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つばさ
作:よしき




雨はここ一週間続いている。錆付いたような鋼の街。薄暗い雨空を見上げる者のいない,無機質な街は今日も動き続ける。常に新たな技術を追い求め、地を支配し、空を覆い尽くし加速していく人間たち。その留まる事を知らない欲望は鋼の街と工業品だけではなく、奇形の生物をも作り上げた。生産性と効率のみを上げ、もはや生き物の範囲から逸脱してしまった家畜は、人の愛を知ることなく工場に運ばれ、解体され、人々の胃袋に自動的に配給される。もはやこの街でその生き物の本当の姿を知るものはいないのだろう。そして他の快楽のために生み出される物もいた。バイオ技術により他の生物と融合させられたキメラ達。風俗、鑑賞、奴隷など様々な理由で生み出され売られていく。彼らにひととしての当たり前の権利はなく、生産され販売される物として社会の流通を潤していた。まだ未発達なその道の生産品は品質が安定せず、ランク付けされている。美しいものは非常に高値となり美術品と同じく金持ちのステータスとしてもてはやされた。生きとし生けるものを支配した人間が、次に支配したのは同じ人間だった。常に人間は力あるものが生き、力なきものは死へと追いやられていた。しかしそれが心ある人間としての行いであっていいのだろうか。生み出され、捨てられていく。文明は栄え、人の心は朽ちていくのか。冷たい街に寄り集まった僕はどう生きていったらいいのだろうか。今日も雨は降り続く。まるで心まで錆び付かせようとするように。





地下鉄の改札を抜けて階段を上ると、大きなビルを見上げる交差点に出る。地上は雨の降り続く暗い空に、排気ガスとネオンの点滅で僕の心を封じ込めてしまうかのようだった。無機質な人並みに押されながらふとビルを見上げると、その一角に小さな檻が吊るされていた。檻の中には一人の少女が閉じ込められ、人の群れに向かって震える声で歌っている。周りを見回し横断歩道へ走り出す。ちょうどその檻の目の前にきてその少女が白い翼を持ったキメラだと気が付いた。長い黒髪、白いワンピース、透き通るような白い肌、ほっそりとしたからだに白い翼。昔に描かれた絵画の中に出てくる天使のような姿。彼女は儚げな声で歌い続ける。その美しい姿に見惚れながらその声を聞いた。






「二人・楽園・乱れて・嵐


  ココロ・簡単・愛して・心


  空を見る様に・私を見つめて


  花は枯れ・私は一人




 飛んで行きたい・許されるなら


  飛んで行きたい・あなたのもとへ


  自由になれるなら・飛んで行きたいの」





歌い終わり目をとじた彼女は、一つ息をつく。自分の歌に込めた思いが悲しすぎて胸を痛めているように見えた。目を閉じた心の中で何かを思い巡らす様に胸の前で自分の手を握り締める。やがて静かに彼女は口を開き、歌い始める。悲しみに満ちた瞳で。






     「静けさの約束をしてほしい


      心がどこにあるか判るように


       何も言わなくても愛し合える


        あなたの寝顔のそばにいるかぎり」





彼女に見惚れていた僕はふとその檻の横の電光掲示板に気が付いた。
「オルド社社長バレル氏所有観賞用新型キメラ」
「歌を忘れぬ小鳥」
「とくとご鑑賞下さい」
所詮彼女は金持ちのステータスを満たす為の鳥なのだ。歌うことしか許されず、歌わなくなったとき廃棄されてしまうペット。その事実はさっきまでの幸せな気持ちを掻き乱し、僕を現実へと引き戻す。悲しい気持ちになりその場を離れた。



もやもやとした気持ちは部屋に帰っても消えることはなかった。あんな場所に行かなければ良かったのだ。彼女を一目も見ることなく通り過ぎてしまえばこんな気分になることはなかったのに。人波に逆らう事無く歩いていってしまえばよかったのに。でも僕は立ち止まってしまった。その檻の中の彼女を見てしまった。僕は彼女に出会ってしまった。そこまで考えてふと気が付く。「彼女だって?」あれは何とかって言う金持ちの持ち物のペットじゃないか。ただの生産された観賞用の下等動物だ。所詮は人間とは大きくかけ離れた生き物だ。それを人間扱いして彼女なんて呼んでしまうなんて、何を考えているんだ。何か考え違いをしてるんじゃないか。
・・・でも。
でも僕は彼女に出会ってしまった。黒く長い髪は柔らかく彼女を包むようになびき、光り、美しく輝く。強く抱きしめてしまえば折れてしまいそうな身体のシルエット。細い手首としなやかな指先。透き通る様な白い肌と強く光る優しげな瞳。そしてその背中の天使のつばさ。全てが僕の五感を独占し、えもいわれぬ感情を呼び覚ましていく。目を閉じれば儚い彼女の歌声。僕は彼女に出会ってどうかしてしまった様だ。今までにない感情に戸惑いながら、心は彼女に会いたがっていく。僕はどうかしている。でもその気持ちは否定するよりも早く僕の感情を掻き乱す。これが昔語り聞く恋なのだろうか?「人の形をした鳥」の彼女に対して。眠ってしまえば忘れてしまうような気持ちには思えない。僕はどうしたらいい?





