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とある異世界恋愛譚

作者: リック

「よくぞ御出で下さいました。異世界の勇者たる少女よ。百年に一度の魔王復活の時が訪れました。何卒お力を貸してくだされ」


 白い髪とお髭がダンディな王様風の人が、宮廷みたいな場所でそう言った。私、さっきまで家に居たはずだけど。こんな小説みたいなことが自分の身に起こるとは!


「困ってるんですね? 分かりました頑張ります!」


 うわあああ自分が時の人とか燃える! 大勢の人の力になれるとか興奮する! この時、私のテンションは最高潮だった。水先案内人といわれる人が現われるまでは。


「はっはっは。今回の少女は大変な意気込みであらせられる。こちらも勇気付けられます。……それでは、魔王城まで先導する者を紹介しましょう」


 ――見た瞬間、ちょっとびっくりした。これからの多分? 大変な旅に同行する人にしてはその、目が死んでる。


「お名前は?」


 低い、何もかも諦めたような声だった。色々疑問に思いつつ、とにかく挨拶を返す。


「はい! 斉藤彩芽(さいとうあやめ)です、あやめが名前です!」

「アヤメ様ですね。……僕はロイバです。僕という存在が貴女の役目に身を捧げられるこの僥倖(ぎょうこう)に感謝致します」


 固い挨拶だけど、ただただ棒読みだった。何の感情も見えない。このロイバさんって人は一体……?



◇◇◇


 魔王城への旅は万全の体制で出発となった。食べるものも着るものも、同行者もプロの剣士から暇つぶしのための吟遊詩人まで。戦闘なんて出来るのかと心配もあったけど、異世界の力なのか自分の身体より大きな剣を振り回す事ができる。まさにRPGの主人公になった気分だ。仲間達からも下にも置かぬ扱いで不便はあっても不満は無かった。けれど……。


「ロイバ! これ洗っとけ」

「ロイバ、とっとと宿の確保をしろ」

「ロイバ、俺の用事はまだ済んでないのか?」


 あのロイバさんがどういう訳か凄く使いっ走りさせられてる。見かねて手伝おうとすると、「貴女はそんなことする身分ではない」 と止められ……というか怒られる。

 ロイバさんは無表情であらゆる雑用をこなしている。けど、どう見ても足元がふらついてるのに、それすら気づかないまま任務をこなしている。「バカは風邪ひかないっていうのは、バカだから風邪をひいてるのにも気づかないって意味」 って元の世界で知人が言ってたの思い出した。

 でも、家事から武器の手入れから宿泊代交渉までこなすロイバさんが頭良くないとは到底思えない。ならこの扱いとロイバさんが黙って受け入れてるのは一体? 考え抜いたすえ、パーティーで一番頭が良いと言われる学者さんに聞いてみる。


「彼が代々使者の役目をする家系ですからね。仕方ありません」


 眼鏡をかけた男の学者さんいわくそうらしい。使者……っていうと、具体的に何をする人だろ? 何で使者ならああいう扱いでもいいんだろう?


「使者というのは……アヤメ様の世界風に言い換えると外交官でしょうか?」

「ああ! それなら私も知ってます。でも、ああいうのって頭が良い人しかなれないようなイメージが……」

「実際そうでしょうね。まず、健康であること。重責に耐えられること。外国の言語や風俗……主にロイバの家系は魔族の知識になりますが……に通じていること。そして礼儀作法。これらが全て一定以上であることが条件になります。一応、魔王とは最後まで話をして、それで対立するなら討伐やむなしという規則もありますからね。魔族にも意思が存在していますし。彼がその使者なのです」

「何か、話聞いていると、むしろそういうのが出来るロイバさんなら崇められるレベルなんじゃ」

「いいえ、そうなるには彼の家系は問題がありすぎる。何故なら……」


 学者は舌打ちして続けた。


「一族から何度も離反者を出している。恥ずべき血だ。拷問されたぐらいで魔族に寝返るなどと呆れた話だと思いませんか?」


 一回で意味が分からなくて、心の中で何度も反芻(はんすう)する。拷問? え、拷問??


