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Messenger ~伝令の足跡~  作者: kagonosuke
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222/232

18)感謝で包む蜜の味(Happy Valentine 北の砦編)

なんとか間に合いました。ほんの少し時間を先に送って。もうすぐヴァレンタインということで、ベタなエピソードを一つ。それではどうぞ。


 その日、北の砦の数多もの兵士たちの日々の活力の源を生み出す食堂の一角、もっと言ってしまえば、心臓部にあたる厨房、髭面の強面料理長ヒルデが聖域とする片隅では、朝っぱらから小さな鼻歌が切れ切れに漏れ聞こえてきた。

 その音は、この厨房で働く料理番の兵士たちの低い音域ではなかった。幾分高めの弾んだ調子だった。時折、歌い手の気持ちの高揚をそのまま表わすかのように強弱を付けて奏でられる。何かの旋律のようにも聞こえるが、それが果たして特定の曲を奏でているのか、それとも完全なる即興なのかは、その演者以外誰にも分からなかった。

 その少し不可思議さえある音色にカタカタと何かが小さくぶつかり合うような軽い殴打音のようなものが混じる。


 それでは、その発生源へと目を向けて見よう。

 木のへらを握っている手がまず目に入る。小さく骨張った手だ。そして、同じような深い(ボール)にもう片方の手が添えられて、白っぽい滑らかな形状のものをかき混ぜていた。

 その(ボール)は、ありふれた木のものではなく、恐らく金属と石を混ぜて作られた熱伝導を良くする為のやや特殊なもので(鍋に近いかもしれない)、その器の下には、小さな発熱石の(プレート)が敷かれていて、そこから器の中身を温めているようだった。そうして厨房を仕事場とする兵士たちの大きな手から比べると格段に小くて白い、それでも所々カサついている手は、今、せっせと器の中身を木のへらでかき混ぜていた。

 その一角からは、時折、調子が外れそうになる軽やかな鼻歌を包み込むかのように仄かに甘い匂いが立ち上っていた。




 時刻は、ちょうど朝の食事作りが一段落した辺りで、料理番の兵士たちは戦争のような慌ただしい一時から解放されて、ようやくほっと一息を吐くという頃合いでもあった。

 カウンターの向こう、沢山のテーブルが並ぶ区画では、兵士たちがこれからの厳しい訓練に備えて一心不乱に朝食を取っている。第一陣、第二陣の盛り(ピーク)が過ぎた頃合いで、今、そこで食事をしている兵士たちが食べ終われば、この食堂は昼食までの一時、束の間の静けさを取り戻すことだろう。


「どんなもんだ?」

 上機嫌で鼻歌を歌いながら、へらをかき混ぜている小柄な人物の隣に影が差し、縦横ともに二倍以上は軽くあると思われる巨躯を誇る男が立った。

 その男の硬い髭に埋もれる厳つい顔立ちは、驚くほどに締りのないものになっていた。赤茶色のくせ毛を小さく後ろで結えているのは、この食堂の主である料理長のヒルデだった。

「だいぶ柔らかくなってきたんですけれど、馴染ませる為にはもう少しですね」

 存外器用にその小さな手を動かしながらにこやかに答えたのは、皆さまの御想像通り、我らが主人公・リョウである。

「そうか」

 暖かい春の日差しのように柔らかく幸せに満ちたその微笑みに釣られるようにして、ヒルデは一層立派な髭で覆われている口元を緩めた。

 以前より、この砦にひょっこり現れたリョウのことはそれなりのやり方(小さな果物をおまけで与えたり)で目を掛けて可愛がっていたヒルデであったが、この度、このか細い成長途中の少年だとばかり思っていた人物が本当は女性で、しかもこの砦の長たる団長の妻になるという事実を衝撃と共に知らされて、これまで以上に大切に、まるで己が娘のようにリョウのことを気に掛けるようになっていた。

 むさ苦しく青臭い男どもの中では、唯一の女性である。しかも、その実年齢はともかく(と言ったら怒られそうではあるが)外見だけと見るならば、あどけない少女のようにも見えなくもない愛くるしさだ。勿論、それは【ヒルデ眼鏡】で補正された見方であるが。

 女であることを隠す必要がなくなった為か、言葉使いも以前よりは格段に柔らかくなって、まるで野に咲く一輪の小さな花のような、素朴だが傍に居る者の心を和ませる存在に、早速、癒し効果を見出していたようだ。

 そして、この日、リョウから控え目に厨房の片隅でいいから、少し使わせてもらえないだろうかと上目遣いに(元よりある身長差から仕方がないのだが)依頼されて、既に立派に成人した息子たちの父親であるヒルデは、相好を崩して、出来ることならば協力をしようとだらしなく頬を緩ませながらその使用を快諾したのだった。


