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現代もの

かえりみち

「夏」をテーマにしたお題を使った競作小説企画、第五回「夏祭り」 http://www.geocities.jp/sagitta_t/maturi5/ 参加作です。


台詞と地の文の間などに適宜空行を追加しております。

元の原稿の体裁で読みたい方は、作者個人サイトにおいでください。

 

 

 

 級友が、死んだ。


 


 烏丸(からすま)友成(ともなり)は、住宅地の中の通学路を、とぼとぼと歩いていた。

 陽炎を抱いたアスファルトから、容赦のない熱気が友成に襲い掛かる。背後で庭木が風にそよぐ気配がしたが、風呂場もかくやの蒸し暑い風が、のたりと彼の頬を撫でただけであった。

 ふと、額の汗を拭って友成は背後を振り仰いだ。

 だらだらと伸びる上り坂の遠く、大きな枝ぶりのミズナラが夏空を背景に勇壮な姿を誇っている。その緑の隙間から山城のごとく顔を覗かせる灰色の建物が、友成の通う楢坂高校だ。


 普段ならば喧騒に溢れ活力に満ちた校舎も、夏休みの今は、どこか虚ろな廃墟のように見える。そんな友成の心を読んだかのように、鴉が一羽、皺がれた声を上げて校舎の陰へ消えていった。

 忌々しげに息を吐き出してから、友成はまた前を向いた。

 時計の針は夕刻を指しているものの、まだまだ陽は高く、ほんのり橙がかった空を蝉の大合唱がぐらぐらと揺るがせている。


 


 級友、といっても、直接話したこともなければ、顔も知らない。入学式前日に入院したという彼女が、一度も教室に姿を現さないうちに、学校が夏休みを迎えてしまったからだ。

 一体どんな子なんだろう、重い病気なのかな、早く元気になったらいいのにね、などなど、空席を見つめては心配そうに言葉を交わしていたクラスの皆も、一週間、二週間、と日が経つにつれて、空いた机の存在に慣れてしまったようだった。かく言う友成も同様で、特に彼女の欠席を意識することもなく日々を過ごしていた。……五月の初めのあの日までは。


 


 


「一年五組の堀川千晶を、図書委員に入れてくれないかしら」


 ゴールデンウィークが終わった翌日、友成のクラス担任が、図書委員の例会に姿を現すなり、こう切り出した。

 自主性を重んじる校風のもと、課外活動に教師が口を挟んでくることは(ほとん)どない。校区一番の公立進学校というだけに生徒達のプライドも一級品で、案の定、二年の委員長が即座に「なんで?」と抗議の声を上げた。


「一の五って言うたら、烏丸君がもう委員になってくれてるやん。っていうか、何やの、その堀川さんって」


 委員長を始めとするその場の全員に一斉に視線を向けられて、友成はつい大柄な身体を縮こませた。


「えっと、その、入学式からずっと休んでて、だから俺もよく知らなくて……」

「図書委員は各クラスから一人ずつって決まってるし、現に烏丸君も真面目に仕事してくれてるし、幽霊委員を作る意味がないやん」


 畳みかけるように早口で巻くしたてる委員長を、担任は「まあまあ」と大げさな身振りでなだめた。


「堀川さんね、入院生活が長引いててね。独り取り残されたような気がするって落ち込んでいてね、何か学校と繋がりがあれば励みになるかな、と思ったんだけど。本を読むのが好きで、図書委員になりたかったって言うし、名前だけでも仲間に入れてもらえたら、って……」


 担任の言葉を受け、一気に皆の空気が同情の色を帯び始める。

 しばらく腕組みをしていた委員長は、「そういうことなら」と一同を見回した。「まァ、仕事は烏丸君がしてくれるわけやし、名誉会員ならぬ名誉委員ってやつで、ええんちゃう?」