「あのー……拷問なんてされたら、そりゃあその、皆が皆強い人ばかりじゃないし……」


 遠まわしにロイバさんはそんな悪くないのでは、というが、学者はにっこり笑って否定した。


「またまた冗談を。自分の命一つで大勢の人間が助かるなら死ぬべきでしょう。私はそうしますね。それと、拷問だけでなく単に魔族の女に誑かされた例もある。だからあの一族は初代の時からやらかして以来、罪を贖うために国策として一族から一人幼児を差し出し、幼い頃から英才教育を受けさせている。……例え国が貧困で喘いでいても、経費を割いて優先的に、ね。そして命を賭して勇者に尽くす。これが報恩というものです」


 それは洗脳か何かですか? 危ない仕事を都合のいい存在に押し付けてるだけじゃないですか? という言葉を飲み込む。飲み込んで当たり障りない言葉を選ぶ。


「そ、そうですか。でもそれでも上手くいかないなら、一般から公募でもして選んだほうが……」

「どうしてですか? そんなもの今さらでしょう。そういうのはアレの役目です」

「自分達が面倒くさい仕事をしたくないからなんて事ないですよね」

「どうしました? アヤメ様、疲れてるんですか? アヤメ様のような強い方がロイバを擁護など……」


 それは異世界補正で、私の実力とはちょっと違うと思うんだよ。と思っても、これが異世界式常識かとカルチャーショックで何も言えなかった。

 しかしそれが普通だからと言われても、自分の意思関係なくこき使われるロイバさんは、やっぱり見ていられなかった。

 武器の手入れで指を切っても、最低限の手当てだけで次の仕事に向かうロイバさん。

 彼が見下げられていい存在なんてどうしても思えない。

 私は皆の目を盗んで、彼の仕事を手伝うことにした。


◇◇◇


「洗濯終わりましたよ。次はお料理ですか? 皮むきくらいなら出来ます!」


 ロイバさんは誰よりも早く起きて、誰よりも遅く寝る。早起きすれば二人きりになるのは簡単だ。でもロイバさんはひたすら手伝おうとする私が不思議そうだった。


「……どうして貴女が家政婦のようなことを? それよりは剣の修行でもしたほうが有意義に」

「いざと言う時に何があるか分かりませんよ。身近なものだって武器になるかもしれないんですから。そのために色々使い慣れる修行です」

「……そうですか。アヤメ様自身がそう仰るなら、僕は何も言いません」


 ロイバは、自分の仕事を誰かが手伝っていることに不思議な感覚を覚えながら、時折アヤメを見つめつつ黙々と作業をこなした。

 アヤメはそれに気づかず、これで少しでも彼が楽できるかなと、のほほんと考えていた。けれど、世の中異世界ですら上手くいかないものだ。


「勇者に何させてるんだ!」


 ここ数日アヤメが早起きしているのに気づいて見張っていた剣士が、大事な勇者に下々のようなことをやらせたロイバを責めて殴る。アヤメが自分のためだと言っても、剣士はロイバを殴るのをやめない。力はあるからと実力行使でアヤメが止めようとすると、ロイバ自身に制止された。


「僕の為にパーティーに不和を生んではいけません。……全て僕が未熟なのが悪いんだ」

「ロイバさん」

「……あえて進言させていただきます、アヤメ様。貴女のやっていることは間違いだ。貴女が手伝ってくれる日々が続いて、僕は……僕で無くなりそうなんだ」


 それくらい迷惑で仕方なかったのか、とアヤメは思い込んで涙を流した。それを見たパーティーが騒然とする。


「ロイバごときが勇者を泣かせるなんて」

「しかし勇者が悲しむから、ロイバを責めるのは後だ。……この辺りに目の腫れに効く薬草なかったか? 魔王城まで後少しなのに、これでは体裁が……」


 パーティーの喧騒を尻目に、ロイバは一人その場を去った。アヤメは目をゴシゴシとこすって、最終決戦のためにとにかく気持ちを落ち着かせることにした。

 失恋で戦えませんなんて、そんなのロイバに最も迷惑がかかってしまうんだから。


◇◇◇


 その夜、ロイバが姿を消したこともあって、眠れずに一人テントで横になるアヤメを訪ねる人間がいた。アヤメは月光に照らされたシルエットで分かった。ロイバだ。慌てて出ると、彼は目の前に綺麗な花を押し付けてきた。


「……腫れに効く花です。花粉から出る成分が痛みも和らげます。煎じて飲めば治りも早くなる」

「わざわざ、取ってきてくれたの?」


 単純なアヤメは嫌われていなかったと感動した。まるで捧げ物のように恭しく受け取る。


「……」

「全部使っちゃったほうがいいのかな? 少しだけ取っておいちゃ駄目かな? 初めてロイバさんがくれた物だから、宝物にしたいな」

「貴女は……変な人だ」

「え?」


 ロイバは、喜ぶアヤメを前に、初めて目に光を灯した。そして子供のようにアヤメに感情をぶつける。


「歴代の勇者にそんな人間なんかいなかった。みんな王侯貴族や少なくとも財産ある男と婚姻した。僕の一族を気にかける人なんかいなかった。それが当たり前だと思ってたのに。雑用をやらされててもそれが苦痛なんて思わなかった。それが普通だったから。楽しい事なんて知らなかったから。でも貴女が手伝ったりするから、それが嬉しくて、楽しいなんて思ってしまったから、変な希望を抱いてしまった。初めて逃げたいなんて思ってしまった。貴女はおかしい……。人を駄目にして楽しいか?」


