怖で何も出ない。そして、それが少しずつ迫り来る。
サッ。
ついに目の前まで迫られ、そして腕だと思われる部位を大きく振り下ろす。
ザッ。
寸でのところで体を反らす徹。だが服の二の腕部分が裂かれた。それを見て自分達がこれからどうなるかを想像して涙を流している守。
「――俺達殺されるのかよ」
「やっぱり行かない方が良かったんだよ」
泣きじゃくりながら自分の正当性を主張する守。今更そんなことを言ってもどうにもならないことは百も承知だ。クラスでのくだらない会話、次の部活の試合、家族団欒での食卓、走馬灯が駆け巡る二人。
「死にたくないよ……。助けてくれよ」
また容赦なく振りかぶる腕。
「助けてくれ!死にたくないよ!」
二人が泣きじゃくり大きな声で叫んだ。その声は体育館中に響き渡り、同時に二人に希望を与えた。なぜか奴らは数歩後ろへ下がっている。何かに怯えているようだ。奴らの畏怖の存在は二人の手に握られていた。
徹には柄が白い赤の毛槍。守には柄が白く鞘が赤い日本刀。二人の体に丁度良いほどのサイズだった。だが武器なんて中学生が簡単に扱えるわけがない。がむしゃらに振るっても何度も空を切るだけで、また近づかれつつあった。
「な、なんだよ。怖いなら早く帰ってくれよ。帰れよ!」
涙声で叫んだ徹の空を切る槍から一つの刃が飛び、腕を切り裂いた。それを見た五人、いや、五体の奴らはすぐに去っていた。同時に緊張が解けたのか床に倒れこむ。冷たい床のはずなのに、なぜか心地良い。二人は気付くと目を瞑っていた。