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ご注意
R−15作品です。
第三夜
 廃寺がある。

 茫々たる草木に覆われ、風雨に晒され半ば朽ち果てた壁には、赤黒いヤモリが這い回っている。
 (あるじ)を失って久しい古寺には、()えたような死の臭いだけが取り残されていた……。

 しゃん

 暮れきらぬ秋空に夕星(ゆうづつ)が輝いてる。
 凶事の兆しだ……。
 足柄(あしがら)坂の裾野で鹿追いの火が三つ四つ……、まるで狐火のように儚く揺れていた。

 逢魔が時とは、すなわち大禍時……。
 (おぼろ)な夕景は、もはや天女と鬼女の見分けもつかぬほど闇に(ひた)されていた。

 しゃん

 虫の聲に重なって鈴を振る音が聞こえる。

 夕闇に溶け込むように、崩れかけた楼門の脇に巫女が立っていた。市女笠(いちめがさ)の前を上げ、じっと闇を睨んでいる。その手には、稲穂を形どった神楽鈴が握られていた。

 金色の蝶が、巫女の頭上をひらひら舞っている。あたかも、彼女が振る妖しい鈴の()に操られているかのように……。

 しゃん

 鈴の音が止む。
 それが合図のように巫女の側らに人影がうずくまった……。

菖蒲(あやめ)か……?」
「……はい」
 人影が静かに答える。若い女の声だ。

双葉(ふたば)もおります……」
 影は、二つになっていた。

「跡を尾行(つけ)られてはいまいな?」
「大丈夫です」
「そうか……。では、聞かせよ」
「はい」
 菖蒲と呼ばれた方の娘が顔を上げた。彼女は、長い髪を後ろで束ね百姓の娘に扮していた。

浮穴媛(うきあなひめ)様のお指図通り、小田原の城兵を籠絡して聞き込みましたが、戦支度のための下知は未だ下されていないようです……。念のため兵糧倉も検めましたが、備蓄は充分なれど、新たに運び込まれた様子はありません……」
 菖蒲の淡々とした報告を、浮穴媛と呼ばれた巫女は、ただ黙って聞いている。

「遠山、大道寺、梶原、猪俣など各将の郎党にも同じように探りを入れましたが、これと言って変わった話は聞けませんでした」
「そうか……、もし、挙兵するなら、収穫を終えたばかりの今が最適なのだが……」
「そうですね……、冬になってしまえば、峠を越すのが至難でありましょう」
「やはり北条氏政は、大殿の死を知らぬな……。知っておれば、いかに戦下手の氏政と言えども、この千載一遇(せんざいいちぐう)の機会を逃すわけがない」
「……恐らくは、媛様のご推察通りでしょう」

 浮穴媛は、京人形のように(みやび)で可憐な顔を、少々険しくして二人に言った。
「大殿のご遺言で、我らは、その死を三年のあいだ秘さねばならぬのじゃ……。今はまだ、他の国に戦など仕掛けられては困るのでな……」
「はい……。真田の殿も、同じような事を仰せられました」 

「ただ……」
 双葉と名乗った方の娘が後を続けた。
「城と風間谷の間で、早馬が二度ばかり往復しました……」
「ほう……」
 浮穴媛の切れ長の目が、じろりと双葉を見下ろす。
「して、その者は捕らえたか?」
「……いえ」
 双葉が顔を上げる。
「凄まじい妖気を発しておりました(ゆえ)……」

「ふん……」
 浮穴媛が鼻で笑った。
「それは、恐らく風魔小太郎であろう」

 ひらひらと舞う金色の蝶が、浮穴媛の手に留まった。蝶は、たちまち複雑に折られた紙片と化した……。

「まあよい……。とにかく、奴らがここで毎夜連絡(つなぎ)を取っている事は分かっておるのじゃ」
 菖蒲と双葉が目を輝かせる……。
「千鳥と桔梗の仇が討てまするな」
「ふふふ……」

 浮穴媛は、闇にひっそりとたたずむ伽藍(がらん)の黒い輪郭を見上げた。
「じゃが、皆殺しにする前に奴らの存念だけは、是非にも聞いておかねばなるまい……」

 菖蒲が立ち上がった。
「私が、あの寺の中に潜んでおりましょう」
「いや、お前では駄目だ。桔梗(ききょう)の木隠れさえも見破られたのじゃ。すぐに見つかってしまう……」

