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恋愛ゲームシリーズ(完結)

恋愛ゲームの攻略法

作者: サトム

恋愛ゲーム、学園といった書き慣れないジャンルの習作です。

『恋愛ゲームの始め方』のその後のお話。桐澤 冬夜視点です。

 俺の名前は桐澤きりさわ 冬夜とうや。高校3年生だ。

 成績は上位に位置しているがトップではないし、身体を動かすのは好きだが一種目に絞りきれず広く浅く手を出している。幼なじみの垣崎かきざき 尚人なおひとに担がれて中学、高校と生徒会会長をしていて、企画を立ち上げた後の面倒な細事は尚人に丸投げといういい加減な男でもある。そんな俺を生徒会長に選ぶ生徒連中の考えは判らないが、選ばれた以上楽しくしてやろうが俺のポリシーだ。

 そんな俺が池田 美咲という女子生徒と親しくなったのは受験もなく高校に入り、いつものように取り巻く女子生徒を連れて図書館に行ったときの事だった。俺は静かにレポート用の本を探していたのだが、三人ほどいた女子生徒は話が弾んでいた。俺にも話しかけていたようだが、軽い社交辞令程度だろうと軽く聞き流していた。

 そんな時だ。彼女が話しかけてきたのは。

「先輩方、図書室では静かにしていただけませんか」

 聞き覚えのある凛とした声に振り向けば、艶やかな長い黒髪を持つ小柄な女子生徒が取り巻きの女子生徒と睨みあっていた。

「何言ってンの? アンタ、何様?」

 どこかの下っ端のようなセリフを投げつける取り巻きの女子。だが俺が注意されたわけではないと黙って成り行きを見守る。

「私は中学生ですが身分など関係ありません。図書館で騒ぐのはモラルに反します」

「でも私達は桐澤君に付き合ってるだけだもん」

 「ね~」と同意し合う三人の女子生徒に俺が図書館に来たのが悪いのかと聞こうとするよりも早く、注意してきた女子中学生は可愛らしい顔に真剣さを乗せて反論した。

「では、先輩達がここで騒いでいる原因は冬夜先輩にあるということですか?」

 言葉の裏に好きな人の責任にしていいのか?という意図が隠れているのが判る。面白い考え方だと俺は興味が沸いた。

「そんなこと誰も言ってないじゃない! なに、この子」

 女子生徒達は言い負かされて引き下がっていく。俺の前故に悪口雑言も言えないのだろう。負け惜しみも言えない彼女たちを見送ってから、俺は小柄な女子中学生に顔を向けた。

「久しぶりだな……池田」

「お久しぶりです、冬夜先輩。美咲でかまいませんよ」

 なんとか思い出した名前に彼女はにっこり微笑んで、挨拶と共に差し出してきたのは一冊のファイル。

「なに? これ」

 受け取って中を改めると高校の生徒会の資料だった。

「引継の書類の中に入っていました。中を見ていないので必要かどうかは判りませんが、会長……冬夜先輩のですよね?」

 中学の会長職のファイルに混ざり込んでいたらしいそれは、生徒会から離れて一年間は遊ばせてくれとどこかに放り投げたのを憶えているから、俺のもので間違いはないだろう。

「わざわざ届けてもらって悪いな。ジュースでも奢ってやるよ」

「ありがとうございます」

 必要でもなかったが中等部からわざわざ持ってきてくれた彼女を誘うと、チラリと読書スペースに視線を向けた池田がいつものように穏やかに微笑む。そんな周りに集まる女子とは異なった反応を観察しながら俺達は連れ立って図書館を出た。



「……まただ」

 昔の事を思い出しながら借りた本の貸出票を見て一つの名前に気が付く。

「『山田 太郎』」

 ここ最近は会長職を引き継いだり、新入生の歓迎会や年間行事の先行作業に追われて忙しかった為に、趣味の分野の本を読む暇がなかった。夏も近いこの時期にようやく身体が空いて久しぶりに図書館に足を運ぶと、俺の興味のありそうな新刊全てにこの名前が書いてあったのだ。春頃までは同じ趣味のヤツがいるのだろう程度の認識しかなかったが、一人の女子生徒を巡った出会いから面白そうなヤツだと興味が沸いた。

 その女子生徒の名前は渡瀬わたせ さくら。池田曰く、他中学から俺を含めて逆ハーレムを築く為に入学してきた女子生徒だという。大会社の社長の息子である俺に真っ向から意見を言う女子はまれだ。だが『ワンマン会長で女性関係の雑な俺』を誠意で注意してきて、そんな豪儀な彼女を俺は気に入ってしまうらしい。それを聞いてから実は渡瀬が来ることを楽しみにしていたのは副会長の尚人なおひとや注意喚起してきた池田には内緒だ。

