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風竜の俺と竜騎士な君 作者:空色蜻蛉

Act.05 エスケープ!だけど、いつもの枕じゃないと眠れない

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07 君に伝えたいこと

 ぴちょん…ぴちょん……

 水滴が頬に当たって、その冷たい感触にカケルは眠りの淵から浮上する。
 ぼんやり見上げた天井は暗く、ごつごつとした岩肌が続いていた。硬い地面の上で、柔らかい人間の姿で寝ていたからか、背中が痛い。

 ここはどこだっけ…?

 寝ぼけ眼を擦りながらゆっくり身を起こす。
 意識がはっきりしてくる。
 カケルが寝ていたのは洞窟の中だった。日の光が差し込まない洞窟の中で、呪術で設置された白い光の玉が洞窟内を照らしている。光量をわざと絞っているのか、眩しいという程ではないぼんやりとした光だった。
 光の玉を中心にして、カケルの向かいに黒髪の女性が眠っている。洞窟の出入口に近い場所には、白銀の髪の獣人の青年が膝を立てて座っていた。

 身を起こしたカケルに気付いた、白銀の髪の獣人スルトが静かに言う。

「目が覚めたか?」
「うん…」

 眠りから覚めたカケルは状況を把握した。
 実習の最中に起きた事を思い出す。

 順調に思われた虫駆除の実習だったが、突如、長鱗虫ロングヘッドが現れた。想定外の虫の脅威に、教官達は撤退指示を出したが、カケル達は踏み止まる。
 逃げ遅れた同じ実習生と、彼等を庇って空戦科の教師で黒竜のステラが負傷するのを目撃したからだ。

 一人死地に残って、3つの頭を持つ山のように大きな虫と対峙するステラ。後で聞いたのだが、あれは三頭虫ケルベロスという、ボス級のモンスターだったらしい。
 ロンドは彼女を残して撤退できないと主張した。
 ステラを助けて、一緒に撤退しようとするカケル達。
 しかし、負傷した彼女は長い距離を飛ぶ力が残されておらず、基地への帰投は困難だった。

 ロンド達とステラは基地に戻る事は諦め、虫の少ない方角に飛んで、平原の北にある岩山へ向かった。
 虫の追撃をかわした後、カケルとステラは一旦竜から人間の姿に戻り、一行は岩山の中腹にあった洞窟に避難して休憩していたのだ。

「ロンド兄とルーク先輩は?」
「あいつらは偵察に出てる」

 立ち上がろうとしたカケルは眩暈にふらついた。
 あれ?なんだかおかしいな。昨日人間の姿に戻ったときも、身体が重たくて思ったように動けなかった。
 こめかみを押さえて呻くカケルを見て、スルトは舌打ちする。

「いいから寝てろって」
「でも…」
「お前と先生が一番ダメージでかいんだよ」

 ステラと違って負傷していないのに。
 首を傾げたカケルに、スルトが面倒臭そうに説明する。

「お前、最後に火事場の馬鹿力を出してロンドと同調技を使っただろうが。同調技は威力は高けえが、契約してない奴と同調すると消耗するんだ」

 あの風の渦を作り出す技は、もう一度やれと言われてもできないだろう。カケルはあの瞬間、ロンドの強い感情に引きずられて、本能の命じるままに魔法を使った。
 魔法が発動した時にごっそり体力が抜け落ちるのを感じた。
 初めての経験で、同調技がどんなものか知らないカケルは、自分の疲労の度合いが分からなかった。

「ゆっくり休んでろ。どの道、お前か先生が飛べなきゃ、俺らは帰れねえんだ。お前は俺達の翼なんだよ」

 自分の出番は後なのだと気付いたカケルは、洞窟の床に座り直して楽な姿勢を取った。

「お腹空いたー」

 呟くと、スルトが無造作に干し肉の入った袋を放ってきた。
 水分が欲しいな、果物とか。などと考えつつ干し肉をもしゃもしゃしていると、ロンド達が帰ってくる。

「ただいま」
「お帰りロンド兄ー」
「カケル!もう、起きても大丈夫なのか」

 ロンドは眼鏡の奥のヘーゼルの瞳を心配そうに細めた。

「すまない、お前に同調技を使わせてしまった。相性の悪い相手と同調すれば、命の危険もあるというのに…」

 どうやら普段からロンドがカケルに契約について煩く言うのは、契約者以外と同調すると命の危険があるからだったらしい。
 竜って色々な能力がある代わりに制約もきついんだな。