 他の委員に異論がないことを確認して、委員長は満足そうに口角を上げた。


「本好き仲間が凹んでるとあっては、無碍にできへんもんな。なぁ、みんな」


 その言葉を聞いて、友成は思わず息を呑んだ。

 教室の片隅、誰も座らない空いた席。

 儚げな空気をまとった少女が、そこに腰掛けて本のページをめくるさまが、友成の脳裏にありありと浮かび上がってきたのだ。

 名前だけの存在でしかなかった彼女が、血肉のある「級友」に変化した瞬間だった。


 


 


 あれからまだ三ヶ月しか経っていないなんて。友成はまた大きく息を吐いた。

 辺りはゆったりとした区割りの古い住宅街で、道路を行く者には日陰らしい日陰など到底望めない。ぎらぎらと照りつける日差しのせいで、頭の中が沸き立ってしまっているようだ。灼熱地獄から逃れようとするかのように、友成の意識は再び記憶の海を潜ってゆく。


 

 レビュー作戦ってのはどうや? と図書委員長が言い出したのは、「名誉委員」を迎えた次の週のことだった。


「毎月の会報やけど、『今月の入刊』のコーナーを本の題名だけにして、それとは別に委員のオススメ本を紹介してみるのってどうやろ? そしたら既刊を借りてくれる人が増えるんとちゃう?」


 毎月一人一冊ずつ、可能ならば名誉委員の堀川さんも。委員長の粋なはからいは、友成から担任を通じて彼女に伝えられた。

 三日後には、担任から友成に彼女からの手紙が手渡された。そこには、レビュー活動に参加したい、という言葉とともに、『図書館にはどんな本がありますか? 何の本をオススメすればよいですか?』と、整った文字で記されていた。


 友成は、すぐに返事を書いた。『他の委員はどんな本を選んだか』に始まって、『どのジャンルが好き?』『誰の本が好き?』などなど、彼にしては珍しく積極的な手紙をしたため、担任にことづけた。

 そんなやり取りが二往復したところで、担任が彼女の入院している病院の住所を教えてくれた。それが彼女の希望によるものと聞いて、友成はすっかり嬉しくなった。

 そうして、ケータイを持っていないという彼女に合わせて、古式ゆかしき文通とも言うべきものが始まった。


 がっしりとした体格で背も高い友成だったが、スポーツ選手と見まごう外見とは裏腹に、彼は筋金入りのインドア人間だ。本がなければ生きてはいけない、と公言してはばからない彼にとって、「本好き仲間」との「文通」はとても楽しいものだった。ましてや、相手は同い年の女の子である。ひと月も経つ頃には、友成は彼女との遣り取りにすっかり夢中になっていた。


 


 夏休みに入って、図書委員会の活動も小休止となり、友成は彼女に手紙を出しあぐねていた。なんといっても相手は病人なのだ。用もないのに、返信に余計な手間をかけさせるのはいかがなものだろうか、と。

 だから、今日、文芸部の活動に登校した友成は、学校に大口の蔵書の寄贈があったらしい噂を耳にして、一も二もなく図書館に寄ったのだ。

 司書室には、司書の先生の他に友成の担任がいた。クラスの女子が「若作り」と揶揄しているいつものピンクのジャージではなく、真っ黒なスーツだったので、すぐにはそうと判らなかったのだが。


「寄贈があったんですって?」

「耳が早いねえ」


 こちらは普段どおりの化粧っ気一つないいでたちで、司書が友成のそばにやってきた。


「目録とか、もうありますか?」

「気も早いねえ」


 そのうちに現物にお目にかかれるんだから待ちなさいよ、といなす司書に、友成は意を決して口を開いた。


「堀川さんにも教えてあげたくて、だから……」

「その必要はないわ」


 ずっと背を向けたままだった担任が、ゆっくり友成の方を向いた。

 疲れきった表情、とりわけ腫れぼったい――まるで泣き腫らしたかのような――瞼に、友成は知らず息を詰めた。


「……もう必要ないのよ……」


 その時、電話の呼び出し音が鳴り響いた。司書が慌てて机に駆け寄っていく。


「……必要ない、って……、先生、まさか……」

「岡田先生、お電話です。……病院から」


 司書の声に、担任が目を見開く。そうして、沈痛な面持ちのまま、きびすを返した。


 


