長いこと平穏続きだったもんだから、きっと俺も平和ボケしてたんだろうな。
基本的に人里を支点として行動している俺は、
今日は何を思ったのか久し振りに幻想郷探索にでも出ようかと思って、フラフラと外を歩いてたわけなのだが……
「こんなところで奇偶ね」
ゆうかりん、いつ会っても貴女は可憐ですね。
見た目だけは。
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…………
……
日が沈みかけている頃に、幽香と並んで小道を歩く。
昔……というか幻想郷に来た頃の俺ならば、心の中で相当慌てふためいている様な状況だ。
今も大して変わらんけど。
「随分と顔を見てないから、てっきりくたばったと思ってたわよ」
「生憎と元気にしてた」
不気味な笑みを絶やさずに毒を吐く幽香にちょっとビビりながら、努めて平静に俺も返す。
確かに、こうして幽香とまともに顔を会わせるのはどれだけ前の事だったか。
少なくとも数年前とかいう程度のレベルではない。
「それにしても、こんな時間に幽香が出歩いてるの変な感じだな」
花妖怪こと風見幽香の行動原理は、まさしく花に起点を置いてる。
そして彼女は花のある場所、季節の花を巡りに巡っていくわけなのだが、
その花鑑賞を行う時間はほとんどが朝から昼にかけてものだ。
理由は知らないが、
花が植物である以上、太陽が昇っている時間が植物を生き生きとして見えるとかそんなところだろうと考えている。
理由はともかくとして、幽香がこの日が暮れようとしている時間帯に何のあてもなく歩いているのは不自然ではあった。
「貴方は運が良いわね。今夜は少しばかり珍しい花を拝めるかもしれないわよ」
「なに?」
いつもより饒舌な幽香の様子を警戒しつつ、俺は僅かに幽香から距離をとった。
考えすぎかもしれないが、幽香相手だといつどんな経緯で攻撃を仕掛けられるか分からないのだ。
なんせ興味本位で殺し合いに持ち込むことだってしばしばあるわけなのだから、これくらいの警戒は必要だろう。
だが、結局俺の警戒は杞憂に終わった。
幽香の話を聞く限りでは、どうやら特定の夜にしか咲かない非常に珍しい花を見に来ただけらしい。
その花に関しては、俺も誰かから聞いた事があったものだったので、幽香の話は信用出来ると判断した。
その花は、本来この幻想郷では咲かない……というか根本としてずっと南の暖かい気候地域でないと咲かないはずなのだが、
少し前に行われた、紫による幻想郷全体に及ぶ境界操作の影響からか、ここにも流れ込んできたのだろう。
それを何故幽香が知りえたのかは不明だが、花が絡むことならば幽香において右に出る者がいないのも事実なので、
そこらへんは気にしなかった。
「月下美人か……」
夏の夜、月明かりの下で数時間だけ美しい花を咲かせる
仙人掌。ゆえに“月下美人”の名がつけられた植物。
というのは、植物図鑑にも書かれるくらい有名なフレーズだ。
俺がこの世界に憑依する前の世界にも、実際に存在した植物だ。
その名前と特性から、意外に知られたサボテンだったと記憶している。
俺の世界では美人薄命の代名詞みたいな扱いだったが、残念ながらこの幻想郷ではむしろ美人長命の傾向が強いな。
「……」
「……ん?」
月下美人のことで考えに耽っていると、ふと幽香が足を止めている事に気づいた。
俺もまた足を止め、ジッと幽香を見据えてみたが、どうも彼女の注意はこちらに向けられてない事に気づく。
幽香の視線の先を辿りながら、俺もまたその先を見ると……
「知らない建物だ」
かろうじてそれだけ言うのが精一杯だった。
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……………
……
改めて言う必要はないとは思うが、風見幽香という妖怪はある点において非常に沸点が低い。
彼女の代名詞である“花妖怪”からそれは誰しもが察することが出来ることなのだが。
「目障りね。この建物」
そう呟いて幽香が手持ちの傘を、建物の扉にむけた次の瞬間には傘先には目も眩むような妖気が集束し始めていた。
俺は咄嗟に幽香の射程経路から離れるように後ろに跳ぶ。
「おい。そんなもん放ったら、ここら一帯が荒野になるぞ」
「そしたら、またここに花を咲かせれば良いわ」
(“また”?)
