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風竜の俺と竜騎士な君 作者:空色蜻蛉

Act.13 もう一度、君と出会うために

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06 潜入任務

 葦原国アウトバウンドの空気は埃臭い。
 最近、この国に引っ越してきたばかりの男は憂鬱になった。故郷である高天原インバウンドの空気は、もっと潤っていて爽やかだった。しかし大結界ダイアルフィールドを一歩出ると、そこは荒涼とした大地が広がるばかり。いくらここが開拓されて人が住めるように整えられた場所だとしても、乾いた空気と時折風に混じる砂が彼を苛立たせた。
 はやく任務を終えて高天原に帰りたいものだ。

 物思いに耽っていた男は、見覚えのない子供が門に駆け寄ってくるのを見て我に返った。
 にわか門番とは言え仕事は仕事だ。
 彼は子供の前に立ちふさがって通せんぼをする。

「どこの者だ?」

 足を止めた子供を観察する。
 子供は滅多にない白銀色の髪に湖の色の瞳をしていた。繊細な造作に、少女かと思ったが、胸元に目を走らせると膨らみが無い。喉元や顔の線には女性には無い力強さがあった。
 その首は革製の首輪が巻かれている。
 人間とは思えない美麗な少年だと思ったが、やはり獣人らしい。
 ここソルダートでは獣人は首輪をしているからすぐに分かる。

「すいません、僕、ここのひとに呼ばれて」
「一人で来たのか」

 男は引っかかりを覚えた。
 ソルダートでは獣人はペットのようなものだ。主人を離れて一人で行動することは少ない。
 不審を覚えて問いただそうとした時、門の内側から声が掛かった。

「ああ、そいつ、俺がこっそり呼んだんだよ」

 門の内側では同僚が締まりのない顔でへらへら笑っている。
 男は同僚の趣味の悪さに内心げんなりしたが、こんな子供にはどうせ何もできまいとタカをくくった。

「あんまり奥には入れるなよ。ここは一応、軍事基地なんだからな」
「へいへーい」

 ソルダートの北西部にあるアルダの軍事基地内では、規則でがんじがらめにされた兵士達が欲求不満を抱えていた。人間の女性の地位が高いソルダートでは、欲求のはけ口として獣人の少女や少年が選ばれることもある。内緒で奴隷を連れ込むのはそう珍しいことではなかった。
 男は仕方なく脇にどいて銀髪の少年を通した。





 銀髪の少年、スルト・クラスタは首尾よくアルダの軍事基地内に潜入できて安堵した。
 彼は浮かれている兵士を物陰に連れ込んで意識を失わせると、行動を開始する。

 スルトは敵国ソルダートへの潜入任務の従事中の身だ。
 まだ学生の彼だが、エファランでは18歳前後の種族の選択が成人であり、既に自分の種族を選んでいるスルトは立派な大人とみなされる。正式に軍に入っていないとはいえ、現在のエファランを取り巻く状況は不穏で、使える者は使えという雰囲気になりつつあった。
 ましてやスルトの生まれたクラスタの家は、偵察や潜入を得意とする獣人の一族である。

 事前に調べてある基地の見取り図を頭の中で確認しながら、灰色の建物の内部を奥に進む。
 そうして倉庫のような場所に忍び込むことに成功した。
 灯りの設置されていない薄暗い倉庫には鋼鉄の檻がいくつも積み重なっている。
 檻の中には獣達が閉じ込められていた。
 彼等の視線が、忍び込んできたスルトに集中する。
 視線を浴びたスルトは口の前で指を立てて「黙ってくれ」とジェスチャーした。
 音を立てない足取りで一番奥の檻に近づく。
 一番奥の檻には黄金の毛並みのヒョウが紅い瞳を光らせていた。

『……スルト・クラスタ。君か』
『ようエイドさん。下手を打ったな』

 口に出して話すと外の兵士達に気付かれる恐れがある。
 スルトは獣人と竜だけに可能な念話テレパシーで会話した。

『部下を助けようとして自分も捕まっちまうなんて、貴方らしいというか、らしくないというか』
『つい頭に血が上ってしまった。申し開きもできない』

 檻の中のヒョウは、オルタナの兄であるエイド・ソレルだ。
 つい先日、国境線のエファランの農村がソルダート軍に襲われた。エイドは応戦した際に部下を庇って負傷し、数名の村人と部下と共にソルダートの捕虜になってしまっていたのだ。

『傷はどうです? 走れそうですか?』
『正直あまり良くない。この檻は我々の治癒力を阻害するようだ』

 エイドの返事を聞いてスルトは考え込んだ。
 ここは敵地だ。
 檻から出したとしても負傷しているエイド達が無事に逃げ切れる保証はない。

『……また来ます』

 今日は偵察に留めようと、スルトは思った。
 今のところソルダートはエイド達を閉じ込めているだけで殺す気配がない。
 まだチャンスがあるかもしれない。

『スルト。いざとなれば俺達は見捨てていけ。他の者にもそう伝えろ』

 静かな覚悟が念話を通して伝わってくる。
 そう簡単に諦められるなら、こんなところまで来ないぜ。
 スルトは内心で思ったがエイドには言い返さずに、元来た道を引き返した。
 人の気配を避けて基地の内部を駆け抜ける。
 しかし、建物の非常口から外の通路に出たところで、兵士の接近を許してしまった。

「ん? 獣人?」

 この基地はうろうろしている人間が多すぎる。行きに見つからなかったのは僥倖と言って良い。この調子では次回があるかどうかも怪しいものだ。
 できれば特徴を覚えられたくないのだが。顔を覚えられてマークされれば潜入どころではなくなる。

「止まれ!……ふおっ?!」

 風が吹く。
 追って来ようとした兵士とスルトの間を、不意の強風が走り抜けた。
 風は建物に立てかけてあった掃除用具を押し倒し、兵士は地面に転がった箒の柄につまづいて転んだ。スルトはこれ幸いとダッシュして基地の塀を乗り越える。
 壁に沿って裏の市街地に足を踏み入れた。
 耳を澄ませても基地の方から騒ぎの音は聞こえてこない。
 どうやら大事には至らなかったようだ。

「……で。なんでお前がここにいるんだ?」

 一息ついたスルトは人気の無い路地で屋根を見上げた。
 いつの間にか、屋根の上にはソルダートで支給される軍服の暗い赤をまとった青年が立っている。紺色の髪に明るい榛色の瞳。飄々として肩をすくめる青年からは、澄んだ風が流れ出している。

「んー。お昼寝場所を探して、かな」

 青年はふわりと微笑んだ。
 その表情を見て、スルトは思わず気が抜けるのを感じた。

「ソルダートでよく眠れるのかよ……カケル」


 
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