「サーフェスが飛べるようになったら、基地へ戻れるか?」
「いや、そう簡単にはいかない」

 ロンドとルークはその辺の岩に腰掛けて話し始める。
 干し肉をかじりながら、カケルとスルトも作戦会議に加わった。

「基地に戻るには平原を南下する必要があるが、平原は今、ボス級の三頭虫ケルベロス長鱗虫ロングヘッドがいて危険な状態だ」
「迂回できないのか?そうか、奴らの首が届かない上空を飛ぶとか」

 ルークの疑問に、ロンドは首を振る。

「迂回と言っても、平原の周辺は未開の地だ。まだ虫駆除されていない地域の上空を飛ぶのは、虫の群れに突っ込むのと同義だ。
 虫の攻撃が届かない上空を飛ぶことはできるだろうが、酸素の薄くて温度が低い空の上を、この真冬に飛ぶのは、竜はともかく僕ら人間と獣人は耐え切れないだろう」

 八方塞がりの状況に、一行の空気は重くなる。

「基地と連絡は?」
「通信の呪術が不安定になっている。先ほど何回か試してみて、一回だけ教官と繋がった。こちらの無事は伝えてある」
「じゃあ救援を待つか」

 連絡が取れているという事実は、この状況の中で唯一の光明のように思えた。
 しかし、スルトがすぐに希望を打ち消すような事を言う。

「救援?いつ来るんだそんなもん。ボス級の虫はそれなりの戦力じゃねえと戦えねえ。基地にそんな戦力あるのか」
「……」

 基地にいるのは実戦経験の少ない実習生ばかり。
 教官は現役の軍人だが、それでもボス級の虫は手に余るだろう。カケル達を助けに来ようにも人手が要るし、準備が必要だ。
 助けが来るまでここで待てるのか。

「…基地にはマクセランの火竜が来ているわ」
「ステラ先生」

 いつの間に起きていたのか、体調が悪そうな蒼白な顔でステラが口を挟む。

「マクセランの火竜?」
「夏寮の寮長のセファンの事だ」

 ロンドの疑問にスルトがさらっと説明する。
 起き上がろうとするステラを、ロンドが近くに寄って支えようとした。

「無理しないでください」
「大丈夫よ…」

 どう見ても大丈夫ではなさそうな顔色なのだが、ステラはロンドの手を拒むと、淡々と続けた。

「ボス級の虫を狩るには、魔力レベルAの竜が二頭以上必要よ。このエファランにおいても、魔力レベルAの竜は百頭もいない。セファンは魔力レベルAの火竜。そして…」

 ステラの藤色の瞳にじっと見つめられて、カケルは目をぱちぱちさせた。

「俺の顔になんか付いてる?」
「おいおい、そこは惚けるとこじゃないだろ」

 スルトが軽くカケルの頭を叩く。

「まあ、要するにセファンの奴次第ってことか。あいつは暑苦しいけど、仲間を見捨てたりはしないからな」
「ああ」

 ルークとスルトは頷きあった。
 彼等は同じ夏寮なので、セファンの人となりはよく知っている。そして、一つの世代で数頭しか生まれない魔力レベルAの竜の実力も。セファンは既に戦務騎竜の資格を取っていて、将来軍で優遇されることが決まっている。