 その答えをアヤメは、口付けで返した。続いて、目を見開いて怯えるロイバを抱きしめる。


「苦痛に何も思わないのは、凄いことなんかじゃない。麻痺してるだけなんだよ。貴方は駄目になんかなってない。何も大切なものがない人が、自分を大切にしない人が、強いなんて言わない。家族でも恋人でも、大事な人が出来て、初めて人は強くなるんだよ。少なくとも私はそう思う」

「……」

「ロイバさん、私、この旅はロイバさんのために頑張る」

「でも、僕は……穢れた血だ。裏切るかもしれない。それに、変な希望を持ってしまって、楽することを知って、頑張ることに疲れた……」

「貴方も頑張れなんて言わない。ただ、私は貴方のために頑張る。それだけ、知ってほしいと思ったの」


 今度はロイバが、涙を零しながらアヤメをそっと抱きしめる。


「どうして……暴力でもないのに、強制でもないのに、人質でもないのに、その言葉に従いたいなんて思えるんだろう。どうしてそれがこんなにも心地良いのだろう。……今なら、魔王に殺されてもいい」


 死を身近な物として捉えるロイバに、アヤメはもどかしくて一層強く抱きしめる。


「駄目だよ、生きて。私、絶対ロイバと生きるんだから」


 途端に、ロイバはアヤメを引き剥がしてそっぽを向いた。何事かと疑問符を浮かべるアヤメに、ロイバは動揺しながら答えた。


「病気です。移るといけません」

「え?」

「顔の筋肉に異常な動き有り。おそらくとても見苦しい表情をしていると思われます。しまりの無い顔は、あまりにだらしない……」

「それ、病気じゃないよ、私もだもん」

「そうなのですか、ではこれは……」


 アヤメは笑って不器用な男の背中にもたれかかる。


「神様が、私達の祝福を願ってるの」


◇◇◇


 ロイバは習わしに従って、魔王に人間の暮らしを脅かさぬように使者として伝えた。それを魔王が拒否し、女魔族を使って懐柔しようとしたり拷問にかけるぞと脅したりしたが、ロイバは跳ね除けた。

 その首が切り落とされようとした瞬間、時間になっても連絡が無い時は、と予め決めていた策に則り、アヤメ達がなだれ込んでくる。

 そして案外あっけなく、魔王は倒された。最後は黒い霧になり、四方に散っていった。あれが巷の人々に宿る悪意を吸うと大量の魔族とともに復活すると学者はぼやいた。完全に封印する方法は、それでいまだに無いのだとか。

 そしてアヤメ達が凱旋すると、王は魔王退治を喜びながら、ニコニコ顔でアヤメを見つめる。


「よくぞ成し遂げられました。毎度のことながら、アレはこの世界の人間にはとどめがさせない生き物で。異界の者が代わりになさるその代価に、我々も出来る限りのことをしましょう。さてアヤメ様、これからどうなさいます? パーティーに好ましい異性はいましたか? うちの愚息などはいかがですか? どうか遠慮なさらず、魔王討伐した勇者の名声は誰もが認めざるをえませんからな」


 アヤメは、俯いて少しだけ考え、前を向き王をきっと見つめて確認をした。


「何でも、誰でもいいの? 選び放題?」

「これはこれは。遠慮なさらないでも、我々は世界を救った勇者に狭量なマネはしませんよ。なんなら、複数の相手と言われても許可しましょう」

「じゃあ、ロイバさんください!」


 ――――それが決定されるまでにいくらかの波乱は有ったものの、ロイバと彩芽は無事に結ばれた。不思議なことに、彩芽と結婚してからというもの、今まで見向きもされなかったロイバは急にモテだした。けれど、既婚者に言い寄る女性達にロイバは苦笑してこう返すのだった。


「優秀な使者なら、二重スパイなんてしないでしょう。これでも誇りを持っているんですよ。彼女のお陰で」

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[一言] はじめまして、帝 真と申します。小説を拝読させて頂きました。個人的にですが、ロイバさんは母性本能をくすぐられるようで私の好みです! 執筆、頑張って下さい!
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