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風竜の俺と竜騎士な君 作者:空色蜻蛉

Act.01 君に出会った時から俺の(昼寝)人生設計が崩れ始めた

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11 竜への覚醒

 俺は、君が羨ましいよ。
 君は俺がどれだけ望んでも得られなかったものを持ってるから。だって俺は………どれだけ望んでも、呪術師にはなれないんだ。







 見渡す限り書物が並ぶ広大な書架の真ん中で、一人の少年がノートを片手に書物を読んでいる。周囲に人の姿はない。
 そこは大きな洋館の一室だった。
 掃除をしようにも本が多すぎるからか、書物の半数近くには埃が積もっている。窓から差し込む光に透かして、細かい埃が浮遊していた。古い本の臭いと、静謐な空気が部屋の中を満たしている。

 少年は父親に命じられて、書物の内容を訳したものをノートに書き取っていた。対象の書物が多いため、少年は朝から外に出ていない。
 いや、朝からどころか、数日前からずっと、少年は館の外に出ていなかった。

 窓の向こうには明るい夏の空が広がっている。
 時折、窓の外から子供の声が聞こえた。水の掛け合いをして遊んでいるらしい、高い笑い声が遠くから響く。

 外は暑いらしいが、冷気の呪術がかけられている室内は快適だった。しかし少年は、暑い外で楽しそうに遊ぶ子供の声に耳を澄ませ、その姿が見えないか気になって度々窓際を振り返った。
 あと少し。これが終われば、あの子供達に混じって自分も遊べるだろうか。
 太陽の下で水を浴びて、近所の子供と騒ぐ自分を想像しながら、しかし、そんな日は来ないだろうことを少年は悟っていた。これが終わっても次の課題が渡されるだけだろう。

 父親は彼に課題を渡しながら満足げに言う。
 お前は才能があって飲み込みが早い、きっと七司書家セブン・ライブラリアンの最高傑作になるだろう、と。

 褒められた少年は、父親を満足させたことに安堵しつつ、微かな不安を覚える。
 いつまで頑張ればいいの?
 いつになったらこの日々は終わるのだろう。




 ――少年が12歳の誕生日を迎えたとき、
 日々は唐突に終わりを迎える。




 それは一族で定められた儀式の日。
 一族の子供が呪術師になるために、呪術書アーカイブを解読する、ある意味、成人よりも大切な儀式が、少年の誕生日に合わせて行われた。
 大人達の期待の篭った眼差しを背に受けながら、少年は臙脂色の書物の装丁に手を伸ばす。
 通常なら触れた瞬間に、呪術書アーカイブに収められた呪術が発動し、少年の前に彼のナビゲータが出現する筈だった。

 しかし、呪術書アーカイブは沈黙したままだ。

 様子を見守っていた大人達は、進展しない儀式におかしいと騒ぎ出す。呪術書アーカイブを確認してからやり直したが、状況は変わらなかった。
 儀式は延期となり、後日、呪術書アーカイブが反応しなかった理由が調査される。その結果、分かったことは、非常に珍しい性質だが、少年が呪術の規格に適合していないということだった。

 お前は欠陥品だったようだ。
 そう父親は言って、少年に背を向ける。父親にとって子供は家を存続させるための道具で、モノでしかなく、少年は父親の台詞でそれを悟った。

 家族の誰もが少年をいないものとして扱い、それならと、少年は家を出る。長い間憧れた青い空の下へ、少年は旅立った。







 エファランでの日々は楽しいものだった。竜になりたいと言ってふざけてみては、周囲を呆れさせる毎日。
 しかし、惚けた表向きの顔とは裏腹に、実はカケルにとって竜になりたいというのは、暗い過去からなる切実な願いだった。


 窓の外の世界へ――
 血のしがらみから自由になって、恋焦がれた空へ、古い記憶を捨てて飛び立ちたい。







 気がつくと、カケルは青空の中に立っていた。
 ぼうっと立つカケルを覗き込んでいるのは、大きな黄金の瞳だ。大人の身長より少し小さいくらいの黄金の瞳の中に、鏡のように映りこむ自分の姿を見つけて、カケルは我に返った。

 深い蒼色の鱗の竜が、カケルを覗き込んでいる。


 ――それがお前の願いか?