“また”。
ということは、以前にもここに花があったということに他ならない。
それは言わずもがな、今夜の目的だったらあの花のことだろうとなんとなく推測した。
そしてその花が存在するはずだったら場所に、今は随分と立派な洋館が建ってしまっている。
もしそういう筋書きならば、幽香がキレるには十分すぎる要因だった。
そして、その怒りを治めるためにもこの館には犠牲になってもらうしかあるまい。
少なくとも、今の幽香をなだめる事は俺には無理だ。
だって……
軽く逃げ出したいです。
特に眼つきが危険すぎる。
(すまん。どこの誰が住んでるのかは知らんが、俺の平穏のために消し飛んでくれ)
俺の能力を使えば幽香のレーザー砲みたいなのも掻き消せるだろうが、
掻き消した後は問答無用で肉弾戦が始まるだろうから、やっぱり止められん。
女を怒らせると恐いとは言うが、ここまで恐いとホラー映画なんざ鼻で笑える。
中々に豪華な館で勿体ないとは思うが、幽香の怒りを引き起こした時点で諦めてくれ。
これから消えるだろう洋館を、俺はなかば悟り気味に眺めていた。
一閃
そう例えるのが相応しい程、幽香が放った弾はすっかり暗くなったあたりを一瞬照らした。
見る限りでは威力も申し分なし。
いやむしろ過剰すぎるくらいか。
それでも、自惚れるつもりはないが俺の不倶戴天と比べれば若干見劣りをする感じはしなくもない。
しかし元々幽香は肉体派の妖怪で、こういった弾幕系は本来なら苦手としてる分野なのだ。
(ありあまる妖気と積み重ねてきた年月がそれをものともしない……か)
鬼にも勝るとも劣らない屈指の肉体。
持ちえる妖気の量も幻想郷随一。
なるほど、分かってはいたがこれなら幻想郷最強の一角に数えられるわけだ。
人間がどうこう出来るレベルの相手じゃない。
幽香が放った妖弾は、真っ直ぐと洋館に向う。
そしてそのまま轟音をあげて歴史を感じさせる洋館を丸ごと吹き飛ばす
はずだった
「「?」」
俺と幽香は同時に眉をひそめた。
幽香自身、確かな手応えがあったのだろう。
横で見ていた俺ですら、あの一撃は完璧の一言につきていた。
(確かに弾幕はあの洋館に直撃したはずだ)
なのに洋館は何事もなかったかのようにそこに存在している。
その事実に驚きよりも先にきたのは、違和感だった。
(掻き消された……感じもない。かといって結界の類がある……わけでもない)
弾幕が洋館に直撃したという瞬間を俺はみた。
それが見間違いというわけでなければ、“掻き消した”というのは当てはまらない。
ならば、なんらかの結界が張られているというのも可能性として挙がるのだが、
結界のような眼に見えないもの(中には見えるのもあるが)は“可視化”させれば分かる。
俺の能力を使った結果でも、そういった類を発見することは出来なかった。
だが、代わりに判明した事実が一つある。
(!?。なんだこの館……とんでもない量の魔力で充満されてる)
可視化された魔力のオーラの量に、俺は内心で冷や汗をかく。
物に“気”が宿るという事は稀に起こることだが、それが洋館全体になされている感じだった。
直感的に俺は、この館の危険性を思う。
「幽香……ここは出直した方が良さそうだ」
「あら、それは無理ね」
まだ月下美人のことを怒っているのか?
そう頭によぎったが、幽香の表情を見て、すぐさまそういうわけではないと悟る。
幽香の視線、館を見据えていた時よりも更に険しく、何かを捉えている風だった。
そしてその“何か”は俺にもすぐ理解した。
「久方の客人が来たわけではなさそうだ」
「そうみたいね、あなた」
いつの間にか、洋館の扉の前で立ち並ぶ二つの人影。
未だに“可視化”を続けていた俺は、その状態でその二つの人影を見て、そして後悔した。
(こいつらが魔力の発生源か……)
桁違いの魔力持ちの人間が二人。
いや、それは人間じゃなかった。
人影が前に歩き、月明かりで僅かに照らされる。
一人は女性。
西欧美女をモチーフとした彫刻を、そのままに形にしたかのような容姿。
一人は男性。
一見優男の様な風貌だが、その強い眼差しと、
歩くたびに空気に亀裂が入るかのような強烈な存在感が、優男という認識を改めさせる。
そして二人に共通してあるのは、口元から少しみえている牙の様な歯と、背中に生える漆黒の翼。
(きゅ、吸血鬼……!?)