 だが俺の予想を超え、俺以外の攻略メンバーは彼女を本気で責めた。池田に至っては渡瀬の両親が死んだのは渡瀬のせいだとまで言い切ったのだ。もともと個性的な思考をする人間だとは思っていたが、何を根拠に今回の恋愛ゲーム騒動を言いだしたのか今更ながら疑問に思う。泣きながら生徒会室を飛び出した渡瀬を慌てて追いかけつつ、よく知りもしない女子生徒を傷付けた俺は深い後悔を抱いた。

 その後、渡瀬は無事に見つかったが風紀委員長の山田やまだ 一佳いちかに彼女への接触禁止を言い渡される。

「俺は渡瀬に謝罪したいだけだ」

 何があったのか聞き取りにきた一佳に彼女への取り次ぎを要求しても、「駄目だ」の一言で取り合わない。更に直接会いに行こうとした俺に奴は威圧感たっぷりの低い声で釘を刺してきた。

「お前達が彼女になにをしたのか、もう一度冷静になって考えてみろ」

 高校生とは思えない落ち着いた物腰に貴様は一体何歳だ!と胸の内で突っ込みつつ、確かに俺が直接動けば周囲の目が渡瀬に向けられ、お互いに益のないことは理解できたので自重してきた。

 その渡瀬が付き合っている男子、それが山田 太郎だ。憶えているのは生徒会室で泣きはらした顔をした渡瀬を守るように立つ姿。黒縁の眼鏡に黒髪、渡瀬と同じくらいか少し小さいくらいの身長に小柄な身体。あらためて思い出しても取り立て目立つところのない平凡な男子生徒だったはずだ。

 再び手元の本に目を落として独り言を呟く。

「こいつ……もしかして俺と同じ……」

 そうだとしたら話がしたいという欲求がムクリと膨れ上がる。こいつなら会いに行ってもかまわないだろうと思って……一佳が刺してきた釘を思い出した。

『もし今後不用意に渡瀬に接触すれば……お仕置きだぞ』

 言葉の間がある確定的な未来を示唆し、俺は進めていた足を止める。一佳のお仕置きは精神的ダメージが大きい。俺は喰らったことはないが、奴の弟がされているのを見て絶対一佳には逆らわないと決めた過去がある。

 山田 太郎に接触するということは、常に傍にいる渡瀬にも接触してしまう危険があった。

「しかたねぇか。君子危うきに近寄らず、だな」

 俺様生徒会長としては随分後ろ向きな発言をすると、俺は廊下の向こうから駆け寄ってくる女子生徒達に笑顔を向けた。



 数日後の図書室。

「ふ、不可抗力だからな、一佳」

「俺は太郎ですけど……?」

 不思議そうに首を傾げる山田 太郎を見下ろしつつ、俺は伸ばしかけていた手を慌てて引っ込める。本棚の前で偶然鉢合わせして焦りまくる俺に、彼は一度手に取ったその本を穏やかな微笑みと共に差し出してきた。

「俺は一度読んでいるんでどうぞ」

 混乱しすぎて何も言えない俺は促されるまま本を受け取り、そのまま山田は離れた所に座っている渡瀬の元へと戻ろうとする。

「なぁ、山田」

 咄嗟に声を掛けると、山田は図書館故に律儀にも振り返って戻ってきた。

「俺はこういった本をよく読む」

 真面目な顔で言えば山田は眼鏡の奥の目を和ませて肯く。

「知ってます。その手の書架のほとんどに会長の名前がありましたから」

 学生証のバーコードでも貸し出しは可能だが、そうすると俺がいつ、どんなジャンルの本を借りたのかがばれてしまう。一般生徒は閲覧することはできないが図書委員なら検索できてしまうがゆえに、俺は手書きの貸し出し証を使っていた。

「俺達、共通の趣味があると思わないか?」

「俺はちょっと路線が違いますけど、多分同じジャンルでしょうね」

 そこまで聞いてやはり目の前の人物に俄然興味が沸く。

「なぁ、少し話をしないか」

 せっかく見付けた同類だ。逃してなるものかと誘えば、山田はチラリと背後を振り返った。視線の先にはこちらを見守る渡瀬の姿。近付いてこないのは俺が怖いのか、山田を信用しているのか。不思議そうに見つめる渡瀬を見てから、逆に山田が微かに警戒を顕わにする。

「桜になにか用事ですか?」

 年度始めの事を思えば警戒するのは当たり前か。当の本人に警戒心の欠片もないのは不思議だが、まだ謝罪もしていないのは事実なので俺は諦めて全てを打ち明けることにした。

「話したいのはお前だ、山田。俺の子供の頃からの夢は宇宙飛行士になることだった。けど……餓鬼臭いだろ? 周りの友達は『適わない子供の夢』って言うようになるし。それからこの夢を人に隠してきたんだ。だから話せる相手が欲しいんだよ」

