人間だれしも苦手なものはあるだろう。
俺にだってある。
それは“死”だとかいう、大体の人が共通している苦手なものだとかではなく。
もっと個人的な苦手という話だ。
例えるなら、高所恐怖症だとか対人恐怖症とかいうものを想像してくれれば分かりやすいだろう。
あまり声高には言えなのだが、俺もその類のものを持っている。
名称で言うならば“先端恐怖症”というやつだ。
尖っているものが本能的に怖いという神経症である。
といってもまだまだ軽度のレベルなので、生粋の人と比べればまだマシなのだが……
ともかく、俺は先が尖っているものを向けられるのが嫌なのだ。
どうして嫌なのかと問われると、なんとなくとしか言いようがないのだが、
強いて言えば、なんか自分に刺さってきそうで怖いから、としか言えない。
ちなみに、尖っているもの自体が嫌いなのではない。
画鋲とか普通に持てるし、使えるしな。
そういう意味では俺は“先端恐怖症”という枠には入らないのかもしれないが、
まあ、どちらにせよ尖ったものを向けられるのが苦手ということには変わらない。
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……
清々しいほどの日本晴れとなった幻想郷。
昨日までジメジメと降っていた雨の気配も、すっかりその気配をなくしている。
これは良い洗濯日和だと思い立った俺は、せっせと洗濯物を干しながら朝日の眩しさに眼を細めていた。
長い男一人の生活で、すっかりと家事スキルが身に付いた自身の成長を噛みしめながら、同時に独り身の哀愁なんてのも感じたりする。
(今更“結婚”ていう選択肢はないけどな)
既に百数十年と生きた俺には、いわゆる結婚願望などというものは遥か昔に置いていった。
それに、例え結婚したとしても不老不死である時点で色々と問題は尽きないだろう。
周りには自分と同じく不老不死に近い存在は結構いるが、彼女たちを恋愛対象とみるにはいささかキャラが濃すぎる。
ついでに“人間”じゃないしな。
まあ不老不死の時点で“人間”を辞めているようなものだが、
俺の知る限りで不死性を持つ人間なんざ、前回幻想入りをした妹紅と、ある意味不死である稗田一族くらいしかいない。
そうそう。
妹紅といえば、あれから幻想郷でしばらくは滞在するそうだ。
慧音に助けられた恩義や、これから行く当ても特に決めてなかったことからそう結論したようだ。
今では慧音と同じ屋根の下で生活をしている。
ただ、彼女自身としては幻想郷に永住するかどうかは定かではないみたいだ。
輝夜と遭遇でもすれば話は変わるんだろうけどね。
(とはいえ、輝夜と妹紅が出会うのは時間の問題だろう)
同じ土地に住むのだ。
いつ出会うかは知らんが、そう遠い話でもないだろう。
俺は背筋を伸ばしながら家の中へと戻った。
「さーて。今日はどうすっかな」
休業日なので一応店を閉めてはいるが、かといって特にやることもない。
在庫整理やら里の懸案事項なんかもない。
大抵こういう日には紫がふらふらとやってきて、どうでもいいような世間話をしにやってくるものなのだが、
どういうわけだか彼女がやってくる気配はない。
(幽々子のとこでも行ってみようかな)
紫のほうはおそらく睡眠中だかそんなところだろうと俺は予想し、もう一人の友人の顔を思い浮かべる。
この幻想郷において俺が胸を張って友人と言えるのは紫と幽々子しかいない。
そう思うとなんだか寂しい人間な気がするのは無視だ。
とはいえ他に友人がいるのかと言われると本当にいない。
不老不死であるゆえなのか、人間の友人を作るのは躊躇するし、
映姫とかはわりと話をしたりするけど、友人っていうよりは茶飲み仲間的なニュアンスが強い。
幽香は論外、あれは俺の天敵だ。まあ、確かにごく稀に花見を共に過ごすことはあるが。
輝夜達はどうだろうな? 険悪でもないが、友人というには少し憚れるものがある。
俺は「うーむ」と唸り声をあげながら、外出の準備をする。
もしかしたら俺は本当に寂しい人間なのかもしれない。
これからは色んな人との交流を深めようと決意しつつ玄関の扉を開けた。
「やっほー」
……。
そしてそっと扉を閉めた。
「ってなに閉めてんのさ!!」
が、それは扉の先にいた人物によって阻まれた。
「いや、ちょっと面倒臭いのがいるな~って思っただけだ」
「酷っ!?」
俺は扉を閉める手に力を籠める。
しかしそれに負けじと相手も抑えようと力を籠めてくる。
「諦めろ萃香、早く手を離したほうがお前のためだぞ」
「ぬぎぎぎ……負けるもんかー!!!!」
バキィッ!!!!!