 浮穴媛の冷酷な目が双葉を見た。
「双葉よ……。この仕事は、お前にしか出来ぬぞ」
「…………はい」

 白装束を着た巡礼姿の双葉は、手にしていた錫杖(しゃくじょう)を側らに置くと、目を伏せたままゆっくりと立ち上がった。微かに憂いをおびたような彼女の相貌は、十三夜の月のように青白く美しかった……。

 やがて、彼女は長い睫毛を伏せ、やや恥じらいながら着ている物を一枚ずつ脱ぎ始めた……。
 薄闇の中、微かな衣擦れの音が耳に届く……。 

 その姿を表情のない瞳で眺めていた浮穴媛が、独り言のように言った。
「人が、己の気配を完全に消す事は難しい……。たとえ呼吸まで止めたとしても、鼓動は鳴り続け、血は脈打つ……。さすがに、自分の命までは消せぬからな……」

「我らの幻法を破るほどの通力を持った者が、風魔一党にいたとは驚きです……」
 菖蒲が溜息交じりに言う。
「桔梗には、可哀相な事をした……。(わらわ)は風魔小太郎という男の力を見くびっておったわ」
 浮穴媛がそう言い終えた頃には、双葉は、一糸まとわぬ裸身となっていた……。

 匂い立つような双葉の白い裸体は、艶めかしさの中にも、やはり狐貉(こかく)のごとき妖しさを滲ませていた。
 やがて双葉は、両足を(わず)かに開くと印を結んで一心に(しゅ)を唱え始めた……。

 オン キリク ギャク ウン ソワカ……
 オン ギャク ギャク ウン ソワカ……

 陰に籠もったような陀羅尼(だらに)の詠唱が始まると、たちまち双葉の股間から尿がほとばしった。
 尿は、彼女の白い(もも)を濡らしながら勢いよく地へ垂れ、びちゃびちゃと跳ねながら足下に生温かい水溜まりをつくった……。

 オン キリク ギャク ウン ソワカ……
 オン ギャク ギャク ウン ソワカ……

 双葉の尿は、延々と流れ続け、やがて彼女の肉体に変化が現れた始めた……。
 豊満な肢体は徐々に萎み、いつしかその質感を失い干からびてゆく。白くたおやかな肌には次第に深い(しわ)が刻まれ、もはや木乃伊(みいら)の様相を呈していた……。

 オン キリク ギャク…… ウン…… ソワカ…………

 唱える咒が徐々にくぐもり始め、やがて途切れ途切れとなった頃には、双葉は骨と皮だけの枯れ木のような体になっていた。それは、もはや人ではなく物であった。
 ただ、長い黒髪だけが艶やかに風に揺れていた……。

「美事じゃ……」
 浮穴媛の呟きに菖蒲もうなずく。
「この姿なれば、もはや人の気配など微塵も感じられまい」
 そう言って浮穴媛は、木乃伊となった双葉の枯れ木のような体を草の上に横たえると、ぼきぼきと乾いた嫌な音をさせて関節を外し、四肢をたたみ始めた……。

「双葉よ……、聞こえておるのう……。恐らく北条氏政は、大殿の死を確信するまで動かぬじゃろう……。何しろ五年前には、我が武田勢に城を囲まれ随分と肝を冷やしておるからな……」

 もはや、返事の出来ない双葉に向かって、浮穴媛が話し続ける……。
「今、氏政は迷っているはずじゃ……。甲斐の虎と恐れられた大殿が、はたして、そう簡単に死ぬものなのか? これもまた、武田の策略ではなかろうか? とな……」

 喋りながらも浮穴媛は、双葉の体をたたみ続け、今やそれは、二尺四方ほどの肉の塊になっていた。
「それで良い……、疑い続けておれば良いのじゃ……。若殿様が御大将として相応しい力量をお持ちになるまで、北条氏政は、穴熊のように小田原城に籠もって大人しくしておれば良い……」

 浮穴媛が話し終えた時、そこには異様な物体があった……。

 それが、かつて美しい娘だったとは誰も思うまい。干からびた肉塊の中程には血走った眼球が見開かれ、依然、艶やかな黒髪だけが風にそよいでいた……。

 浮穴媛は双葉の塊を抱え自分の目の高さまで持ち上げると、もはや瞬きすら出来ない彼女の目を見据え、薄桃色の口を歪めてにやりと笑った……。

「では、双葉よ……。頼んだぞ……」



 続く。
お読みいただき、ありがとうございます。
本当は、もっと長いんですがいったん切ります。
一話につき一人殺そうと思っていたのですが、全五話の予定なので、一人生き残りそうです。


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