 セファンはカケル達を見捨てたりしない。
 彼が助けに行くと言えば、その実力を認められている彼の言葉を、教官達は軽視はしないだろう。

「当分待ちかよ、だりぃな。おっし、外に食糧探しにいくか」
「俺も行く。水飲みたいし、果物欲しいしー」

 洞窟の外に出ようとするスルトに、カケルはよいしょっと立ち上がって付いて行く。
 ロンドが心配そうにした。

「動いて大丈夫か?」
「動かないと身体が鈍っちゃうよ。ルーク先輩も一緒に行こうよ」
「ん?俺も?」

 手招きされて、ルークが不思議そうにしながらも、カケルを追って歩き出す。
 カケルは洞窟の出入口付近で立ち止まると、ロンドを振り返って言った。

「ロンド兄はステラ先生に付いていてあげて」
「カケル?」
「言いたい事は今言わなきゃ駄目なんだろ?ロンド兄は、ステラ先生と話したいことがあるんじゃない」

 口角を上げながら言うと、ロンドは渋面になった。
 先の戦いでロンドと同調したカケルは、ロンドがステラを気になっている事も、彼女に対して特別な思いを抱いている事も気付いていた。

「じゃあお大事にー」

 ひらひら手を振って洞窟から出る。
 洞窟の外ではスルトとルークが待ってくれていた。
 外は夜になっていて暗く、空は満天の星空だった。
 星空を見上げながらカケルは考える。

 イヴは今頃どうしているだろう。
 俺が戻ってこないと心配してくれてるかな。
 それとも、もう俺の事は諦めて帰っちゃったかな。

 ロンドの言う通り、危険な世界で生きているカケル達は、いつ戦いで命を落とすか分からない。
 もし、もう二度と会えないとしたら…カケルが彼女に伝えたいのは、どんな言葉だろうか。






 洞窟の中でステラと二人きりになって、ロンドは緊張した。
 ステラは短い艶やかな黒髪に薄い紫色の瞳をした、可憐な雰囲気の美しい女性だ。彼女の竜の姿は力強さを感じさせる姿なのだが、人の姿は打って変わって庇護心をくすぐる菫の花のような容姿をしている。
 背中に彼女の視線を感じる。ロンドは鼓動が早まるのを感じた。

 カケルの奴、気を利かせたつもりなのだろうが…僕とステラ先生は、個人的な話はほとんどしたことが無いんだぞ。お前とアラクサラとは違うんだ。

 無言でカケルが散らかした毛布や荷物の整理をしていると、ステラの方から話しかけてきた。

「ロンド・イーニーク。撤退しなかったのは何故です?貴方たちだけなら、逃げられたでしょう」
「先生を放って撤退なんかできませんよ」
「それは正しい判断ではありません。軍に入れば、上官の指示に反して撤退しないのは軍規違反になりますよ」
「僕たちは軍の人間じゃありません」

 ロンド達はただの学生で、軍隊の規律に従う必要はない。
 しかし、実際のところロンド達の行っている学校は国が管理している学校で、空戦科は軍人を育てる学科だ。軍人の卵のようなロンド達は、上官の命令には従うよう躾けられている。
 お互いに屁理屈を言っている。
 本当に言いたいことは、命令違反だとか、そういう問題ではないのだ。

「…僕は先生を知っています」
「!」
「僕の父と兄も陸軍の獣人でした。戦没者専用の墓地で、僕は花を供える貴方を見たんです」

 霧雨にけぶる視界の中、ほっそりと立つステラの姿を、ロンドは思い出す。
 消えてしまいそうに儚くて、でもどこか意思の強さを漂わせた彼女の背中を。

「もし、自分が死んでもいいなんて思ってるなら撤回してください。三頭虫ケルベロスに向かっていく先生は、死にに行っているように見えた」
「私は…」

 ステラは血の気の無い唇をかみしめた。
 彼女は年下の青年の指摘に戸惑っているようだった。

「僕は先生に死んで欲しくありません」

 ロンドは言いながら、なんだか告白しているような雰囲気だな、と他人事のように思った。

「私は自分のパートナーを守れなかった竜です。だから…」
「先生に守られたいとは思っていません。僕は、守りたいんです」

 自分が口に出した言葉に、ロンドははっとした。
 そうか…これが僕の戦う理由なんだ。

「先生…」

 思い切って、ロンドはステラに手を伸ばす。
 冷たく凍えるように震える、白い彼女の頬へ。
 ただ、暖めてあげたいと思った。



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