 というわけで。リョウは、この厨房の片隅で【カンフェーティ】と呼ばれる菓子を作っていたのだ。ここ【スタルゴラド】では少し都会的な匂いのする贅沢なお菓子だ。先だって滞在していた王都(スタリーツァ)では、この【カンフェーティ】を製造・販売するお店があちらこちらにあり、この菓子も貴賎を問わず街中の女性たちに大人気なのだといつぞやの街歩きの際にアリアルダから教えてもらったのだ。

 【カンフェーティ】は、大体、人の親指くらいの大きさの四角い長方形をした形で、一つ一つが可愛らしい色とりどりの包み紙で包まれていた。

 一口に【カンフェーティ】と言ってもその種類は豊富なのだが、アリアルダ曰く、キャラメルのような柔らかで滑らかなクリーム状のものを【ショコラート(チョコレート)】で包んだものが一般的のようだ。中には、【オレーハ(くるみ)】などの木の実や砂糖漬けにした果物を小さく刻んだものや果物のゼリーを入れたり、練り込んだりして、その周りを【ショコラート(チョコレート)】で包むものもあるようだ。

 ちょうど暦が、新しい年が明けてから二番目の月(青の第二の月)に入ったということで、ふとリョウは故郷の習慣を思い出したのだ。恋人に花やメッセージ・カードを贈ったり、【チョコレート】を贈ったりする風習を。【ヴァレンタイン】と呼ばれたものである。

 もう【パルトラー(1.5)デェシャータク(10日)】も経てば、春の訪れを祝う民間行事でもある、【ブリヌィ】と呼ばれる小さなパンケーキを焼いて沢山食べまくる【マースレニッツァ】が控えているのだが、その前に、この場所でお世話になっている兵士たちに日頃の感謝の気持ちを込めて、【カンフェーティ】作りをして渡そうと思ったのだ。ざっと数えて、この北の砦には常時200人前後の兵士たちが駐屯している。とにかく人数が多いので、小さくはなるが、一人に一つくらいは行き渡るようにしたいと思い張り切っていたのだ。


 年に一度、恋人に甘い菓子などを贈る風習がある。そのことを食堂での夕食の合間に話した時、同じテーブルに着いていたユルスナールとシーリスは、興味を引かれたような顔をした。直ぐそばにいたブコバルは、余り甘いものが得意ではないようで少し嫌そうな顔をしたのだが、それが恋人同士の愛情の確認や女性の側から愛を告白するのに使われるということを聞いて、即ちブコバルお得意の【男女間の繊細な心の機微】という観点から興味を持ったようだった。その隣にいたヨルグは、その風習の元になった歴史的背景(つまり聖人と呼ばれた聖職者(ヴァレンタイン)が、婚姻の禁じられていた兵士たちの為に結婚を認めたという(くだり)だ)の方に関心を持ったようだった。四者四様。其々じつにらしい反応である。

 だから、自分もお菓子作りをしたいのだと申し出たリョウに、シーリスは『面白そうですね』と一つ返事で諸々の許可をくれた。作るのが【カンフェーティ】だと言えば、ブコバルが何故か身を乗り出した。【トールト(ケーキ)】、【ピロージュナイェ(ケーキ)】、【ペチェーニィェ(クッキー)】の類は余り好きではないが、【カンフェーティ】はどうも別であるらしい。

 【カンフェーティ】は、リョウの感覚から言えば、先述の三つよりも格段に甘い気がするのだが、まぁ、その辺りは余り深く追求しないことにした。

 ヨルグは意外に甘味がいける口であるらしいことを知った。ユルスナールは甘いのもが苦手だと公言しているが、味見がてら一口くらいであれば、大丈夫だろうと思うことにした。それにリョウが心を込めて作るのだ。未来の夫としては、そこは笑顔で受けてやらねばなるまい。

 こうしてリョウの【カンフェーティ】作りが始まったというわけだ。


 邪魔にならないように朝食が終わった辺りから厨房の片隅を拝借することにした。そして、ひたすら材料を溶かしながら混ぜて馴染ませ、それを平らに四角く伸ばしてから今度はそれを冷やす。そして中身が固まった所で四角くした中に入れる餡(クリーム状のもの)を一口大に切り分けて、それらをもう一度冷やす。そうして最後に溶かして滑らかにした【ショコラート(チョコレート)】で包んで、再び冷やすという地味な作業を繰り返していた。