 その瞬間、友成は世界が凍りついたような気がした。一瞬にして視界から色が失われ、全ての音が消え去った。

 間髪を入れず彼に襲い掛かる、底知れぬ悲しみと……恐怖。

 悲鳴を上げることすらできず、彼は無言で司書室を飛び出した。


 


 息が切れるまで走って、走って、……そうして現在(いま)に至るというわけだ。


 


 


 バス通りに出たところで、友成はもう一度背後の坂を見上げた。

 ショックのあまりにあの場から逃げ出してしまったが、先生達は自分のことを一体どう思ったろうか。薄情な奴だと思われてしまったのではないだろうか。

 ……と、自分のことしか考えていないおのれを自覚して、友成はきつく唇を噛んだ。こみ上げる吐き気を必死で嚥下し、前を向く。

 ここで右手に曲がるのが、駅までの最短ルートだった。片側一車線のバス通りは暗くなってもひとけが絶えることはなく、安全面からも、通学路には最適の道のりだろう。現に、友成と同様に部活帰りとみられる制服姿が、ぎらつく西日の中に点々と影を落としていた。


 ――バスに乗ってしまおうか。


 一角(ひとかど)先にある坂ノ下のバス停には、朝と夕だけは一時間に六本のバスが停まる。

 しかし、バスに乗ろうと、駅で徒歩組と合流することになるのは変わらない。


 ――今は、誰にも会いたくない。


 少し遠いが、隣の駅へ行こう。そう小さく頷いて、友成はバス通りを南へ横断した。


 


 


 


 車一台がやっとの細い路地は、不気味なほどに静まり返っていた。

 建物の影が、道路を黒々と染め上げている。日陰に足を踏み入れると、思った以上に涼しい風が、友成の身体を包み込んだ。首筋の汗がみるみる引いてゆくのを感じて、友成は大きく息をついた。

 隣の駅までは、いつもの通学路の二倍近い距離を行かなければならないため、何か特別な理由でもない限り、この道を使うことは滅多にない。こんなに涼しいんだったら夏の間だけはこちらを使うことにしようかな。瓦屋根の古い町並みの中を歩きながら、友成はぼんやりとそんなことを考えていた。


 と、線香の香りが友成の鼻腔をくすぐった。

 辺りを見回せば、左手の土塀の向こう、木々の合間に一際大きな屋根が見えた。少し前方にある木戸まで進むと、全開になった木の扉の脇に、色褪せた筆文字で『無量寺』と記されていた。


 なんとはなしに、友成は木戸の向こうを覗き込んだ。

 綺麗に手入れされた植栽の向こう、重厚な佇まいの本堂があった。その軒下をぐるりと廻る濡れ縁には、無数の灯篭が整然と並べられている。光源は蝋燭だろうか、ちろちろと揺らめく灯りに、急に夕暮れが深くなったように友成には感じられた。


 ――そうか。お盆、なんだ。


 死者を迎える、特別な日。

 友成の胸の奥が、カッと熱くなる。

 彼岸に旅立ったばかりの彼女もまた、現世(うつしよ)に引き戻されることになるのだろうか。

 おそらくは断腸の思いで袂を別ったこの世の全てのものと、日を置かず再会することになるのだろうか。

 だが、それはあくまでも一時的で一方的な帰郷に過ぎない。自分以外のものと触れることは勿論、誰かと言葉を交わすことすら叶わないまま、期日が来れば彼女は再び黄泉の国へと連れ戻されるのだ。


 ――あんまりだ。


 ずっと入院生活を余儀なくされ、一度も高校に通うことなく命を散らした、我が級友。どんなにか、無念だったろう。どんなにか、悔しかったろう。まだまだ未練を抱えた状態で、未練を残した世界を垣間見させられるのだ。またすぐに川の対岸へ追いやられてしまうと解っているのに。

 鼻の奥がツンと痛くなって、友成は歯を食いしばった。とにかく平常心を取り戻そう、と、両のこぶしを握り締めたその時、至近距離で大きな羽ばたきの音がした。


 


