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風竜の俺と竜騎士な君 作者:空色蜻蛉

Act.14 帰る場所を探して

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02 爽やかな起床?

 エファランに来てから、カケルが昼寝大好きになったのには理由がある。
 七司書家にいた頃は昼寝どころか、夜の睡眠時間も削って勉強やら何やらをさせられる毎日だった。おおよそ生まれた時から将来は決まっていて、未来から逆算して現在為すべきことをスケジューリングされ、管理された日々。そこから逃げ出したカケルは反動のように、自由気ままに生きることにした。
 不自由だった時間を取り戻すように。

 連れ戻されてソルダートに囚われている今も、主義を変えるつもりは無い。
 もうカケルは呪術師になれない。
 だからかつてのように呪術の勉強に血眼になる必要はどこにもない。
 それに今のカケルは、エファランの竜だ。
 七司書家に戻ってきてからは一層、その自覚が強くなっている。
 かつての自分と、今の自分。変わらない七司書家に、変わってしまったカケル。七司書家は昔と同じようにカケルを管理しようとしているが、それに対する自分の感想が変わってしまったことに気付く。
 池で飼われる魚ではなく、空を飛ぶ鳥になってしまった。この変化は不可逆であり、もう二度と池の魚に戻ることはないのだ。

 七司書家に連れ戻されたカケルは、今は双子の妹であるフウカの騎竜ということになっている。本当はソルダートではなく本家があるアオイデに連れていかれる予定だったのだが、フウカが反対したのだ。
 アオイデにある本家の建物に入ったら、二度と外に出られなくなると知っているカケルは密かに安堵した。
 父であり七司書家の当主であるアリト・エルス・ライブラは、息子が隠し持っている呪術書アーカイブを欲している。もし父の望む通りに本家に連れていかれて、アオイデにある設備で呪術書を奪われれば、カケルはお役御免。人格を壊されて、物言わぬ騎竜にされてしまうだろう。さすがにそうなったらカケルと言えども二度と逃げ出せない。

 フウカの口添えが無ければ、最悪の事態になっていたかもしれない。
 今のカケルは妹のフウカに守られている。
 昔は次期当主の立場を利用して妹を守っていたのに、今は逆の立場になってしまった。






 その朝、カケルは巨大な羊さんに押しつぶされる夢を見た。
 悪夢から目が覚めると、お腹の上にニコニコ笑顔の妹が座り込んでいた。紺色の長い髪が朝の陽ざしを遮る簾のように、カケルの頭上に降り注いでいる。琥珀色の瞳は好奇心を帯びて光っていた。

「……フウカ、重い」
「酷いわ兄様。女の子に向かって」
「年頃の女の子は朝イチで年頃のお兄様の上に座ったりしないよ……」

 起床直後、カケルは思わず絶叫しそうになったが、辛うじて兄の威厳を取り繕って冷静に対応する。
 苦言を伝えると妹は無邪気な顔で首を傾げる。

「小さい頃はよく一緒に寝ていたでしょう」
「昔は昔、今は今。性別も違うんだから、もう一緒って訳にもいかないだろ」

 なんだか常識的なことを言っているなと思いながら真面目に妹を諭す。
 腹の上からフウカをどかそうとする。しかし七司書家の英才教育で武術も習っているらしい妹は、うまいこと重心をずらして位置をキープし、そう簡単にどいてくれなかった。彼女はカケルに跨ったまま、目を輝かせて両手を合わせる。

「それよ!」
「は?」
「性別の違い。昔は同じ体だったのに、とっても不思議だわ! 私、男の子に触るの初めてなの」
「うぎゃあああ」

 妹に容赦なくベタベタ体を触られて、カケルは目を回した。

「……俺、もうお嫁にいけない」

 這う這うの体で妹から逃げ出して、ベッドの隅に退避する。
 えぐえぐと泣きながらシーツに「の」の字を書くと、フウカは「そんな大げさな」と笑う。
 カケルは消沈しながら、そのまま妹を遠ざけてベッドの隅で着替えを始める。
 興味津々で見つめてくるフウカの視線が痛い。

「妹よ。頼むから着替えの時くらいは俺を放っておいてくれ……」
「嫌だわ、兄様。放っておくと兄様はどこかに飛んでいってしまうじゃない」
「飛んでいきたくても飛んでいけないって。契約紋付けられてるんだから」

 着替えながら二の腕に赤黒い線で描かれた幾何学的な紋様を示す。
 契約紋と呼ばれる術式は肌に浮かんでいる模様が本体ではない。模様は分かりやすいように、わざと肌に見えるように付けてあるだけで、本当の術式は体内に埋め込まれている。

「契約紋くらいで兄様を大人しくできるとは思ってないわよ。昨日はユーリ兄様と、どこに行ってたのかしら」
「ドライブに付き合ってただけさ」
「嘘ばっかり」

 唇を尖らすフウカを素知らぬ顔でいなす。
 たとえ可愛い妹であろうと、何もかもを話す訳にはいかない。敵であっても味方であっても、言葉は慎重に選ぶ必要がある。
 七司書家では目に見えぬ言葉こそが身を守る最強の武器であると教えられる。言葉を操り会話を組み合わせて巧みに相手を誘導する術は、呪術の術式の組み合わせの考え方にも通じる。派手な攻撃の術式だけが呪術ではない。

 妹とは敵同士の関係だ。

 一見、和やかな家族の会話に見えるかもしれないが、そうではないことをカケルは知っている。普通の家族なら、まず、家出したことに関して怒るなり泣くなり、言い争いが起きるだろう。しかし妹に連れ戻されてから、カケル達はそういった通常の家族が踏む手順を一切すっとばして、互いに相手をうまく利用するための交渉を水面下で繰り広げている。
 本当は、腹を割って妹のフウカと話をしたい気持ちもある。
 だが再会した妹はすっかり七司書家の呪術師になってしまっていて、カケルは本音の遣り取りをする機会を失ってしまっていた。
 ごめん、も、ありがとう、も、今は使えない言葉だ。

 家出する前に妹と交わした会話をふと思い出す。

 どこへ行くの? どこにも行かないで……。

 たぶん記憶にあるあの言葉だけが、妹と自分の間にあるたったひとつの真実なのだろう。



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