 この冷やす工程にリョウは個人的に利用している小さな【冷却石】を用いた。普段使うよりも念入りに冷却の呪いを唱えて、四角いクリームが行儀よく並んだ小さな密封性の棚のような所に入れた。この作業を延々と繰り返すのだ。

 この作り方は、なんとシビリークス家の乳母であるポリーナに教えてもらった。なんでも奥方たちのお茶の時間に出す為のお菓子作りをする中で、王都でも流行っているという菓子の作り方(レシピ)を早々に入手して実践していたということだ。

 そして、この最初のクリーム作りがとても労力のいるものだった。単なるクリームでは面白味がないので、中に刻んだ木の実や砂糖漬けにした果物を入れて、厨房の中に備えられている酒を風味づけに入れた。この間、祝杯に封を開けた十年物の【ズグリーシュカ】がほんの少しだけ余っていると聞いて、太っ腹ヒルデに少々分けてもらったのだ。

 リョウは、以前オリベルト将軍から贈られた素朴な【リョーン(リネン)】の生地に繊細な赤い糸の刺繍が施された前掛け(エプロン)を付けて、いつもより髪を高い位置で結い上げ作業に当たっていた。それだけで気合の入れ方の程が分かるだろう。やる気十分という具合である。

 そうして、あまり汚さないように気を付けながらも刻んではかき混ぜ、かき混ぜては伸ばしという作業を続けていた。

 気が付けば、この一角だけは、珍しいくらい甘い匂いが立ち込めていた。

「もっと、こう……へらを切るようにかき混ぜた方がいい」

「こう……ですか?」

「ああ、そうだ」

「本当、さっきよりもやり易くなりました。さすがヒルデさん」

「なに、このくらい造作ない」

 リョウの秘めた企てを聞いて、玄人目にも大変だろう思ったヒルデが、手伝おうかと申し出てくれたのだが、リョウは感謝を口にしながらも、全て自分でやると小さく首を横に振った。なにせこれは砦内の兵士たち(勿論ヒルデも含む)全員に日頃の感謝を込めて贈るものだからだ。最初から最後まで人の手を借りずにやりきりたい。

 だが、端から見ていて気になるのか、ヒルデはなにかあるとリョウの傍らに来て、材料を計ったり、混ぜたりする時のちょっとしたコツなどを教えてくれたりした。


「ヒルデさん、甘いもの、大丈夫ですか?」

 この場所での食事には、甘味は全くない。精々果物の切れ端くらいなものだ。中には、ユルスナールのように苦手な兵士たちもいるだろう。

 ここに漂う甘い匂いが、嫌いな匂いだったら。これまで自分の思いつきに嬉しくなって、一人暴走気味に突っ走ってしまった感のあるリョウだったが、不意にもしかしたら、自分は途轍もなく迷惑なことをしているのではと思ってしまったのだ。

 躊躇いがちの問いに、ヒルデは苦笑いのようなものを浮かべていた。

「ん? ああ、余り食べ付けてはいないがな。偶にはいいもんだ」

 本心の程は分からない。だが、その言葉にリョウは安堵の息を漏らした。

「良かったぁ。ヒルデさんにも是非差し上げますね。美味しくできるかは分かりませんけれど、後で感想を聞かせて下さい」

「俺にもくれるのか?」

「ええ。勿論、ここにいる皆さんに」

「はは。若い連中は喜ぶだろう」

「ふふふ。そうだといいんですけれど」

 和やかに言葉を交わしてから、その他、何か必要なものがあればいつでも言ってくれて構わないと申し分ない程の懐の深さを見せてヒルデは持ち場に戻っていった。これより昼食に使う食材の確認をするのだろう。

「楽しみにしている」

「はい」

 去り際の言葉にリョウは擽ったそうに微笑んだ。




 そうして、途中休憩や昼食で中断したが、延々と単純な作業を繰り返して。その日の夕方までにはなんとか人数分以上の【カンフェーティ】を作ることが出来た。さすがに包装までは手が回らなかったので、平たい器の中に入れて、それを夕食が配膳される時にリョウ自らカウンターの端に立って、甘みは御免だという兵士以外には一つずつトレイの中に入れて配ることにした。

 形は少々歪で不格好なものも混じっているが、隠し味に【ズグリーシュカ】を入れた所為か、味は自分で言うのもなんだか満足の行くものが出来た。甘さは、少し控え目にしてある。この国の甘味は、往々にしてリョウの舌には恐ろしく甘ったるいものが多かったので、ここは自分好みに調整してみた。甘いものを食べ付けていないという兵士にもこのくらいの一口ならば食べてもらえるのではないだろうか。


