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AR異世界で俺、永遠に勇者!?

作者: 木下秋

 VRヴァーチャル・リアリティなんて単語は今や死語。最近話題のワード、AR(エーアール)が、その後釜に座った。


 AR。Another(アナザー) Reality(リアリティ)の略語だ。


     *


 ーーッハァ、ッハァ、


 建人たけるは草木をかき分け、森の中を走っていた。上がる息に、頬を伝う汗。土や花の湿った臭いに、鼓動を早める自分の胸。全てがリアル。そのリアルさに、彼は困惑を極め半ばパニックになっていた。


 全速力で駆ける。と、木の根につま先を取られ、建人は無様に転んだ。肘で身体を起こし、見上げると、ちょうど藪を掻き分けて、追跡者が姿を現したところだった。


 爬虫類然とした容姿に、人に例えれば大男と言ってもいい体躯。恐ろしい怪物が建人を見下ろし、彼を見つけると嬉しそうに、大きく裂けた口を歪ませて笑った。


 鈍く光る牙と爪を光らせて、怪物は咆哮しながら襲いかかってくる。建人は時間の流れがグン、と遅くなるのを感じた。(死ぬ……)そう思い、無意識に走馬灯を見る。だが、遅まった時間は建人に勇気をふり絞らせるだけの猶予を与えた。腰に挿したつるぎの柄を掴み、グッ、と握ると、覚悟を決めて懐に飛び込んだ。


「アアアアアァァァァァッ!」


 叫び、目を瞑ったまま剣を振り抜く。ーー彼は再び目を開けると、まず自分の両手を見て、生きていることを確認した。


 振り返ると、腹がばっくりと裂けた怪物が、恨めしそうにこちらを睨んでいる。


 「やった……」建人の振り切った剣は、怪物に致命傷を与えていたのだ。怪物はやがて、風化した土像のように崩れ去り、砂と化した。奴のいた場所には皮の一部や、光る爪や牙が残っていた。


(すごい……)


 建人は息を荒げたまま、その場にへたり込んだ。


(すごい、AR……)


 ーーARゲーム「アナザー・ワールド」は発売後、あらゆる歴代名作ゲームが作ってきた記録を塗り替え続け、世界中を巻き込んだ社会現象となっていた。


 魔法が煌めき、怪物達が闊歩する異世界。それはまさしく、誰もが夢見た“もう一つの世界”だった。


 建人がアナザー・ワールドを入手したのは、発売されてから一年が過ぎる頃だった。発売当初はあまりの人気ぶりから供給が追いつかず、入手困難な状況が続いていたのだ。彼はようやくそれを手に入れると、数多のプレイヤー達に違わずその魅力にドップリとハマり、高校に行っている時間以外、睡眠時間を削ってまでゲームに没頭した。


「なぁ……お前もしかして、建人か?」


 そう声をかけられたのはとある村の酒場だった。まだ現実世界では飲んだことのないビールの喉越しを楽しみながら、彼は旅の途中で知り合った仲間と語らっていた。そんな時肩を叩かれ、彼は現実世界での名前で呼ばれたのだ。


 振り向くと、そこには見覚えのある男が立っていた。アナザー・ワールドでは、現実世界でのプレイヤーの顔、体型を元にキャラクターメイキングを行うため、現実世界での容姿の面影を残したキャラクターが多い。


「……真斗まさとか!?」


 それは、建人の中学時代の親友、真斗だった。彼は旅人風のローブを纏い、頭にはターバンのようなものを巻いていたが、顔は現実世界での真斗、そのものだった。


「久しぶりだなぁ」


「少し話さないか」


 建人は仲間に「リアルの友達だ」と残して、店を出た。空にはもう現実世界では見ることのできないような満天の星空が輝いている。


「いやぁ、ほんと久々」


「まさかゲームの中で会えるなんてなぁ」


 そう言ってターバンを脱いだ左手の薬指には、眩く光る宝石の嵌った指輪があった。


「おっ、彼女できたのか?」


「結婚したんだ。ゲームの中で」


「えっ! オメデトウ! どんなコなんだ?」


「NPCなんだけどさ。カワイくて、いいコだよ」


 「へぇ〜」建人はいよいよプレイヤー達が現実世界と異世界、どちらで本当に生きている(・・・・・)のか、わからなくなってきていた。


「学校はどうなんだよ」


「学校? ……あぁ、学校か。はは、学校とかなんか、忘れかけてたな」


 真斗は中学卒業後、私立の進学高に入学していたはずだった。


「忘れてたって……ゲームからログアウトしたら通ってるだろ」


「いや、もう学校には通ってないよ」


 建人は驚いた。まさか、真斗がゲームにハマり過ぎた結果、高校を中退しているだなんて。しかし、返ってきた答えは予想を越えていた。


「俺、もう死んだんだ。死んだっつぅか、生まれ変わった、っていうか」


 真斗は至極真面目な顔で言った。建人は言葉を発せずにいた。


「知らない? 今流行ってる『転生』。現実世界の人格、記憶、全てをデータ化して、ゲーム内に残すんだよ。非公式のやり方があって、一日くらいかかるんだけどさ。プレイヤーデータとして、こっちの世界で永遠に生き続けるんだ」


 「そんな……」建人は愕然とした。目の前にいる真斗が、もう現実世界では死んでいる。


 真斗の少し困ったような笑みの、その表情がまた、とてもリアルだと建人は思った。


「だってさ、思わないか? 現実世界で生きてたって何が楽しいっていうんだよ。つまんねぇ学校、勉強、テスト。受験してまた大学、勉強して、今度は就職活動。会社入っちまったら定年まで奴隷だ。何が楽しくてあんな世界で死ぬまで生きなきゃならねぇんだ? ……やっと生きるべき世界を見つけたんだ。夢の世界だ。毎日楽しい。生きてる、って感じる!」


 心酔したような表情で真斗は語った。


「建人、無理にとは言わないけど、お前が望むならやり方教えてやる。明日のこの時間、ここで待ち合わせしよう」


 そう言って、真斗は行ってしまった。一人取り残された建人は迷っていた。確かに、ゲームの中の世界は魅力的で、飽きることのない刺激的な毎日が待ってくれている。現実に戻れば指定の制服を着て、満員電車に揺られ、つまらない授業を聞いて、眠い目をこする退屈な日常。


 でも……。


 建人は現実世界での友人や家族と、異世界での仲間や剣や魔法を、天秤にかけて、丸一日迷い、考えた。


 そして、


     *


 ある晩、一発の雷が、五十万人もの命を奪った。


 一瞬の出来事だった。


 「アナザー・ワールド」のプレイヤーデータを管理するセンター付近に、落雷が発生。もちろん、雷対策は万全の筈だったが、想定されていた威力をはるかに超える、凄まじい一撃が、サーバーを襲ったのである。


 プレイヤーデータは全て、完全に抹消されてしまった。


 翌日のとある新聞の一面には、こんな言葉が載った。


 「『永遠の命』の管理に、神の(いかづち)


 果たしてそれを『命』と呼ぶのか、その議論は今でも続いている。

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