『初恋一考』
言葉にするのも面映いふたつの文字。
『初恋』。
青春の息吹など遥か昔日に終息し、恋などと言う他愛もない幻想に胸弾むことなく日々凡々と暮らす昨今、何気なく手元の辞書を引き寄せ紐解いた。
「初恋。それは初めての恋。 初めて異性へ気持ちを起こすこと」
ふっと目許が和み口元が小さくほころんだ。
何冊の辞書を捲り比べてみたが、どれも大差なく簡単明瞭に表示されている。続いて名言語録集のページに指を這わせたら、うろ覚えのある言葉《初恋とは少量の愚かさと、有り余る好奇心に過ぎない》と記されていた。
初恋の文字さえ知らない年端もいかぬ幼い年頃。
朧げに特定の異性に抱いた好奇心。
自分ばかりを主張し相手の気持ちなど忖度することなど思いもよらず、心底とは裏腹に突飛な言動行動で自己をあら荒々しく言い立てるが、なぜか胸がチックと痛んだ。
自己を律せないもどかしさゆえに煩悶し苛立つ。打算のない真摯な恋ゆえ恋慕する人と共に暮らせない世の不条理に思考が乱れる。
恋することの痛切さを体感し人生の哀歓を知る青臭い青年期。
愛別離苦を経験し、人生の道理を知悉し感得したはずの壮年も、いや熟年さえも『俺はこの年になって初めて本当の恋を知った』などとしたり顔でのたまう。
人間千差万別、それぞれ異なった環境境遇で育ち、そして営む。
恋に定義などないように、各々、恋の琴線に触れたとき、これが「初恋」と思い知る年齢は異なって自然である。
初恋が成就し笑壷に入る冥加なカップルもままに見受けるが、多くの人は思いの丈を吐露できず恋に失速し悶々と苦悩するが、その憂いもいつか時が癒してくれる。
人生苦楽を繰り返し、ふっと昔日を追想し郷愁に浸るとき、他の記憶は何処かに置き忘れても「初恋」の思い出は、心の奥く襞からショイと目の前に取り出せる。
安楽が常に相対し、永いようで短くも在る人生のページにほんの短く綴られた恋。
「初恋」
『初恋』のふたつの文字は心の内の小さな玉手箱、蓋を捲ると・・・いつもそこにある。 |