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風竜の俺と竜騎士な君 作者:空色蜻蛉

Act.05 エスケープ!だけど、いつもの枕じゃないと眠れない

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11 もう一度チャンスを下さい

 三つ首の根本にある不気味な眼球。
 イヴの放った光の矢はその中心に突き刺さった。

『しっかり捕まってて!』
「わっ」

 直後に蒼い竜は全力で急速上昇した。
 イヴは慌てて竜の背の突起にしがみつく。
 左右上下から三頭虫ケルベロスの首が壁のように迫ってくる。
 蒼い竜は間一髪で上空へ逃げ延びた。

 ヴヴオオゥゥゥ…!!

 虫が恨めしそうな、地鳴りを帯びた低い声で鳴く。
 三本の首を捩って怪物は動きを止めた。

「今の内に……!」

 動きが止まっている間に近付いて攻撃を、と思った時。

 ドオォン!

 太鼓を叩いたような音と共に砂埃が上がった。
 砂埃と共に岩や石が飛び散る。
 どうやら三頭虫は最後の悪あがきに、その巨体で足踏みを始めたらしい。
 巨大な胴体が上下に揺れるごとに、足元の地面がえぐれて飛び散る。まるで火山が噴火した時のように、岩石が高くまで弾け飛んだ。
 飛び散った砂や岩は、竜の飛ぶ上空まで達していた。

『地上のスルト先輩達は大丈夫かな』
「これじゃあ攻撃できないじゃない!」

 蒼い竜は風のバリアを張って飛んでくる石を防ぐ。
 砂煙にけぶる視界にイヴは憤慨して叫んだ。

『大丈夫だ』

 セファンの応答の声。
 オレンジ色の竜が、砂煙を割って姿を現す。
 竜の周囲には小さい光球が漂っている。光球はどうやらイリアの呪術によるもののようだ。ぐるぐる竜の周囲を回る光球は、自動で虫が飛ばした岩を迎撃していた。
 攻撃の呪術を迎撃に使って防御しているのだ。

 セファンは三頭虫の近くまで飛んでくると、滞空して息を吸い込む。彼は攻撃の溜めに入った。
 竜の身体の輪郭から黄金の炎が放射される。

『後は任せておけ!』






 ロンド達は、三頭虫ケルベロスの動きが止まったと見て、三頭虫に出来るだけ近付こうとした。
 近付いた方が攻撃を当てやすいし、威力も大きくなる。

 しかし、三頭虫が足踏みを始め、砂煙で視界が悪くなった。
 砂煙を割って岩が飛んでくる。
 飛んでくる岩に当たれば、竜の硬い鱗でもダメージを負う。上に乗っている人間は、岩が直撃すれば間違いなく即死だ。

 黒竜のステラは迷った。
 最大火力の攻撃を撃ち込むには、立ち止まって力を溜める時間が必要だ。その間は無防備になる。

「大丈夫です。先生は攻撃に集中してください」

 背中のロンドは落ち着いて言った。
 ロンドは冷静だ。背中から伝わってくる感情は穏やかで揺らぎがない。
 ステラは彼を信じることにした。

 砂煙を掻き分けて三頭虫に近付いていく。
 ぎりぎりまで近づくとその場でホバリングしながら、力を溜める。
 黒竜の周囲に雷気が漂い始めた。
 その時、無防備になった瞬間を見計らったかのように、岩が飛んでくる。

 岩が飛んでくる随分前から、ロンドは呪術で戦場を分析していた。三頭虫の飛ばした岩がどのような軌道で飛んでくるか、ナビゲータに計算させる。強力な防御の呪術は、常時実行できない。時間が経つ程に防御力が下がっていく。
 だから攻撃がくる直前に呪術を起動する必要がある。

光盾イージス

 それはちょうど岩がぶつかる数秒前だった。ロンドは淡々と呪文コマンドを唱えて呪術を実行する。
 竜を球体に覆う、薄い光の壁が一瞬で形成される。
 岩は光盾イージスにぶつかって砕け散った。

