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風竜の俺と竜騎士な君 作者:空色蜻蛉

Act.07 休憩です。やっぱり平和が一番でしょ

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04 イヴのお見舞い

 オルタナとリリーナが帰った後、布団を被ってうつらうつらしていると、玄関に人が立つ気配を感じた。
 その人物は玄関に立ったまま呼び鈴を鳴らそうとしない。
 何となく気になってカケルは風を使って気配を探った。

「イヴ…」

 馴染み深い気配は、暫定でパートナーを組んでいる少女のものだった。
 カケルは急いで起き上がると上着を掴んで玄関に向かう。
 扉を開けると、彼女は呼び鈴を鳴らさないまま、引き返そうと背を向けたところだった。

「お見舞いに来てくれたんじゃないのー?」

 惚けた風を装って帰ろうとする背中に声を掛ける。
 ビクッとして振り返ったイヴと目があった。

「…カケル」

 こうして向かい合うのは随分久しぶりのように感じる。
 年明けに彼女から逃げるようにロンドにくっついて実習に出掛けた。
 そして、実習まで追ってきた彼女と言い争いになり、酷い事を言ってしまった。
 その後の戦いの中で和解はしているのだが、きちんと話した訳ではない。お互いに、言いたいことや気になることが残っている状態だ。

「急に声掛けないでよ、びっくりしたわ」
「ごめん」
「身体は大丈夫なの?」
「んー、まあまあ」

 よそよそしい会話を交わす。二人の間には緊張感があった。
 距離を測りかねている。

「…良かったら上がっていって」

 カケルはふわりと微笑んだ。
 あの戦いの中、背を向けて逃げ回っていたカケルに、イヴは諦めずに手を伸ばしてくれた。今度はこちらから踏み出す番だろう。
 招かれてイヴはおずおずと扉の内側に入る。彼女は白い紙袋を掲げて言った。

「林檎を持ってきたけど、食べる?」
「わあ、ありがとう」
「包丁ある?」

 どうやら剥いて切ってくれるつもりのようだ。
 どういう風の吹き回しだろう…
 カケルは彼女を居間の椅子に座らせると果物用の包丁を渡した。

「ちょっと待ってて。今剥くわ。待ってる間、お皿を出して」
「はーい」

 素直に返事して皿を用意しながら、横目でイヴの様子を観察する。
 彼女は包丁を逆手に持って林檎に突き刺そうとしていた。
 持ち方が違う。イヴはまるで林檎を親の仇のように睨んでいる。その包丁の使い方は非常に危ない。

「ストップ」

 皿を置くと静かにイヴを止める。
 やんわりと彼女の手から包丁を取り上げた。

「お客様のイヴに剥いて貰うのは悪いから、俺が剥くよ~」

 言いながら手に持った包丁でするする皮を剥く。
 家事は一通り出来るんだよ俺。しかしイヴは思ったより不器用なんだな。まあ仕方ないか、一応お嬢様だし。家ではお手伝いさんが料理してるんだろう。俺も昔はそうだったな。
 ものの数分で皮を剥き終わると6つに切って皿に並べる。
 イヴが複雑そうな顔で綺麗に並んだ林檎を見た。

「食べないの?」
「私が貴方に持ってきたのよ。貴方が食べなきゃ意味ないじゃない」
「そうだった」

 カケルは自分で切った林檎をシャクシャクと頬張った。
 食べながら、思い出したように綺麗なコップに水を入れて、適当な菓子と一緒にイヴの前に置く。
 彼女はコップに口を付けずに少しの間黙っていた。

「……貴方が私と契約しないって言ったのは、学校を卒業したらエファランを出るつもりだから…?」

 やがて顔を上げた彼女は直球で疑問を口にした。

「んー。そのつもりだったけど、オルトとリリーナに怒られちゃった。我ながら軽率だったと思う。どうするかはもっと考えてから決めるよ」
「エファランから出て行かないってこと…?」
「うん」

 頷くとイヴは目に見えて安心した顔をした。
 これは、好かれてるって自惚れていいのかな。

「イヴは俺と契約したいの?」
「な、何言ってんのよ!?」

 正面でイヴの顔が赤くなるのを、カケルは興味深く眺めた。

「えー、だってイヴにそういうこと言われたことないし。イヴは俺には興味無いのかと思ってたよ」

 好きだと告白したのはカケルの方から。
 同じチームだからパートナーを組んで戦ってきたけれど、イヴから契約の話が出たことは一度も無い。逃げないで、とは言われたが。
 今度は逃げずに真正面からイヴを見つめる。
 すると彼女は落ち着かない様子で椅子を少し引いて、カケルから距離をとった。

