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風竜の俺と竜騎士な君 作者:空色蜻蛉

Act.12 その手を離さないで

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03 彼女の父親に挨拶しました

 学生服を着たまま、カケルはイヴに引っ張られて王都レグルスの街を移動する。
 イヴの家は王都の北の高級住宅街にある。
 上等な造りの家が立ち並ぶ中で、ひと際古く立派な館があって、そこがアラクサラ家らしかった。カケルは茫然と洋館の屋根を見上げる。もちろん七司書家出身のカケルの実家はここよりも広く、カケル自身は各国の王宮に出入りしたことさえあったが、それとこれとは話が別だ。
 夕闇に沈む洋館の玄関にはオレンジ色の灯りが付いている。

「俺、手土産も何も持ってないんだけど……」
「あら貴方、そんなことを気にするような性格だったの?」

 イヴは無邪気に首を傾げる。
 失礼な。いくら常識を祖国に放り捨ててきたとは言え、カケルだって最低限の礼儀を知っているのだ。いきなり彼女のお家に失礼して手土産もなし。詰んだな……。
 断罪を待つ罪人のつもりで、扉を開くイヴの後ろに続く。

「お邪魔しまーす……」

 玄関で出迎えたのは賢そうな犬だけだった。
 大人しそうな大型犬は伏せの恰好でちらりとカケルを見ると、元通り目を閉じて眠りに入る。
 無人の廊下を、勝手知ったる自分の家であるイヴはカケルを連れてずんずん進んだ。
 来客がよくある家は客間を出入り口の近くに設置するものだが、イヴは客間と思われる部屋を通り過ぎた。カケルはどこへ連れていかれるんだろうと戦々恐々とする。

 奥の扉を開くと、そこはリビングルームらしい空間だった。
 中庭を見通せるベランダと火のついていない暖炉、ゆったりしたソファが並んでいる。設置式の呪術の灯りが居間を煌々と照らしていた。夕食の準備中なのか、シチューの良い匂いがする。
 ソファに座る初老の男性が顔を上げてイヴに「おかえり」と言いかけて、カケルの姿に気付いて驚愕する。
 どうやらイヴの父親も今日の訪問は知らされていなかったらしい。
 イヴ、君って奴は……。

「イヴ、彼は……」
「すいませんっ!」

 カケルは彼女の父親が怒り出す前に、彼の足元に豪快にヘッドスライディングした。
 床に這いつくばって五体投地。
 これが俗に言う土下座という奴だ。

「お嬢さんに怪我を負わせてしまって、本当にすいませんでした!!」

 居間が静まりかえる。
 いきなりの土下座に驚いたらしいイヴの父親、リチャード・アラクサラは口をぱくぱくさせた。
 イヴも、カケルがいきなり土下座したのは予想外らしく固まっている。

「……」

 床に顔を伏せたまま、カケルは相手の反応を待った。
 ややあって、リチャードが咳払いする音が聞こえた。

「顔を上げなさい」

 見上げるとリチャードは困惑した表情をしている。
 それはそうだろう。いきなり、ほとんど話したこともない娘の交際相手があらわれて土下座したのだ。困らない方がおかしい。

「あー、カケル・サーフェス君。うちの娘の怪我は、まあ、色々思うところもあるが、娘が自分で戦闘に飛び込んで負った傷だと聞いている。娘の自業自得だ。そこまで気にしなくてもいい」

 座りなさいと促されて、カケルはおそるおそる立ち上がって空いているソファに腰を降ろした。

「すいません、手土産もなしに突然お邪魔してしまいまして」
「いや、来ると分かっていればこちらも準備をしていた。……イヴ、彼が来ると聞いていなかったんだが」
「なによ、お父さんは寮対抗戦のときに学校に来るって言ってくれなかったじゃない」

 頬を膨らませるイヴ。
 これは彼女なりの、父親と彼氏に対する意趣返しだったらしい。
 まんまと引っかかった男二人は何ともいえない表情をした。
 そこへちょうどイヴの母親らしい年配の女性が顔をのぞかせる。

「あら、お客さん? まあまあカケル君ね、娘から色々話を聞いてます。ゆっくりしていって。今、夕食の準備をしているから、一緒に食べていきなさい」
「いや俺は」
「イヴ、配膳を手伝って」
「はーい」

 母親は断ろうとしたカケルの様子には頓着せずに、予定を勝手に決めると、イヴを連れてキッチンに引っ込んでしまった。居間には気まずい男二人だけが残される。

「……娘はどうも猪突猛進なところがあってね。君が娘を誘惑しているのかとも思ったが、実際は逆なのかな」
「え? いえ、俺はイヴが好きですけど」

 緊張しているカケルはポロッと本音をもらした。
 話題のイヴは居間にいない。ああ、良かった。

「そうか……うーん」

 リチャードは、ソファに縮こまるカケルを眺めて、何やら考え込むように顎鬚を撫でた。

「前に君に聞いたね。うちの娘と契約する気があるか、と。君は契約するつもりはないと言った」
「はい」
「けれど実際は娘とパートナーを組んで行動を共にしている」

 リチャードの鋭い視線にさらされたカケルは姿勢を正した。
 ここは正直に言うしかない。

「仰る通りです。七司書家をめぐる騒動に彼女を巻き込みたくない。だから俺はイヴと契約するつもりがありませんでした」
「今は違う……と?」
「はい。自分にはイヴが必要なのだと感じています。けれど、俺には彼女を守る力が不足している。一年だけ、待っていただけませんか。一年で……無理なら、もうお嬢さんには関わりません。約束します」

 言いながら、期限を伸ばすことしかできない自分にうんざりする。
 これじゃ一年経っても変わらないかもしれないじゃないか。
 唇をかみしめるカケルをリチャードは複雑な思いで眺めた。
 娘に誠実でない男なら、裏工作をしてでも叩き潰してやろうと思っていた。しかし現実には、目の前の青年は誠実で自分の分をわきまえている。父親として七司書家と娘を関わらせたくない気持ちはあるが、一人の人間としては目の前の青年に同情していた。

「……カケル・サーフェス君」
「はい」
「決めるのは、イヴだ。あの子が家出してでも君についていくと言ったら、私にも止めることはできないんだよ」

 だから一年という期限を定めるのは、無駄なことなのだと、言外にリチャードは言った。

「一人で七司書家に対抗できるつもりかね? 他の者に助けを求めてはどうかね」
「え……でも」
「先ほど娘を守る力が不足していると、君は言った。それは君一人では不可能なことだ。自分一人で何とかなると思うのは、若さゆえかな」

 言われていることがにわかには理解できず、きょとんとするカケルに、リチャードは微笑した。

「ところで君は、七司書家では呪術学を修めていたそうだね。光盾イージスの術式を設置して固定化することはできると思うかね。ダイアルフィールドの術式レベルでなくても、代用できるしろものだと思うかい?」
「え、えっと、固定化するのなら簡単でもその場所に予め陣を敷く必要があります。あとは術式の永続性をどう確保するか……」

 ぼんやりしていたカケルは、思わずリチャードの問いかけに答えてしまった。
 勢い、そのままリチャードと術式の組み方について議論を始めてしまう。
 居間に戻ってきたイヴと母親は、カケルたちが仲良く話している様子にこっそり安堵していたのだが、それをリチャードの対応で精一杯のカケルは気付くことはなかった。



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