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風竜の俺と竜騎士な君 作者:空色蜻蛉

Act.12 その手を離さないで

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10 兄妹の再会

 カケルは行儀悪くも、保健室の窓を開けて外へ脱出した。
 外に出ると夕暮れの時間になっていて、校舎が黄昏色に染まっている。
 できるだけ学校から離れたくなって、カケルは街の中へ歩き出した。この辺で一番、人気が少ない公園を目指す。夕闇に沈む公園は目論見通り、人がいないようだった。

 歩きながらカケルは、イヴのことを考える。
 彼女の腕に残る、己が掴んだ痕の赤い肌を思い浮かべる。

 大切にしたいと思っていた。
 傷つけたくないと思っていた。
 けれど現実には自分の手で彼女を傷つけている。そのことはカケルに少なからずショックを与えた。
 反省する気持ちと共にカケルは暗い歓喜を感じている自分を発見する。それは、彼女を傷付けてやりたいという、暴力的で利己的な感情。

 冷静に考えてみれば彼女の行為の裏にある理由は理解できる。要はカケルがのらりくらりと答えをはぐらかしているのを、我慢できなくなったのだろう。この間「契約や~めた」と宣言したばかりだ。妹の件もあって、しばらくイヴから遠ざかろうとしたのが裏目に出たらしい。
 それにしても彼女があのようなアグレッシブな行動に出るとは、夢にも思っていなかった。

 イヴは薬物まで使って卑怯な真似をして、自分を追い詰めようとしたのだ。しかし正気に戻った今、彼女を軽蔑するような気持ちが沸いてこないことを、カケルは不思議に思った。
 それどころか胸の奥底には嬉しい気持ちすらある。
 もし、あのような乱れた格好を積極的に見せる相手が、自分だけだとしたら。
 優等生で清純なイヴの、誰も知らない一面を自分だけが知っている。
 それは密かにカケルの優越感をくすぐる。

 彼女を自分だけのものにしたい。
 印を付けて閉じ込めたい。
 竜としてのカケルが考えていることなんて、彼女が知れば真っ青になるくらい、仄暗いことばかりだ。だけどきっと、これが誰かを好きになるということなんだろう。

 公園の木々の間を縫って歩いていたカケルは、ふと足を止めた。
 誰かが正面に立っている。

「……あなたはだれ」
「……?」
「夕暮れ時は別名、彼は誰時とも言うそうですね。暗闇で相手の顔が見えなくて、誰か分からないから。でも、あなたには私が誰か分かるでしょう。私もあなたが誰か分かります。どんなに変わってしまったとしても……」

 涼やかな女性の声が夕風に乗って響き渡る。
 カケルの心臓が跳ねた。
 こちらに向かってゆっくりと近づく、黒髪の少女。

「フウカ」
「久しぶりです、カケル兄様」

 あの映像で見た少女が、今、目の前に立っている。
 背丈は同じくらいか妹の方が少し低いくらい。
 上等な呪術師のローブを着た妹の顔は、確かに記憶のものと一致しているが、変わったものがある。それは自分と同じ琥珀色の瞳に宿る知性の輝き。カケルが実家にいた頃、妹のフウカは知恵遅れの傾向があった。しかし今、カケルを見る瞳には油断ならない強い意志と知恵の気配がある。

「迎えにきましたよ、カケル兄様」
「まいったなあ」

 驚きから覚めたカケルは後ろ頭をかいた。

「来るだろうと思ってたけど、早すぎるや」
「うふふ。あまり時間を掛けると兄様は逃げてしまうと思って。私の勝ちですね?」
「完敗だよ」

 和やかに会話を交わす兄妹の間には、目に見えない緊張感がある。
 カケルは内心、ちょっとまずったなと思っていた。
 妹の来訪は予期していたことだった。前もって、いくつか手を打って準備しておこうと思っていたのに、まだ準備途中だ。しかしもう時は来てしまった。仕方がない。
 イヴと中途半端な別れ方をしたのが気になる。
 だが、彼女の気持ちを知って安心した部分もある。明日、彼女は嘆くだろう。泣くかもしれない。そのことにカケルの醜い心が充足感を覚える。ああ、これで繋がっていられる。お互いを傷つけあった過去が、自分と彼女を結び付ける強固な鎖となる。だから、これで良い。

「カケル兄様は、私の竜になっていただきます。また一緒に暮らしましょう。ねえ、兄様?」

 妹は不吉な笑みを浮かべる。
 肉眼では確認できない術式がその足元でうごめいている。カケルの魔眼には、光の網が自分を取り囲む様子が見えていた。それは竜を支配する契約紋の術式。通常は合意なしだと竜の抵抗にあうものだが、カケルと彼女の間にはそれは当てはまらない。
 カケルとフウカは双子だ。
 お互いの術式は無制限に相手に付与できる。本来、合意なしに掛けられない契約紋も、カケルには抵抗ができないのだ。自分はこれから、妹に、ソルダートに囚われ、七司書家に連れ戻されるだろう。

 抗いようのない術式に呑まれて意識が遠ざかる。
 崩れ落ちるカケルはわずかに笑みを浮かべた。
 絶望するには、まだ早い。
 いつだって生きている限り、反撃のチャンスはある。
 カケルはそれを知っているのだ。






 日が沈んだ学校の夏寮の出入り口付近で、ストロベリーブロンドの少女が立っている。
 寮の玄関に灯った明かりに照らされて彼女の長髪は穏やかな橙色に染まった。明かりの色が映り込む白い頬には、不安な想いが表れている。

「まだかしら……」

 きっと顔を合わせて少し話せば、先ほどの出来事について和解できる。
 付き合った期間はそう長くはないけれど、許してくれるだろうという根拠のない確信があった。
 彼と同じ部屋のオルタナにも、彼が帰ってきたら教えてくれるように頼んである。帰る場所はここ以外にないのだから、ここで待っていれば会えるだろうと、そう思っていた。

 早く貴方に会いたい。

 太陽が姿を消した空には、白く輝く月が二つ昇ろうとしている。
 この世界の夜空を彩る二つの月。
 双子の兄妹に例えられる、紅望月ルイーナ藍待月ルイン

 やがて時が過ぎて二つの月が見合う深夜の刻になっても。
 待ち続ける彼女の前に彼が姿を現すことはない。








 Act.12 その手を離さないで  完

 Act.13 もう一度、君と出会うために  へ続く




次回からソルダートを舞台にしたカケル側の話と、エファランのイヴ側に分かれて話が展開します。カケルとイヴは必ず出会える運命ですが、二人の間にはまだまだ困難が……ゲホゲホ。
いつだって新しい物語を書きたい!と思っています。
まだまだ激変する、だけど主人公のカケル君はふわふわする風竜の物語を、これからもよろしくお願いします。
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