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風竜の俺と竜騎士な君 作者:空色蜻蛉

Act.12 その手を離さないで

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09 たとえ傷つけあったとしても

 本当はずっと不安だったの。
 私は何でも持っていると思っていた。
 呪術師としての才能も、守ってくれる家族も、健康な身体と竜騎士になるに足る体力も、同性から羨まれる外見も、エリートとしてやっていくために必要なものを全て。
 何でも手に入ると思っていた。
 学年一番の成績も、頼りになる仲間も、釣り合う能力を持つ竜も。

 だけど、貴方だけが思うようにならなかった。

 貴方は何にも執着せず、何も持っていなかった。呪術師としての才能も、守ってくれる家族も、学校での成績も良くなくて、だけど何も欲しがっていなかった。
 男性の竜なら喉から手が出るほど欲しがるだろう、この私も、あっさり必要ないと言い切れる。
 悔しいわ。
 私は知っているの。貴方は強い。何も持っていないようで、でも何もかもを手にしている。何も持っていないのは実は私の方。私が持っているのは全て、与えられた力よ。貴方の持つ力は自分で勝ち取ったもの。

 だから貴方に惹かれたんだわ。

 ねえカケル。
 貴方はどう? 本当に私のことが……好きなの……?






 イヴは広い保健室の中で、生徒がいない一角を選んで、ベッドの仕切りをひいた。その中にカケルを引き込んで、目の前で上着を脱ぎ、タイツをずらして、素足を見せる。湿布を貼るという名目だったが、本当はカケルの反応を見たかった。
 彼女の不安定な女性の部分がそのような危うい行動に走らせていた。
 カケルは視線を逸らしてイヴを見ないようにしている。
 彼女はそれをじれったく思った。

「カケル……私と契約しないって、本気じゃないわよね?」
「そんなことも言ったかなあ」

 あくまでも惚ける風なカケルに内心苛立ちながら、言葉を重ねる。
 仕切りの中に広がる湿布薬のハッカの匂いに混じって、濃密で複雑な花の香が漂う。竜にだけ聞く薬品の香だ。この香は竜の本能に訴えかけ、思考を単純化させる効果がある。

「じゃあ今聞くわよ。私と契約するつもりはあるの」
「か、考え中」

 視線を宙に彷徨わせてカケルが苦しい返答をする。

「今決めて」
「ええ?!」
「私もいい加減に決めたいの。答えてくれないなら、私だって他に良い竜を探すわ」

 今まで自分からは決して言わなかった、試すような言葉。
 カケルが去ってしまうかもしれないと恐れてイヴの方からは切らなかった関係。
 それに言葉のメスを入れる。

「本気……?」
「あと二年しかないのよ、カケル。二年なんてあっという間よ。早くパートナーを決めて、一緒に飛ぶのに慣れたいの」
「……」

 遠くを見ているカケルの眉間に皺が入る。
 答えを考えているようだが、仕切りの中に漂う香が思考の邪魔をするだろう。
 今度は有耶無耶にさせない。イヴは彼の思考の邪魔をするために、淡々と続けた。

「貴方はどう考えてるの? 私が他の竜に乗って、他の竜と契約してもいいの?」
「それは……」
「私を見て答えて」

 わざとボタンを外してスカートの裾を乱し、肌を見せる。下品にならない程度に。
 見ろと言われてこちらを見たカケルがぎょっとする。
 明らかに動揺したカケルの姿にイヴは溜飲を下げた。

「どうして何も答えないの? どうして私から逃げるの? 貴方がそのつもりなら、私だって逃げるわよ」

 わざとらしい挑発。普段の冷静なカケルなら引っかからないかもしれない。でも、密室で二人きり、理性を失わせる香の効果もある。苦しそうに眉を潜めた彼の琥珀色の瞳に黄金の光の欠片が瞬いた。
 竜の本能が彼を興奮させている。

「イヴ、本当に、本気で言ってるのそれ」

 険しい顔をしたカケルが、ベッドの上のイヴに近づく。
 接近した彼は腕を伸ばしてイヴの後ろの壁を叩いた。
 ダンッ、と大きな音が鳴って、イヴはびくりとする。
 カケルの怒った顔を見たのはこれが初めてだった。