 無事に溜めを終えた黒竜は、首を振って電撃を解き放つ。
 電撃はセファンの炎のブレスと同時だった。

 二方向から放たれた炎と雷は、三頭虫の首の根本付近で交わる。
 首の根本の皮膚の下には三頭虫の頭脳があった。
 炎と電撃の集中攻撃を受けた三頭虫ケルベロスは、数歩後ずさりした。しかしそれははかない抵抗だった。セファンとステラは三頭虫の後退に合わせてじりじりと近付き、一カ所に集中して攻撃を続ける。

 三頭虫の首の根本が黒く焦げつき、穴が空きはじめる。
 数分の間、三頭虫は弱々しい抵抗をしていたが、やがてその動きはゆっくり止まった。







 ボスが倒れた事を察知したのか、集まっていた虫達は次々に逃げ出す。辺りには虫の死骸が累々と積み重なり、動いているのは獣人達だけになった。
 地上で彼等は手を振っている。
 竜達は降下して陸の獣人達と合流した。

「やったな!」

 黒竜の背から降りたロンドは、ルークとハイタッチした。
 穏やかな性質のロンドは普段はそんなことをしないのだが、今回は大きな戦いの後なので気分が高揚している。
 ルークもスルトも細かい傷を負っていて、服や装備は砂にまみれてボロボロだが元気そうだった。
 周囲では同じようにはしゃいで肩を小突きあっている者がいる。
 喧騒の中で、教官のパルコがパンパンと手を打った。

「あー、三頭虫ケルベロスの討伐は無事に終わった!怪我を負った者や帰って来なかった者はいないか?チームごとに報告してくれ」

 パルコが声を張り上げる。
 チームのリーダーは自分の班のメンバーが無事か確認を始めた。彼等は口々にパルコに報告する。
 どうやら死者は出なかったらしい。パルコはほっとした顔をしている。しかし、負傷者や若干の重傷者はいる模様だ。

「よし、負傷者を優先的に帰投させるようにする。基地に降りる順番を指示するから、その順番で飛んでくれ」

 獣人達を背に乗せ終わると、竜は再び空へ上がっていく。

 ロンドは同じチームのカケルに乗せて貰おうかと思ったが、彼の背に乗るイヴに気付いて迷った。
 邪魔しちゃ悪いかな。
 二人の告白合戦を聞いていたので、割り込むのは気が引ける。
 迷っていると、黒竜がロンドを呼んだ。

『イーニーク。乗る竜がいないなら、こちらにいらっしゃい』
「いいんですか」

 先ほどまでは非常事態だったので、生徒と教師という立場の垣根を越えて、竜と竜騎士として一緒に戦っていた。だが戦いが終わって皆と合流すると、立場は元に戻ってしまう。
 しかし、前と全く同じ関係に戻ったという訳でもないらしい。
 ロンドはいそいそと彼女の背に乗り込んだ。
 黒竜は彼を乗せてふわりと離陸する。

『先ほどの戦いの、防御のタイミングは完璧でした。欲を言えば、探査や分析の呪術は常時起動できるようにしておいたほうがいいでしょう。実戦では何が起きるか分かりません』

 ステラは教師らしく、評価と改善点を指摘してくれる。
 相変わらず愛想のない淡々とした口調だったが、彼女の評価は概ね及第点のようだ。
 ロンドは少しほっとした。

「分かりました。気を付けます」

 それ以上、話題が続くことはなく、二人は無言になった。
 決して気まずい沈黙では無かったのだが、ロンドは彼女に伝えたい言葉を探して何度か話しかけようとした。幾度目かの逡巡の後、思いきって声を上げる。

「先生」

 学校に戻れば、二人で話す機会は減るだろう。
 だから…。

「先生はフリーの竜ですよね。契約者や、契約する予定の人はいないですか?」
『……私は、誰とも契約する予定はありません』

 ロンドの質問に、ステラは暗い調子で答えた。
 おそらく、守れなかったという竜騎士のことが、彼女の心に深い傷を残しているのだろう。
 不躾にその傷に触れようとしている。
 躊躇いながらも、ロンドは言葉を続けた。