 さて、何やら厨房の片隅で甘い匂いを撒き散らしながらリョウが妙なことをしているというのは、刺激に飢えた兵士たちの間にあっという間に広がっていた。そして皆、どこか興味津々で噂話に花を咲かせていたのだが、同じ日の夕食時にはその詳細が明らかになった。


 夕食時に配られた小さな【カンフェーティ】に兵士たちの多くは喜びを顕わにした。ここ(北の砦)で菓子が出たのは初めてだと言って感激した者もいて、リョウは自分のささやかな贈り物が殊の外喜んでもらえたことに嬉しくなりながらも、その迫力に少し怯んでしまった。

「お口に合うといいんですけれど。美味しくなかったらごめんなさいね」

 期待の大きさにたじろいで、苦笑いをしてみる。それでも嬉しそうに目尻を下げた兵士たちの反応にリョウは心の中がほんのりと温かくなり、釣られるように柔らかな笑みを浮かべていた。

 腹を空かせた兵士たちが代わる代わるカウンター前を通ってゆく。そして手渡された小さな菓子にほくほくと笑顔でテーブルへと着いた。

「うぉ! なんだリョウ、一日籠って甘ったるい匂いさせてるかと思ったら!」

「へぇ、【カンフェーティ】か」

「なんと、久々の菓子!」

「【ショコラート】!」

「懐かしいな」

「ああ」

 大声を上げた一団にリョウは相好を崩した。

 もしかしなくとも、そこにはオレグを始めとするお馴染みの面々がいた。セルゲイにアッカ、ロッソ、ラスコイ、ピアザやモーイバ、リャザン、ズィーフもいる。アンドレイやオットー、ミーチャの顔もオレグの一際大きな図体の向こうに見えた。

 リョウは、笑顔で一人一人に小さな菓子の欠片を渡して行った。

「これってもしかしなくても手作りか?」

「ええ。そうですよ」

「マジかぁ!」

「え、一個だけ? なぁ、一個だけ?」

 オレグのやけに期待に満ちた眼差しをリョウは笑顔で突っぱねた。一人一個。その規則は変えられない。どうやらオレグは甘いものが好物のようだ。いや、まだまだ成長期の若者であるから、口に入れば何でもいいのかもしれないが。

「そう。一人一個。少しで申し訳ないけれど、みんなに行き渡らせるのは大変だったから」

 ―――――また今度ね。

 そう付け加えることで、取り敢えず大人しく(……という訳にはいかなかったが)オレグ達はヒルデ特製の夕食(今日のメインは【ボルシュ(ボルシチ)】だ)の乗った【タレールカ(トレイ)】を手にテーブルへ向かった。


 そうして一先ず食堂に集まった兵士たち全員に手作りの【カンフェーティ】を配ることが出来た。厨房の料理番の兵士たちには、仕事場を貸してくれたことへのお礼を含めて真っ先に渡してある。ヒルデは大きな口に一息に放り込んで、暫く味を確かめるように咀嚼した後、『旨い』と言って親指を立ててくれた。

 リョウが手にした大きな器は、すっかり底が見えるまでになっていた。まだ幾つか残っている。これらは、未だこの場所に顔を出さないこの砦の幹部連中たちの分だった。きっと忙しくしているのだろう。今日の昼間、王都の【アルセナール】からだという大きな荷馬車が兵士たちと共に着いて、中の荷物の仕分けをしていたからだ。きっとその中には、重要な書類の類も含まれているのだろう。

 これらは、団長室に持って行って包み紙に包んでから、その場で打ち合わせをしているユルスナールたちに渡そうか。そう考えたリョウは、ヒルデから少し遅めの夕食をもらい、ガヤガヤと騒ぐ兵士たちの間に混じりながら(因みにグントとヤルタの間だ)手早く食事を済ませた。