 驚いてそちらを振り返れば、薄暗い路地を背景に、一羽の大きな鴉が真っ直ぐ空へ飛び立っていくところだった。

 オレンジ味を増した陽光を受けても、一向に薄まらぬ闇色の翼。

 その様子を友成が苦々しげに見送っていると、上空から数枚の黒い羽根が降ってきた。あるか無きかの風に翻弄されながら、くるくる、ひらひら、と地上に向かって舞い降りてくる。

 細い指が、それをそっと摘み取った。白くて細い、人形のような指先が。


 


 友成の喉が、大きく上下した。

 いつからそこにいたのだろうか、浴衣を着た一人の少女が、黒い羽根を手に佇んでいた。

 茜色に染まりつつある世界とは逆に、路地の影はいよいよ濃ゆく、だが、その黒々とした暗闇において、少女の存在はまるで光を発しているかのように眩かった。

 白地を微かな色味の花々で飾った浴衣、そこからすらりと伸びた手足は、透き通るように白い。鳶色の瞳や漆黒の短髪が、肌の白さを一層引き立てている。

 もしかしたら、これはこの世のものではないのかもしれない。

 友成がごくりと唾を呑み込むと同時に、その人形(ひとがた)はにっこりと微笑んだ。


「こんにちは」


 まさしく、花ほころぶ、とはこういうことを指すのだろう。形の良い唇が絶妙の弧を描き、柳眉がそっと緩む。薄っすらと上気した頬は、昔、図録で見たビスクドールを友成に思い起こさせた。僅かな衝撃でも粉々に砕け散ってしまいそうな、繊細なる芸術作品を。

 しかし、この少女の瞳は、とても硝子球には見えなかった。炎を封じ込めたかのような双眸の輝きは、どんな困難にも屈しない強い意志を感じさせる。


 堀川さんも、こういう感じだったんだろうな。友成は、何故か唐突にそう思った。長きに亘る病院生活のため色白で、儚げで、でもしっかりと自分を持っていて……。

 と、そこでようやく友成は、我に返った。大慌てで「こんにちは」と挨拶を返してから、この不自然な間を取り繕おうと、咄嗟に少女の手元を指差した。


「それ、カラスの羽根……」


 自分の発した台詞の間抜けさ加減に内心頭を抱えつつも、少女がにっこりと笑ったことに、友成はそっと息をついた。


「綺麗ですよね」

「気持ち悪くないの?」

「どうしてですか?」


 少女の眼差しはとても真剣で、それに(いざな)われるようにして友成はつい言葉を重ねる。


「だって、カラスと言えば、ホラー映画とか怪奇小説の定番だし、童話なんかでも碌な扱いされていないし」


 苦さを増した友成の声に、少女は少しだけ悲しそうな表情をした。


「言われてみれば、『カラスと白鳥』なんて、寂しい物語ですね」


 それはイソップ童話の一つ、白鳥を羨んだ鴉が、報われぬ努力の果てに命を落とすという物語だった。


「それはまだいいよ。『おしゃれなカラス』とか『ふくろうの染物屋』とか、酷いものさ」


 他の鳥の羽根で自分を飾って鳥の王を目指した鴉、無茶な重ね塗りの結果黒い羽になってしまった鴉。童話や昔話に登場する鴉は、ことごとく悪者であり、嘲笑の対象であった。絵本の朗読で鴉が登場するたびに、苗字をネタに友達にからかわれた幼少期を思い出し、自然と友成の口調は強くなる。


「カラスなんて、狡猾で、強欲で、優柔不断で……」


 でも、自分はどうしてこんな子供みたいなことを、初対面のひとに語っているのだろう。そう思いつつも、友成はおのれを止めることができなかった。


「……カラスなんて、嫌いだ」


 吐き捨てるようにそう言い放った友成を、大きな瞳がじっと見つめる。

 深い眼差しを更に深くして、少女は友成に向かって一歩を進んだ。


「でも、カラスって、昔の日本では吉兆とされていたんですよね。例えば、ほら、ヤタガラスとか」


 どこかで風鈴がちりんと鳴り、少女の白い頬に黒の髪がかかる。そのコントラストの妙に、友成の心臓がどくんと脈打った。


「それに、黒は、全ての光を吸収してやっと出来上がる色ですよ。沢山の色を内側に秘めているなんて、素敵じゃないですか――」


 そこまで言って、少女は口を引き結び、それから静かに言葉を継いだ。「――烏丸君」


 