「君にそんな覚悟があるの? 今だってこんな震えてるのに……」
「っつ!」

 興奮した竜の暴力的な気配に、イヴは無意識に怯えて拳を握り締めていた。
 怒りに燃えている癖に冷ややかな眼差しでカケルは彼女を覗き込む。

「……他の竜と契約する? 嫌に決まってるだろ。胸糞悪いよ。だけどイヴが本気なら、俺は止めない」
「じゃ、じゃあ他の竜と契約してもいいのね?」
「良い訳ないだろ!」

 上ずった声で返すと、カケルは大きな声で否定した。

「君とずっと一緒にいたいよ! 一緒に空を飛んでいたい、いつまでも……」

 竜族の瞳が光るのは、魔力を使用しているときか、興奮している時。
 カケルの瞳の色は深い黄金に光って、狂おしい程の熱を込めてイヴだけを見つめている。
 悲痛を込めた声がイヴの心に響く。
 ああ、この言葉が聞きたかったのだ。
 綺麗にラッピングされた飾り物よりも、ベールに覆い隠された真実を。
 ベールを無理やり剥ぐことが貴方を傷つけたとしても。私も傷が欲しいのだ。消えない傷が。不確かな貴方に繋がる、確かな傷が。

「くそっ」

 吐き捨てたカケルが腕を伸ばして彼女の身体を押し倒す。
 荒っぽい動作には普段の柔らかさは無い。
 普段どれだけ、彼がイヴを大事に扱っているか今なら分かる。力づくでねじ伏せられて、痛みにイヴは呻いた。カケルの荒い吐息が頬を伝って首筋に落ちる。馬乗りになったカケルからは危険な気配がした。香の効果が予想以上に効いているらしい。
 密かにイヴは焦りを覚えていた。このままでは取返しのつかないところまで行為が進むかもしれない。
 その時、仕切りの向こうから声が聞こえた。

「……もしもし。うーん、仕方ないな」

 ふっ、と風が吹いて、一瞬で香の匂いを吹き飛ばす。
 熱が冷めていく。
 仕切りの向こうに立つ大人の男性らしい人影は、仕切りに手を出すことなく淡々と言った。

「たまにいるんだよな、保健室を逢引に使う奴。怪しい用途に使うのは厳禁だよ。さあ、頭が冷えたなら、出てってくれ」

 どうやら大声で話していたのを聞きつけた誰かが、教師を呼んだらしい。
 イヴは慌てて「す、すいません」とか細い声で謝った。
 この場所や香について教えてもらって悪巧みをしたのはイヴの方だ。ばれてしまったら、恥ずかしいが責任を取るしかない。
 一方のカケルは茫然としているようだった。

「俺は……何を」

 熱が去ったらしい落ち着いた瞳の色に、困惑が入り混じる。
 彼はゆっくりイヴの上から退く。そして、力任せにつかんだせいで、赤く痣になったイヴの腕を見て、悲しそうな顔になった。

「ごめん」
「ち、ちがうの、カケル。私が……」

 普段の冷静さを取り戻したカケルが何を思ったか、イヴは理解して慌てて彼を止めようとした。この悪巧みをする上で、カケルが本当は真面目で責任感が強いということを失念していたのだ。こんな状況になっても、イヴを責めずに自分を責めるだろうことを、忘れていた。

「少し、一人にしてくれないか」

 低く言ったカケルは憂鬱そうな顔でベッドから出て、仕切りの隅から出ていこうとする。

「待って!」

 イヴは止めようとしたが、自分の身なりが乱れていることを思い出して、最低限の身支度をすぐに済ませようとした。その一分二分の時間が、二人の運命を変えることになる。
 後で彼女はこの時間を思い出して自分を責めることになる。
 なぜ形振りかまわずカケルを止めなかったのか、と。
 カケルをそのまま行かせてしまったのか、と。

 彼女は急いで仕切りをめくって外へ飛び出す。見回してもそこにカケルの姿は無い。開いた窓から夕暮れの冷たい風が吹き込んで、白いカーテンを揺らしていた。
 夏が終わる気配がした。



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