結局、あれから毎日彼女を見に行った。こんな気持ちで仕事が手につくわけがなく、心の思うままに彼女の檻の前に通った。人には否定しても否定しきれない気持ちがあるように思えた。心安らぐ時間。彼女の歌は不思議と僕の気持ちを幸せにした。僕は彼女の歌が好きだ。歌だけじゃなく、その儚げな姿も指も髪もそしてそのつばさも好きだと思う。僕は恋をしてしまった。「人の形をした鳥」に心奪われてしまった。それが人として間違えたものであってもかまいやしない。口に出す事こそしなかったがそれこそが僕の本当の気持ちだ。たとえば女の子が人形を相手に遊ぶ。人形を可愛がって友達だと言うだろう。でも所詮人形には心がない。人形は生きていない。話す事もなく心もない。猫を可愛がる人がいる。その人は猫を家族の様に扱う。猫が好きでたまらない。でも所詮猫は猫で、戸籍登録をして家族だと紹介する人はいない。たとえどんなに愛していても人とはやはりどこか違う。でも例えば猫が人の姿をしていたら。人形に心があったなら。他人は今のままでいられるのだろうか?ぐるぐるとそんな思いが渦巻く中、僕の心は疑問を紡ぎだす。僕は人の形をした鳥を愛してしまったのか。鳥の姿をした人を好きになってしまったのか。そして僕の心はこの気持ちを手放す事ができるのだろうか?



そして毎日彼女の歌を聞きに行った。僕のパラダイス。僕の幸せ。一瞬彼女と目が合う。ドキリ。くすぐったいようなこの気持ち。舞い上がる心。幸福。

見つめるだけの僕は考えた。彼女を自由に出来ないだろうか、と。でも空中の檻は僕には遠かった。僕には自由に飛べるつばさがなく、彼女には自由に飛べる空がない。でも僕が彼女を自由な空に解き放つ事が出来るのではないだろうか。僕の胸のうちの密かな計画は膨らんでいく。彼女を連れてもっと空の見える場所に行こう。見たことのない景色の、自由な空の下で彼女が笑う。人としてでもなく、鳥としてでもなく、僕と彼女で生きていく。昔聞いた歌にあったこんな言葉。
「人は誰もがみんな片翼の天使 互いに抱き合わなければ飛び立てない」
きっと僕と彼女ならそう生きていける。胸に熱く込み上げる思いを感じながら僕は部屋を出て行く。時計は真夜中を指している。今ならなんとかなるはずだ。うまい手は思いつかないけど、きっと上手く行く方法が見つかるはず。ともかく今は彼女の元へ。彼女の所へ行くんだ。急いで。急いで。急いで。






地下鉄の改札を抜けいつものビルを見上げる。そこには彼女の入れられた檻はなかった。慌ててビルの下へ向かうと地面に檻が下ろされていた。なにか様子がおかしい。檻の周りを数人のガードマンが囲み、しきりに無線で連絡を取っているようだ。いやな予感に僕は動けなくなる。なにか黒い予感。いつの間にか雨が降り始め街の音がかき消されていく。冷たい雨が街を濡らし、僕を濡らし、彼女の檻やその周りの人間を濡らしていく。一人のガードマンが無線を置くと檻の中に入っていく。ぐったりとした白い塊。白い翼。彼は彼女を檻から引きずり出し、無造作に道端に捨てた。まるで紙くずを投げ捨てるように。黒い予感、彼女の死。頭の中が真っ白になって思わず彼女へと駆け出していた。何か叫んでいた様な気がする。涙でぼやけた僕の前に一台の車が飛び込んでくる。オートメーション化された清掃車が鉄のアームを振りかざし彼女を回収していく。その小さな身体を摘み上げ荷台へと放り込んだ。走り去るその車を追いかけた。雨に濡れ、涙流し、彼女を呼びながら走った。






彼女は死んでしまった。この鋼鉄の街で。
歌は死んでしまった。彼女とともに。
この冷たい街で僕はどうやって生きていったらいいのだろう。
彼女はあの翼で飛ぶことが出来たのだろうか。


















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