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風竜の俺と竜騎士な君 作者:空色蜻蛉

Act.14 帰る場所を探して

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01 その感情の名前

 空はどんな色だっただろう。
 思い出せない。
 知識では「青」という色だったと思うのだが、この瞳に映る景色に色は無い。色褪せた平坦な灰色が、視界を覆い隠す。

 ソルダートに連れて来られてから、マリアの視界から色は失われてしまった。彼女は上品な赤色の鱗を持つ竜で、その色の深さをパートナーから誉められたこともある。だが今は自分の鱗の色さえ分からない。
 パートナーを組んでいる男性の竜騎士とは機会をみて契約する予定だった。まさか未契約の間にソルダートに拐われることになるとは、夢にも思っていなかったのだ。

 ソルダートの軍人は抵抗する彼女に無理やり契約紋を施した。
 その強引な契約のショックでマリアは視力を失った。
 人間の姿では視界は暗闇で真っ直ぐ歩けない。竜の姿なら、何とか世界が見える。平坦な灰色の世界だが。
 不具合がある彼女は竜の姿のまま、竜舎に閉じ込められて、必要な時に引き出されて使われることになった。同じような境遇の同胞に話を聞くと、彼女はまだ幸運な境遇らしい。人間の女性の姿だと、下劣なソルダートの男に慰みものにされる可能性もあるそうだ。
 マリアは汚されていない自分の身に感謝したが、一方で絶望に身を震わせる。
 帰れるのだろうか。エファランに。

 ほの暗い竜舎の中で丸くなって微睡む。
 天井が高い建物の中に竜が何体も収容されている。一日に二回ほど、軍人が食べ物を持ってくる。それ以外、用が無い時はずっと眠っていた。
 こんなに長く竜の姿になっていると、人間の姿を忘れてしまいそうだ。このまま言葉を忘れた獣になってしまうのだろうか。
 いっそ忘れてしまいたい、何もかも。
 そうしたら楽になるのだろうか。

 ふと、鱗を冷たい風が撫でた。

 マリアは目を開ける。
 竜舎の中に見知らぬ人間がいた。人間、いや、竜だ。その青年からは竜の気配がした。
 いったい彼は何者なのだろう。
 ソルダートの服装だけど、食事を運んでくる係では無さそうだ。同じ竜だし。ソルダートでは従順な一部の竜は人の姿で出歩くことが許されていると聞いたことがある。彼もそうなのだろうか。

『目が見えないの?』

 彼が念話で聞いてくる。
 伝わってくる感情は悲しそうだった。

『……竜の姿なら、見えるわ』

 不思議に思いながら、マリアは彼に答える。

『君の目、白い膜が掛かったみたいになってる。たぶん、竜の魔力で周囲の情報を読んでるだけだよ』

 戸惑うマリアの鼻先に、今は人間の姿をした彼の手が触れる。
 その瞬間、彼女は力の気配に身震いした。
 青年からは強い竜の魔力が流れだしている。
 彼の魔力が鱗から伝わる。冷たい水を浴びたように、ぼやけていた意識が鮮明になった。

『諦めないで』
『……?』
『ヘンドリックは、君のパートナーは、君のことを忘れてない』

 懐かしい名前に、マリアは思わず飛び上がりそうになった。
 すぐに鼻先を軽く叩いて青年が『落ち着いて』と合図する。

『あなたはいったい……』

 思わずマジマジと青年の顔を見て、マリアは青年に見覚えがあることに気付いた。どこかで……エファランで会っている?

『また会いに来るよ』

 青年はくるりと背を向けて歩き出す。
 その背が消えるまで見送ってから、彼女は思い出した。

 ソルダートに拐われる直前、マリアは学校の演習に参加していた。演習の参加者は同じ学年の生徒が多かったが、ヘンドリックの友人が後輩を連れて参加していたのだ。その後輩は珍しい風竜で、まるで空のような「青」色の鱗をしていた。
 演習の風景が鮮やかに脳裏に甦る。
 目を閉じてマリアは思い出を噛み締める。
 捕らえられて閉じ込められてから、随分久しぶりに感じる。エファランへ帰りたい、絶対に生きて帰るのだという想い。

 その感情の名は「希望」という。






 カケルは竜舎の前で待ってた車に乗り込んだ。
 ソルダートでは機械の車が舗装された道路を走っている。この国でも高価な四輪駆動車だが、舗装された道が限られるのであまりスピードを出せない。
 車の中はカケルと運転手だけだった。
 運転手はソルダートの軍服を着ていたが、所属を表す印を付けていない。軍服の襟にこぼれた髪は藍色で、カケルをちらりと見た瞳は澄んだ水色だった。目の下にほくろがあり、どこか泣いているような印象を受ける容貌をしている。

「もう用事は済んだよ。寄り道してくれてありがとう、ユーリ兄さん」

 そう、カケルは声を掛ける。
 運転手の男性はカケルと血の繋がった異母兄だった。

「そうか、もういいのか」
「ああ」

 カケルの返事に、兄のユーリは車を公道へ走らせ始めた。
 頬杖を付いて外を眺めながらカケルは彼に問いかける。

「なんで兄さんは協力してくれるの?」
「協力してくれと頼んできたのは、お前じゃないか」
「そうだけど」

 ちらりと車に付属している鏡ごしに兄の様子を伺う。
 鏡ごしに目が合った兄は口角を吊り上げた。

「6年前、お前が逃げ出した時の父上の顔は見ものだった。僕はあんな父上の顔は初めて見たよ。実に面白かった」

 ニヤニヤしながらユーリは滑らかな動作で車を操作する。
 この兄は昔から機械をいじるのが好きだった。普通なら下僕にさせる運転手役を自分でするくらい、今も機械が好きらしい。

「今度も、とんでもない事をしでかしてくれるんだろう」

 楽しみだ、と悪趣味な兄は笑う。

「勿論。期待していてよ」

 カケルは安請け合いして不敵な笑みを浮かべた。
 内心では、どうしようと頭を抱えていても、表情には出さない。七司書家の兄妹達は、自分も含めて腹に一物抱えた者ばかりだ。協力してくれていても信頼できるとは限らない。
 心を許せるエファランの仲間達が恋しくなってくる。
 エファランへ帰りたい。
 帰ってイヴと仲直りして、一緒に空を飛びたい。
 あの自由の空へ、もう一度……。


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