 そうして団長室に戻れば、中ではユルスナール、シーリス、ブコバル、ヨルグの四人がテーブルを囲み書類を手に真剣な表情で顔を合わせていた。

「ああ、リョウ。晩御飯は済ませましたか?」

 入室したリョウに真っ先に声を掛けたのはシーリスだった。

 柔らかく微笑まれてリョウも同じように目を細めた。

「はい。御先に頂きました。お仕事お疲れ様です」

「そういやぁ、腹が減ったなぁ」

 ブコバルは、窓の外を見ると暮れかかった空模様を前に己が手を腹部に当てた。

 それが、小休止の合図であったようだ。手にしていた書類を束ねるとそれを【パープカ(ファイル)】の中にしまい、四人の男たちは徐に立ち上がった。


 リョウは、手早く室内に用意してあった包み紙に残っていた【カンフェーティ】を包むとこれから夕食を取りに行くというシーリス、ブコバル、ヨルグの三人に手渡した。

「後で食べてください。少しで申し訳ないんですけれど。見た目は不格好ですけれど味は大丈夫ですから。いつもありがとうございます」

「ふふふ。ありがとう、リョウ。後で大切に頂きますよ」

 シーリスは優しい笑みを浮かべ、

「ありがとう」

 ヨルグは、言葉は少ないが格段に嬉しそうな顔をした。

 そして、シーリスとヨルグは其々小さな包み紙をポケットにしまったのが、

「どれどれ」

 ブコバルは腹が空いていたのか、包み紙を解いて摘むとひょいと菓子を口の中に入れてしまった。

 暫くもぐもぐと咀嚼してから、

「中々旨い」

 そう言って親指をぺろりと一舐めしたかと思うと苦み走った笑みを浮かべた。

「ごっそさん」

 ―――――さぁーて、メシだメシ。

 大きな背中がずんずんと離れて行く。

 食後のデザート代わりにと思ったのだが、いかにもブコバルらしい感じで、リョウはシーリスやヨルグと顔を見交わせると肩を竦めてみせた。それでも素直に美味しいと言ってもらえて嬉しそうだった。



 そして、団長室には、部屋の主であるユルスナールとリョウが残った。

「ルスラン、ご飯は?」

「ああ、これから行く」

 手早く書類を整理しながらユルスナールが微笑む。

「ルスランの分もありますから、後で食べてくださいね。一口くらいなら大丈夫でしょう?」

 折角作った【カンフェーティ】をユルスナールにも食べてもらいたかった。いや、正直に言えば、ユルスナールにこそ食べてもらいたかった。

 (ボール)の中に残った小さな包み紙を摘んで揺らせば、ユルスナールは小さく笑みを浮かべた。

しこたま(たくさん)作ったみたいだな」

「ふふふ。一応全員分作りましたからね。ほんの一口ですけれど」

 ユルスナールは、立ち上がるとリョウの傍に行き、そのまま華奢な身体を抱き寄せた。

「ブコバルが美味しいって言ってくれたので、多分、ルスランでも大丈夫だと思いますよ」

 ブコバルはああ見えて人一倍味覚が鋭く味には煩いのだ。そういう所は実に貴族の男らしい。

「ああ。じゃぁ、後でもらおう」

 そう言うとユルスナールは何を思いついたのか、少しだけ悪戯っぽい顔をして、リョウの耳元に顔を寄せると囁きを吹き込んだ。

「勿論、お前が食べさせてくれるんだろう?」

 頬に掛かった男の手の親指が意味深にリョウの唇をなぞった。

 ―――――口移しで。

 言外に含まれた男の声にリョウはどこか呆れたような顔をしながらも、はにかむように直ぐそばに下りてきた瑠璃色の双眸を見つめ返していた。

「もう、ルスランたら」

 そうして当たり前のように下りてきた薄い唇にリョウは反射的に目を閉じていた。柔らかな感触が重なる。触れるだけの口づけだ。

「後で……ね?」

「ああ。後で…な」

 もう一度、掠めるように唇を合わせてから、ユルスナールは抱擁を解くと、先に食堂へ向かった仲間たちの後を追うべく団長室を後にした。

 その大きな背中が、やけに上機嫌に見えたのは、きっと気の所為ではないのだろう。

 ―――――今夜は眠れそうにないかもしれない。

 これからの一夜を思い浮かべて、リョウの胸は期待に高鳴った。だが、そんなことを思い浮かべた自分がなんだか急に恥ずかしくなって、羞恥にほんのりと赤く染まった頬が反射する窓からすぐさま目を逸らしていた。

「さてと」

 リョウは、気を取り直したように大きな声を上げると室内の整理をし、それから風呂を使うことにしたのだった。

 (いにしえ)聖人(ヴァレンタイン)に因んだ特別な日。その風習が、所変わって【スタルゴラド】にもたらされたこの日、恋人たちの夜はこれからが本番である。


何をとち狂ったのか、このヴァレンタインものでイラストを描いてしまいまして。いつもの如く「みてみん」さんにアップしていますので、ご興味がありましたら、ご笑覧下さい。挿絵にするには……アレでして(本当に色々スミマセン。特に二枚目が)

http://3415.mitemin.net/i40703/

http://3415.mitemin.net/i40910/


このロシア・チョコの代表である【カンフェーティ】を色々調べるのにwebを漁っていたら、ロシアのごく普通の人々が投稿するレシピ集の載ったサイトを見つけまして、美味しそうなカンフェーティが沢山作り方と一緒に掲載されていて、凄く食べたくなりました。今度作ってみようかしら……。

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