 刹那、夕闇が急に濃くなった気がした。

 友成の鼓動は、今や早鐘のようだった。カラカラに乾いた舌を必死で動かして、何とか一言を搾り出す。


「……君は……?」


 少女は、長い睫毛をそっと伏せた。


「堀川千晶です。驚かせてしまってごめんなさい。でも、どうしても、烏丸君にお礼が言いたくて……」


 ゆめか、まことか。

 今にも消え入りそうな少女を、視線で引き止めようと言わんばかりに、友成は目元に力を込めた。


「……いつも手紙をありがとう。一人じゃないんだ、って、本当に嬉しかった……」


 か細い声にかぶさる、風鈴の音。それも一つや二つではない、幾つもの音色が重なったかと思えば、路地を風が吹き抜けていった。

 風は、少女の手から黒い羽根をもぎ取ると、再び空へと舞い上がる。

 友成は思わず一歩を踏み出していた。行かないでくれ、その一心で、真っ直ぐ彼女に手を伸ばす。

 必死の思いで掴み取ったその手は、折れそうなほど細く、だが、とても温かだった。

 

 

 

    * * *

 

 

 

「だいたい、先生がはっきり言わないのが悪い」

「そんなこと言われても、昨日はもういっぱいいっぱいだったのよ」


 翌日、学校図書館に向かう途中で岡田教諭を見つけた友成は、彼らしからぬ刺々しい声で彼女に詰め寄った。


「だからね、嘘は言ってないわよ? 堀川さんが退院した以上は、もう間に烏丸君が立つ必要はないでしょ?」

「でも、あんな喪服みたいな服着て、暗い表情で『必要ないわ』なんて言われたら、誰だって誤解するに決まってます」


 ピンクのジャージの上着の裾をもじもじといじりながら、岡田は申し訳なさそうな表情を作った。


「本当は、昨日、あの後に学会に出張の予定だったのよ。だからスーツ着てたの」

「泣き腫らした目してたし」

「だって、保育園から、ウチの子が高熱を出して入院したって連絡を受けて……、前も風邪から肺炎までいって一週間入院することになったし……、あまり丈夫な子じゃないから、心配で心配で……、出張は山形先生に代わってもらえることになったから、引き継ぎして、一刻も早く帰らなきゃ、って状況だったのよ」


 山形先生とは、司書の先生のことだ。大学で国文学を専攻していたらしいから、国語教諭である岡田の代打に選ばれたのだろう。


「それに、先生、俺の写真を堀川さんに見せたんですね」


 文句はとめどなく溢れてくる。鼻息も荒く、友成は更に言い募った。


「いや、烏丸君の写真というか、クラスで遠足に行った時の写真を、ね。でも、クラスメイト相手の話だし、何も問題ないと思うんだけど」


 ぐ、と言葉に詰まる友成。

 と、岡田が首をかしげたのち、ずずい、と友成のほうへ身を乗り出してきた。


「どうして、突然、先生が堀川さんに写真を見せたことを気にするの?」


 しまった、と眉間に皺を寄せた友成に、「どうして?」と岡田が食い下がる。


「し、失礼します」


 やぶへびだったか、と慌ててきびすを返して、友成は渡り廊下へ飛び出した。


 


 相変わらずの蝉の大合唱の中、ミズナラの木が涼しげな影を投げかけている。時折揺れる木漏れ日に風を期待するも、うだるような暑さは変わらず、目で涼を夢想するしかない。

 と、微かな羽音とともに、大きな影が足元をよぎった。カァ、とのんきな声が、葉ずれの音に溶けてゆく。

 友成は苦笑を浮かべて、図書館の扉を押し開けた。

 

 

 

    〈 完 〉

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