 竜が問う。
 カケルは戸惑いながらも、竜の問いに答えた。


 ――そうだよ。俺は自由になりたいんだ。

 ――。


 蒼い竜は長い首を振る。その様子は、カケルの答えに納得していないようだった。
 竜を説得するために、カケルは言葉を続ける。


 ――空を飛ぶってどんな感じか、知りたいし。
   昼寝がしたいし……


 思い出の中で、本の海に窒息しそうな少年が手を伸ばす。
 青い空へと。
 不意に、伸ばした手の先の空色が、ある少女の瞳の色と重なった。


 ――眩しいな。
   道理を分かった親に育てられて、
   周囲に振り回されることなく、
   自分で自分の道を選んで、
   それを周りにも認めさせてる。


 自分を睨む空色の瞳を思い出して、カケルは苦笑した。
 捻くれてしまった自分と違って、彼女は真っ直ぐに夢を目指して進んでいる。
 カケルが望んでも得られなかった光の道を。


 ――もう少し、あの娘を見ていたいな。


 臆病な自分が、前に進む勇気が持てるまで。


 ――そうか。


 竜が穏やかに頷いた。
 向き合う蒼い竜に、カケルは問い掛ける。


 ――ところで、君は誰?


 その問いに、竜は翼を起こして、鱗に覆われた皮膜を優雅に広げた。翼から生じた風が緩やかにカケルの頬を通り過ぎる。
 竜の翼は光を受けて深い蒼から透明な空の色へと、繊細なグラデーションを描いた。


 ――俺は、お前自身だ。










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 暗い水を湛える水面の上で、白い光が爆発する。
 光の中から、夜闇の中でも眩しい、サファイアの輝きを放つ蒼い竜が現れる。
 生まれたばかりの蒼い竜は、暗闇を裂いて夜空を飛翔し始めた。









『……イヴ!』

 崖から落ちた衝撃で、意識を飛ばしていたイヴは、脳裏に響く呼びかけに目を覚ました。
 一瞬、まだ空中を落ちている最中かと錯覚する。
 しかし、浮遊感はあるものの、お尻の下に硬い感触を感じて、そこが空を飛ぶ巨大な生き物の上だということを理解した。
 見回すと進行方向に鱗に覆われた長い首があり、左右にコウモリ型の巨大な翼が風を孕んで羽ばたいている。

 ここは竜の上だ。

 夜空を彩る2つの月は、イヴが騎乗する竜の蒼い鱗を照らし出している。月明かりを受けて竜の鱗がサファイアのように光った。

『イヴ、目が覚めた?』
「…カケル…なの?」

 驚いてイヴは目を丸くした。
 竜の声は確かに、同級生の青年の柔らかで惚けた響きを含んでいた。竜になりたい、と言っていたが、まさかこの土壇場で覚醒してしまうとは。

『うん、俺、竜になったよ! 初めて空を飛んじゃったぜ!』

 喜びに浮かれた返事が返る。
 その返事を聞きながら、イヴは徐々に驚きから醒めて、冷静になった。

「ロンド先輩達は大丈夫なの? 今はそっちの方が重要よ!」
『ロンド兄とリリーナなら無事だよ』

 蒼い竜は体を斜めに傾けて旋回する。
 斜めに傾いだ竜の上で、特にずり落ちることなくイヴは戦場を俯瞰した。エファランでは竜に鞍を付けないが、鞍を付けなくても基本的に竜の魔力によって騎乗者の安全が守られる。
 キャンプ地の上空では、頭上を旋回する蒼い竜を見上げる2体の竜騎兵の姿があった。

「まだ、竜騎兵が残ってる」

 残存する敵の姿にイヴは眉をひそめる。
 彼女の懸念を、蒼い竜が軽やかに一蹴した。

『残ってるのはあいつらだけだよ。
 さっさと追い払って朝ご飯にしようぜ』

 竜の声は確信を持ってイヴに告げる。

『大丈夫。俺たちなら出来るよ』


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