 幼なじみの尚人にまで鼻で笑われたら熱く語れる相手はいなくなった。一気に告白すると山田は驚いて俺を見上げ、やがて小さく肯く。

「桜が一緒でもいいですか? 俺の夢を彼女にも知ってもらう良いチャンスだと思うので」

「……俺に渡瀬を拒否する権利はない」

 先程までの勢いが全くない弱々しい言葉が洩れ、そんな俺に山田は穏やかに微笑みながら談話室に行きましょうと促した。

「本当の彼女を見て下さい。きっと池田先輩が言うような人間じゃないってすぐに判ります」

 それから少しはにかみながら眼鏡の奥で笑って。

「ちなみに俺の夢は宇宙船のエンジニアになることです。地味でしょう?」

「いや、お前が船を造って俺が飛ばす。最高だろ!」

 借りるはずだった本を手に持ち、山田と共に渡瀬の机へと向かう。意気投合した俺達を楽しそうに見ていた彼女は山田の説明にすぐに肯いた。

「生徒会長、お邪魔しますね」

 談話室で本当なら二人で話したいのだろうと謝罪する渡瀬に、人気のない廊下で謝罪する。

「春は済まなかった。俺や尚人と付き合おうとしたり、嘘の恋人の噂をたてる女子が多くて疑心暗鬼になっていたところに、比較的信用の置ける池田から渡瀬の話を聞いて鵜呑みにしたんだ」

「『池田』?」

 俺の言葉の中で渡瀬が反応したのは池田 美咲の呼び方だった。

「あの時は親密さを表すために名前でといわれて……普段は名字で呼んでるぞ。彼女でもないんだ、軽々しく名前は言わないさ」

 驚いたように顔を見合わせる渡瀬と山田は恐る恐る質問してくる。

「生徒会長は池田先輩のこと好きなんですよね?」

「好きか嫌いかで聞かれれば好きな方だな。きつい性格をしていると思うし、考え方が独特だから」

 池田は没個性のような女子生徒の中で逆に判りやすい性格をしていた。だからこそある程度信用していたのだ。

「そういう『好き』なんですね……」

 どこか虚ろな渡瀬に苦笑いの山田。そんな話をしているあいだに談話室につくと、曇りガラスに囲まれた四人掛けのテーブルに座って俺と山田は話し始めた。



「ねぇ、桜ちゃん。最近生徒会長が割り込んできてるって本当?」

 クラスメイトと歩いていた渡瀬を見付けて山田の所在を聞こうと近付くと、二人は俺を話題にしていた。人通りの多い廊下で、まさか3年の俺が背後にいるとは思ってもいない渡瀬は困惑を乗せた声で応じる。

「ん~、本当って言えば本当だけど、会長の目当ては私じゃないよ」

「ええ! それって太郎君目当てってこと?」

「そうとも言えるわね。少なくとも私はおまけだよ」

「生徒会長ってそういう趣味なんだ……どうりで特定の彼女の噂を聞かないワケだ」

 なにやら深く納得している女子生徒と、渡瀬は当たり前のような顔で歩いていく。

「渡瀬。そこは否定しろよ」

 思わず背後から突っ込むと驚いた二人が振り返り数歩後ずさった。だが当の渡瀬はすぐに立ち直り、愛らしい微笑みを浮かべた何食わぬ顔で挨拶してくる。

「生徒会長、こんにちは。珍しいですね、一階まで降りてくるなんて」

「誤魔化すな。そしてあらぬ誤解を産むような発言は止めろ」

 山田に返そうと思っていた本で肩を叩きながら見下ろした。

「なにか間違っていましたか?」

「いや、間違ってはいないが……」

 そう言って見上げてくる渡瀬の視線には、自分と山田が一緒にいる時間を邪魔しているのは俺じゃないかという非難がある。そこは思いっきり邪魔している自覚があるので不明瞭に言い返し、更に説明しようとしていると、渡瀬の長い睫毛に縁取られた大きな目が俺の背後を見た。

「あ、太郎君」

 条件反射のように振り向けば、そこにはこちらを興味深そうに見る一年生の姿がちらほらとあるだけ。いないじゃないかと顔を戻せば渡瀬と女子生徒の姿はなく、笑いながら走って逃げていく二人の背中が遠くに見えた。

「……やられた」

 週に一度会っているうちに遠慮がなくなったのはお互い様だ。それと同時に渡瀬は池田のように八方美人でないのも理解した。だからといって渡瀬を好きになったりはしなかったし、友人くらいにはなれるだろうと思うだけだ。

 廊下を走っていた二人が先生に見つかって注意を受けているのを見ながら、明日以降、同性愛疑惑の噂が流れたら全部渡瀬のせいにしようと心に決めて俺は歩き出した。

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― 新着の感想 ―
[一言] 常識人がでましたね。ある意味ほっとするような安心感のあるお話でした^^
[一言] 短編から連載にまとめてしまえばランキングに簡単に載るんじゃね?と思うくらい惹かれました。(もう載っていたらごめんなさい) 某所で紹介されてたので楽しく拝見させてもらいました。 太郎くん素敵…
[一言] 更新待っていました。 よくある好意=恋愛感情なだけではなく友情なところも好印象でした。 劇的な山場が無いとのことですが、逆にそれが良い。 ハラハラドキドキな物語もいいですが、ヘタレな私はモヤ…
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