「今すぐとは言いません。いつか僕と契約してくれませんか」

 言ってからすぐ、ロンドは彼女に断られるだろうと思った。
 契約する予定はないと先に予防線を張られているのだ。

『ロンド・イーニーク。一時の感情で言っているならおやめなさい。貴方には、貴方に相応しい竜がいるはずです』
「先生、先ほど誰とも契約する予定はないとおっしゃっていましたが、もし先生が誰かと契約したら…僕は先生に乗るそいつを見たくありません」

 相手は大人の女性だ。
 学生のロンドは彼女にとってはまだ子供である。
 ロンドは背伸びをせず、あえて取り繕わずに自分の気持ちを伝えた。

「例え僕に相応しい竜がいるとしても、僕が守りたいのは先生だけです」
『……』

 青年の声は真っすぐで、誠実さが滲んでいた。ステラは沈黙する。彼の言葉はステラの胸に届き、その心を揺らしていた。

 パートナーを失った彼女は、もう誰とも契約するつもりはない。いくつか理由はある。単純に自分の能力に自信を持てなくなってしまっていたし、彼女と契約したがる竜騎士もいなかった。
 普通は同世代の、誰とも契約していない新品の竜を選ぶものだ。お下がりで傷のついた竜を選ぶもの好きは滅多にいない。

 だから彼女は諦めて、自分に言い聞かせていた。
 パートナーを守れなかった自分に竜騎士を望む資格などないと。そうもっともらしい理由をつけて、自分をごまかしていた。

 しかし、心の奥底では希望を捨てきれない部分がある。
 竜として、ひとりの女性として。
 必要とされたい。独りは寂しい。誰かと一緒にいたい。

 ロンドの言葉は、彼女の奥底に燻る希望を刺激する。
 もしまだ望みがあるのなら、と。

 黒竜は首を振る。

 相手はまだ若い学生だ。成長途中の心はうつろいやすい。来年も同じ気持ちでいるかは分からない。
 仮に真面目に付き合うとしても、学生と教師という立場ではおおっぴらにしにくい。ただでさえ自分には、竜騎士を守れなかった竜という不名誉な傷があるのに。自分はともかく、前途有望な青年の社会的評価に泥を塗りかねない。

『貴方の言葉は嬉しいですが…』
「まだ断らないでください」

 できるだけロンドを傷付けないよう、言葉を選んで返事をしようとしたが、途中で遮られる。

「僕が卒業の時にもう一度お願いします。その時に断って頂けますか」

 青年の果敢な姿勢に、ステラは密かに感嘆した。
 告白して断られると誰しも傷付き、もう同じ事を繰り返したくないと思う。けれどロンドは、今実質断られたのに再度挑戦しようというのだ。ステラが、ロンドが学生だから無理だと考えたのを見越して、卒業の時にもう一度、と。

『分かりました。貴方が卒業の時に続きの話をしましょう』
「お願いします」

 ロンドの返答を聞きながら、ふとステラは思う。
 卒業の時に、本当に再度同じ気持ちをぶつけられたら、自分は断れるだろうか。
 ロンドは落ち着いて大人びた青年だ。その言葉や行動には、不思議と彼なら大丈夫と、思わず頼ってしまうような包容力や芯の強さがある。
 どんな答えになるとしても、傷付けあう事にはならないだろう。
 ステラは数年後を楽しみにしている自分に気付く。
 それは、悪くない気分だった。