「それは……契約しないって言ったのは貴方の方じゃないの」
「うん。今も契約する気はないよ」

 ふんわり笑って告げる。
 イヴの表情が固くなった。

「何故?理由を教えて頂戴。私が嫌いだからじゃないでしょう?」
「イヴのことは好きだよ」

 てらいなく言うと彼女は泣き出しそうな顔になった。
 ああ、やっぱり駄目だな。君にこんな顔させるなんて。いつも強気な彼女を苛めてみたい気持ちと、女の子を泣かせちゃ駄目だという気持ちがない交ぜになる。

「ふざけないで。曖昧にぼかさないで、きちんと理由を教えて」
「……そうだね。イヴも何となく気付いてると思うけど、俺はちょっと厄介な家の出身なんだ。イヴに迷惑が掛かるかもしれないから、契約は出来ない」

 理由を伝えた。
 少し遠回りな言い方で詳細は省いているが、これがカケルの事情の全てだ。

「……厄介な家って、七司書家?」
「うん。俺は分家じゃなくて、本家の生まれなんだ。色々面倒でさー。イヴを巻き込みたくないんだよ」

 視界の隅に時計の円盤が映る。
 カチコチと時を刻む長針と短針。イヴは黙り込んだまま、動かない。
 二本の時計の針は交わったと思えば、すぐに別れる。重なっているのは一秒だけ。長針は短針の上に留まることはない。

「……馬鹿」
「え?」
「たったそれだけ説明するのに、何ヶ月掛けてるのよ。散々私を振り回して、逃げ回って!」

 うわあ、それは申し開き出来ないな。
 睨むイヴに、えへへとごまかし笑いをして見せる。

「ごめんよー」
「誠意がこもってない!」

 プンスカ怒るイヴの姿がぐらりと歪んで、カケルは頭を抑えた。
 どうやらまた熱が上がってきたようだ。

「大丈夫?無理しないで寝た方が良いんじゃないの」

 気が付くとイヴが心配そうに覗き込んできていた。

「う…じゃあお言葉に甘えて寝ようかな。来てくれてありがとうイヴ、見送りできなくてごめん」
「そこまで期待してないわよ」

 本格的に調子が悪くなってきて、カケルはふらふらと寝台に戻ってイルカさん枕に抱きついた。
 心配そうなイヴが様子を見に付いてきているのに、追い返す気力も無かったのだ。







 目の前にはイルカさん枕に抱き付いて沈没している成人男子の姿がある。
 熱に浮かされて足取りもふらふらしているカケルを放っておけなくて、何となく寝室に付いてきてしまったのだが。

 い、意外に可愛い?!

 イヴは困惑して立ち竦んでいた。
 女子が好みそうなポップなイルカさん枕を男性が抱えているのは、はっきり言ってちょっとおかしい。しかしカケルは大人になりきっていない青年であり、むさ苦しくないすっきりした容貌のため、見苦しい程ではない。
 好意を抱いている相手のため、無意識にイヴの見方にはバイアスが掛かっていた。

「う…」

 カケルの呻きに、イヴははっと我に返った。
 寝台の脇に水の入った盥と布巾が放置してある。
 彼女はしゃがみこむと、布巾を水で濡らして、カケルの額に載せた。
 イルカさんを抱え込むカケルの上に布団を被せる。

「全く世話が焼けるわね…」

 イヴは寝台の前にあった椅子に座ると眠るカケルをぼんやり眺めた。
 彼女は先程の会話を反芻する。

 カケルが契約を断った理由は、思っていたよりずっとまともな理由だった。以前にロンドが言っていたように、彼は惚けた外面とは裏腹に真面目な青年なのだ。
 契約を断られたのは、はっきり言ってショックだった。
 彼に「契約する気はない」と言われて傷付く自分に、昼寝野郎と軽蔑しつつも彼を好きになっていた気持ちを改めて確認する。「好きだ」と言われて、舞い上がる程嬉しかった。同時に泣きたい気持ちになる。
 実質お断りされたのだ。

「……どうしよう」

 諦めるのはとても簡単なことだ。
 この場を去って彼に背を向ければ良い。彼もそれを受け入れるだろう。
 でも、それは何だか面白くない結末だ。
 イヴは眠る青年の横顔を見つめながら暫く考え込んでいた。


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