吸血鬼。
西欧に存在する人型をした悪魔の一種。
人の生血を啜ることと、何度も蘇ると言われる不死性はあまりに有名。
「ふむ、今夜は満月が綺麗だ」
吸血鬼の男がステッキの柄部分を口元にあてながら空を眺め、まるでこちらを気にする様子も見せずに呟く。
俺はその言葉を、何故だかこれから闘いを始める常套句のような気がした。
ふと横の女性を見ると、そちらも男に倣ったかのように空を眺めて、こちらを気にかけている様子がない。
ある意味、今なら逃走が出来るのじゃないかと咄嗟に思った。
向こうがこちらをどう思っているにしろ、ここまでこちらに注意を向けていなければ逃げ切れる。
もっともそれは向こうの能力次第なのだが。
幽香はおそらくここから動くつもりはないだろうから、とりあえず俺だけでもこっそり帰ろうと静かに浮かぶ。
「私を無視するとは良い度胸じゃない」
浮かぼうとした矢先、まるでこちらのタイミングを計ったかのように幽香が声をかける。
その声に反応した吸血鬼組が、こちらに意識をむけてきた。
(ゆうかりいぃぃぃぃいいいいいいいん!!!!)
出鼻を挫かれたかのように俺は、グッと空へ飛ぶのを抑える。
いや、別に吸血鬼のやつらがこちらに眼をむけようと、そのまま帰れば良いだけの話なのだが。
なんかこの緊迫した空気に当てられたのか、決心が中々つかない。
ここまで自分が優柔不断だとは思わなかった……。
「私に何か用でもあるのかね?」
男は幽香の殺気を受けているにも関わらず、その表情に全く変化は見せない。
相当の修羅場をくぐったのか、あるいは絶対的強者としての余裕の表れか。
おそらく両方だろうと俺は思った。
「さっき、私の攻撃を止めたのはどっちかしら?」
幽香がさらに睨みをきかせる。
俺は幽香の言葉にハッとさせられた。
確かに、さっきの弾幕の謎は未解明のままだった。
弾幕で相殺したわけでもなく、結界で防いだわけでもない。
ならば、残る可能性は……。
(“能力”くらいしかないか)
東方で吸血鬼といえば、レミリアとフランドールの二人が思い浮かぶが、
この二人の能力はそれぞれ『運命を操る程度の能力』と『あらゆるものを破壊する程度の能力』という規格外な能力だ。
どちらの能力も、もしさっきみたいな幽香の弾幕が飛んできたとしても、何事もなく防げるくらいの事は出来る。
片方は運命を変えれば良く、片方は弾幕そのものを破壊すれば良い。
そういえばレミリアとフランドールで思い出したが、この二人の吸血鬼はレミリア達と関係があるのだろうか?
なんとなくだが、女の方はレミリアと似たような髪色だし、男の黄色っぽい金髪もフランっぽい。
(まさかな)
俺がとんでもない結論に至っていると、
幽香が痺れをきらしたのか、再び傘を突きつける。
今度は館ではなく、吸血鬼にむかって。
「答えないのなら、二人とも
殺るしかないわね」
「お前の場合、答えても殺るつもりだっただろ」
「細かいことは気にしないのよ」
思わず突っ込んでしまった。
凶悪な笑みを浮かべる幽香。実に生き生きとしているが、良い子にはとても見せられない顔だな。
「ほう、君達は私を殺すというのかね」
「大人しく死んでくれるならば、こちらとしても手間が省けるのだけど」
無茶苦茶すぎるだろ。
そもそも、なんで殺すか殺さないかの話になるのかが全く分からん。
ちょっと相手に同情する。
「それは聞けない相談だ。代わりに君達が死ぬというので手を打ってくれないかね?」
「ふざけてるわね」
ごめん、前言撤回するわ。
向こうも向こうでイカレてた。
地味に“君達”って言われてるから、俺もバッチリ巻き込まれてるし。
この理不尽な展開は鬼子母神を彷彿とさせる。
(こんな事ならニンニクでも持ってくれば良かったぜ……)