物凄い音と共に、盛大に粉砕されたマイホームの扉。
そりゃ鬼の力をもってすれば、木製の扉なんざ紙みたいなものだもんな。
勝利の笑みを浮かべながら息を荒げる萃香に、俺は努めて無表情で見つめる。
この頭から立派な角を二本生やした幼女の名は
伊吹萃香。
見た目の通り鬼だ。
しかも鬼の中でも四天王と呼ばれる、鬼の中でもかなり力を持った存在の一柱を担っている。
能力は『密と疎を操る程度の能力』。
「人ん家を壊すなよ」
「いきなり閉める方が悪いよ!」
ビシッと指でさしてきながら怒る萃香。
俺としては当然の対応をしたつもりだったのだがな。
「鬼が人里にほいほい降りてくるな。俺が不安のあまりに眠れなくなるだろ?」
「嘘つけぇー!!」
いや、本心なんだけどね。
なんだかんだで鬼ってのはヤバい。
それは鬼子母神の時に十分思い知ったことだから。
あれはトラウマですよ本当に。
「まあ扉は萃香名義で天魔から弁償代を貰うとして。今日はなにしに来たんだ?」
「ちょっと暇だったから遊びにきたんだ。……って今なんか聞き捨てならない事言わなかった?」
「気のせいだ。それよりも俺は今から出かけるところなんだが」
「じゃあ私も付き合うよ。あと気のせいじゃないよ、絶対なんか言ってた」
「空耳だろ。別についてくるのは構わないが、白玉楼までだからちょっと遠出になるぞ?」
「いいよいいよ、どうせ暇だもん。それと空耳にしては凄くはっきりと耳に残ってるんだけど?」
「くどい」
俺が最後にそう一蹴すると、萃香が完全に沈黙する。
俺はその様子を勝ち誇ったような目で萃香を見下ろす。
力では勝てんが、口では負けんぞロリ鬼。
「鬼!! 悪魔!!!!」
「鬼はお前だ。そして俺は人間です」
「む~」
唸り声をあげても無駄だ。
今のお前はただのアルコールに酔った性質の悪いおっさんレベルでしかない。
つか、相変わらず酒臭いなコイツは……。
「時間がもったいないからさっさと行くぞ」
「ほいよー。というかさっきの弁償とかなんだかってのは本当に冗談だよね?」
「……」
「……」
「……行くか」
「え、ちょ」
俺は萃香の言葉に答えることはなくそそくさと歩き出した。
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…………
……
どうでもいいことだが、人里内ではむやみに空を飛んではいけないという暗黙の了解がある。
それはおそらく防衛面での問題が絡むわけだが、
今の俺達としては、単なる交通手段の規制以外の何物でもない。
とはいえ、無視するわけにもいかないので仕方なく人里から出るまでは歩いていくわけだ。
「そういや萃香はなんで山に残ったんだ?」
「へ?」
俺は人里から出る門へと向かう途中、ふと疑問に思ったことを尋ねる。
前にも言ったが、鬼というのは鬼神の件以降から、少しずつ山から消えていったという話だった。
それは、鬼が地上世界に見切りをつけたからという話なのだが、
ならば何故に萃香だけは山に残ったのかが気になった。
「うーん、別に理由なんてないけど。なんとなくかなー?」
「そんなもんか?」
「それに山にずっと居るわけじゃないし」
確かに、萃香が山にずっと居るのならば山で妖怪のいざこざは起こり得なかったはずだ。
基本的に萃香ってのはあちこちに飛びまわっているらしいしな。
「じゃあ地下にも行ってるのか」
「たまーにね」
地下には残りの四天王仲間もいるし、定期的に顔くらいは出してたようだ。
「そういえば四天王の皆がヒビキに会ってみたいって言ってたよー」
「……」
それは……あんまり聞きたくない情報だったなぁ。
完全に目をつけられてるよ俺。
地下都市には絶対行かねぇ。
「理由が特にないんなら、お前も地下に腰を落ちつければいいんじゃないか?」
「ふふん。甘い甘い」
チッチッと指を立てながら、萃香は立ち止まる。
わざわざこちらから表情が見えるように横向きで立ち止まるあたりが、芸が細かい。
「みんな地下に潜っちゃったら、地上で起きる面白いことを逃しちゃうかもしれないでしょ?」
萃香は瓢箪を掲げるようにしてそう言い放つ。
若干得意げな顔をしているところからみるに、本気の言葉なのだろう。
だが、俺はそんな回答よりもまず言わなければならないことがあった。
「萃香」
「ほい?」
「今後、俺と話す時は横向きになるのはやめてくれ」
「へ? なんでさ?」
「ん、なんというか……あれだ」
流石に先端恐怖症だからとは言えない。
そんなこと言ったらコイツのことだ、間違いなく紫達にも漏らす。
それだけは勘弁してほしい。
「間違ってお前の角を折るかもしれないからだ」
気迫が籠った声色で躊躇いがちに言う俺。
ちょっと無理のある取り繕いだとは思ったが、咄嗟のことで他に思いつかなかった。
普通に考えれば、どこをどう間違えれば角を折るに至るのやら、といった突っ込み満載の言葉である。
しかしその躊躇いがちに言ったのが良かったのか、萃香は俺の言葉を完全にまにうけた。
ズサ―っと俺から距離を取り両手で角を守るように防御姿勢をとる萃香。
その顔は微妙に青ざめている。
「じょ、冗談だよね?」
「……」
「……」
「……行くか」
その時の萃香の顔を俺は一生忘れないだろう。