 基地への帰り、ルークとスルトは、カケルの背に搭乗した。元々同じ班だったし、スルトはロンドのように遠慮する性格ではない。

 カケル達は特に大きな怪我をしていないので、基地に降りる順番は最後の方だ。蒼い竜はのんびり編隊の後ろの方を飛び始めた。

「で。結局お前らは元の鞘に収まったのか」
「元の鞘も何も、そういう関係じゃありません」

 竜の背で、スルトは耳をほじりながら、イヴをからかった。
 眉間を寄せてイヴは否定する。
 しかしスルトは聞いてはいない。

「ははっ、いいじゃねえか。仲直りできて」

 笑われたイヴは憤慨した。これだから無遠慮な獣人は嫌なのだ。口を尖らせていると、蒼い竜が勝手に横から返答した。

『スルト先輩ありがとー。やっぱりお昼寝は屋根の上に限るね』

 のほほんと言うカケル。
 ありがとうとは一体何に対してか。それに後半は唐突に昼寝の話題だ。会話が成り立っていない。
 しかしスルトは気にしない。

「おう。西校舎の屋根は二重だから、一階の屋根で雨の日でも昼寝できるぜ」
『本当?!』
「あそこへ行くには、まず中央校舎の時計台の裏を通ってな…」
『うんうん』

 なぜか途中から昼寝の話になった。

「……アラクサラ君との話と昼寝にどんな繋がりがあったんだ。話の流れがさっぱり分からない…」
「不本意ながら同感です」

 ルークとイヴは揃って微妙な顔をする。
 昼寝談義が一段落して、スルトが暇だからと竜の背で寝はじめた頃、前方に基地が見えてきた。
 虫との戦いは日中だったのだが、戦いが終わって帰ってきた今はもう夕方になっている。基地にぽつぽつ明かりがついていた。
 基地を眺めながら、イヴは帰ってきたと感慨深く思う。長い一日だった。疲れたので早く休みたいと思っていると、蒼い竜が低く唸った。

『……おかしい』
「カケル?」
『なんだか嫌な予感がする』

 竜の背でうとうとしていたスルトが、目を覚ます。

「ん?そういや、出迎えに出てくる奴がいねえな」

 基地の北には広い竜の発着場がある。
 混雑時の交通整理のように、発着する竜がお互いぶつからないよう、見張っている教官がいるはずなのだが、その姿は見えない。
 違和感を覚えつつも、先頭の竜が発着場に降りようとする。

『っ、待って!』

 蒼い竜は急に加速する。
 背中のイヴ達は驚いて竜の背にしがみついた。
 瞬間的に加速した蒼い竜は、基地に降りようとしていた先頭の竜の前に躍り出た。
 前に出た蒼い竜に、基地の周囲の地上から炎の弾丸が放たれる。--呪術による攻撃だ。

『!』

 咄嗟に風のバリアを張って防ぐ蒼い竜。
 しかし、炎に混じっていた鋭い光の針が竜の翼を貫く。

 くぅぅおおぉぉ!

 苦痛に蒼い竜は悲鳴を上げて姿勢を崩した。
 風で吹き払えない光の針が次々と命中し、飛行を維持出来なくなった蒼い竜は地上に落ちていく。

「カケルっ!?」

 急速に落下する竜の背でイヴは必死にカケルに呼びかけた。
 蒼い竜は返事をする余裕がないようだ。
 遅まきながら、イヴは守護シールドの呪術を実行する。
 光の針のいくつかは守護シールドに弾かれた。
 しかし、翼が傷付いた蒼い竜はもう飛べない。蒼い竜は必死に姿勢を制御して、背中のイヴ達が怪我をしないよう、魔力で空気の抵抗を弱めながら、地上に着地しようとした。

 ざざざざ--……

 基地の発着場の脇に竜はなんとか着地する。
 着地の衝撃でイヴ達は竜の背から放り出された。だが、蒼い竜がぎりぎりまで風の魔力で衝撃を殺していたため、大したダメージはない。

「…カケル、大丈夫?!」

 イヴは落下の衝撃から立ち直ると、よろよろと横たわる竜に近寄った。蒼い竜は傷付いた翼を震わせて起き上がろうとしている。

『イヴ…逃げて』
「貴方を置いて逃げられる訳ないでしょう!」

 竜に近寄って首もとに取りすがる。
 振り返って基地の方を見ると、軍服を着た男達がこちらに走ってくるところだった。彼等が着ている軍服はエファランのものではなかった。

 兵士の何人かが冷たい銃口をこちらに向ける。
 イヴは唇を噛み締めながら、胸をはって彼等を見返した。










 Act.05 エスケープ!だけど、いつもの枕じゃないと眠れない 完

 Act.06 何気ない約束が俺達の運命を変える へ続く



 
ご拝読ありがとうございました。
仲直りしてお互いの気持ちを確かめたカケルとイヴですが、まだまだ行く道は険しいのです。
次の話は短めになる予定です。シリアスばっかりだと疲れる…お笑い入れたい。
+注意+
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